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地底に存在する世界    作者: 風鳥 紀乃
地底世界
11/23

住民登録

(おもて)を上げよ」


 顔を上げると、目の前に王が立っていた。

 パテラより少し若いくらいで、優しそうな目の人だ。


「そなたが元気そうで何よりだ。今日は住民登録するということだが、大丈夫か?」

「はい……」


 学校に通うためにも住民登録は必要だ。王は体調を心配してくれていたらしい。


「では、儀式を始める。椅子に座っておれ。パテラ達も同様だ」

「はい」


 王は座ると、アレンに何かお皿のようなものを持ってこさせた。

 机に置かれたそれを見ると、三つの色で仕切られている。


「青が移動。黄が変身。白が物質生成だ。この四角い箱に気持ちを押し込めるように、手で力を込めろ」

「はい」


 四角い箱は、お皿の横にいつの間にか置かれていた。そして、お皿の中にはパチンコ玉のようなものが入っている。

 沙箜は四角い箱を手に取り、力を込めた。


「うわぁ、すごいです! 色が変わっていきます!」


 お皿と金属が擦れる音の中に、ルイスの声が聞こえてきた。しかし、少女はそちらを見ることができない。箱から目を逸らしたら、失敗しそうで怖かった。

 箱は角かだんだん丸くなっていき、さらには、平らになっていく。

 押し込むように、押し込むように、力を込めていく。

 汗が額に(にじ)んでいるのを感じるが途中でやめる訳にはいかない。


「もうよかろう。よく頑張った」


 おわったぁ。

 顔を上げ見たお皿は、二色の光に輝いていた。中に入っている金属の玉は真ん中のところで止まっている。

 さらに、丸い薄くなった灰色の石を見ると、なにやら文字らしきものが刻まれている。


「住民票をこちらへ」

「は、はい」


 目線から今、手に持っているものが住民票だと知った。


「ふむ。沙箜、貴方の得意魔法は変身と物質生成だ。練習や学びに励むように」


 あのお皿のようなものは、魔法を調べるためのものだったようだ。

 変身と物質生成。東ラで魔法を学ぶのが楽しみだ。まさか、魔法を使えるなんて、夢のようだ。


「とりあえず、住民登録は終了した。そして」


 王は口を開くと、苦々しい顔で言いにくそうにこちらを見た。


「そなたは、ティエラでの名をこの世界では使えない。ここの世界、ラフェイでの名は……サジェスだ」

「え……?」

「ラフェイとティエラでは同じ名は使えない。今までそなたはラフェイでの名がなかったが、今日できた。だから、今日からはサジェスだ」


 頭が真っ白になる。


「前の名を使ったら、どうなるのですか」

「どうなるもなにも、自分の名を名のるときに、サジェスとしか名のれないのだ。そなたのことを呼ぶときも、サジェスとしか呼べない」

「え……」


 沙箜、いやサジェスは、口を開いた。


「自分のことサジェス(沙箜)って言えます。サジェス(沙箜)っ……て……」


 沙箜と言っているつもりなのに、言えない。沙箜と言いたいのに、口から出てくる言葉は、サジェスだ。


「なんで……じゃあ……もうサジェス(沙箜)って言えないんですか。サジェスとしかっ名のれないの?」

「ああ」


 そんな。サジェスと口にする度に涙が溢れる。

 カワンやパテラの方を見ると、苦虫を潰した顔で目をそらされた。

 何も言葉が出せない。これからは、沙箜という名前を置いて、生きていくのだ。


「アレン、人払いを」

「はい。わかりました」


アレンは、カップにお茶をたすと部屋の外へ出た。


「では、父上、私も」

「いや、ルイスはここにいてかまわない」

「はい」


 上げかけた腰を下ろし、姿勢を正すルイスの姿は、大人びて見える。


「サジェス、そなたはティエラの家族と離れここで暮らすことになる。それは辛いかもしれないが、ここでしっかり生きてほしい。そしたら、いずれティエラに帰れる日が来るであろう」

「え……」


 パテラはもう帰れないと言っていた。けど帰れるのだろうか?


「今は帰ることはできないが、虹石(こうせき)が見つかれば、帰れる。勉学に励み、ゆっくり帰る方法を探すと良い」


 じゃあ、帰れるんだ。今を頑張れば帰れるんだ!

 サジェスは、自然と笑みがこぼれた。


「父上、その石はどのようなものなのですか?」


 ルイスは石について知らないらしい。サジェスも聞きたいので身を乗り出すが、みんなに目を()らされた。


「この石は、魔力を持つ石なのだ。それゆえ、どこにあるかは秘密とされており分からないのだ」


 サジェスは言葉を口に出せなかった。

 それじゃあ、見つけられないじゃん。どこにあるのか、分からないなんて……。どっちみちこの世界で生きるしかないってこと?


「しかし――」


 話はまだ続いていた。


「何十年かに一度な、虹石は割れるものなのだ。だから、何かしら手がかりが残っていると思う」

「でしたら、父上、手がかりを見つけることができれば、虹石は見つかるのですね」

「ああ」


 ルイスは見つかると思っていそうだが、王がいう通りなら、可能性は極めて低い。本当に手がかりは見つかるだろうか?


「まあ、サジェスが考えることもわかるわよ。けどね、とりあえず、今は学校の事を考えなさい」

「今度、おばあ様に聞いてみるよ。おばあ様は、以前石が砕けたときに生きていたんだ。学校が休みの時にサジェスも一緒に行こう」


 みんながサジェスを元気付けようとしてくれていることが伝わってきた。

 ティエラに帰れないことは寂しいが、今はこの世界で精一杯やっていこう。


「うん。わかった。学校に行くよ」


 サジェスの言葉にみんなが頬を緩めた。


「ぼ、ぼくも、がんばります。お勉強をがんばって、資料を探してみます!」


 幼い男の子の言葉にその場が(なご)んでいく。


「なっなんで笑うのですか! みんなががんばっているので、ぼくも、何かしたいのです!」


 ぷうと頬を膨らませて言う、ルイスの姿は年相応で、とてもかわいらしい。


「あっあっあ分かった。すまなかったなルイス。その調子で頑張っておくれ。資料探しを頼む」

「はい!」


 ルイスの顔が輝いた。


「あと、図書室の一番下の段なら、ルイスもわかるはずだ。お伽噺(とぎばなし)の中にも何かあるかもしれない。絵本のところも頼む」

「はい! 任せてください!」


 ルイスは胸を張り、握った右手を左胸に打ち付けた。


「よし。では、重苦しい話はこの(あた)りで終わりにしよう。さて、サジェス――」


 なんだろうか?


「私にティエラの事を教えておくれ」


 空気が(やわ)らいだ瞬間、サジェスの名前が呼ばれたからはらはらした。しかし、王が目を輝かせて話してくるので本当に楽しみだと伝わってくる。


「えっ」


 話してほしいと言われても、何を話していいか分からない。困って、カワンの方を見ると、カワンが口を開いた。


「向こうの世界の話は、あいつから聞いていますよね? サジェスが困っているからあいつから聞きなよ」「こないだ帰ってきたときに聞こうとしたら、すぐに東ラに行ってしまってな。まだ話を聞いてないのだよ。」


 あいつとは、誰だろうか?


「東ラなら、王なんだから簡単に行けるじゃないか」

「それがな」


 王はそっと視線を反らした。


「あの子が小さい頃に、お父様は学校で話しかけないで! て言われてしまってな」

「ああ、あの時か」


 王とカワンが目を会わせてなにやら分かち合っている。何があったのだろうか?


「なんだいカワン、私その話聞いてないよ」


 パテラが、カワンを睨みあげた。横にいるサジェスまで体がビクリとなる。


「べ、別に言うほどのことじゃなかったし」

「そうだ、そんなにたいした話じゃない」


 なぜか慌てたようすで、話を終わらせようとしている。


「なんだい、私にできない話なのかい!」

「い、いやできなくはないが……」


 王からは話したくないオーラが出てくる。


「僕も聞きたいです。父上」


 黙って成り行きを見ていたルイスが突然口を開いた。


「ル、ルイス」

「いいですよね?」


 きらきらとした無垢な瞳に見つめられて、王は敗れた。


「はぁ、しかたない」


 王は、しぶしぶパテラに話始める。どうやら、しつこい父に幼い娘が怒ったらしい。そして、嫌われると思った王が、もう学校には来ないと宣言したそうだ。


「面白そうな話じゃないか。だから学校に突然行かなくなったんだね」

 聞いているうちに、あの子とは、王の娘でルイスの姉だと分かってきた。


「だから、頼む。サジェス、ティエラについて教えてくれ」


 何を話せばいいのだろうか?


「サジェス、平気か?」


 カワンは話かけてくれたが、何を話せばいいか分からない。必然的に黙ってしまう。


「ティエラの様子を知りたいのだ。ナユラさんが来て70年くらいたつ。ラフェイが変わったように、ティエラでも変化があるのだろう?」

「あの……、たくさんありすぎて何を話せば良いのか分からないです……」


 70年前と比べて変わったことはたくさんある。70年前といったら戦後だ。携帯電話がなければ、テレビもない。食べ物をてに入れるのも大変だったと聞く。何から話していいか分からない。


「なんでも良いのだ。ああ、そうだ、学校はどんななのだ?」

「学校……?」

「ああ」


 学校は、幼馴染みと通ってた。いつも沙箜の支度が遅くて、学校についたら朝の時間が大好きで……。日が差し込む机で本を広げて、物語を読み進める。

 こないだは、高校で、初めての友達ができたんだった。もう帰れないのなら、もう会えないのかな。

 鈴帆は元気だろうか? 瑠美は? せっかく友達になれたのに……。体操部、見てみたかった……。


「サジェス、大丈夫か?」

 気づいたら顔を塩水が流れていた。

 しょっぱい。涙が止まらない。止めたくても止まらない。思い出があとからあとから溢れてくる。


「す、すまない。そんなに話したくなかったのか?」


 違う。そうじゃない。ただ、寂しくなってしまっただけだ。

 少女はただ、首を振った。

次は、学校へ行きます。

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