第15話 「奇怪な音を出すとか……しないでくれよ」
その日の夕方、舘林が帰宅した。
夕食と風呂を済ませ、バスローブ姿になっていた舘林に、私はスマホを差し出す。
「一作品、出来上がったからさ。読んでくれない?」
「ふうん。前回と違って、今回は書き上げるのに時間が掛かっていたようだけど……まあ、それだけ良作なんだと期待してもいいってことかな?」
「まあね」
そう言って、私は笑顔を作った。
ちなみに今回の、かいつまんだストーリーは――まあ、説明するほどのものでもない。
想像通り、文章に目を通す舘林の顔は、みるみるうちに強張っていく。
「だから君はさ……どんどんホラーに寄せているよね? もしかして、わざとなのかい? だとしたら、随分意地悪なことをしてくれるね」
しかめっ面の彼に、私も同じようにしかめっ面で返した。
「意地悪ってね……どの辺がホラーだってさ?」
「今回は、誰かに宛てた手紙というていで書くのはいいけど、徐々に不穏を煽る描写や、“呪い”なんて単語は、明らかに“呪い”と掛けているだろう? 文末の、読み手に語り掛けているところなんて、『これを読んだ貴方は、今夜は一人で過ごさない方がいいだろう』って……ホラーものの常套句じゃないか」
そもそも、これのどこにファンタジー要素があるのか。
舘林は、そう口早に反論する。
一応、執筆者が二千年生きたエルフっていう設定なんだから、私にとってはファンタジーなんだけど。
わざとホラーに寄せたのは、間違いない。
ホラーものを読んだあとの舘林は、いつもさっさと部屋に引き籠もってしまう。
――と、柳原から聞いていたからだ。
「さてと……僕は先に自室へ戻らせてもらうけど、雅也がいないからって、夜更かしやつまみ食いなんてしないように!」
「アンタは私の母さんか」
「それと、絶対に、悪ふざけはしないように。暴れ出すとか、奇怪な音を出すとか……しないでくれよ」
柳原がいないこともあってか、相当ビビっているようだ。
「しないしない。もう寝るから。おやすみ」
そう返すと、私はさっさと二階の自室へ戻った。
静まり返る部屋。
扉を閉めた私は一人、ほくそ笑む。
「よし――計画通り」
竦み上がった舘林は、絶対に自分の部屋から出てくることはない。
だから、その間に私は、そそくさと準備を始めた。
準備といっても、既に必要最低限の荷物を詰めたリュックを持つだけだ。
それから、物音を極力立てないよう気を付けながら、私はバルコニーへ出た。
バルコニーの縁には、舘林の外出中に見つけておいた梯子が、既に掛けられている。
私はその梯子を、慎重に、静かに下りていく。
芝生に下り立つと、窓ガラスの光を避けるように身を屈めながら、私は舘林邸から遠ざかっていった。
私が計画していたこと――それは、脱走だった。
舘林邸からの脱走は、思っていたよりも呆気なく決行された。
外は想定よりも肌寒く、羽織ってきたパーカーでは凍えてしまいそうだった。
夜空には月もなく、雨が降るとは聞いていないが、暗雲が広がっている。
スマホの明かりで足元を照らしたいところだが、まだ舘林邸の姿が見えているうちは使いたくない。
「寒っ……」
思わず漏れた言葉を隠すように、私は口許を両手で覆った。
ここまで来れば、舘林に脱走がバレる可能性は、ほとんどないだろう。
次なる懸念点は柳原だ。
彼がいつ帰宅するのか分からない。この道中で鉢合わせ、なんて悲しい結末は迎えたくない。
……そもそも、丘の上に邸宅があるため、身を隠してやり過ごせるような草むらや林が、ほとんどないのが問題だ。
だが私は、事前の買い出しの際に、身を隠すのに丁度いい小道を見つけていた。
それは、少し丘を下った道路の小脇にある遊歩道だ。
草むらの生い茂り方からすると、どちらかと言えば獣道かもしれない。
実際に通ったことはないが、ちらっと、この道が何なのかを柳原に聞いていた。
彼の話では、その小道は山菜採りなどの散策によく使われており、そこから下の国道に繋がっているとのこと。
つまり、その小道を通れば、柳原の車と出くわすことなく、国道――地元の町まで行けるのだ。
そんなわけで、私はその小道まで来ていた。
昼間なら大したことのない、森林浴に良さそうな入口という印象だったが……今見ると、不気味な森の入口にしか見えない。
今夜が異様に暗いせいかもしれない。
「怯えてる場合か! 今は急がないといけないんだ……!」
わざと声を出して気合を入れると、私はスマホのライトを点け、小道へと足を踏み入れた。




