第09話 初めての依頼~残念ゴブリン
シヴァが次ぎの村に着いたのは予想通り日が少し暮れたあたりだった。
今回はドローンを飛ばして村の様子を見るような事はせず、そのまま見張りが立つ門へと向かった。警戒心が薄くなったと言われればそれまでだが、遠距離からとはいえ魔物を簡単に屠ったのだ。気が大きくなったとて仕方ない。
門へ近づくと、案の定、見張りの一人から「何者か」と誰何を受けたので、シヴァはこう答えた。
「都で冒険者になりたくて旅をしている武芸者だ」
前回は突然の質問に慌てて都から来た冒険者と嘘を吐いてしまったが、今回は違う。
都から来たといえば、もしかしたら前の村同様、警戒されずに村に入れるかもしれないが、肝心の都について訊ねることができなくなってしまう。
どうせ異世界を旅するのなら、前の村で吐いた『都の冒険者』という嘘を本当にしても面白い。つまりは都の冒険者になりたい。
その為にもこの村で少しでも『都』の情報を手に入れておきたいシヴァだった。
「ほう、都で冒険者か、夢があって良いことだ。自ら武芸者と名乗るのであれば、何か心得があるのかな?」
「勿論だ。つい先ほどもサーベルラビットを四羽、ちょちょいと仕留めたところよ」
言って、アイテム欄から大人の拳よりも大きな【牙兎の右前足の大爪】を四つ全てを取り出して見せると、見張りの男たちがどよめいた。
「旅の者、疑うわけではないが少し見せてくれるか……すまぬ。ううむ、確かにこれは全てサーベルラビットの大爪に相違ない」
見張りの一人が渡した牙兎の大爪を矯めつ眇めつ確認する一方で、まさか牙兎の大爪にこんな驚くとは思いもしなかったシヴァ。もしかしたらあの魔物、結構な強さがあったのだろうか? と疑問に思うも、今さらどのくらいの強さなのかと問うわけにもいかない。
(でも遠距離から一撃だったしなあ)
などと益のない事を考えていたら、
「失礼だが、他に仲間と思しき姿が見えん。もしやこれ全てお主が独りで仕留めたのか?」
他の見張りがそう訊ねてきたので、シヴァはことさら胸を張って「そうだ」と答えた。
これから都に行って一旗上げようとする男なら、きっとこんな感じで威張るに違いないと考えたからだ。
「それは剛毅なことだ。このような武者を村で歓迎するのは喜ばしいことだが、面倒は起こしてくれるなよ?」
見張りの男がシヴァに大爪を返しながら村へと入る許可をくれた。
「無論だ。都で一旗上げる前にケチを付けるわけにもいかんからな」
「ハハハ、然り然り。大望を抱く者には無用な心配だったか。宿は村に入ってすぐの所にある二階建ての建物がそうだ」
わざわざ門を開けて通してくれた見張りたちと笑いあいながら、何故こんなに古めかしい言葉遣い? と内心で訝しみつつ村に入った。
「へー、パッと見、前の村よりも大きいな。町になる一歩手前と言った感じ?」
宵が降り始めたばかりとあって、通りは中々の喧騒だ。服装は前の村と似たり寄ったり。村の外に田畑が広がっていたことからやはり農民が殆どだろう。
教えてもらった宿はすぐに見つかった。というのもこの宿以外に二階建ての建物が周りに見えないからだ。奥に行けばあるかもしれないが、まずは部屋を取ろうと宿の扉を潜るシヴァ。
宿は酒場を兼ねた店のようで、すでに酒に呑まれている酔っ払いの姿が数人見える。他の客から好奇の目で見られながら、シヴァはカウンターで無事に部屋を取ることが出来た。
一泊20Gで、部屋は二階なのだそうだ。
ステータス画面を呼び出し、そこに表示されている【所持金欄162/0G】の横についている上下のボタンを操作し【162/20G】に合わせて決定。すると手には20Gちょうどが現れたので、それを店主に渡す。
お金を取り出すところは店主から見えないよう、カウンターの下で行った。この取り出し方はどう考えても一般的ではなさそうだからだ。
店主いわく、食事は付いていないそうなので部屋に上がる前に何か食べることにした。
とはいえメニューがどこにもないし、どんな料理があるのか分からないシヴァなので、「適当な肉料理とアルコールをくれ」とカウンター席に腰を下ろしながら頼んだ。
背中で他の客の笑い声や話し声を聞くこと数分、料理が運ばれてきた。頼んだアルコールはどうやら見るからにビールのようだった。泡立つ音が耳に心地よい。
それにしても随分早いなとも思ったが、目の前の料理を見てさもあらんと納得。シヴァの目の前にあるのは、木製の大皿に一口大に切り分けられた肉が大量に盛られただけの料理だったからだ。
添えられた二又のフォークで肉を一つ突き刺し、目の前に持ってきて苦笑を浮かべる。
(これはまたワイルドな料理だなぁ。さて、味のほうはどうかな…………おお、意外と美味い!)
口へ放り込んで咀嚼してみれば、意外とイケルことに驚いた。味は塩コショウのみで味付けされたステーキといったところ。
素朴な味わいだが、所々で胡椒のパンチが効いておるのが良い。綺麗に混ぜられていないだけなのか、わざとなのかは知らないが、それがビールに良く合う。
これは堪らん、止まらんとがっつくシヴァ。すぐにビールが無くなったので追加を注文。置かれたビールをすぐさま喉を鳴らしながら通して息を吐く。
「――っぷはぁ! くぅっっ、美味い!!」
映画でしか見た事がない外国めいた建物で粗野な料理に舌を打つ。
これだけで異世界に来た甲斐があったもんだと相好を崩し、食事を楽しんだシヴァはその後、ほろ酔い気分で部屋へ行き、眠りに着いたのだった。
明けて翌日――。
ドンドンドンと部屋の扉を叩く騒々しい音に目を覚ましたシヴァは、欠伸を噛み殺しながら脳内コントローラーでPZ5のホームメニューを呼び出して時刻を確認した。
(午前の十一時……まだ昼前じゃないか。なんだってこんなに騒がしいんだ?)
昼前といえば社会人であればとっくに仕事に精を出している時間であるが、働く必要の無い半ニートのシヴァには『まだ』昼前なのだ。これだから勝ち組は困る。
こみ上げてきた二度目の欠伸を再び噛み殺しつつ、用心の為に武器欄からハンドガンを呼び出して後ろ手に隠しながら部屋の扉を開けるシヴァ。
そこにいたのは険しい顔をした昨日の見張りだった。
あれ、俺何かやらかしたっけ? と思わず身構えるも、見張りの男が突然頭を下げてきた。
「頼む、あんたの力を貸してくれ!」
「……へ?」
面食らうシヴァに、事情を説明するから付いてきて欲しいと乞う見張り。その必死さとただならぬ雰囲気に呑まれたシヴァはコクコクと頷いた。
そして連れてこられたのは村長の家。
通されたのはリビングと思しき部屋。その中央にあるテーブルの席に着くよう促されて座ったはいいものの、まったく状況が飲み込めない。
シヴァの正面に座るのは村長と名乗った初老の男性。その隣にはシヴァをここまで案内してきた見張りの男。
「……で、俺は何で連れてこられたんだ?」
「それは儂が説明しよう」
戸惑いながらも説明を求めるシヴァに、村長が口を開いた。
「この村の近くにゴブリンの集団を見たと、先ほど村を訪れた商人が知らせてくれた。あんたにはそのゴブリンを退治してもらいたいのじゃよ」
(ゴブリン! ゴブリンがいるのか!? さすが異世界!)
その単語にシヴァは不謹慎ながら心を弾ませた。
ゴブリンといえばRPGでは必ずといっていいほど出てくる雑魚モンスターだ。ゲーマーであれば誰だってシヴァと同じような反応を示すに違いない。
とはいえ、張り詰めた雰囲気の中で喜色を滲ませるわけにもいかない。
それに、ゴブリンといえば人型。魔物とはいえ自分と似たような姿をした者を果たして殺せるだろうかと不安にもなる。
シヴァは心の内を隠して表情を強張らせた。
それを見た村長はシヴァがどうも乗り気ではないと捉え、言葉を続けた。
「無論、少ないが報酬も出そう。聞けばお主、都で冒険者になりたいらしいの。この依頼を引き受けてくれるのならば、村長名義でギルドへの推薦状もしたためよう」
どうかな? と訊ねてくる村長。
シヴァからすればどうかもなにもない。むしろ願ったり叶ったりである。ギルドへの推薦状と聞いて人型の魔物と対峙することへの不安など吹っ飛ぶ現金なシヴァであった。
「合い分かった。して、ゴブリンの集団はいずこに?」
「ここより東の方にある丘陵で見たと商人は言っていたが、今もそこにいるかは定かではない。すまぬ」
答えたのは見張りの男。
「いや構わんよ。方角さえ分かれば後はこちらで見つけよう」
実際、方角さえ分かればドローンを飛ばして探せば直ぐ見つかるだろう。
席を立つシヴァに、村長と見張りが不安そうな顔を見せてきたので、「何、心配は無用だ。昨日のサーベルラビット同様、ちょちょいと屠ってご覧入れよう」と不敵に笑って見せ、村を後にした。
時代がかった喋りはもはやノリである。
村を出てゴブリンの集団を探して東に走ること十数分後――ドローンのレーダーが遂に件の魔物を捕捉した。
「あれがゴブリンか」
シヴァは今、手ごろな場所でステルスモードで身を潜めつつ、多機能ゴーグルの電子双眼鏡を用いてゴブリンを観察しているのに加えて、ステルスモードのドローンを一機、ゴブリンの頭上近くに向かわせて集音マイクで敵の声も拾っていたりする。
電子双眼鏡で見るにゴブリンの数は十一。
その姿は全身緑色。子供と見間違うほどに背が低く、醜悪な顔には小さな角が二本、額から生えている。
身に着けているものといえば、腰に巻いているボロ衣一枚くらいだ。
岩に腰かける二匹のゴブリンが、その前に座る残りのゴブリンたちに何かを話している。
その様子から岩に腰かけるあの二匹が群れを率いるボスなのだろう。ボスクラスが複数いるのは予想外だったが、やることは変わらない。
まずは情報収集だ。
シヴァはさっそく多機能ゴーグルに備わるスキャナーで、まずはボスと思われる二匹から調べ始めた。
結果――。
【ゴブリン・ストロー】
ゴブリン級の中では軽量型。
その軽さ同様、フットワークも軽く、トリッキーな動きで翻弄してくる。
自らの足に誇りを持っており、正面から打ち合うことを好む自信家でもある。
攻撃手段は足を生かしたヒット・アンド・ウェイ。
要するに素手のみ。
剥ぎ取れる素材は魔石のみ。
たまに襲った人間から奪ったお金を持っていることもある。
討伐証明はギルド規定の右犬歯。
総討伐数――0。
【ゴブリン・ストロー(フリッカー型)】
ゴブリン・ストローの亜種。
トリッキーな動きと独特なパンチで翻弄してくる。
自らの足と戦闘スタイルに誇りを持っており、正面から打ち合うことを好む自信家でもある。
攻撃手段は足を生かしたヒット・アンド・ウェイと軌道を読みにくいパンチ。
要するに素手のみ。
剥ぎ取れる素材は魔石のみ。
たまに襲った人間から奪ったお金を持っていることもある。
討伐証明はギルド規定の右犬歯。
総討伐数――0。
(ストローって何だよ!? え、何? 重量別? この世界のゴブリンって重量別なの? ってことは他にバンダム級やらヘビー級がいるってこと!? しかもフリッカーって! ああもう、どこから突っ込めばいいんだよ! 次だ次!)
シヴァは気を取り直して、他のゴブリンたちをスキャンした。
【モブゴブリン】
どのゴブリン級にもなれない半端者。それがモブゴブリンである。
決してホブゴブリンではない。
半端者ゆえ、格上のゴブリン級に憧れを抱いており、いずれかのゴブリン級をリーダーと捉え、その取り巻きになっていることが多い。
自分たちのリーダーが戦う際は戦闘の説明役に徹するか、引き立て役になる。
戦闘スタイルは人間から奪ったナイフ等を用いるか、自身の爪や牙を使用するが、半端なく弱い。それがモブゴブリンである。
剥ぎ取れる素材は魔石のみ。
たまに襲った人間から奪った武器やお金を持っていることもある。
討伐証明はギルド規定の右犬歯。
総討伐数――0。
(…………と、とりあえず、ゴブリンたちの会話でも聞いてみようか)
モブゴブリンの残念すぎる情報をスルーしたシヴァは、ドローンの集音マイクが拾う声に意識を集中することにした。
(会話しているっぽいし、上手く翻訳機能が働いてくれるとありがたいんだが)
インプットされていない異世界の言葉が何故か翻訳できているのだから、魔物の言葉だって翻訳できるだろうと考えたのだが、果たして――
『[――いいか、お前らに足りないものはガッツのあるパンチだ、分かるか?]』
『[わかんねーっスッ、アニキ!]』
『[チッ! だからお前らはいつまでも半端なのさ、なあ兄弟]』
『[言ってやるなよ、兄弟。こいつらはこいつらで必死なのさ、俺たちみたいになろうってな。俺はそういうの、嫌いじゃないぜ?]』
『[へっ、相変わらずお前は下に甘いんだよ。……だが、そうだな。俺たちもそうやって強くなったんだよな]』
『[そうさ、だから今度は俺たちがこいつらを強くすんだよ。俺たちを鍛えてくれた先輩たちみたいにな]』
『[俺たちが先輩か……悪くねえ。悪くねえよ、ブラザー――いよぅし、おめえらぁ! 強くなりたかったら俺たちに着いてこいやああ!!]』
『[アニキたちマジカッケェッス! 俺ら一生付いていきまッスよーー!!]』
「ブフゥーーーーーー!!!!」
ゴブリンの言葉が翻訳されるのは嬉しいが、出来の悪いヤンキー漫画のような内容に、シヴァは隠れていることも忘れて豪快に吹いてしまった。
そして間が悪いことに、シヴァの笑い声は思いのほか響いた。しまったと思うがもう遅い。
『[ムムっ!? 笑い声ッス! アニキ、笑い声ッスよ!]』
『[近くに誰かいるッス! チョーヤバクねッスか!? ウチラ半端なく弱いんでチョーヤバッス!!]』
『『[マジヤバーッス!!!!]』』
目敏くならぬ耳聡くシヴァの笑い声を拾ったモブゴブリン達が騒ぎ始めたのだ。
慌てふためくモブゴブリン。今にも逃げ出しそうな敵を前に、シヴァは逃げられても面倒だとすぐに狙撃銃を装備する。
本当なら情報を見たあとでEFⅩⅥに切り替えて接近戦を試そうと思っていたのだが、こうなっては止むを得まいと気持ちを切り替えた。
狙撃銃に取り付けられたスコープカメラの映像が多機能ゴーグルに映し出される。
一匹のモブゴブリンに照準を合わせると、照準の下に距離が表示される。
彼我の距離は百十二メートル。十分有効射程であり、この距離なら敵が動いていても当てるのは容易だ。
シヴァは未だ騒ぎ続けるモブゴブリンたちの声をイヤホン越しに聞きながら、指を掛けたトリガーを引こうとした瞬間、思いも寄らないことが起こった。
『[手前らグダグダ騒ぐんじゃねえーー!!]』
岩に腰かけて静観していたゴブリン・ストローの一匹が声を荒げると、モブゴブリンたちがビクリと体を震わせて声を静めた。
シヴァも思わず指を止めてしまった。
『[ったく、手前らはどうしようもない臆病モンだなオイ。たかが笑い声が聞こえたくらいでよお。ああッ!?]』
『[だだだ、だけどよう、アニキィ。敵は隠れて俺たちを見ているかもしれないんッスよ――あだっ!?]』
情けない声をあげるモブゴブリンの頭をゴブリン・ストローが立ち上がりながら叩いて黙らせた。
『[だったらなおさらシャンとしろ! 隠れている敵にビクついてんじゃねえぞ! ああッ!?]』
『『『[すすす、スミマセンッス!]』』』
『[……やるのか、兄弟]』
『[やるさ、ブラザー。こいつらを守ってやらなきゃいけねえからな]』
そうだろ? と問うゴブリン・ストローに、やれやれと言いたげに首を振るフリッカー使いのゴブリン・ストロー。
『[ま、まさかアニキが動く!?]』
『[あのスピードスターの異名を持つアニキが!?]』
『[ゴクリ……ヤベー。ヤベーよこの展開]』
説明口調で見守るモブゴブリンたち。その間もストロー級の二匹の会話は続く。
『[お前は熱すぎるのさ。だがな、お前のそういうところ嫌いじゃないぜ、俺は]』
立ち上がるフリッカー使い。
『[何だ、お前も来るのか]』
『[相棒がこいつ等を守るとやる気出してんだ。面倒だが、手伝わないわけにもいかねえだろ?]』
いかにも面倒くさそうな態度だが、その口元は楽しげだ。
『[ゲゲェッ!? フリッカーのアニキも出るッスか!?]』
『[マジヤベーよ! こうなったら敵、終わりじゃんよ!!]』
『[スピードスターと幻惑のフリッカーのタッグ……金が取れる戦いになるッスよ]』
『[……俺たちは今、歴史的な瞬間に居合わせているのかもな]』
驚愕に染まりながら説明するモブゴブリン。その間もさらにストロー級の会話は続く。
『[へっ、俺もお前のそういう素直じゃないところ、嫌いじゃないぜ?]』
『[フッ]』
互いに目を合わせずに、腕をかち合わせるストロー級。
『『『[カッケーーッスーーーーーー!!!!!!!!]』』』
興奮するモブゴブリンたちの間を、二匹のゴブリン・ストローが腰布に親指だけを引っ掛けて進むと、大声を上げた。
[聞こえるかチキン野郎! 俺はここだ! ここにいる!!]
ゴブリン・ストローの声はドローンの集音マイクを通さなくとも、シヴァの元まで届いた。
大した声量だと感心しつつ、ゴブリンの言葉を聞く。
[隠れているお前が誰かは知らなねえ! でもな、もしもお前が男で、戦士なら、正々堂々と出てきやがれ! 出てきて俺と戦え!!]
「……って、そんな大勢従えた奴が言ってもなあ。正々堂々って言うんだったらそのモブどもをどっかにやってくれよ」
しかもさっきフリッカー使いも一緒に戦うと言っていたのも思い出し、シヴァは絶対に出て行かないと心に決める。
[さあどうした出てこいよチキン野郎……それとも俺の足が恐いか? ああっ!?]
言って、ゴブリン・ストローはファイティングポーズを取り、体でリズムを取りながらシュッシュッと軽くジャブを始める。さらには膝を柔らかく沈めながら軽やかなステップを刻むではないか。
『[ヒュ~ッ、相変わらずキレのいい動きをしやがるぜ、俺の相棒は。……ったく、そんな動きを見せられたんじゃ、俺も疼いて仕方ねえ……アップ、始めるぜ]』
不揃いな歯が並ぶ口を尖らして不恰好な口笛を吹いては相方を褒めたフリッカー使いのゴブリン・ストローが、その独特な構えを披露する。
利き手の右腕を直角に曲げ、肩を使ってリズムを取る。
歯の隙間から[シッ、シッ!]と息を吐きながらしなるパンチで空を切る。
いつしかストロー級の二匹は互いをスパーリングの相手に寸止めのウォーミングアップをし始めた。
『[な、なんて無駄の無い動きなんだ!]』
『[動きだけじゃない、相手の動きを正確に捉えないとあのギリギリのパンチは打てないッスよ!]』
『[お前、あの動き真似できるか?]』
『[できるわけないだろ……これは敵が出てきても一瞬で終わるかもな]』
『[ああ。俺たちモブにできるのは、その一瞬を見逃さないことだけだ]』
『「問題は、その一瞬がいつ訪れるか、だな」』
ハイレベルなストロー級二匹によるスパーを見ながら、モブゴブリンたちは顎を伝う汗を拭い、まだ見ぬ敵に同情したのだった。
その一方、モブゴブリンに同情されるシヴァもまた、ストロー級のスパーの様子を狙撃銃のスコープカメラで見ていたのだが、モブたちと違って眉を顰めていた。
端的に言えば、凄くイラついていた。
まず、何気に様になっている構えがイラつく。
何気にレベルが高いスパーがイラつく。
時折り相手のフェイントに引っかかりそうになり、不細工な口笛を吹いておどける様子にイラついた。
(クッ! ゴブリンのくせに何だあのイケメン感!)
要するに何もかもが気に入らないのだ。思わずこのまま撃ち抜いてもいいんじゃないかと思うほどに。
(いや、だが待て。ゴブリンといえばザコ敵が定番。確かに構えやスパーを見る限り様にはなっているけど、あの程度ならEFⅩⅥ仕様の俺なら余裕で瞬殺できるレベルだ)
いつまでも直接切り殺すのを嫌がって、WGⅢ仕様で戦うわけにもいかないだろう。敵の中には遠距離攻撃が効かないのもいるはずなのだ。
だとすれば苛立ち紛れに狙撃するよりも、接近戦に慣れるための練習台になってもらう方がいいだろう。
シヴァは何度か深呼吸し、昂ぶった感情を冷ましていく。
そしてトリガーから指を放したその時、
『[へっ、どうやらチキン野郎は俺たちのこの動きを見てトンズラしたようだなブラザー]』
『[フッ、それも仕方ないだろうさ。それくらい、お前のスピードは脅威だからな]』
『[お前のフリッカーもな]』
スパーを止め、ストロー級の二匹が互いを褒めあう。
『[だが、注意は怠るなよ兄弟。敵はチキンかもしれないが、どんな攻撃を仕掛けてくるか分からないんだからな]』
諌めるフリッカー使いの言葉に、ゴブリン・ストローは嗤う。
[ヘッ! チキン野郎が攻撃だぁ? 面白れぇ。だとしたらどんな攻撃かむしろ見てみてえじゃねえか、なあチキン野郎! どんな攻撃でも構いやしねえよ! 男らしく俺をヤってみなよ! ああっ!?]
腰布に親指だけを引っ掛けて大声で挑発してくるゴブリン・ストロー。
「…………」
流石にカチンときたシヴァは男らしく――
[オラどうしたチキンや――けぴゃッ!]
トリガーを引いたのだった。
[え? あれ?…………きょう、だい? 兄弟ーーーーーー――アパハッッ!!]
突然頭の上半分が吹き飛んだ相棒に驚愕するフリッカー使いの頭も叫んだ次の瞬間には吹き飛ぶ。
[アニキーーー――ッパ!]
[ヤバーッス! どっかから攻撃受けて――ップ!?]
ストロー級を仕留めた後も、淡々とモブゴブリンたちを狙撃していくシヴァ。
トリガーを引く度にゴブリンの悲鳴が上がる。
それでもシヴァは撃つのを止めない。
もはや人型の魔物を殺すことに何のためらいもなかった。
それから一分後。
全てのゴブリンを殺し終えたシヴァは、剥ぎ取りを行うために死体が散乱する場所まで来ていた。
「やっちゃったなあ。EFⅩⅥ仕様で接近戦を試すつもりだったのに、あんな挑発で我を忘れるとは……反省」
装備をWGⅢからモンスレ7Gの料理人シリーズ装備へと変更しているシヴァは、「あちゃ~」と頭を抱えた。
まさか自分にこんな凶暴な面があったことにも驚いている。
「まあ人型の魔物も抵抗無く殺せたんだし、挑発に乗ったことも今度から気をつければいっか。……あとは剥ぎ取りに慣れるだけだな」
視界中央に浮かぶのは、モンスレ7Gで倒した敵の前に立つと現れる『剥ぎ取る』のアイコン。
これを選べば後は体が勝手に動いて剥ぎ取りを済ませてくれるのだが……未だグロ耐性がない身としてはキツイ。
(とはいえ、討伐証明の右犬歯を村長に見せなければ信じてもらえないだろうしなぁ。あと魔石も欲しい)
シヴァは大きく深呼吸すると、気合いを入れて『剥ぎ取る』を実行した。
すると体が勝手にしゃがみこみ、どこからともなく取り出したナイフを目の前のゴブリンに向ける。
そして、剥ぎ取りという名の解体が始まった。
「グロイ~~~~~~!!!!」
シヴァの情けない悲鳴が草原に木霊した。
【ゴブリン・ストローの魔石を手に入れた】
【ゴブリン・ストロー(フリッカー型)の魔石を手に入れた】
【ゴブリン・ストローの右犬歯×2を手に入れた】
【モブゴブリンの魔石×9を手に入れた】
【モブゴブリンの右犬歯×9を手に入れた】
「……さすがに十一体も解体もとい剥ぎ取りをすれば少しは慣れもするよね……」
乾いた笑いをもらすシヴァの目は光を失っていた。
が、彼の言うとおり、途中から悲鳴をあげることはなかった。目は死んでたが。どちらかと言えば慣れたというより麻痺したという感じだろう。
それでも進歩は進歩だ。
拷問のような時間が終わったので、シヴァは再びWGⅢ装備へと変える。
「さて、魔石も討伐証明も手に入れたし、村に戻るか」
剥ぎ取りの嫌な記憶を置き去りにするかのように、パワードアシスト全開で走り出すのだった。




