別れ
大きく息を漏らす、肩で息をするような呼吸。何も映らない床を見つめ、荒れる呼吸を吐くばかり。
先ほどの炎は?彼女は?体は?熱くは…ない。どちらかと言うとひどく冷たい雨に濡れたような、寒さを感じる。これはきっと…。
カラカラと音を立てて、剣は床を滑り僕の目の前に。
「立て。そして取れ。あとは、わかるだろ?」
ニヤリとした顔で仮面を取る。その顔は、やっぱり、僕だった。
「…やあ久しぶり、男らしい僕」
「…ああ久しぶり、女々しい俺様」
「……」
「……」
立ち上がり握った剣。互いを指さすかのように、剣先を交える。
「……僕、どうやって戦えばいいのかなぁ」と、思わずヘタレてしまう。
「んだよなっさけねえな!」
「ご、ごめん…」
「…ったく」
しらけた、と言わんばかりの顔。なのに僕はなんだか、懐かしさすらも感じてしまう。
「言葉を出せ。それが剣を動かす鍵だ」
「言葉?」
「なんでもいい。気持ちの乗った言葉なら、そうたとえばこういう風にな。【くたばれ!】」
ギィンと言う音と火花を交えながら、僕はなんとか彼の攻撃を剣で受け止める。
「言葉の重みが攻撃の重みってやつだ!今いるこの白黒の世界のようにシンプルでいいだろう?!」
「・・・ああ、そうだねっ!」と、剣をはじき返す。
僕にこんな力が?と自分の手を見る。・・・いや、きっとこれは与えられたものなんだろう。
「勝ってよ、絶対」。ふとどこからか、そう言われている気がした。
「・・・うん、だから・・・・・・【僕は負けない!!】」
言葉に合わせて体が、剣が動く。
「ははっ!いいねえ!その調子だよ【頑張っちゃいな!死にぞこない!】」
あとは言葉を、思いを絶やさない事だ。
「【死にぞこないは君のほうだ】」
「そうだな!【誰が殺した?!】」
「…僕だ。男性が苦手なあの子のために、【男である僕を捨てた】」
まるで、冷静と焦りは僕と彼で逆のようだ。
「そうだそうだ!だけどお前は完全に女にはなれなかった!【何故だ!】」
「…迷いがあったから。本当は僕だって【男として男らしくあの子を愛したかった】」
「だからお前は!!」
「そうだ僕は」
「「【どちらでもない存在】だ!」なんだ」
言葉と言葉がぶつかる。互いの言葉は反発し剣を弾き、互いに剣を広う。
「……幸せな夢を見れる本の効果を信じた少女はそれを試した。けれど配役までは考えていなかった」
先ほどまでとはうってかわって、冷静に淡々としゃべる彼。
「あの子の描いた物語の俺様は王子で悪で、お前は母親で女だった」
「母親、かぁ…」
「…それでもいいじゃねえか。ちゃんと役名があった」
「君にも役名はあるじゃない」
「本当の名前は、俺の」
「…それは×××?」
僕の名前を口にすると、彼は小さく首を横に振った。
「それはだめだ、御姫様が混乱しちまう」
「そっ…か」
「…たとえ王子であっても俺様に与えられた設定は悪だ。でもな、俺様、いや俺は今ここにいる。御前とは人工性精神双子のようなものだが、しっかり生きている。ならあとは、わかるよな?」
再び雰囲気が先ほどの緊迫したものになる。
「お前を殺して!俺がその名前で!その体で!【生きていくんだ!】」
「っ…」
振り下ろされる一撃は先ほどの物より重く、少し足が引いてしまう、
「…【君は生きたい?】」
少し悲しい気持ちで、訪ねた。
「…ああ。ああそうだよ!俺だってな!【生きたかった!】人として!男として!誰かを!【あいつを愛したかった!】俺だって普通の【幸せな夢を見たかった!】俺だって!俺だって!俺だって!!【生きて…あの子と幸せになりてえんだ!!】」
ポタポタと流れ落ちる僕の血は、やがて血だまりへ。ぐらりとそこへ落ちそうになるも、足を踏ん張り前を、彼のほうを向いた。
「…お前、最後わざとくらっただろ。なんでそういう事をするんだ。あ?なめてんのか?!お前のそういうとこが【大嫌いなんだよ!】」
振り降ろされる剣を左肩で受け止めながら、僕は彼を抱きしめた。
「……何、してんだよ」
「…ごめんね」と言う言葉と共に、涙があふれ出る。
「僕が、僕が迷いさえしなければ君は、こうやって苦しまずに済んだのに」
「…あ?」
「…幸せは試練の先にある。あの本の言葉」
「……で?」
「僕も登場人物ならば、これは、僕の試練でもある」
「だから?」
「だから僕は、受け入れる」
「…泣ける自己犠牲ってか?」
「そうかもしれない。…けれど、僕はそれでも前へ進む。君を殺すんじゃない。傷を、過去を、君を、【受け入れて前へ進む】」
「……そうかよ。ほんと、短い剣なんて、ヘタレで女々しいお前らしい剣だぜ」
彼の腹からは、血がポタポタと流れ落ち、僕の血と混ざり始めた。
「ただの、果物ナイフだよ」
僕は彼を突き刺したナイフを、両手で握り直す。
「…はっ、ははっ!そうかそうかそうか!!こう来たか!…」
すぅっと、僕の体が消え始める。
崩れ行く世界についた色は、女々しい僕の好きな色だった。
「あーあ、大嫌いなお前の顔を近くで見ちまったから嫌になっちまった」
「…ごめんね」
「……これからも口うるさく、あっちで見守っていてやるから覚悟しておけ」
「うん。ありがとう」
「……俺も、お前みたいに」
最後に消えかけの言葉を聞いた時の彼の顔は、幼いころに少年らしい夢を描いていたあの頃の僕と似ていた顔。
「…僕の試練、か」
いなくなった彼を思いながら、つぶやく。罪悪感はあるけれど、少し前を向ける気がした。
全てが崩れて消える中、もしも僕らが肉体のある双子だったならば、なんて妄想を考えていた。
「……ん?」
体を揺さぶられる感覚、目を覚ますと、ヘタレが目の前にいた。
「うわっ!」
急なことで驚いたんだもん。だから、飛び上がった。
でも彼は、なんだかショボンとしてる。
「…ごめん」
「え?」
「ごめんって、言ってるの」
「あ、いや、大丈夫だよ」
「…」
なんだか、懐かしい匂いがする。
ポスン、と、彼に体を預ける。
「だ、大丈夫?」
「…うー」
抱きついて、少し泣く。
彼は黙って、抱きしめてくれた。、優しくもあり、懐かしい…。
そしてそのまま、少し眠ってしまったようだ。でも、夢はもう見なかった。
目を覚ますと、彼はそばにいてくれて微笑んだ。
「あなたは、寝なくていいの?」
「大丈夫だよ」
また、撫でられた。恥ずかしくて、照れくさくて、私は。
「ばーか」
「ご、ごめん…」
何も変わらない、いつもどおりだ。
私は、フッと笑って、彼の手をつないだ。
「行こっ!」
「あ、うん」
2人で手をつないで、見つめ合って、笑いあう。
そして、目の前のドアを、2人であけた。




