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ブレイン・シード  作者: 小石丸
1. 綺麗な花には毒がある
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騙し騙され乗り込んで

 神宮の周りには季節の野菜や魚に細々とした雑貨を売る店が立ち並んでいる。一応値札は貼られているが、実際にはお互いに持ち寄った物を物々交換しているという方が合っている。その中で、一番人気があるのは酒と甘味だった。声を張り上げているのは手作りのアクセサリーやおもちゃを売る人々だが、こちらはあまり人が居ない。太基(たいき)文里(ふみさと)と一緒に市を歩きながら、きょろきょろと忙しく辺りを見回している。


「すごいなぁ、賑やかで」

神御衣祭(かんみそさい)そのものは見た目には地味な祭りなんだけどな」

「地味なんですか?」

「うん、荒祭宮(あらまつりのみや)という天照大神の荒御魂(あらみたま)、活発で時には天変地異や災いも呼ぶ御心を祀る場所に、麻と絹の布と糸、そして針を奉納するだけだよ。あ、それなりの作法はあるから置いて帰るだけじゃないよ」

「じゃあ何でこんなに賑やかなんでしょう? それに、災いを起こすもののお祭りなんですよね?」

「荒御魂は破壊するだけじゃない。新しい何かを生み出す力でもある。僕は、全部ひっくるめて変化を求める心だと感じている」

「変化?」

「そう。神事としての意味を知っているのは宮司さん達だけかもしれないけど。まあ、祭りが賑やかなのは良いことだ。だって何か少しでも楽しみが欲しいだろ? この数年、僕らは閉じ込められて、飢えと病と戦いながら生きるだけで精一杯だからさ」


 歩いているうちに、隅の方に明らかに人の来ていない出店があるのが分かった。太基達の探していた『藍林(あいりん)みつばち』である。レモネードの値札がかけられていて、ほかには何故かお香の類も商品として置いてある。看板に『みつばち』と書いてあるくせに蜂蜜は置かれていない。誰も見向きもしない。他の果物などを売る店の賑わいに比べれば、甘味を扱っていて閑古鳥が鳴いているのがどれほど異常な状況かは太基にも察しがついた。


「ごめんください、レモネード1つください」

「……500円」


 文里から渡されていた現金でレモネードを買い求めた太基は、売り子を務める初老の女の様子をそれとなく観察した。何となく虚な目をして、何かブツブツと呟いて時々クツクツと笑い声を上げる。危なっかしい手つきで蜂蜜を注ぎ、夏みかんを絞って水を注ぐ。女が座っていたところには何かの燃えかすが捨てられた瓶が置いてある。店全体は甘ったるい匂いに包まれ、嗅いでいると頭がクラクラしそうになる。最後に何か灰白色の粉を注ぎ入れたのを太基の目は見逃さなかった。


「こっちのお香もどうだい?」

「要らないです」


 小さく舌打ちが聞こえた気もしたが太基は無視した。レモネードを受け取り、雑踏の中に紛れて文里と合流しなければならない。


「ああ、ちっとも儲からない。誰だ、古くて大事な祭りだとか、嘘ばかりじゃないか」

「そりゃあ地味でしょう。布とかお供えするだけの祭りらしいですから」

「布……」


 女の目が鋭くなったのを見て太基は後悔した。つい、さっき聞いた知識をひけらかしたい衝動に駆られて余計なことを口走ってしまった。何を考えたかは知らないが、絶対碌なことではないだろう。レモネードを手に逃げるように店を出た。


「文里さん、レモネード買いました」

「よし、じゃあ行こうか」

「あと、つい布をお供えするって教わったこと喋っちゃいました」

「それくらいは常識じゃないかな」

「どうでしょう。少なくとも僕は知らなかったです。それに喋った瞬間の目付きが何か嫌な感じがしました」

「そうか。ここでは何だから、㭭幡(やつはた)さんのところに戻ってから、見たこと全部話そう」


 足早に人混みを搔き分け、この界隈で最も賑わう菓子屋の裏口に入っていった。この忙しい店内の従業員用の一角を貸してくれたのは一重に女将のご厚意だ。従業員と客の声が入り乱れる中、他所者が内緒話をしていても誰も気に留めないし、神宮にも出店にも近い。今からの計画のためには持って来いの立地だ。

 太基と文里が部屋に入ると、既に㭭幡さんと伊丹(いたみ)さんが座っていた。(たまき)は伊丹さんに跨って乗馬ごっこをしていて、自分自身は『大きな白カラスさん』になりきっていた。機嫌が良くて何よりだとほっとしながら、太基は持ってきたレモネードを㭭幡さんに手渡すと『藍林みつばち』の出店の様子を二人に詳しく語った。


「灰白色の粉末か。それだけ聞くと乾燥させた生アヘンの特徴そのものだね。元は白い乳液が表面だけ酸化して黒くなる。それを乾いた後で纏めて粉にすると灰白色になる」


 解説しながら、㭭幡さんはレモネードの器の底の方を眺めている。少し歪んだガラスの器の底には混ぜられた粉末が澱となって沈んでいる。


「本物の生アヘンなら多少は水に溶けると思うんだよね。その店主の女、騙されて偽物を渡されてそうだな」

「じゃあ、ひとまず安心ですかね」

「安心できるわけあるかいな。騙されとるっちゅうことは騙した奴がおるっちゅうことや。その女を捕まえたところで後ろにもっとヤバイ奴がおるかもしれへんで」

「えー……そんなのどうすれば良いんですか」

「それは今考えなくて良いよ。ひとまず店主の女を捕まえれば祭の出店で薬物中毒患者を量産しようとする奴が一人居なくなる。また別の売人が出るかもしれないけど、同じ手口は使わないんじゃないかな。であれば子供達には被害が及びにくくなるはずだ。紫珠乃(しずの)さんと不二果(ふじか)ちゃんの行方については、今から店主を捕まえて知ってる情報を吐かせよう。無理なら本店に押し入るかな」


 喋りながらも㭭幡さんは試験管を振る手を止めない。試験管の中に注がれた紫色の液体は、暫く㭭幡さんが試験管を振るうちに青や緑に色を変えていく。そこにレモネードをスポイトで入れるとどれも紫、次いで赤へと色が変わる。それを一旦全て捨てて水洗いすると慎重に薬さじで灰を秤り入れ、もう一度紫の液体を注いで青色へと色を変えさせた。それを三本用意するとコルク栓をして白衣のポケットに放り込んで立ち上がった。


「準備オーケーだ。巻き込んで申し訳ないけど、よろしくお願いするよ」

「おう。ほな行こか。太基君、その首飾りは外しとけ。首絞められたらどないすんねん」

「あ、はい」


 首飾り、というのは浜松でソフィアという女の子から貰った物だ。お守りと言われたが、それで首を絞められたら本末転倒もいいところなので置いていく。部屋を出た㭭幡さんの後を伊丹さんと共に追いかけた。文里も環を抱き抱えて部屋を出た。既に㭭幡さんと伊丹さん、太基の姿は雑踏に消えている。


「おじちゃんと遊びたかった!」

「ごめんな、環。パパは太基お兄ちゃんの聞かせてくれたお話しを無駄にしたくないんだよ」


 文里は彼らを探す事はせず、真っ直ぐと神宮の敷地に入っていった。太基の話をもとに、彼なりに店主の女の行動を予測してみた結果である。

 一方で太基は右に左に道を折れ、迷う事なく最短ルートで『藍林みつばち』の出店に辿り着いた。その後を伊丹さん、遅れて㭭幡さんが追い着いてきた。


「ここです」

「相変わらず速いのー。あの兄ちゃん大丈夫かいな」

「は、速いって」


 ゼイゼイ息を切らしながら、㭭幡さんも何とか追い着いてきた。店主の女はといえば、こちらを胡乱な目で見つめている。


「何だい、アンタ達。客じゃなきゃどっか行っとくれよ」

「そうツンケンしなくて良いじゃないですか。ちょっとお姉さんとお話ししたいだけですよ。例えば、その奥の方にある粉のこととか」

「アンタあれに用があるのかい? アレだけ買うってんならそれなりに金積んでおくれよ」

「例えば?」

「50万」

「高いなあ。レモネード買えば入れてくれる?」

「お試しなら、それなりに勉強してやるよ」

「へえ、じゃあこのレモネードで本物かどうか確かめさせてもらおうかな」


 㭭幡さんの視線に答えて太基がレモネードを差し出す。差し出されたレモネードは鮮やかな手つきでスポイトから試験管へと注がれ、試験管の液体を鮮やかな紫に染め上げた。


「本物だね。マルキス試薬がこれだけ鮮やかに紫に染まるなら間違いない。アヘンだ!!」


 㭭幡さんが最後に大声を張り上げた瞬間、伊丹さんが真っ先にカウンターを飛び越えて女に飛びつこうとした。女は奇声を上げて逃げようとする。伊丹さんと同じように捕まえようとする者、状況が飲み込めずにパニックになる者、茫然と立ち尽くす者、周りの反応は様々だった。伊丹さんから一歩遅れて太基も動いたところで、女は握っていた粉を後ろにぶちまけた。


「あかん、息止めて動くな!」


 言われた通りに息を止めて顔を背ける。撒かれた粉を吸ってはいけないということだけは分かる。粉は風に乗って周囲に広がり、広がった先にパニックをもたらした。一瞬、粉から顔を背けた隙に女は群衆に紛れて何処かへ消えてしまった。

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