寮の説明
「青い紙は持っておろうな」
「うん」
青い紙には、寮の説明が書いてあるはずだ。
「まず、一つ目じゃ」
二人は、サジェスの部屋のすぐ外にある、ソファーで向き合い、話し始めた。
「寮母さんに、分からないことがあったら電話をしてって言われたじゃろう? 電話のかけ方じゃが聞いたか?」
聞いてない。ティアラと同じじゃないのか。
「ちょいと、わしの部屋へ来るのじゃ」
アンヌはスタスタと珊瑚の絵の部屋へ歩いていく。
「この電話はマーメイド寮だけで使えるのじゃ。なにも押さないで受話器を取ると、下の受付につながる。電話したい相手の魔力を登録すれば、その相手とも電話できるようになるのじゃ」
アンヌの部屋の電話は、数字がなかった。代わりにいくつかの海の生き物のボタンがあった。あとは、透明のボタンが沢山ある。内線のような電話らしい。
「試しに、わしの電話機にサジェスの魔力を登録してみるのじゃ」
「え……」
どうしたら、いいのだろうか? 電話機全体に力を籠めるようにしたらいいのか?
「ん? あ、ここじゃ。この透明のボタンに力を籠めるのじゃ」
海の生き物のボタンじゃない方に力を籠めればいいらしい。
指をボタンに触れて、サジェスは力を籠める。
「その調子じゃ」
だんだん亀の形になっていく。
カチッとなり、それ以上力が籠められなくなった。
「これでいいの?」
「うむ。それで、次はサジェスの部屋へ行くのじゃ」
「うん」
もう、ドアの開け方は覚えた。
亀のドアの前に立つ。真ん中の金色の泡のようなところに鍵を挿す。そして、回す。
開いた。ばっちりだ。
「あっ、いいよ。入って」
アンヌは、律儀にも部屋の外で待っててくれた。
まだ部屋は見事に殺風景だ。私物は、持ってきたリュックのみ。見られてはダメなものなんて一つもない。
「失礼するのじゃ」
二人は机にポツンと乗っている、電話機へ向かう。
サジェスの電話機は、アンヌと同じようだ。しかし、電話機のボタンの色が違う。
「どこ?」
力をどこに籠めればいいのだろうか?
「まず、電話自体にサジェスの魔力を登録するのじゃ。そうしたら、次にわしの魔力をサジェスの電話に登録するのじゃ」
サジェスは首を縦に振り頷いた。
電話機へ手を当て力を籠める。押し込むように、押し込むように力を入れていく。
「あっ」
力の流れが遅くなった頃、ボタンの色が代わり始めた。
白から透けるような透明に。
またまたカチッと音がして、全ての色が変わり、力が籠められなくなる。
「できた」
「うむ。サジェスの電話機の登録は終了じゃ。次は、わしじゃな」
次はアンヌが、サジェスの電話機のボタンに魔力を流す。アンヌもドアと同じで、珊瑚のボタンになっていた。色もついていてかわいい。
「は、早い……」
そして、何より一瞬で終わっていた。
「ふぅ、久しぶりに本気出したのじゃ! どうじゃ、サジェス。早かったじゃろ?」
「うん!」
サジェスとは比べ物にならないくらい早い。早すぎる。
みんな、アンヌみたいに魔法が使えるのだろうか? サジェスは授業についていけるだろうか? さまざまな不安が心に浮かぶ。
「サジェス、わしの部屋に電話をかけてみるのじゃ。まず、受話器を外してボタンを押す。そしたら繋がるのじゃ」
ここの受話器は細いただの棒だ。細いから、落としそうで少し怖い。それに、受話器はコードでつながっていなかった。
「えっと……次は、ボタンを押すんだよね」
アンヌはいつの間にか、部屋に戻ったみたいだった。
ボタンを押すと、サンゴが光り出した。アンヌの部屋の方から、ベルが聞こえてくる。
「はーい! もしもしなのじゃ」
アンヌだ。もしもしって全世界共通なのか? 頭に、アンヌの声が響く。
「もしもし」
「あ、サジェス、声に出さなくてもいいのじゃ。頭の中で、強く思うのじゃ。そうしたら、他の人に聞かれる心配がないのじゃ」
なるほど。頭の中に強く思い浮かべて……。
「わかった」
頭から、その言葉が、飛んで行った気がした。
「できたのじゃ。これで電話は、完璧じゃ。次の説明に行くのじゃ。ソファーとかあるとこで集合じゃ」
「うん」
がたんと部屋の外で音がした。それに、頭の中で声が聞こえなくなる。
「サジェス、早くするのじゃ」
開け放した、ドアの向こうから、アンヌの声がした。
早い。もう部屋を出てるなんて。
「今行く」
電話を一目見ると、サジェスも部屋を出た。
「次は、この建物の造りについてじゃ」
「うん」
「一階は、受付とあの人、寮母の部屋じゃ。あと、奥の方に倉庫がある」
倉庫なんてどこにあるのだろうか、受付の他はエレベーターしか見えなかった。寮母さんの部屋は、あの女の子、寮母さんが下りて来たところだろう。受付の横のところだ。
「二階は会議室やコミュニティーホールじゃ。会議室はいくつかあるから何でも使っていいのじゃ。コミュニティーホールはここみたいな感じじゃ。」
いっぺんに聞いて覚えられるだろうか?
まぁ、忘れたらまた聞けばいいかな。
「三階は男子の階じゃ。で、四階は女子の階じゃ。どっちも同じような造りのはずなのじゃ。わしは、三階で降りれないけど男子から聞く限り同じじゃ」
次にいっていいか目で尋ねるアンヌに向かい頷く。
「そして、五階、六階は屋根のところじゃ。中は物置っていうか……、まあ、みんな滅多にいかないのじゃ」
サジェスが使うのは、この四階と二階、そして、一階の所だけみたいだ。
「寮についての説明は、そうくらいなのじゃ。決まりは、普通に過ごしていれば、破ることはないのじゃ。だから、説明は後で青い紙を見るのじゃ」
「分かった」
青い紙、見ないなら部屋に置いてきても良かったかも。
「明日は学校じゃな?」
何か言いたそうに、アンヌは切り出した。
「うん。寮母さんに八時くらいに下に来てって言われた」
受付の所で、さっき言われた。
「な……」
一度目を見開いたアンヌは、目線を下げ、口を開く。
「……そ、そうか、ならわしは必要ないのじゃ」
「え……」
アンヌはソファーに横になって、顔をそむける。なんで……。
「一緒に学校、行かないの?」
「わしは、ごろごろしたいのじゃ。久しぶりにこんなに話したのじゃ。お休みなのじゃ」
え……。
急にそっけなくなってしまった。
どうしよう……、一緒に学校に来てくれると思ってた。おんなじ一年生。クラスでも一緒にいられると思ったのに。
それにもっと、もっと話したい。
「ま、まだね、聞きたいことがあるの」
「もう終わりじゃ。早く部屋に戻るといいのじゃ」
アンヌは、顔を見せてくれない。声もくぐもって聞こえた。
「アンヌさん」
「……邪魔しないでほしいのじゃ……」
けど、これは、聞いておきたいのだ。
「わ、私の、と、友達に、な、なってくれますか?」
「……」
沈黙が二人を包む。
そっと、顔を見せたアンヌの顔は濡れていた。
「わしでいいのか? ほかにもっといい友達ができるじゃろ?」
何を言っているのだろう? 友達になりたいから言っているのに。
「アンヌさんと、ううん、アンヌと友達になりたいの」
優しく、いろいろ教えてくれたから。一緒の一年生だから。一緒にいると楽しいから。過ごしやすいから。
友達になりたい。
「ほんとにいいんじゃ? わしは、わがままで、不愛想で、それに……」
「いいの」
それ以上言わなくてもいい。友達になりたいのには変わりはないのだから。
「分かったのじゃ――っよろしくなのじゃ――」
アンヌの目から、涙がこぼれる。次から次へと、溢れている。
そんなに泣くことだろうか。
「こちらこそ、よろしくアンヌ」
サジェスは、精一杯の笑顔を作り、アンヌに笑いかけた。
次は、部屋の中です。




