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さよならマーチェンナイフ  作者: 湯島結代&水鳴倫紅
ヘタレ編
22/28

別れ


大きく息を漏らす、肩で息をするような呼吸。何も映らない床を見つめ、荒れる呼吸を吐くばかり。

先ほどの炎は?彼女は?体は?熱くは…ない。どちらかと言うとひどく冷たい雨に濡れたような、寒さを感じる。これはきっと…。

カラカラと音を立てて、剣は床を滑り僕の目の前に。

「立て。そして取れ。あとは、わかるだろ?」

ニヤリとした顔で仮面を取る。その顔は、やっぱり、僕だった。

「…やあ久しぶり、男らしい僕」

「…ああ久しぶり、女々しい俺様」

「……」

「……」

立ち上がり握った剣。互いを指さすかのように、剣先を交える。

「……僕、どうやって戦えばいいのかなぁ」と、思わずヘタレてしまう。

「んだよなっさけねえな!」

「ご、ごめん…」

「…ったく」

しらけた、と言わんばかりの顔。なのに僕はなんだか、懐かしさすらも感じてしまう。

「言葉を出せ。それが剣を動かす鍵だ」

「言葉?」

「なんでもいい。気持ちの乗った言葉なら、そうたとえばこういう風にな。【くたばれ!】」

ギィンと言う音と火花を交えながら、僕はなんとか彼の攻撃を剣で受け止める。

「言葉の重みが攻撃の重みってやつだ!今いるこの白黒の世界のようにシンプルでいいだろう?!」

「・・・ああ、そうだねっ!」と、剣をはじき返す。

僕にこんな力が?と自分の手を見る。・・・いや、きっとこれは与えられたものなんだろう。

「勝ってよ、絶対」。ふとどこからか、そう言われている気がした。

「・・・うん、だから・・・・・・【僕は負けない!!】」

言葉に合わせて体が、剣が動く。

「ははっ!いいねえ!その調子だよ【頑張っちゃいな!死にぞこない!】」

あとは言葉を、思いを絶やさない事だ。

「【死にぞこないは君のほうだ】」

「そうだな!【誰が殺した?!】」

「…僕だ。男性が苦手なあの子のために、【男である僕を捨てた】」

まるで、冷静と焦りは僕と彼で逆のようだ。

「そうだそうだ!だけどお前は完全に女にはなれなかった!【何故だ!】」

「…迷いがあったから。本当は僕だって【男として男らしくあの子を愛したかった】」

「だからお前は!!」

「そうだ僕は」

「「【どちらでもない存在】だ!」なんだ」

言葉と言葉がぶつかる。互いの言葉は反発し剣を弾き、互いに剣を広う。

「……幸せな夢を見れる本の効果を信じた少女はそれを試した。けれど配役までは考えていなかった」

先ほどまでとはうってかわって、冷静に淡々としゃべる彼。

「あの子の描いた物語の俺様は王子で悪で、お前は母親で女だった」

「母親、かぁ…」

「…それでもいいじゃねえか。ちゃんと役名があった」

「君にも役名はあるじゃない」

「本当の名前は、俺の」

「…それは×××?」

僕の名前を口にすると、彼は小さく首を横に振った。

「それはだめだ、御姫様が混乱しちまう」

「そっ…か」

「…たとえ王子であっても俺様に与えられた設定は悪だ。でもな、俺様、いや俺は今ここにいる。御前とは人工性精神双子のようなものだが、しっかり生きている。ならあとは、わかるよな?」

再び雰囲気が先ほどの緊迫したものになる。

「お前を殺して!俺がその名前で!その体で!【生きていくんだ!】」

「っ…」

振り下ろされる一撃は先ほどの物より重く、少し足が引いてしまう、

「…【君は生きたい?】」

少し悲しい気持ちで、訪ねた。

「…ああ。ああそうだよ!俺だってな!【生きたかった!】人として!男として!誰かを!【あいつを愛したかった!】俺だって普通の【幸せな夢を見たかった!】俺だって!俺だって!俺だって!!【生きて…あの子と幸せになりてえんだ!!】」

ポタポタと流れ落ちる僕の血は、やがて血だまりへ。ぐらりとそこへ落ちそうになるも、足を踏ん張り前を、彼のほうを向いた。

「…お前、最後わざとくらっただろ。なんでそういう事をするんだ。あ?なめてんのか?!お前のそういうとこが【大嫌いなんだよ!】」

振り降ろされる剣を左肩で受け止めながら、僕は彼を抱きしめた。

「……何、してんだよ」

「…ごめんね」と言う言葉と共に、涙があふれ出る。

「僕が、僕が迷いさえしなければ君は、こうやって苦しまずに済んだのに」

「…あ?」

「…幸せは試練の先にある。あの本の言葉」

「……で?」

「僕も登場人物ならば、これは、僕の試練でもある」

「だから?」

「だから僕は、受け入れる」

「…泣ける自己犠牲ってか?」

「そうかもしれない。…けれど、僕はそれでも前へ進む。君を殺すんじゃない。傷を、過去を、君を、【受け入れて前へ進む】」

「……そうかよ。ほんと、短い剣なんて、ヘタレで女々しいお前らしい剣だぜ」

彼の腹からは、血がポタポタと流れ落ち、僕の血と混ざり始めた。

「ただの、果物ナイフだよ」

僕は彼を突き刺したナイフを、両手で握り直す。

「…はっ、ははっ!そうかそうかそうか!!こう来たか!…」

すぅっと、僕の体が消え始める。

崩れ行く世界についた色は、女々しい僕の好きな色だった。

「あーあ、大嫌いなお前の顔を近くで見ちまったから嫌になっちまった」

「…ごめんね」

「……これからも口うるさく、あっちで見守っていてやるから覚悟しておけ」

「うん。ありがとう」

「……俺も、お前みたいに」

最後に消えかけの言葉を聞いた時の彼の顔は、幼いころに少年らしい夢を描いていたあの頃の僕と似ていた顔。

「…僕の試練、か」

いなくなった彼を思いながら、つぶやく。罪悪感はあるけれど、少し前を向ける気がした。

全てが崩れて消える中、もしも僕らが肉体のある双子だったならば、なんて妄想を考えていた。






「……ん?」

体を揺さぶられる感覚、目を覚ますと、ヘタレが目の前にいた。

「うわっ!」

急なことで驚いたんだもん。だから、飛び上がった。

でも彼は、なんだかショボンとしてる。

「…ごめん」

「え?」

「ごめんって、言ってるの」

「あ、いや、大丈夫だよ」

「…」

なんだか、懐かしい匂いがする。

ポスン、と、彼に体を預ける。

「だ、大丈夫?」

「…うー」

抱きついて、少し泣く。

彼は黙って、抱きしめてくれた。、優しくもあり、懐かしい…。

そしてそのまま、少し眠ってしまったようだ。でも、夢はもう見なかった。

目を覚ますと、彼はそばにいてくれて微笑んだ。

「あなたは、寝なくていいの?」

「大丈夫だよ」

また、撫でられた。恥ずかしくて、照れくさくて、私は。

「ばーか」

「ご、ごめん…」

何も変わらない、いつもどおりだ。

私は、フッと笑って、彼の手をつないだ。

「行こっ!」

「あ、うん」

2人で手をつないで、見つめ合って、笑いあう。

そして、目の前のドアを、2人であけた。


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