優と遥の二人の彼方・後編
と言う訳で、後篇です。
優や遥と違い〝彼女〟の名前は六十一回ほどしか出てなかったので、修正はまだ楽な方でした。
優や遥並みに名前が出ていたらと思うと、ゾッとします。
いえ、全部自分の所為なのですが。
で、既に注目の的である私達は、まず国会議事堂の入り口を潜る。当然警備員の人達が止めに入ったが、竜人に乗って来た私達が只者ではない事は察しているらしい。彼等は恐る恐る、私達に話しかけてくる。
「……ちょ、ちょっと待ってくれるかな? き、君達は――一体何者だ?」
遥は堂々と、断言する。
「私達は〝竜人使い〟を生業とする者達です。今日は政治家の方々にお話があって、お伺いしました。ぜひ話を通して頂きたいのですが、如何でしょう?」
ここで否を唱えられたら、遥はきっと強硬手段に出るだろう。彼女が言う所の、〝無礼な真似〟をするに違いない。
私はそうならない事を祈りつつ、事態の推移を見守る。彼等警備員は顔を見合わせると、揃って首肯した。
「……分かった。いま先生方に取り次いでみるから、暫く待っていてもらえるかな?」
「はい。可能な限り、急いでいただけると幸いです」
遥は普通に頷き、私も異議を挟まない。やつはといえば、呑気にあくびなどしていた。
そんなやり取りがあってから五分程が経った頃、私達は再び警備員に声をかけられる。
「うん。話はついたよ。先生方も、ぜひ話がしたいそうだ。三人共、どうぞ中へ」
警備員に招かれ、私達は彼等の後に続く。赤い絨毯を踏みしめ、長い廊下を通って、私達はやがてその部屋へとやってきた。
警備員が扉を開けると、其処には三人の中年男性が椅子に座っている。私達が入室すると、彼等の表情は僅かに緊張の色を見せる。私達を値踏みするように眺めた後、男性の一人が口を開く。
「君達が〝竜人使い〟か。そうか。こんな子供が、〝竜人使い〟」
対して遥は、容赦なく言い放つ。
「いえ、お言葉ですが、皆様方も幼少の頃はあった筈。初めから今の年齢という訳ではないでしょう? その頃に、今の様な侮りを受けた場合、あなた方はどう感じていましたか?」
「………」
どうも眠り足りない遥は、ホントに機嫌が悪いらしい。いつも以上の毒舌ぶりで、どうやら私は黙らせる相手を間違えていた様だ。
私がそう冷や冷やしている間に、彼等は口を閉ざしてしまう。
ややあってから、彼等は漸く言葉を紡ぐ。
「確かに今のは、些か無礼だったかもしれない。分かった。非礼は詫びよう。で、今日は一体なんの用があって、ここまでやって来たのかな?」
「はい、実はお願いがあってまいりました」
遥が、一連の事情を説明する。その間、私は緊張しながら遥の声に耳を傾け、やつはやっぱりあくびを繰り返す。
その様子はどうみても気が緩んでいて、やる気と言う物が感じられない。いや、私の要求通りやつは何も喋らないので、私は安堵を覚える。
その間に遥は説明を終え、彼女は最後にこう締めくくった。
「私としては以上ですが、どうでしょうか? これは皆様方におかれましても、十分メリットがある提案だと思うのですが?」
「……成る程」
一番年配だと思われる男性が、声を上げる。
だが、彼等も納得してくれたと思った時、事態は急変した。
その男性が手を上げた途端――部屋の中に銃器を持った数名の軍人が入って来たのだ。
彼等は私達三人の前に回り込むと銃を突きつけ、険しい表情を向けてくる。同時に私は反射的に遥の前に立ち、更に私の前にはやつが立つ。
その時――政治家の一人はこう謳った。
「やはり、彼女が言っていた通りか。世界を滅ぼす〝竜人使い〟。それが君達の正体なのだろう――楓優に帆戸花遥?」
「……まさか、そういう事――?」
途端――遥は私の耳にも届くくらい強く歯ぎしりをした。
◇
「そう言う事? そう言う事ってどういう事さ、遥?」
私の前に立つ優が、質問を投げかける。
私は当って欲しくない、その推測を口にするしかない。
「……多分、私達はここでも敵に先手を取られたの。敵は私達が政治家に接触するより先に、政治家に接触して、彼等にこう吹き込んだ。即ち――楓優と帆戸花遥こそが世界を滅ぼしたがっている〝竜人使い〟だと」
「……なっ?」
優が驚きの声を漏らすと、政治家の一人が断言する。
「それが事実なのだろう? 彼女が言うには世界を滅ぼす〝竜人使い〟は二人で一体の〝竜人〟しか扱えないと言う。だが、彼女は違った。彼女は一人で二体の〝竜人〟を召喚してみせた。いや、その気になれば更に使役できる〝竜人〟は増やせると言う。そんな自分こそが世界の味方だと、彼女はそう言っていたよ」
やはり、そういう事か。ならば、私はこう反論するしかない。
「いえ、今の理屈は、何の根拠にもなっていません。私達が悪である証明には、まるでなっていない。今のは、私達と彼女とやらの戦力差を示しただけ。あなた方は単に、複数の〝竜人〟を擁している彼女とやらを敵に回したくないだけでは? それに、あなた方にも報告が届いている筈です。この大陸の各地で竜人を討伐してきたのは――帆戸花遥と楓優だと。そんな私達が、本気で世界を害しようとしているとお思いですか?」
我ながら正論だと思うのだが、彼等の気勢は鋭くなるばかりだ。
「それは、我等を油断させる為の布石だと彼女は言っていた。私達を信用させ、私達に取り入り、自分達の要求を満たす。私達を騙し――君達に協力をさせるのが君達の目論みなのだろう?」
「………」
どうやら、彼女とやらはよほど弁が立つらしい。それともよほどの脅威を、彼等に見せつけた? どちらにしても、彼等はどうあっても私達を敵視したいらしい。
こうなると、私達としては非常に困る。このままでは私達の顔と名前は犯罪者として公表され、お尋ね者になってしまうから。
だとすれば、私としては何としても彼等を説得して、味方につけるしかない。その反面、私は何をどう言えば彼等の心を動かせるのか、図りかねていた。
その時、前方から声が響く。
「なあ、優? そろそろ私も、喋って良いか?」
「は? ……と、そうか。おまえホントに、今まで私の要求に従っていたのか。いいぞ。こうなった以上、言いたい事があるなら何でも言え」
優がそう告げると、ナーシ様は公言する。
「恐らく何を言っても無駄だ、遥よ。やつ等は既に敵の〝竜人使い〟に買収されている。敵は金銭という実益を以て、自分の味方をするよう図っているのだろう。脅威をつきつけられ、金を渡された政治家ほど弱い者はない。やつ等は何としても――私達を始末する気だ」
「………」
実に尤もな見解だが、私は最後の望みを繋ぐ様に訴えかける。
「でも、彼等はまだ発砲を許可していません。普通なら問答無用で発砲して、私達を始末しようとする筈。それが無いのは、まだ彼等にも迷いがある証拠です。――どうか信じて下さい! 私達こそが世界を守る為に聖女様から力を得た――〝竜人使い〟です!」
が、政治家の一人は目を瞑った後、こう命令を下す。
「いや、確かに私達が甘かった。――発砲を許す。彼女達は――ここで処理しろ」
その時――私に背を向けている筈のナーシ様が笑った様に感じられた。
これは……不味い。
ナーシ様は完全にヤル気で、このままでは死者が出かねない。そうなれば、私達は本物の犯罪者になってしまう。ならばとばかりに、私はナーシ様と優にこう指示を出す。
「ここは撤退しましょう、ナーシ様、優。その方が、ここで人死を出すよりは、遥にマシな筈です」
と、ナーシ様は興を殺がれた様な表情で私を見た後、幼体の〝竜人〟に退行する。三メートル程の大きさを維持して、私達にこう促した。
「ならば、さっさと乗れ。遥の指示通り、今はこの場から逃れ、体勢を整えよう」
私と優はナーシ様の背に乗る。同時に、呆気にとられていた軍人達がいよいよ発砲してくるが、その全てを私達はシールドでガードする。ナーシ様は私達を乗せて飛行を開始し、五メートル先の窓を突き破る。そのまま高速を維持して、国会議事堂から離脱した。
私達は犯罪者の烙印を押されつつも――何とかあの場から逃げおおせたのだ。
で、私達は空を飛んで、人気のない廃村まで逃げ切る。其処まで来た所で、優はナーシ様に指示を出す。
「もういい。一旦ここでおりて、今後の事を話し合おう」
確かに今頃空軍が動いて、戦闘機を飛ばし、私達を追跡しているかもしれない。ソレを避ける為にも、私達は目立つ行動は出来ない。どこかにひっそりと身を隠して、其処で話し合う必要がある。
ナーシ様もそう感じたのか、彼女は優に従ってその廃村におりる。人の姿になった彼女は、鼻から息を拭き出した。
「やれやれ。今日までの優達の功績さえも、悪意ある行動と見なすか。中々救いがたい連中だな。私としてはあの場で皆殺しにしたい所だったが、遥が言う通りそうもいくまい。兵はただ上官に従うのみ。そんな従順な兵達を無暗に手にかけては、ナーシ・ナーシェの名が廃る。あの場は確かに遥が指示した通り、逃げ出すのが最良の選択だったか」
「………」
確かに私の選択は、時間稼ぎにはなっただろう。けれど、ソレは姑息な手段とも言える。ただ逃げただけでは、抜本的な解決にはならない。この国の政府は既に私達を敵だと見なした。この心証を覆さない限り、何れはこの大陸の各国にも私達の悪評は届く。そうなれば――大陸中が私達の敵になるだろう。
最悪なのは、そうなった場合、私達の竜人討伐に支障が出る可能性がある事。私達が竜人を討伐する事が、何らかの企みだと認識されているなら、政府は私達の邪魔さえしてくるかも。国軍が私達の竜人討伐を、妨害してくる可能性さえあると言える。
それでも私達は人々を守る為に竜人を討伐するしかないが、私達は今となっては犯罪者だ。犯罪者である私達に宿を提供する人は、恐らく皆無だろう。食料を売ってくれる人や二次元作品を売買してくれる人も居なくなる。この時点で私達は情報収集する手段を断たれ、普通に生活する術も無い。
敵の〝竜人使い〟の策略により――私達は社会的立場を完全に失ったのだ。
「……やはり、敵は相当手強い」
ならば、どうする? 大陸中を敵に回した状態で生活をして、竜人狩りをするのは正直難しい。誰もが敵という状態では、私達は身動きがとれない。こう言った状況を打破する方法は、やはり誤解を解く以外無いだろう。私達こそが正義の〝竜人使い〟だと、政府に認識してもらう必要がある。
しかし、ナーシ様の言う通り政治家が買収されているとしたら、それも困難だ。敵の〝竜人使い〟が本性を露わにでもしない限り、この状況は打開できまい。いや、そうなった時こそ世界の終りなのかもしれない。
敵がその本質を示すという事は、敵が最強のキャラを得た時だから。その時、敵は初めて世界に対して牙をむく筈だ。つまり敵が本性を見せた時、世界は滅亡に追いやられるという事。それまでは、敵は素知らぬ顔で世界の味方のフリをするに違いない。
そして私の見立てでは、敵は私達に一切隙を見せずにその目論見をやり遂げる。それだけ敵は用意周到だと、私に強く印象づかせていた。
仮にこの心証が正しいなら、私としてもよくよく考えて行動しなければならない。軽はずみな行動は、それこそ命取りになる。
「となると、やはりここは敵が動き出すのを待つしかない? 敵が政府の味方のフリをしているなら、敵も竜人は放置できない筈。竜人が出現して暴れ出せば、ソレを感知して敵は竜人の討伐を行う。その時を待って、私達も行動するべきかしら? 敵が竜人の討伐を行っている間に、私達は其処に急行して敵と対峙する。私達はもう、敵と直接対決するしか手段は無い?」
だが、それこそが敵の狙いだとしたら、どうなる? 敵が私達を確実に始末する自信があるとしたら、私達はまんまと誘き出された事になるだろう。そう考えると、私達はますます迂闊な事は出来ない。敵が私達を確実に仕留める自信があるなら、それこそが敵の最大の罠と言えた。
その時、今まで何かを考える素振りを見せていた優が、言葉を紡ぐ。
「んー、どうだろう? 私の考えでは、敵は竜人を感知できないと思うんだけど」
「……敵は、竜人を感知できない? それは何故?」
私が眉をひそめると、優は説明を続ける。
「いや、仮に竜人を感知できるなら、青葉少佐を利用して罠なんてはらないでしょう? 竜人が現れれば、私達も当然そこに急行する。なら、敵としてはそんな私達を不意討ちすれば良いだけ。竜人が出現する場所には私達が必ず現れるのだから、敵はその時を待てばいいんだ。でも、敵はその手は使わなかった。それは要するに、敵は竜人も〝竜人〟も感知できない事を意味しているんじゃないかな?」
「……成る程」
優の推理は、尤もだ。そう考えれば、青葉少佐の件も納得がいく。けれど、私にはそれ以上に何かが引っかかった。……敵は、竜人を感知できない。何故かソレは、とても重要な事に思えた。
「と、言い忘れていた。言っておくが、成体の竜人は〝竜人使い〟でも手持ちの〝竜人〟を展開しないと感知できんぞ。しかもサーチ出来る範囲は、直径一キロ圏内に限られるから気を付ける事だ」
「……って、そんな重要な事を今頃言うな。おまえもほとほと、呑気なやつだよな?」
ナーシ様の助言を受け、優は本気で呆れる。私はというと、今更ながらツッコミを入れた。
「そう言えば、成体の〝竜人〟であるナーシ様は私が瞬きをしても消えないんですね? そういう危険性は、一切無くなった?」
「ああ。私が自我を得た時点で、そういう事は無くなった。が、遥が私を消したいと思ったなら、消す事も可能だ。遥が目を瞑っている間、私は現世から消える事が出来る。つまり遥は、〝竜人〟の消去を任意で行えるようになった訳だ」
と、すれば私達の戦術の幅は、僅かに広がったという事。どう役に立つかはまだ分からないが、多分ソレは私達にとって有益な力に違いない。そう感じる一方で、私はやはり何の打開策も浮かばないでいた。
「いえ、仮に敵が竜人の感知を行えないなら、敵は政府と何らかの連絡手段を持っている筈。その連絡手段を利用し、敵を誘き出して倒すのが一番の良策?」
自問する様に呟く私だったが、直ぐにソノ考えを撤回する。何故って、敵は常に私達の動きを先回りしてきた。ならば、私達がそう考える事も既に読んでいる筈だ。逆に罠として利用している可能性が高い。私が計画した通り、敵を誘き出す作戦は危険だと言える。
もしかすれば、敵の目的はそう思わせる事にあるのかもしれない。だが、僅かでも罠である危険性があるなら、やはり私達は迂闊な事はするべきではない。
「……そうね。これは本当に……八方ふさがりかも」
敵は立場だけじゃなく、心理的にも、私達を追い詰めている。少なくとも下手な真似が出来ない様に、私達に心理的な圧迫を加えている。
そう考えると、ますますこの敵は手強いと言えた。
「……何か打開策はない? 糸口でも良いから、何かを変える方法があればいいのだけど」
いや、そんな上手い話など、この世にはあり得ないだろう。世の中がそんなに簡単なら、誰も苦労などしない。
そう思っていたのに、そう考えていた筈なのに――ソレは起った。
優がふと空を見上げて、目を細める。ついで、彼女はこう口にする。
「……えっと、アレは何? アレ、星じゃないよね?」
途端――私達の視界は一気にクリヤーになったのだ。
◇
「は? え? これは一体どういう事?」
私が動揺の声を漏らすと、やつは当然の様に断言した。
「今、私の視力を優達に同調させた。私の腹の中に居た時も、優達は敵の姿を見る事ができただろう? アレと、同じ様な物だ」
ついで――遥は私以上に恐慌した様子を見せたのだ。
「――まさかアレは銀河戦記バビリオンの――人型惑星破壊兵器エグゼオンっ? 惑星と同質量を持ち、惑星を破壊する為だけに開発された、大量殺戮兵器! 竜人はそんな物さえ具現化できると言うの――っ?」
「……人型惑星破壊兵器? 何、そのアレすぎる話は……? 惑星と同質量って、それって星と同じ位の大きさって事だよね? そんなのが暴れまわったら、人類なんて一たまりも無いじゃないか!」
今はじめて状況の深刻さを知り、私は息を呑む。
唐突に出現した敵の強大さを前にして、私はそれ以上何も言えなかった。
「……ふざけている! 話にならない! こんなの反則すぎて、もうどうする事もできないじゃないか!」
いや、無理やり口を開いて、愚痴を言う。それだけ追い詰められているのに、私は自然とこう言葉を発する。
「――それでも何とかしないと! アレがセミフェストにやってくる前に破壊しないと、確実にこのセミフェストは終わる!」
だが、どうすれば良い? 敵の質量は、正に桁違いだ。私達の戦力とは、一千万倍以上違うだろう。人間の少女ほどの身長しかない私達の〝竜人〟と、惑星ほどの大きさを持った敵。比べるべくもなく、形勢は敵に傾いている。それはもう、勝負にならないと言い切れる程に。
それでも私は、敢えて問う。
「……遥、あのデカブツを倒す方法は知っている? バビリオンとかいう物語を知っているなら、エグゼオンとやらの倒し方も分かるんじゃ?」
遥の答えは、決まっていた。
「……確かに、倒し方はあるわ。でも、それは同質量の兵器を使って漸く成し遂げられた。ソレを使うまでは、エグゼオンは破壊の限りを尽くして、多くの星を恐怖に陥れたわ」
「………」
やはり、そういうオチか。
アレだけの敵を叩くには、当然同質量の兵器をぶつけるしかない。そういった手段が欠落している私達では、やはり勝負にさえなりはしない。
ならば、どうする?
いや、そんな事は決まっていた。
「――分かった。なら、やるだけやろう。例え勝てなくとも、時間稼ぎ位は出来るかもしれない。その間に、何らかの作戦を考えよう」
無謀な計画だという事は、分かっている。けれど、何もしないよりかは遥かにマシだ。このまま何もせず諦めるなんて真似をするよりは、断然いい。いや、私はそう思うしか無く、歯を食いしばって敵を凝視した。この蛮勇を目にして、やつは当然の様に嗤う。
「アハハハハハハ! いや、何と言うか、本当にオメデタイ! やはり楓優はどうかしている! この状況で尚も諦める事を知らないとは、一体お前の頭の中はどうなっているっ?」
「……うるさい。私だって、どうかしていると思う。けど、ここで私達が手をこまねいていても、仕方が無いんだ。何もしない事が――私にとってはホントの罪だから」
「ほう? 優はああもあっさりと、お前達を悪に貶めた連中を守ると言うのか? 自分達の利益しか考えず、自分達の不利益になると思えば子供でも始末しようとする。人とは多かれ少なかれ、そう言った連中でしかない。人の本質は、先ほど学習したばかりだろう? だというのに、何故お前はそこまで他人の為に尽くす?」
それこそ、答えは決まっている。
「何故だって? そんなの――まだ帆戸花遥が人間を見放していないからに決まっているだろう? 遥が人を見放さないなら、私もそれに倣うまでだ。遥が生きている限り、私は最善だと思える行動をとるしかない。それこそが――楓優が考える最高の策だ」
「………」
と、今度は遥が息を呑む。彼女は暫くのあいだ目を瞑ってから、顔を上げた。
「……優の言う通りね。私達は世界を守る為に聖女様から力を貰った〝竜人使い〟。なら、今こそその本分を貫くだけだわ」
「………」
すると、今度はやつが謎の沈黙を見せる。やつはもう一度鼻で笑ってから――喜悦した。
「――いい答えだ。それでこそ――我が主に相応しい。私心を捨て、他人の為に尽くすか。そのイカレ具合は――確かに度を越えている」
ついでやつは、こう提案する。
「ならば、我等のするべき事は一つだ。まず国会議事堂に戻る。それから、あの連中に取引を持ちかけよう。あのデカブツを倒す事が出来たなら、私達を信用しろと要求する。世界を滅亡させるに足る存在を倒すつもりなんだ。それ位の価値は――当然あるだろうよ」
「……は? それは、つまり?」
けれど私が皆まで言い切る前に、やつは竜の姿に変わる。
「急げ、二人とも。アレがこの星に到達するまでに、決着をつけなくてはならない。我等に残された時間は、実に限られているぞ」
「………」
この促しに応え、遥は脇目もふらずにやつの背に乗る。
私もヤケクソ気味にやつの背に乗って――私達はこの場を後にしたのだ。
◇
ナーシ様が空を走る。彼女は私達を連れ、瞬く間に国会議事堂へと戻り、地面に着地する。私達は一気に駆け出し、先ほどの部屋を目指す。警備の人達の制止を振り切って、件の部屋に戻ると、其処には例の三人が居た。
「――単刀直入に言います。あなた方も、あの敵に気付いた筈。天文台から、そういう報告を受けている筈です。……そう。アレこそが、正にこの星を滅ぼすに値する脅威と言って良い。なら、私達があの敵を倒す事が出来たなら、私達を信用して下さい。あの敵さえ倒す事が出来たなら、私達が世界を守る側の〝竜人使い〟だという証明になる筈です」
「……それ、は」
言いよどむ彼等に対し、ナーシ様も言い放つ。
「四の五の言っている暇は無いぞ、きさま等。私の計算では、後三十分でアレはこの星に影響を及ぼす所まで接近する。そうなった後ではもう手遅れだ。最早、議論の余地など皆無だよ。いいからさっさと選べ。私達を信用するか、それともこのままこの星ごと滅びるか」
「………」
それでも彼等は、尚も沈黙する。その時、私達の背後から声が響いた。
「――分かった。全責任は――私がもとう。アレを君達が何とか出来ると言うなら、私達は君達を信じる他ない――」
「――大統領!」
彼等はその人の姿を見て、一斉に席を立つ。私達も背後を振り返って、その初老の男性を視界に収めた。
「どうやら私が不在の間に、彼等が勝手な真似をしたらしい。詳しい事情は分からないが、恐らく君達には多大な迷惑をかけたのだろう。その上で、お願いしたい。どうかこの星を、救ってもらえないだろうか?」
大統領と呼ばれた男性が、頭を下げてくる。ソレを見て、私達は息を呑む。それでも優の答えは、決まっていた。
「――分かりました。力の及ぶ限り、何とかしてみます。その代りと言ってはなんですが、仮にそれをなし遂げたなら、私達に協力していただけませんか?」
「了解した。その約束は――私が責任を以て果たそう」
大統領は首肯し、ソレを見届けた後、私達はまた駆けだす。
今度は外に向かって走り出し、私達は遥か彼方の敵を視認した。
「では、さっさと片付けてしまうか。お前達はここで待っていろ。ついてきた所で、ただの足手まといなのは分かっているだろう?」
「……かもな。――ええい、わかった! ココは、おまえに一任する! その代り、必ずあのデカブツはブチのめせよ!」
けど、何時ものように自信に溢れた答えを返すと思っていたナーシ様は、こう訊ねる。
「優、遥、私はあの敵に勝てると思うか?」
私と優は顔を見合わせた後、返答する。
「ええ。ナーシ様なら、必ず」
「そう、か。ならば――必ず勝とう」
そういったやり取りを交わしてから、ナーシ様は地を蹴る。
彼女は瞬く間に成層圏を突破して宇宙へと至り――その巨大すぎる敵と向かい合ったのだ。
◇
銀河戦記――バビリオン。
ソレは本来、子供向けに作られたアニメだった。だが、その一方で製作者達は大人も楽しめる要素をふんだんに盛り込んだ。戦争の凄惨さと、人の命の儚さを視聴者に突きつけたのだ。
人型惑星破壊兵器エグゼオンは――正にその象徴である。
三つの勢力が銀河の覇権を懸けて争うそのアニメは、或る種の常識を突破した。主人公に準ずるメインキャラに、大量殺戮という暴挙を行わせたのだ。
エグゼオンを駆る事になるナヒタ・タオンという十七歳の少年は、軍人だった。軍人である彼は軍人であるが故に、上官には逆らえない。上官が民間人の殺戮を命じたなら、それを行うのが軍人である。軍人の本質とは殺戮者であり、自国に不利益をもたらす他国の人間を殺戮するのが職務だ。
ナヒタ・タオン少尉は、ソレを忠実に実行しすぎた。彼はあろう事か敵ではなく、味方の惑星を攻撃し、その星の住民を皆殺しにしたのだ。
その暴挙を前にして、他の星々の住人は恐怖した。その作戦を命じた軍上層部は勿論、ナヒタ少尉の正気も疑った。
なぜ彼は、そんな暴挙に身を委ねたのか?
なぜ彼は、数十億に及ぶ民間人を殺害し続けた?
誰もが疑問を抱く中、エグゼオン編はクライマックスを迎える。
その果てにナヒタ・タオン少尉が何を見たのかは――誰も知らない。
ソレが国会議事堂に向かう途中、遥がナーシに話したエグゼオンについての情報だった。正直、彼女の説明にはエグゼオンの弱点に関する情報は無い。或いは、その脅威を補足したにすぎないだろう。
それでも惑星セミフェストから二百万キロ離れた場所で――ナーシとエグゼオンは向かい合う。
彼女は動じる事なく、その星に匹敵する脅威と対峙した。
《聞こえるか、デカブツ? 私はナーシ・ナーシェ。お前と同じ成体の〝竜人〟だ。唯一の違いは、私はセミフェストを守る側で、おまえはセミフェストを滅ぼす側という事。私はそう解釈して良いんだよな?》
ナーシがエグゼオンにテレパシーを送ると、エグゼオンのパイロット――ナヒタ・タオンは無線で答える。
《ああ、その解釈に、誤りはない。自分は――星々を破壊する者。自分の今度の任務は――惑星セミフェストの破壊。その命令が撤回されない限り――自分は何としてもこの任務をやり遂げる》
《そうか。その潔いまでの決意は、私の主同様イカレタ物だ。方向性は真逆だが、おまえには主に似た物を感じる。いいぜ。その決意が続く限り、私はおまえの前に立ちふさがろう。おまえの心が折れるまで、私はひたすらおまえを打ちのめす。それがおまえの狂気に対する――返礼だと知れ》
途端、ナーシはエネルギーを放出してエグゼオン目がけて突撃する。ソレを前にして、ナヒタはエグゼオンを起動させる。一万キロは離れた所に居るナーシ目がけて拳を繰り出し、彼女に殴打を加えた。その瞬間、ナーシの体は面白い様に吹き飛ばされる。拳の一撃で大陸を一つ破壊できるそのパワーに、ナーシはただ圧倒された。
《そういう貴官は、余りに脆すぎる。心も体も、自分には及ばないと言い切れる程に。貴官では――決して自分とエグゼオンはとめられない》
《ククク、ハハハハ! 何だ? もっとイカレタやつだと思ったが、随分まともな事を言うじゃないか! それだけの良識を以て、これだけの凶行に走るか。それはさぞかし、ストレスが溜まるだろうな》
《ストレス? そんな物を抱けるほど、自分の任務は軽く無い。貴官が言う事は、一々軽薄すぎる》
エグゼオンが、ナーシ目がけて蹴りを放つ。
ソレをまともに受け、ナーシはやはり吹き飛ぶ。彼女は一万キロほども吹き飛び、その分エグゼオンは更に前進した。
《貴官は己の身を盾にして、自分の接近を阻もうとしているのだろう? 貴官の存在その物がセミフェストの最終防衛ラインであり、最後の希望でもある。だが、貴官は余りに脆弱だ》
尚も続く――エグゼオンの猛攻。
惑星に匹敵するその巨躯は、容赦なくナーシに対して暴力の嵐を行使する。拳を叩き込み、蹴り上げて、肘打ちを食らわす。
普通の人間では、一撃で粉々になっているだけのパワー。いや、人間だけでなくその一撃は星さえも穿つ。この圧倒的な戦力差が要因となり、ナーシはただダメージを受け続けた。
(……デカブツのクセに、動きが速すぎる! こちらが避ける暇さえ与えない程の、超スピード! こいつは本当に、割に合わない仕事かもな――っ!)
ならば、それでも死に至らないナーシ・ナーシェとは何者か? ナヒタ少尉にとってはソレが疑問だったが、彼はこのまま攻撃を加えれば何れナーシは死に絶える事は分かっていた。
それだけのパワーを、エグゼオンは誇っている。
それだけの質量差が、両者にはある。
現にナーシが吹き飛ばされる度に、エグゼオンは確実にセミフェストに近づいているではないか。
その距離が七十万キロにまで縮まった時、ナーシは彼に問うた。
《一つ、訊きたい。おまえは世界を滅ぼす〝竜人使い〟が具現化した――最強のキャラか? おまえこそが誰一人勝てないとされる、史上最強の二次元キャラ――?》
ナヒタ少尉の答えは、決まっていた。
《それは自分と戦っている貴官が、一番わかっている筈だ。自分は決して〝竜人使い〟が具現化した物ではないが――最強である事は確かだよ》
よって、ナーシはこう謳う。
《……そうか。おまえが本当に最強なら私も楽だったんだが、おまえは敵の駒では無いか。ならばやはり私は――おまえを粉砕するのみ。地獄に堕ちた後も、精々地獄で暴れ回るがいい》
ナーシが、その属性を発動させる。竜人や〝竜人〟は自然を操る能力がある。但し操れる属性は予め定められていて、ソレを変える事は出来ない。
オードル・モランの属性は、水。オードルが水を操れる様に、ナーシもまたある自然現象を操る事が出来る。
ナーシ・ナーシェの属性は――光だった。
ナーシは光を集約して圧縮し、一個のエネルギー体に変える。秒速三十万キロで動くその事象を無理やり一点に集中させ、強力なエネルギーを発する剣をつくりだす。
ソレを見た時、初めてナヒタ少尉は目を細めた。そんな彼に対して、ナーシは告げる。
《そろそろ――お遊戯の時間は終わりだ。消し飛べ――デカブツ》
漸くエグゼオンのスピードに慣れ始めたナーシは何とかその拳を躱し、カウンターの一撃を入れる。振り下ろした剣は一万キロにも及ぶ大剣となって、エグゼオンに肉薄する。ソレを見て――ナヒタ少尉は初めて喜悦した。
《そうか。それが貴官の能力か。ならば――尚のこと貴官に勝ち目は無い》
(……なっ?)
それもその筈か。何故なら、エグゼオンの本領もまた光を操る事にあるのだから。光を圧縮して光の盾を形成したエグゼオンは、やすやすとナーシの一撃を防ぐ。そのまま口から圧縮した光を吐き出し、ナーシの体を余すことなく焦がす。
いや、この時、彼女は初めて背筋に悪寒を覚えた。エグゼオンは変形を始め――背中から巨大な砲身を取り出してきたから。
ソレは地殻やマントルを貫通して――惑星の核さえ破壊する必殺の武器。
何人にも止められない――空前絶後の殺戮兵器だ。
ソレをナヒタ少尉は、たった一人の人間目がけて発射するつもりなのだ。その狂気を知った時、ナーシは奥歯を噛み締め口角を上げる。
《――前言撤回だ! おまえは――やはりイカレている!》
《そういう貴官はどうする? 貴官がこの一撃を避ければ、或いはその射線上にあるセミフェストにこの攻撃は届くかもしれない。そうなればセミフェストは甚大な被害を受けて、貴官の任務は半ば失敗した事になる。つまり――貴官は何が何でもこの一撃を防がなければならないという事だ》
《つっ……! ち――っ!》
故にナーシは直径百キロの光を集めて百メートルまで圧縮し、ソレを巨大な盾に変える。対してエグゼオンは直径二万キロの巨大な光を、二メートルにまで圧縮して――ソレを一気に解放する。両者の力の差は歴然としていて、決してその差は埋まらない。それでも数秒の間、エグゼオンの攻撃を防いでみせたナーシの盾は、脅威とさえ言えた。
(……くっ! つ――っ!)
だが、それも一瞬の事だ。やはりナーシとエグゼオンでは、質量が余りにも違いすぎる。内包するエネルギーが圧倒的に違う両者は、だからその優劣も明確につく。ナーシの体は徐々に焦げはじめて、体が炭化していく。後二秒で彼女の体は確実に燃え尽き、エグゼオンの一撃はセミフェストを破壊するだろう。
それは決定的な運命であり、覆し様の無い未来だ。その事実をナヒタ少尉は確かに実感し、ナーシさえもそんな現実が脳裏を過ぎる。
だが、この時、彼女はその未来を一笑した。
消滅の寸前、彼女は確かに吼えたのだ。
《そういえば、まだ私の本当の能力を言っていなかったな》
《何? それは――自分に宛てられた遺言か?》
《遺言か否かは、最後まで聴いてから判断しろ。そう。私の能力は実にデタラメで、ハチャメチャだ。それこそ、狂人が考えたと思える程に。なにせ私の能力は――〝想像した未来を世界に投影して現実化させる事〟なんだから。つまりは――こういう事だ!》
その時――初めてナヒタ少尉が息を呑む。
その意味を理解した時――彼は確かにそのデタラメさを知った。
世界が――一人の少女の思考に浸食されていく。
死に瀕していた筈の少女はその未来を否定して――自身が望む輝かしい未来を手にする。
その瞬間――エグゼオンが放った光線は消滅し、巨大すぎる巨人が現れる。全長一万二千キロに及ぶその巨躯は、正しくあの小さな少女がつくりあげた物だった。
《さて、どう出る、ナヒタ・タオン? 私を倒したいなら私の心を屈服させ――私に一縷の希望も与えない事だ》
《ほざけ。その程度の張子の虎を得ただけで、自分をとめられると思うなよ――ナーシ・ナーシェ》
互いに、己を高揚させる言葉を紡ぐ。
ついで巨大すぎる両者は動き始め――再度衝突を開始した。
◇
エグゼオンと互角の戦力を得た――ナーシ・ナーシェ。
彼女はその巨躯を操り、真っ向からエグゼオンに挑む。超速で拳を何度も繰り出し、エグゼオンに集中砲火を浴びせる。対してエグゼオンも拳を連打してその全てを受け切り、両雄は雄叫びを上げた。
《おおおおおおおおッッッ……!》
《おおおおおおおおお―――っ!》
その時、ナヒタ少尉は慢心を捨てる。
彼はナーシ・ナーシェを今滅ぼさなければならない大敵だと、認めたのだ。
(――張り子の虎では無い! 彼女は本当に――エグゼオンに匹敵するパワーを手に入れた。確かにこれはデタラメだ!)
自身が思い描いた未来を、現実化させる能力者。それが事実だと知った時、彼は奥の手を使う事を決意する。ナヒタ・タオン少尉もまた――己が異能を発動させたのだ。
然り。銀河戦記バビリオンの変わった所は、ロボットものと超能力ものが融合している事。つまりバビリオンの登場人物はロボットを操りながら――超能力も使役する。
ならば、ナヒタ・タオン少尉の異能とは何か? ナーシはソレを目撃して、眼を開く。戦況は一変して、ナーシの攻撃がエグゼオンに届く様になったのだ。
ナーシの攻撃は確実にエグゼオンのボディに決まり、その蹴りはエグゼオンの頭部に届く。徐々に半壊していくエグゼオンを目にして、それでもナーシの表情は険しいままだった。
(――急に手応えが無くなった。これは何らかの罠? それともこれこそがやつの異能か?)
遥から、既にバビリオンの登場人物は超能力が使える事は聴いている。その為、ナーシはそう訝しむしかない。
実際、ソレは当っていた。今までナーシに圧倒されていたエグゼオンが、再び活力を取り戻す。エグゼオンは振りかぶった拳を突き出し、その一撃がナーシに迫る。
(な、にっ?)
問題は、その速度と威力だ。かの一撃はどう考えても、今までのエグゼオンを遥かに超えていた。現に、その一撃を食らったナーシの巨人は、見事にひび割れる。たった一撃攻撃を食らっただけで、ナーシは大ダメージを受けたのだ。そのカラクリを、ナーシはこう読んだ。
(まさか――ダメージエネルギーを戦闘力に変えたっ? ダメージを受ける度にやつは強くなるとでも言うのか――っ?)
《恐らく正解だ。――ダムクレイ・ウッド。〝傷つく我は――窮鼠と化す〟。これがある限り貴官に勝ち目は無い》
迫るアッパーカットを両腕ガードしながら、ナーシが奥歯を噛む。その重い一撃を前に、彼女の脳は確かに揺れた。
続けて繰り出される、フック。弧を描いて繰り出されるソレは、正に巨大なハンマーじみた破壊力がある。防御した腕はひび割れ、エグゼオンの破壊力は刻一刻とナーシの想像力を凌駕する。
(――不味い! だとしたら、肉弾戦では勝ち目がない! 私の巨人でも一撃でエグゼオンを破壊するのは不可能だ! 徐々に破壊していくしかないが、その度にエグゼオンの力が増していくなら押し負けるのは私だろう! 一撃でエグゼオンを破壊しない限り、私に勝機と言う物は無い――っ!)
そう計算するナーシの危惧は、現実の物になる。現時点で、既に戦力差は七対三。スピードもパワーもソレだけの差があり、再びナーシはエグゼオンに圧倒される。半壊しているエグゼオンはナーシの巨人も半壊させ、彼女を追い詰めていく。
正に、圧倒的。正に、超常的。正に、絶対的。
この力量差を前にして――ナーシは呼吸を止めた。
(が、真に脅威と言えるのはやつの能力では無い。計算に計算を重ね、自身のダメージをギリギリの所で押しとどめているその精神力。下手をすれば致命傷を受けかねないのに、そういった未来を恐れない鋼の様な心がやつの最大の武器……!)
けれど、だからこそナーシには分からない。これだけの決意を秘めたナヒタ・タオンは、なぜ虐殺者になった? この高潔とも言える心意は、なぜ殺戮に向けられたのか?
遥も、肝心ともいえるその部分は忘れていた。その為、ナーシもその理由は分からない。彼女はただ、エグゼオンの攻撃を受ける度に破壊されていく自身の巨人を顧みる。
(このまま攻撃を受け続ければ、後五分で私の巨人は破壊される。そうなれば、エグゼオンは再度セミフェストへの侵攻を始めるだろう。そのままやつは、忠実に己の任務を遂行しようとする。セミフェストは惑星ごと滅び、其処に住む全ての人間は死に絶える。その中には当然主達も含まれていて、彼女達が死ねば私もお陀仏だ。ならば――私がするべき事は一つだな)
その前に、ナーシはナヒタ少尉に問い掛ける。
《無粋を承知で、訊こう。おまえの破壊行為は、竜人の本能ゆえか? それとも、この破壊行為はおまえ自身が望んだもの?》
渾身の一撃がナーシの巨人の頭部に決まる。頭部を破壊されながらもナーシは踏み止まり、ナヒタはこう答えた。
《さて、な。今となっては、自分でもソレは分からない。自分は何を望んでここに居るのか、さっぱりだ。自分はただ、任務に従ってきただけ。ただ、自分は望んでこの任務に就いた。なら、これは確かに自分が受け止めるべき暴挙なのだろう。その暴挙をとめたいなら、自分を倒すしかない。その殺戮をとめたいなら、自分を滅ぼす以外ない。自分は既に殺戮者で、そんな己を俺は貫き通すしかないのだから――》
ソレは、怒りも悲しみも、後悔も決意も混交した声だ。複雑怪奇な彼の心境を、ナーシは理解する事が出来ない。
彼女に出来る事があるとしたら、一つだけ。ソレは、彼の決意に応える事だけだ。
今まさにエグゼオンの攻撃が、ナーシの巨人を撃ち砕く。両者の質量は再び優劣がついて、ナーシは圧倒的に不利な立場へと追いやられる。
その時、彼女は右腕を突き出して、喜悦した。
《ならば――私は忌憚なくお前と言う大敵を滅ぼそう。だが、残念だ。私は最後までお前と言う大敵の真意が掴めなかった》
《な、に――っ?》
いや、ソレはナヒタも同じ事。彼も最後まで、彼女が言っていた本当の意味を掴めなかったのだから。
彼女の能力は、想像した未来を現実化する事にある。ならば、既に勝敗は決していたのだ。彼女は今、ただ強く想像する。彼の決意を凌駕する程に、強くその未来を具現化する。
《そう。私の能力はスケールが大きい物ほど、具現化するまで時間がかかる。その為、私は何とか時間を稼ぎたかった訳だが――その意味を今こそ思い知れ――ナヒタ・タオン!》
彼女は最大で、三つの未来を重ねる事が出来る。その三つ全てを、彼女はある未来に注ぎ込む。
だが、ナーシは自分のダメージを修復する為にその力を使っているのではないか? いや、彼女はそういった事に力を使っていない。彼女の肉体はその強度を以て、ダメージを最小限にとどめている。
何故なら彼女は――オリハルコンが人化したという設定だから。神が人に与えたと言う永久不滅の金属――オリハルコン。その擬人化した姿こそ彼女――ナーシ・ナーシェだった。
よって、その響きは高らかに歌い上げられる。
彼女は今――己が勝利する姿を明確に思い描く。
《カルメント・ジージャ―――っ!》
カルメント・ジージャー。
ソレは正に――〝輝かしき――我が未来〟。
《バカ、なっ!》
三重に編み上げられたその未来は、現実世界を浸食して侵攻し、やがてエグゼオンの巨体さえも汚染する。自身が勝利するその未来を現実化させようとする彼女は、やがてエグゼオンの限界さえも突破する。
この時――ナヒタ・タオンは呼吸を止めた。
《そう、か。これが、ナヒタ・タオンの、物語の結末》
ナヒタが、殺戮に手を染めた理由。
ソレは、複雑な世界情勢が要因だった。彼等が住む銀河には、強力な感染力を持つウイルスが蔓延していた。その患者の数は複数の星に隔離しなければならない程、膨大と言えた。
だが、パニック状態に陥った患者達は、自分達の不幸を自分達だけで受け止める事が出来なかった。隔離された星から脱出して、自分達を見捨てようとしている中央政府に反乱を起こそうとしたのだ。ソレは複数の星で同時に計画され、実行されようとしていた。
仮にこれが成功したなら、患者達を通じてそのウイルスは再び銀河に散布されるだろう。多くの罪もない人々がそのウイルスに感染して、命を落とす事になる。
中央政府は再三に及び患者達を説得したが、結局彼等の決意は変えられなかった。よって中央政府は特殊訓練を受けたパイロットを選抜し、彼にエグゼオンを託した。エグゼオンにその星々の破壊を命じて、最悪の事態を回避しようとしたのだ。
だが、当然の様にそのパイロットである彼は悩む事になる。果たして、自分の行為に正義はあるか? 果たして、その虐殺は本当に正しい事?
〝けど、自分が軍を辞めて、この任務を拒んでも、誰かがその手を汚さなければならない。なら、その役目は、自分が引き受けるしかないだろう。自分が虐殺者になる事で誰かが救われるなら――自分は喜んでその任務を達成する〟
いや、喜べる筈がない。例え誰かが救われようと、誰かが命を落とすなら、それはただの悲劇でしかない。
だが、特殊な訓練を受け、喜怒哀楽が希薄な彼は、淡々とその任務に従事した。それが辛い事だと感じる暇も無いほどに、彼は破壊の限りを尽くした。星々を破壊して、人々を虐殺し、軍人としての責務を果たす事になる。
多くの人々が、そんな彼を非難した。多くの人々が、そんな彼に恐怖を抱いた。その果てに彼が抱いた感情は一つだった。
〝……ああ。本当に何で、この世界は皆が幸せになる事がないのか……〟
多数の幸せを守る為に、少数の幸せは切って捨てる。そうしなければ、誰かが報われる事は決して無い。
ソレが、この不完全な世界の摂理。ソレが、文明を発展させた後も続く人の因果。
そう痛感するが故に、彼は最期の瞬間、ただ後悔した。
本当は――誰かに自分を止めて欲しかったと。
自分の行いは――やはりただの暴挙だったのだと、彼は思ってしまったのだ。
だから、彼は二度目の最期を迎えた瞬間、彼女にこう漏らす。
《――礼を、言う。ありがとう。自分を、とめてくれて、本当に、ありがとう。お蔭で、自分は同じ過ちを犯さずに、すんだ》
《……ああ》
今際の時、彼の思考が彼女に流れ込む。その全てを受け止めて、彼女はただ笑った。
《それでもお前は――多くの命を救った英雄だった。報われない人々の無念を一人で受け止めた――英雄だった。例え誰が非難し様とも――私だけは最期の瞬間まで貴方をそう称えよう》
それが、最後。
彼の愛機であるエグゼオンは塵芥と化し、彼も消滅の時を迎える。
ただ彼女には最後まで彼がどんな表情で逝ったのか――それが分からなかった。
◇
エグゼオンと決着をつけ、彼女――ナーシ・ナーシェは惑星セミフェストに帰還する。
大気圏を突破して国会議事堂前におり立つその姿を見て、私と遥は息を呑む。勝利を掴んだ己が〝竜人〟を前にして、私達はただ呆然とした。
「……勝ったのか? ホントに、勝ったんだな? ……マジかよ? オマエ一体何者だっ?」
「……さてな。それは私が一番知りたい」
が、次の瞬間、私はあり得ない物を見た。あろう事か、あの帆戸花遥がヤツに抱きつき、喜びの声を上げたのだ。
「――良かった! 本当に良かった――ナーシ様!」
「………」
お蔭で私は喜びの表情から一転して、目を怒らせる事になる。
私はズカズカと歩を進めて、抱き合う二人を引き離す。鼻から勢いよく二酸化炭素を吹き出し、怒声を吐き出す。
「はい、はい。悪いけどそこまでだ。仕方ないとはいえ、私はコイツを長時間召喚しすぎた。もう二カ月近く寿命が縮んでいるからいい加減封印したいんだけど、構わないな?」
私に邪な感情を抱くヤツに、異存がある筈もない。
「だな。勝利の余韻に浸るのは、また今度にしよう。良いぜ。私の事はさっさと封印して、今度はお前達が自分達の仕事を果たせ」
そう言い切るヤツに、私は遠慮なく封印を施す。その途端、遥の瞼も閉じられる事になったが、彼女はただ微笑んだ。
「やはりナーシ様は――凄い方だわ! 私の想像を、遥かに超えていた位に! 本当に彼女はどんな作品の、どんなキャラだったのかしら?」
「………」
これは完全に、遥はヤツに惚れ直している。そう感じるからこそ、私は面白くない。私はムスっとしたまま、もう一度鼻から息を拭き出す。
「……知らないよ、そんな事は。というか、知りたくもない」
ブツブツと呟く私に対して、遥は首を傾げる。
「何か言って、優? いえ、優にはこれから頑張ってもらわないと。ナーシ様が何者か、調べてもらわないといけないのだから」
「………」
確かに、ソレが私に振り当てられた任務だ。目が見えない遥の代りに、私はこれから二次元作品を観賞して、情報収集をしなければならない。
重要とも言えるその任務を思い、私は尚も不満な表情を浮かべる。ヤツが活躍しているであろうその作品の事を考えると、私は憂鬱で仕方がない。
だがそんな私の不満は――次の瞬間、綺麗に霧散する事になる。
何故なら、私は彼方から超速で接近してくる物体を視認したから。それは黒き〝竜人〟であり、その背には一人の少女が乗っていた。
「――不味いっ! 遥――アレは恐らく敵だっ!」
「……え?」
身構える私は、アイツを召喚して遥の目を開く。
黒い〝竜人〟は間もなく私達の前に降り立ち――その〝竜人使い〟は私達と対峙する。
私と遥の前に現れた〝竜人使い〟は、こう名乗った。
「はじめまして、と言うべきかしら? 私の名前は――毛出鮎。世界を守る為に立ち上がった〝竜人使い〟よ」
「……なに?」
そうして――私と遥は眉をひそめたのだ。
◇
己が〝竜人〟から降り――毛出鮎と名乗る少女が私達と向き合う。
青葉少佐が評していた通り、それは確かに異形とも言える姿だった。口ばしの長い鳥の仮面を被っている為、人相は分からない。シックな黒のスーツの上には和服を羽織っていて、完全に浮世離れしている。黒のスーツに反して白く伸びるその髪は、まるで溶けかけの雪の様だ。
彼女は確かに――世界を守る〝竜人使い〟だと名乗った。
だが、私は反射的に――彼女こそが私達の大敵だと認識する。
「……そう。そういう事。やはりあなたは鋭いわ。私達の〝竜人〟がエグゼオンを倒した事で状況が変わった事を瞬時にして読み取ったのだから」
今まで世界の敵だと認識されていた、私達。けど、セミフェストに危機をもたらそうとしたエグゼオンをナーシ様が倒した事で、この認識は覆された。世界を滅ぼそうとしていた敵を倒した事で、私達の正義は証明された。毛出鮎がつくり出した、私達こそが世界の敵と言う構図は崩れたのだ。
ならば、今度は私達の敵である毛出鮎こそが世界の敵という事になる。時間が経つほど私達とこの大陸の国々は結束を強め、彼女にとって脅威と呼べる物になるだろう。そうならない内に、毛出鮎は手を打つ事にしたのだ。
つまり、彼女の目的は一つ。
「――私達と決着をつけるつもりね、あなたは?」
毛出鮎は嬉々として、両腕を広げる。
「正解。やはりあなたは中々の切れ者だわ、帆戸花遥。でも、それでも私は世界を守る為に――あなたと楓優に消えてもらうしかない」
「……世界を守る為、だと? それは一体どんな冗談だ、この不審者」
ナーシ様の背に身を隠す優が、詰問する。ソレは、私にとっての疑問でもある。世界を守る為に、私達を倒さなければならない? それは要するに、私達の存在こそが世界を危機に陥れる要因という事か? そんなバカな誤解を、何でこの人は平然と口にするのだろう?
「それを知りたいなら、明日、私達と決着をつける事ね。その時、私が知る全ての事をあなた達に話すわ。世界の理を、私の事情を――あなた達に全て伝える」
「………」
やはり毛出鮎は世界が完全に敵に回る前に、私達と決着をつけるつもりだ。今なら私達を倒せると、彼女は確信している。私と優は顔を見合わせ、眉間に皺を寄せた。この申し出に対して、どう返答するべきか思い悩む。
「そうだな。おまえの思惑通り動いて、私達に何のメリットがある?」
今度はナーシ様が毛出鮎に問い掛け、彼女は歯を食いしばって喜悦した。
「それは、あなた達が考える事よ。私はただ、提案するだけ。では明日の正午に、またここで会いましょう。奇妙な言い回しになるけど――あなた達なら必ず私の要求に応えてくれると信じているわ」
「………」
それだけ告げて、毛出鮎という少女は己の〝竜人〟に乗る。
彼女は〝竜人〟を駆って空へと飛び立ち――瞬く間に彼方へと消えていった。
5
エグゼオンを倒したばかりだと言うのに、私と遥の前には更なる大敵が立ちふさがる。毛出鮎と名乗った少女は私達に宣戦布告して、去って行った。
彼女の要求に従うなら、私達は明日の正午、この場所で毛出鮎と対峙しなければならない。全ての黒幕であるあの少女と、私達は戦う機会を得たのだ。
「……でも、それは果たして正しい判断?」
自問する様に問い掛ける私だったが、直ぐに遥の様子がおかしい事に気付く。彼女は眉をひそめて、毛出鮎が去った方向に目をやっていた。
「えっと、どうかしたの、遥?」
「……まさか。いえ、まさか、そんな事が……」
「………」
話は、まるで噛み合わない。遥の方こそ自問する様に、何やら呟く。私はそんな遥をジーと眺め、やがてその視線に気付いた遥は我に返った様に言葉を紡ぐ。
「いえ、何でもないわ。……何でもない。それより、私達はこれからどうするかが問題ね。敵は明らかに、勝負を急いでいる。なら、このタイミングで敵の誘いに乗るのは、半ば罠にはまると言って良い。その反面、これは敵を倒す最大の好機とも言えるわ。私達がそう考える事も読んだ上で彼女はああ提案したのだろうけど、だからこそ私は彼女が恐ろしい」
「つまり、やっぱりやつの提案は何かの作戦って事? 私達を、確実に仕留める自信があるって事なのかな?」
〝そうでしょうね〟と遥は断言する。そうなると、私達としては毛出鮎の提案を無視するべきだろう。彼女に待ちぼうけを食わせて、私達は別の作業に没頭する。自分達の事を考えるならソレがベストな選択の筈だ。
「……でも、仮にそうなったら敵はどうするかな? 敵は既に、自分が世界の敵であるという事がバレた事を知っている。だとすると、開き直って国会議事堂を攻撃し、私達を誘き出そうとするじゃないかな? そうなると私達としては、とてもじゃないけど毛出鮎を無視する事はできない」
「……確かに、優の言う通りね。私が毛出鮎と同じ立場なら、間違いなくそうする。今より立場が悪くなる前に、私達を決戦に挑まざるを得ない状況に追い込むわ。それも織り込み済みで大人しく去って行ったのなら、私達に選択の余地は無い。私達は明日――毛出鮎と決着をつけないと」
と、その時ヤツが口を開いた。
「だが、問題はやつ等に勝てるかという事だ。言っておくがあのスレイブとかいう男は――エグゼオンより強いぞ」
「はっ?」
「えっ?」
同時に、私と遥はほうけた声を上げる。
それ程までにヤツが言っている事は、バカげた事だった。
「――人型惑星破壊兵器より、あいつの方が強いっ? それは――マジで言っているっ?」
「ああ、大マジだ。互に臨戦態勢になった時、それが分かった。やつもまた、常軌を逸した設定を持ったキャラだと。そして毛出鮎とお前達の勝負の行方は、私とスレイブの戦いにかかっている。私がスレイブに勝てなければ、お前達はたちまちの内にスレイブに殺されるだろう。それでもお前達は――毛出鮎に挑むと言うのか? 人間達を守る為に――またその身を危険に晒す?」
「………」
私達が言いあぐねている間に、ヤツは更に続ける。
「言っておくが、今回はエグゼオンの時とは違うぞ。エグゼオンは、放置すれば世界そのものが終わっていた。だが毛出鮎は放置し様とも、お前達が被害を受ける事は無い。見知らぬ他人が殺されるだけで、やつを無視する限りお前達の身の安全は保障される。だというのにお前達は見知らぬ他人を守る為――またその身を張ると言うのか?」
「………」
私と遥は顔を見合わせた後、断言した。
「――当然だろ。私達を誰だと思っている? 世界を守る為に選ばれた、正義の〝竜人使い〟なんだぜ。なら、私の所為で誰かが傷つくなんて事は決して認めない。何時かあの聖女に胸を張って文句を言う為に、私は誰かを見捨てるなんて事は絶対にしない。ソレが私の――〝竜人使い〟としての矜持だ」
「………」
「はい。私も優と同じ思いです。ですが仮にナーシ様がスレイブというキャラに勝てないとしたら、私は思い悩むしかありません。〝果たしてナーシ様を危険に追いやってまで、自分達の意地を貫き通すべきか?〟と。ですから、どうか正直に答えて下さい。ナーシ様でも――あのスレイブには勝てない?」
「………」
ヤツは、真顔で腕を組む。何かを考えた素振りを見せた後、ヤツもまた言い切った。
「――冗談。私が勝てない者など、この世にはいないよ。だが、それでも仮にお前達の命が危機に晒されたなら、私は迷わずお前達を連れて逃げる。それでよければ――お前達の矜持とやらにつき合ってやってもいいぜ」
私と遥は、もう一度顔を見合わせる。
それから真っ直ぐヤツを見て、無言で頷く。
こうして結論は出て――私達は最後の決戦に挑む事になったのだ。
◇
やがて、夜が来た。あの後、ナーシ様を封印した私達は政府のお歴々と協力関係を正式に結び、情報収集の足掛かりを掴んだ。その一方で突如出現した毛出鮎の提案が障害となり、私達は情報集を行えずにいる。
敵も、その辺りは計算済みだろう。私達が情報集を始める前に、決着をつける気だ。私達がスレイブの情報を掴む前に、私達を葬るというのが毛出鮎のシナリオだろう。
その時、私と同じ様に宿の一室で休んでいた優が、疑問の声を上げる。
「……でも、分かんないなー。なんで私達が、世界の敵なのさ? あいつ、自分の立場がホントに分かっているのか?」
優の疑問に、私も同調する。毛出鮎は、私達こそが世界の敵だと言った。それはこの国の政府にそう思わせたかっただけだと思ったが、どうも違う様だ。少なくとも毛出鮎は、私達を殺す事が世界を守る事だと信じている。なぜそんな妄想に取りつかれているのか、私としても大いに疑問だった。
「………」
いや、違う。或いは、私はその事に気付いているのではないか? ただ認められないだけで私はその事に勘づき始めている。そうは思いながらも、私は首を横に振った。
「……まさか。そんな事、ある筈が無い」
「んん? 昼間もそんな事を、遥は言っていたよね? 何か気付いた事でもあるの?」
「いえ、何も。それより、いよいよ明日で全てが決まるわ。この大陸に巣くう、悪の〝竜人使い〟と決着をつける時が来た。本当に早い物だわ。ナーシ様と出逢ってから、まだ一日ほどしか経っていないと言うのだから」
そう。全ては、ナーシ様が具現してから始まった。悪意ある明確な敵の存在に気付き、その敵に対抗する戦力がナーシ様だった。
彼女が居なかったら、私達は昨日死んでいただろう。
彼女が居なかったら、セミフェストは今日終わっていた。
私達は既に、二度もナーシ様に救われているのだ。
きっと彼女なら〝ソレが自分の役割だ〟と公言する。私達はそんなナーシ様に、今は頼るしかない。明日も彼女には、命懸けの戦いに赴いてもらわなくてはならないのだ。
私はそれが、どうにも歯がゆかった。
「……って、遥、今アイツの事を考えていただろう?」
「え? そうね。ナーシ様には、これからも負担をかける事になるわ。逆に私達は、彼女の背に隠れているしかない。仕方が無いとはいえ、やはりこれはフェアじゃないわ」
が、優は私の手を取って、こう告げる。
「そうかな? 私はこうして遥がアイツの為に心を痛めている時点で、十分だと思うけど。だって私達は、今まで自分達の〝竜人〟を気遣った事なんて無かったでしょ? 自分達の兵器として、何の遠慮も無く酷使してきた。矛として盾として、道具の様に扱ってきたんだ。でも、アイツが具現化して遥の〝竜人〟を見る目は変わった。大事な人を想う様に、遥はアイツと接している。それってきっと、アイツにとっては凄く嬉しい事だよ。遥に兵器としてでは無く、一人の人間として大切に思われるなんて、ホントにアイツは果報者だ。多分、アイツだってそう思っている筈さ」
「そう、かしら?」
「うん。でも、今の遥を見ていると、やっぱり〝竜人〟には心なんて要らない方が良い様に思える。これからもアイツが傷つく度に遥が心を痛めるなら、アイツはただの兵器のままでいてもらいたい。それが私の本音だけど――遥は違うんでしょう?」
「………」
「――遥はアイツの事が好きだから、そんなにも心を痛めている。自分と同じ人間だと認めているから、そんなに辛そうなんだ。遥はそんな自分を自覚して――もっと素直になるべきだと思う」
「……優」
けど、それ以上優は何も言わない。彼女はただ無言で私の手を握って、私を見ている様だった。その意味がよく分からない私は、深呼吸をする様に息を吐き出す。私は何かを言おうとしたが、優はソレを遮った。
「……いや、やっぱり前言撤回。こんなのやっぱり、私らしくないや。遥はやっぱり、私だけの相棒だよ。遥って、私が居ないと三日で野たれ死にしそうだし」
「………」
何だ、その聞き馴染みのある暴言は? 何時もの事ながら、外れていると言い切れない所がよけい頭にくる。
優が居なければ、私は三日で野たれ死ぬ。きっとそれは、その通りなのだろう。
今更ながら、私は今日まで優に助けられてきた。非常識な私がミスを犯す度に、彼女は私のフォローをしてくれた。普段は目が見えない私の代りに私の目となって、目を被いたくなる現実を直視してきたのだ。
私はそんな優に、何時だって恩返しをしたいと思っている。溜まりに溜まった借りを優に返す為に、私は今日まで生き長らえてきたつもりだ。それは未だに果たせていないけど、だから私は何時でも自分に出来る事は何かと問い掛けてきた。
もしかすると、明日、私はその借りを少しでも返せる事になるかもしれない。私は自分の推測が当たって欲しくないと思っている癖に、そう考えてしまう。この矛盾に心を乱されながらも、私は優と向き合う。
「そうね。今の暴言はともかく、その気持ちは私だって同じよ。私の相棒は――優だけだわ」
でも、そうなるとナーシ様は何と呼べばいいのだろう? 私は、それが分からない。
やはり仲間というのが、一番しっくりくる表現だろうか? でも、私は何故かそれ以上の物をナーシ様に求めている気がする。ソレが何かはまだ分からないけど、私はいま心から微笑んだ。
「だから――必ず勝ちましょう。毛出鮎に勝って何時か聖女様と再会し、優は彼女に文句を言って、私は彼女に感謝の言葉をおくる。それこそが――私達の輝かしき未来だわ」
「だね。私達は、必ず勝つ。勝って、私はまた遥と旅を続けるんだ。今度はもっと遠くの、もっと彼方の国に足を踏み入れる。それはきっと、凄く楽しい事だよ――遥」
今の私には、優の顔を見る事は出来ない。でも、それでも、私はそう告げる優が破顔していると確信していた。ならばとばかりに、私は言い切る。
「と言う訳で、明日に備えてさっさと寝ましょうか。明日は決戦なのだから、今日は別に見張り番をする必要は無いわよね? 私は心ゆくまで、しっかり寝ていいのよね?」
が、そんな私の正論を、優は嬉々として否定する。
「いや、あの宣戦布告自体が私達を油断させる罠という可能性もあるから、警戒は怠らない様にしよう。今夜も昨夜同様、寝る役と見張り番を交替で行うから遥もそのつもりでいてね」
「………」
前言撤回だ。こんな人でなしである優が、私の相棒である訳が無い。この鬼がと罵りたい気持ちを何とか抑えながら、私は内心舌打ちする。私達の夜はこんな感じでふけていき、やがて朝を迎えて、決戦の時を間近にする事になった。
様々な不安が渦巻く中――私と優とナーシ様は遂にその瞬間に至ったのだ。
◇
やがて、時刻は正午を迎えた。
私が大きく息を吐きながら空を見ると、昨日の再現が行われる。空の彼方から〝竜人〟に乗った少女がやって来て、彼女達は私達が待つ国会議事堂前に降り立つ。
私と遥はその少女――毛出鮎を緊張した面持ちで出迎えた。
「と、二分ほど遅刻だ。時間を指定したのはそっちなのに、ルーズな事だな」
既に召喚済みであるヤツが、軽口を叩く。
五メートルほど離れた場所に居る毛出鮎は、苦笑した様に見えた。
「そうね。何時もは時間に正確である私が、今日に限ってこの体たらくとは。決戦を前にして緊張でもしているのかしら?」
「そんなイカレタ格好をしたやつが、真っ当な事を言っても説得力の欠片も無いぜ。で、私の敵は、やはりスレイブとオードルの二人なのか? それとも、更に仲間を増やしてきた?」
が、毛出鮎は首を横に振る。
「まさか。勿論これは、一対一の果し合いよ。オードルには手を出させない。あなたはただ、スレイブと殺し合えばいいだけ。スレイブならば――それで決着をつけてくれる筈だから」
「大した信頼だ。だが、その信頼が裏切られた時こそ、おまえの最期だ。私は後腐れないようおまえもきっちり殺しておくぜ」
〝それで構わないよな?〟と言わんばかりに、ヤツは私達に目を向ける。ヤツの背後に居る私と遥は顔を見合わせた後、返答した。
「いや、悪いがソレは彼女の話を聴いてからだ。彼女の事情とやらを聴いた上でないと、とてもじゃないが判断できない。まだ彼女が本物の悪党だと、言い切る事はできないから」
ならばとばかりに、私は毛出鮎に視線を送る。彼女は笑みを浮かべながら、まず遥を見て、私に目をやった。
「そうね。そういう約束だったわ。私の提案を受け、私との勝負を快諾してくれた返礼に、私は全てを話すと約束した。なら、私はあなた達二人に、全てを打ち明けなければならない。でも、果たしてあなた達はこれを聴いて何をどう思うのかしら? 私にどんな感情を抱いて、どう結論する? 私は――それが楽しみでならない」
「そんな前置きはいいから、さっさと本題に入れ。あんたは言っていたな? 自分こそが世界を守る〝竜人使い〟で、私達が世界を滅ぼす〝竜人使い〟だと。私としては全く意味が分からないんだけど、一体どういう事だ?」
そうだ。私と遥が世界を滅ぼすなんて事は、あり得ない。私達にその気があるなら、昨日の時点でそうしている。エグゼオンの侵攻を無視して、世界を滅ぼしていただろう。
けど、実際は違った。遥は勿論、私だってそんな事をするつもりは毛頭無かった。逆に私達は自身の〝竜人〟に頼み、エグゼオンを倒してもらい、世界を救っている。実に気に食わない話だが、私達はまたヤツに命を救われたのだ。
そんな私達が、なぜ危険視されなければならないのか?
その理由を問うと、毛出鮎は微笑したまま訳が分からない事を言いだす。
「そうね。では、私があなた達を殺したい理由から話しましょうか。その理由は二つ。一つはこの世界の為。もう一つは――〝私の世界〟の為よ」
「〝私の世界〟?」
私が眉をひそめると、彼女は説明を続ける。
「ええ。〝私の世界〟。それは文字通り、私の心を意味している。私はこれ以上あなた達が存在している事に耐えられないから、あなた達を殺すしかないの。だって、こんな現実はあり得ないもの。こんな事は、絶対にありえてはならない。でも、その説明は後回し。今はこれからあなた達が、どうなるかを説明する事にする。――結論から言うと、後一年以内に楓優は豹変する事になるわ。世界に裏切られる事になるあなたは全てを憎み、嫌悪して、世界の滅亡を願う。結果、ソレは実現してしまい、あなたは世界を滅ぼす事になるの。ある少女があなたを、そういった状況に追い込むから」
「は、い? 何だ、ソレは? それじゃあ、おまえは未来を見通しているみたいじゃないか。まるでこれから先の事が分かっている、予言者みたいだ。ホラをふくのもいい加減にしろよ。おまえが言っている事は、やっぱり何もかも信用できない。気が狂っているとしか思えないほど、おまえが言っている事はデタラメだ」
けれど、私に同意してくれると思っていた遥は、息を呑む。
彼女は開かれたその眼を毛出鮎に向け、こう告げた。
「……いえ、多分だけど、彼女が言っている事は本当だと思う。彼女が言う通り、優は何かが原因で世界を滅ぼす事になるの。ソレを阻止する為にも、彼女の話は最後まで聴かないと」
「……へ? それは、一体どういう事?」
すると、遥まで意味不明な事を言いだす。
「最初にその事に気付いた切っ掛けは、毛出鮎の足音。普段は目が見えない私は、だから音や匂いを頼りにして何とか生活している。その為、人の歩くクセには凄く敏感なの。あなたの足音を聴いた時、私には閃く物があった。あなたとある人が同じ足音である事に気付いた私は、その事に思い至ってしまったの。そう。本来、竜人の探知は〝竜人使い〟とって必須の能力の筈。では、なぜあなたはその能力を持っていないのか? それは、あなたはその能力を持つ必要がなかったから。あなたにも優の様な相棒が居て、その相棒が竜人の探知を担っていた。そうなのではなくて、毛出鮎?」
と、彼女は昨日の様に両腕を広げて喜悦する。
「理解が早くて、助かるわ。やはりあなたは聡明なのね、帆戸花遥。では、答え合わせといきましょうか。だとしたら――一体どういう事になる?」
この時、遥は、ホントに思いもかねない事を言いだしたのだ。
「ええ。毛出鮎という名は、恐らくアナグラムよ。ローマ字にして組み替えると、彼女の名前は――〝楓優〟になる。認めたくはないけど――未来から来た〝楓優〟。それがあなたの正体なのでしょう、毛出鮎――? だからあなたは優同様――竜人を探知する能力を持たない」
「……なん、だって?」
よって、私は――ただ茫然とするしかなかった。
◇
それは私にとっても、認めたくはない答えだった。でも、毛出鮎の歩き方のクセは確かに優と全く同じなのだ。それに加えて、名前のアナグラムが一層私の疑惑を深めた。
本当にありえない話だが、仮に毛出鮎が言っている事が事実なら、そういう事だ。毛出鮎と楓優が同一人物なら、毛出鮎は未来から来た楓優という事になる。そう考えないと、全ての辻褄は合わない。
私がそう考える中――毛出鮎は被っていた鳥の仮面を外し、首に巻いていたチョーカーを取る。その素顔見て私と優は言葉を失い、その声を聴いて私と優は耳を疑った。
「ええ。もう顔を隠す必要も、この特殊なチョーカーを使って声を変える必要も無いわね。遥の言う通りよ。私は未来から来た――〝楓優〟本人。毛出鮎とは正しくあなたの未来の姿なの――楓優」
その顔は正しく優その物で、その声は正しく優その物だったから、私達は驚愕する他ない。
「……何、だって。ちょっと待て。じゃあ、ホントにおまえは……私なのか? 未来から来た私? そんな、バカな――」
「まあ、立場が逆なら、きっとあなたと同じ反応を見せたでしょうね。だって私も〝楓優〟なのだから。けどこれで分かったでしょう? 私の言っている事が、如何に事実かという事が」
「………」
毛出鮎の言っている事が、全て事実。だとすれば、私達はやはり言葉に詰まってしまう。それはつまり――今目の前にいる少女が世界を滅ぼしたという事だから。
「……まさか、私が、未来の私が、世界を滅ぼした? このままいけば私はおまえと同じ過ちを犯す事になるって言うのか……毛出鮎?」
「そういう事ね。どうもこの時代のこの大陸にはまだ居ない様だけど、ある少女が私をそういった心境に追いやったの。世界の滅亡を願う〝竜人使い〟だった彼女は、その願望に忠実だった。ただ、彼女はより悪辣で辛辣な真似をしてきたのよ。彼女は自分の手ではなく、正義を称する〝竜人使い〟を追いこんで世界を滅ぼそうとした。その為に、彼女は私と同じ真似をしたの。軍人や政府に楓優とその相棒を裏切らせて、追い詰め、その挙げ句に私は相棒を失った。政府は私達を彼女に売り、その結果、私は相棒を彼女に殺されたのよ。その時の失望と怒りはあなたも想像がつく筈よ、優」
「………」
優は、反論できずにいる。ソレは私を殺されかけた時、青葉少佐を憎んだ自分自身を思い出しているからだと思う。政府が私達を敵に売った時、もし私が殺されていたら優はどう感じたか? その答えこそが――毛出鮎だった。
「そう。だから私は、世界を憎んだ。だから私は、全てを呪った。その破壊衝動に共鳴したのか、私は自身の〝竜人〟と融合する事になったの。そして〝竜人〟と融合した私は、世界を滅ぼせるだけの力を手に入れてしまった。なら、後はその感情の赴くまま突き進むしかない。私は見事に生きとし生けるものを根絶やしにして、世界を滅ぼした。敵の〝竜人使い〟の思惑通り、正義の味方を気取っていた私は、世界を滅亡させたの。その滑稽な様を見て、彼女は延々と笑い続けていたわ。そんな彼女も、最後は私に殺された。でも、そうしてみたら、途端に私は虚しくなったの。何の罪もない人々を殺戮した罪悪感に苛まれ、己の行いに恐怖した。自分の罪を清算したくなって、その方法を必死に考え続けた。結果、私は別の〝竜人〟と契約し――その〝竜人〟にある漫画のキャラクターのデータをインストールしたの。一度だけ過去の世界に行くことが出来るというキャラクターの力を、私は手にしたのよ。ただ、その力は私が真に願った物とは違っていた。私は時間を巻き戻して、全てをやり直したかった。なのに、私は別の世界の過去へと赴く事になって、其処には私とは別の過去の楓優が居たの。しかも彼女は私の相棒とは違う相棒と共に〝竜人使い〟を生業にしていた。噂でそれを知った時、私には更なる憎悪が芽生えたわ。即ち――師河双葉以外の人間を相棒にしている自分やその相棒を私は心底から憎んだの。師河双葉ではなく帆戸花遥を相棒にしている楓優を知り、私は〝自分の世界〟が壊れそうな事に気付いた。だって、そんな現実はとても認められないもの。私の相棒は――師河双葉だけ。それ以外の相棒や、その事に満足している自分なんて要らない。そう感じるしかなかった私は、だから世界を守る為にあなた達を殺す事にした。世界の滅びの要因である楓優と、師河双葉になり代わっている帆戸花遥を殺す。そうすればこの世界も〝私の世界〟も守られる事になる。今度こそ世界の平和は、私の手によって守られる事になるわ。私も心穏やかなまま、己の罪を清算する事が出来るの――」
「………」
それはまるで、ユメ見る様な面持ちだった。自己に陶酔した者だけが表現できる、怖気が走りそうな表情。彼女は本気で――自分と私という存在を憎んでいる。
「実際、会ってみて分かったわ。帆戸花遥、あなたはやはり〝楓優〟の相棒に相応しくない。私だけを愛してくれた師河双葉と違い、誰も愛していないあなたは――紛い物にすぎないわ」
「……何ですって?」
私が、誰も愛していない?
「ええ。正確には、あなたには特別な人間は居ないのよ。あなたの愛情は万人に向けられていて、全てが平等なの。それは、客観的に見たら素晴らしい事なのかもしれない。誰に対しても分け隔てなく接するあなたは、聖人とさえ言えるから。でも、楓優はそんな事は望んでいない筈よ。彼女は何時だって、あなたの特別になりたかった筈。自分だけを見て、自分だけを愛してくれる事を願っていた。けど、あなたはそんな優の想いに気付きもしなかった。他人とは何かがズレているあなたは、優が何を望んでいるかさえ分からない。あなたも薄々はそんな自分に気付いていたんじゃないの――帆戸花遥?」
「………」
私には、特別な人間は居ない。私の愛情は、万人に向けられている。ああ、本当にその通りだ。だって私は家族を失った時でさえ、涙する事は無かったのだから。見知らぬ他人が逝った様な態度を見せ、そんな自分に何の疑いも持たなかった。
だとしたら、私はやはり優が死んだ時でさえ、涙を流さないのでは? 何時か感じた様に、私は優の死さえ試練だと割り切る。私はそんな自分が何より恐ろしかった筈なのに、今はそれが事実だとしか思えない。
私はやはり、何かがオカシイ。私はやはり、何かが壊れている。
毛出鮎――いえ、〝楓優〟の言う通りかもしれない。私は何時か、優を破滅させる。私と言う存在が、何時か優を追い詰める。
事実を知った優を私が支える事で、今までの借りを返せると思っていた。でも、実際は真逆なのかもしれない。いま初めてそう自覚して、私はもう一度言葉を失った。
だと言うのに、優は怒声を上げる。
「――違う! そんな訳が無い! そんな筈が無い! 遥は私を想ってくれている! 遥はちゃんと誰かを愛する事ができる子だ! おまえが言っている事は、何もかも間違っている!」
「果たしてそうかしら? その願いがただの独りよがりである事は、あなたが一番思い知っているのではなくて、楓優?」
嬉々とする――〝楓優〟。そのまま彼女は、指を鳴らす。
「これが世界の理であり――私が抱えている事情よ。つまり私はやはり何があってもあなた達を殺さなければならない。この世界の為に、〝私自身の世界〟の為に、私は帆戸花遥と楓優を殺す。その後であの少女を殺せば、私の罪は綺麗に清算されるでしょう。と言う訳でいよいよ出番よ――スレイブ・ギオン。あの金髪の少女と共に――あの二人も抹殺しなさい」
ついで、黒い〝竜人〟は人の姿になる。ソレは正しく、あの黒い青年だ。その時、今まで黙っていたナーシ様が声を上げた。
「思いの外歪んだ女だな、おまえは。少なくとも、私が知る楓優とはまるで別物だよ。おまえは、こんなやつに従って私と戦うつもりか――スレイブ・ギオン?」
「そういう事だ。好みの違いだな。俺はこういう歪んだ女の方が、ずっと好みだ。正義を振りかざし、自分の行いを盲目的に正当化する輩よりはよほど好ましい。そうは思わないか――金色の小娘?」
飽くまで無表情な黒い青年と――笑みを浮かべる黄金の少女。
「そう言えば、まだ名乗ってもいなかったな。ナーシ・ナーシェ――それがおまえを打倒する女の名だ!」
そしてナーシ様は地を蹴り――スレイブ・ギオンへと肉薄した。
◇
空を走り――スレイブに接近するナーシ。
両者の拳と拳が衝突した時、凄まじいまでの衝撃波が発生する。ソレを遥達はシールドで防ぎ、両雄の戦いを見守る。
既にこの一帯に住んでいる人々は、遠くの町に避難している。半径十キロ圏内は無人で、その為、スレイブとナーシは何の躊躇もなくそのパワーを発揮した。
二人が踏み込みを行う度に地は抉れ、拳を突き出す度に無数のビルが倒壊する。山々は綺麗に消し飛び、その力は既に幼体の竜人の及ぶ所ではない。
いや、ナーシがその気になれば、惑星セミフェストさえも消去できるだろう。それは、エグゼオンとの戦いが証明している。
「なら、そんな私と互角に戦えるおまえは一体何者だ――スレイブ・ギオン?」
「さてな。ソレはその身を以て思い知れ――ナーシ・ナーシェ」
二人が放つ拳は弾幕となって、互いの敵に襲い掛かる。その全てを攻撃する事によって相殺する両者は、未だに決定打を与える事は出来ない。両雄のパワーはほぼ互角で、そう見切りをつけたナーシは大きく後退する。彼女は光を圧縮して、中空に無数の剣を出現させた。その剣を掴み、ナーシは渾身の力を込めてスレイブに投擲する。この時、スレイブは初めて受けに回った。スレイブは自身に接近する剣を逸らし、ナーシは剣の投擲を続ける。
(やはり、やる。エグゼオンとは、別の意味で手強い)
エグゼオンがパワーを司る存在だとすれば、スレイブは業を司る存在と言える。それ程までに彼の動きは流麗で、無駄と言う物が無い。瞬時に敵の業を見切り、対応してくるスレイブ・ギオンはナーシの攻撃を尽く受け流す。
(この業に余裕で対応してきやがる。この攻撃ではやつに能力を使わせる事さえ出来ない?)
ナーシの目的は、まずスレイブに能力を使わせる事にあった。自分の直感に誤りがなければ彼の能力は反則級と言って良い。まともに食らえばその時点で自分は即死しかねないだろう。
そう感じるが故に、ナーシは彼の能力を見切る事に専心する。逆に彼女には、ある懸念があった。
(そう。仮にあいつが私とエグゼオンの戦いを覗き見していたとしたら、私の能力は見切られている可能性がある。その情報をもとに何らかの対応策を立てているとすれば、私の方が圧倒的に不利だ。その差を埋める為にも――私はなんとしてもやつの能力を知る必要がある)
それともスレイブが能力を使う間も与えずに、一気に勝負を決めるべきか? 彼女はこのまま、全力を以て彼を倒すべきなのか?
(いや、仮にやつが私にそうさせたいとすれば、今カルメント・ジージャーをやつに使うのは危険。せめてやつの隙を衝く形でなければ、間違いなく私の方がカウンターを食らう。ならばこういう趣向はどうだ――スレイブ?)
ついで、ナーシはまたも戦法を変える。彼女は世界に降り注ぐ日の光を圧縮して、空から雨の様に降り注いだのだ。ソレは半径十キロ圏内を対象にした、無差別攻撃。唯一の例外は優と遥だけという、鮎も巻き込んだ必殺の業。
ソレを前にして、スレイブはボウとした瞳で空を眺め、やがてこう結論する。
「さすがの手数だな。やはり、光を属性に持つキャラは一味違う。ならば――俺も己が力の片鱗を見せつける他ない」
「つっ?」
ナーシが、睨むように目を細める。同時に、その異常は発生した。結論から言うと、ナーシの文字通り雨の様に隙が無い攻撃はスレイブ達には届かなかった。何故なら、彼と鮎の頭上を覆う様に大地が隆起していたから。大地が傘の様になってスレイブ達に覆いかぶさり、ナーシの攻撃を防ぎ切ったのだ。
「地属性か! そいつはまた――厄介な事だ!」
瞬時にしてナーシは、その脅威を悟る。実際、彼女の危惧は当る。スレイブは微動だにしないというのに、地面が隆起して無数の槍と化す。その全てがナーシへと迫り、今度は彼女が防御に専念する事になる。隆起する槍を光の盾で防ぎながら、彼女はこう結論した。
「やはりここにいる方が安全だ、お前達」
ナーシがオードルと対峙した時の様に、優と遥を収縮させ、自身の腹の中に飲み込む。その様を見て、不動のスレイブは告げた。
「かえって手間が省けた。これでおまえを葬れば――あの二人も同時に抹殺する事ができる」
「――ぬかせ。おまえ如きでは、主達に指一本触れる事はできない」
そうは言いつつも、ナーシは逃げに転じる。彼女は大地を駆け回りながら、隆起してくる槍を避け続ける。時折光の雨をスレイブ達に浴びせるが、やはりソレを彼等は大地の傘を以て防いでいた。
(一見互角の戦いに見えるが、やはり押されているのはこっち。まだ一歩しか動いていないやつに対し、私はさっきから動きまわってばかりだ。このままだと私が如何にタフでも、その内体力が尽きる。逆に今も体力を温存しているやつは――その時を狙って私を仕留めるつもりだろう。なら――こっちは一つギアを上げるまで)
「ほう!」
初めてスレイブが、眼を開く。彼が瞠目する程に、ナーシの動きは俊敏を極めた。彼女は一瞬にしてスレイブとの間合いを詰め、彼に蹴りを叩き込もうとする。ソレを、大地を隆起させて防ぐスレイブ。が、その頃にはナーシの拳が彼に迫る。ソレを、彼はギリギリの所でガードする。隆起した大地が両者を分かつが、更にナーシの速度は加速した。
(今まで実力を隠していた? いや、違う。これが――やつの能力)
その読みに、誤りはない。
ナーシはスレイブにではなく――自分自身にカルメント・ジージャーをかけたのだ。
結果、ナーシの運動能力は彼女が思い描く通りに向上して、ナーシはスレイブを圧倒する。
(正に攻撃する間も与えない程の――速度とパワー。俺の属性が地でなければ、疾うにやつの攻撃は俺に届いている)
(だろうよ。本当に、コレを眉一つ動かさず受け切るおまえは、一体何者だ?)
それもその筈か。スレイブ・ギオンの属性は地。ソレは即ち、彼はこの星の大地全てを自分の味方にする事ができるという事。ナーシ・ナーシェは今、星一つを敵に回しているという事だ。
その圧倒的物量は、今のナーシに対しても有効に働く。既に光速に近しい速度で動くナーシを前にしても、スレイブは眉一つ動かさず対応する。ナーシが大地の壁を破壊する度に、大地を使って防御を補強し、その全てを防ぎ切る。
(やはり……勝てないか)
何千回と繰り出されるナーシの蹴りと、拳。その動きを、空気の乱れを察知する事でスレイブは探知して、彼は攻撃を防御する。その間に、彼はこう確信した。
(成る程。やつが尊大に振る舞う理由が分かった。やつは自身が思い描く未来を、現実化させる。そのイメージを強固にさせる為にも、己に自信を持たせる必要がある。例え敵がどれだけ強大な力を誇ろうが、やつはソレを自分の頭の中で凌駕する。自身の想像力で現実を浸食し、その想像を現実に変える。己の想像した未来を、現実化する能力か。確かにこれは、他に類を見ない脅威と言って良い)
だが、逆を言えば――その能力は彼女の想像を超える脅威を見せつければ破綻する。ナーシの心を屈服させるだけの力を見せつければ、その能力は逆に彼女を蝕むだろう。マイナスのイメージがナーシの心身を打ちのめし、彼女を破綻させるのだ。
(故に、その能力はもろ刃の剣。僅かでも心に綻びが生じれば、己のイメージが術者の心身を破壊する。今まさにそういった状況になりかけていると、おまえは分かっているのか――ナーシ・ナーシェ?)
未だにスレイブの防御を突破できないナーシ。ならば、その現実が彼女の想像を打ち砕く。ナーシが思い描く未来を破綻させ、彼女の身を滅ぼしていくだろう。
(つまりこのままやつの攻撃を防御し続ければ――勝つのは俺の方)
そう確信するが故に、スレイブは防御に徹する。ナーシと自分の力の差を見せつける様に、彼は鉄壁の防御を展開した。
(……そう。私では――こいつに勝てない)
事実、ナーシはそう感じ、その現実を受け入れる。スレイブの守りを突破できない彼女は、ただ奥歯を強く噛み締めた。
この圧倒的な力量差を目にして、彼女はこの時――こう謳ったのだ。
「ああ――〝今の私〟ではな!」
「な――にっ?」
途端――ナーシの速度とパワーがハネ上がる。
彼女は今、光りに匹敵する速度と共に拳を突き出し、ただ吼えた。
「おおおおおおおおおおおおおおお―――っ!」
「ちっ!」
物体は、光の速度に近づくほど質量が増す。ならば、今のナーシの拳はどれほどの質量を誇っている? スレイブは、ソレを、身を以て思い知る事になる。
大地の守りをその拳で打ち砕いたナーシは、初めて自身の攻撃をスレイブに届かせる。その拳は彼の頬に決まり、スレイブ・ギオンは遥か彼方へと吹き飛んだ。
ソレを追ってナーシは地を蹴り、スレイブを空へと蹴り飛ばす。
(まさかっ――俺の防御力を上回るイメージを編み上げたっ?)
「そういう事だ! 生憎、私が編み上げる未来は最大で三つでね。今、二つ目のイメージを一つ目のイメージに重ねた所だ!」
己の声を置き去りにして、光速で動くナーシは彼を追って中空へと飛ぶ。惑星さえも一撃で破壊する彼女の拳は、瞬く間にスレイブの頬を捉える。颶風と化した蹴りが彼の体を地面へと叩きつけ、巨大すぎるクレーターを形成した。
この圧倒的とも言える戦闘力を前にして、鮎さえも眼を開く。
「故に、今こそ受けるがいい。我が奥義――カルメント・ジージャーを!」
燦然と輝く流星のように、ナーシは彼に目がけて直下する。
既に死に体であろう彼に向け、自身が勝利するイメージを編み上げた彼女は止めの一撃を放つ。ソレを、地面で大の字になって見つめるしかない彼。
その瞬間――確かにナーシの拳はスレイブ・ギオンの体を捉えていた。
「な、にっ?」
だが、驚愕の声を上げたのは、彼では無かった。この時、ナーシは呼吸さえ止めて、その現実を直視する。
けれど、その現実は変わらない。彼はあろう事か、ナーシの必殺の一撃をまともに食らいながらも無傷だった。
(――無傷っ? アレほどの攻撃を食らい続けて、尚も無傷っ? だとしたら――それこそがやつの能力かっ?)
「当たりだ、ナーシ・ナーシェ。おまえが何者なのか、未だに俺は知らない。だがそれでも、俺を凌駕する事は叶わない。先に俺の正体を、教えておこうか。俺は――堕天使ならぬ堕神。嘗ては神と呼ばれながら――自身の行いによって地に落され魔神と化した者。ソレが俺のキャラ設定だよ――ナーシ・ナーシェ」
「――神を司るキャラクターっ? ならばその能力は――っ?」
この時、ナーシは心底から震撼した。
「そう。俺の能力は――時を奪う事。一度に最大で――五十億年もの時間を俺は奪う。万物の時間を制御する事こそが――俺の本領だ」
「くっ!」
ナーシがスレイブから離れ、大きく距離をとる。彼は悠然と立ち上がり、その大敵を見た。
「そしてコレは、おまえの業に対する返礼。業とも言えないつまらない芸だが、楽しんでもらえれば幸いだ」
「な、にっ?」
その直後――ナーシ達が居る上空から直径十キロの隕石が秒速三十万キロで降ってくる。
星さえ滅ぼせるこの暴挙を前にして――ナーシ・ナーシェはただ息を呑んだ。
◇
光速で降ってくる――直径十キロの隕石。
(そう、か。やつの属性は――地。ならば大地の塊とも言える隕石を引き寄せる事も可能!)
ソレは星を破壊するに値する、業。人類を絶滅させるだけの、暴挙だ。
よって、ナーシが次にどう動くかは明白だった。
「ちっ!」
彼女は空へと飛び、カルメント・ジージャーでその隕石を消し飛ばす。だが、ソレで終わりではなかった。
「――なにっ?」
同規模の隕石が、今度は複数降ってくる。千はくだらないその数を前に、ナーシはもう一度歯を食いしばる。彼女は隕石を破壊しながら、こう問わずにはいられない。
「てめえ――人類ごと私達を滅ぼす気かっ? 毛出鮎が人類を守りたがっていると言うのは――嘘かっ?」
けれどスレイブは、淡々と答えるのみ。
「さてな。だが、おまえは人類を守る為に隕石を破壊し続けるしかない。俺はそう確信するが故に、好きなだけこの作業に没頭できる。そうだ。油断するなよ、ナーシ・ナーシェ。おまえが一度でもミスをすれば――俺は人類を滅ぼす事になってしまう」
「……ちっ!」
スレイブの狙いは大規模攻撃を行い、それをナーシに防御させ、彼女を消耗させる事。ナーシはそう読むが、今の彼女は行動選択の余地を殺がれている。スレイブの思惑通り防御に徹しなければ、この星は終わる。そう確信するが故に、ナーシは隕石の破壊に忙殺された。
(……敵の手の内が分かっていながら、対応策が練れない! このままでは此方が消耗するばかりで、時間の経過と共に勝機を失っていく! 何か反撃の糸口はないか――っ?)
しかし、スレイブは更なる暴挙に及ぶ。
彼はあろう事か――セミフェスト級の惑星さえ引き寄せてみせたのだ。
光速で近づくその惑星を見て――ナーシは言葉を失った。
(――エグゼオンでさえ形無しの攻撃っ! 本物のロクデナシだな――おまえはっ!)
ならばナーシはソレをカルメント・ジージャーで消し飛ばすしか無く――彼女は遂に呼吸を乱す。肩で息をして、消耗の色を隠しきれない。
対して未だに体力を温存しているスレイブが、遂に動く。彼は一気に跳躍して、ナーシへと迫ったのだ。ソレを察知して、ナーシは大きく後退するが、そのとき彼女はその異常を痛感する。スレイブが右腕を横に振った途端、彼女の体は先程の地点に戻っていた。
「まさか――っ?」
「そう。言った筈だ。俺の能力は時間を奪うと。俺は今――〝おまえが後退する〟という時間を奪った」
そう告げながら繰り出される拳が、ナーシを捉える。
ソレを左腕でガードする彼女だったが、その異変は確かに起った。スレイブの拳が命中した時、防御した彼女の腕は消失したのだ。
「く――っ?」
「――メリアルカ・ベルト。〝全ての時間は――我が手中に〟」
スレイブ・ギオンはナーシの腕の時間を奪い、発生以前まで巻き戻して消失させた。そう理解した時、ナーシは咄嗟に動く。彼女は即座にカルメント・ジージャーを発動させ、自分の左腕を再生させる。けれど、後はその繰り返しにすぎなかった。
スレイブはナーシに拳を叩き込み、ソレを防いだ彼女の腕は消失する。ソレを彼女は再生させるが、エネルギーの消費は避けられない。ここでも彼女は消耗し続けて、圧倒的に不利な立場へと追いやられた。
「そう。俺はメリアルカ・ベルトを使い、おまえの体を削っていく。おまえはソレを再生するだろうが体力の消耗は免れない。消耗戦に持ち込めば、予め体力を消費しているおまえが先に力尽きる。こういった戦況になった時点で、おまえの敗北は決定的だ――ナーシ・ナーシェ」
「く――っ!」
ソレは、事実だ。ナーシの体力は、既に三分の二ほども消費されている。片やスレイブのソレは、五分の一しか減っていない。両者の差は明白で、ナーシは己の劣勢を自覚する。
(それに加え――この反則級の能力! メリアルカ・ベルトを破らない限り――私に勝ち目なんて物は微塵もない!)
逃げる事も、防御し切る事も、不可能。この超常じみた能力に対し、ナーシはただ己が両腕を盾にするしかなかった。
メリアルカ・ベルトが彼女の体に命中すれば、ナーシの体は優達ごと消滅する。今はそういった致命傷を避ける為に、両腕を犠牲にし続けるしかない。そうやって時間を稼ぎ、反撃の機会を窺うナーシだったが、スレイブには僅かな隙もない。
(やはり――ダメか! このままでは刻み殺されるだけで――反撃する事さえ出来ない!)
ならば、彼女に残された手は限られている。
ナーシは喜悦したかと思うと――スレイブの前から姿を消した。
「――なに?」
彼でさえ捉えきれない――超速。
超絶的なパワーが物理法則さえ歪ませ――ナーシは遂に光の速度を凌駕する。
それだけの超速で動くナーシを見て、スレイブは即座にこの状況を見切る。
(やはり――〝理想的な未来の自分〟を三つ重ねてきたか。――この常軌を逸した超速はその産物。ならば――俺も本気で相手をしよう)
だが、如何なスレイブ・ギオンと言えど、今のナーシに追いつくのは無理だ。逆に肉弾戦になれば彼女のパワーとスピードに圧倒されるのがオチである。よって彼はその物量を以て、戦いに挑む事にした。
地面に降りたスレイブは、全長五メートルに及ぶ巨人を四つ作り出し、自分の周囲に配置する。自分の左右と背後に配置したソレ等の前に立ち、彼は構えをとった。
途端――圧倒的な速度でナーシは彼に接近して蹴りを入れるが、ソレは巨人に阻まれる。逆に彼女の左足は消失し、ナーシはスレイブの戦術を思い知る。
(私の動きにはついて来ようとはせず、防御陣を張って、私の攻撃を防ぎ続けるつもりか! 確かに自分にかけたカルメント・ジージャーは、一度解除すればその日はもう同じ敵には使えない。私はエネルギーが尽きる前に、この状態のままやつを押し切る他ない。やつはそんな私の戦術を、正確に見抜いてやがる!)
本当に――羨望に値する使い手だ。能力も強力で、状況判断も的確。慢心も油断も無く、自分が勝利する為の条件を当然の様に積み重ねていく。
この強靭すぎる精神性を実感して、ナーシは訊ねずにはいられない。
「本当に疑問だな! おまえほどの使い手がなぜ――悪に走るっ? なぜ神の座から引きずり下ろされ――魔神と化したっ? おまえをそこまで貶めた物はなんだ――っ?」
尚も攻撃を繰り返すナーシと、その攻撃を消失させ続けるスレイブ。
彼はやはり、淡々と応じた。
「簡単な事だ。俺は単に――悪を救済しようとしただけだ。神と謳うなら、ソレは万物を救わなければならない。だが神は善の味方であって、悪に与する事は無い。神は正しい者の味方であって、悪は蔑視する。ならば、逆を言えば、悪こそが真に救いがない存在と言えるのではないか? 俺が載る漫画の物語は、そういうモノだ。様々な神話に登場する悪役を救済したが故に――俺は神の座から転落して魔神と化した」
創世神話録。それが、彼が登場する漫画のタイトル。時を司る神である彼は、ある日、悪こそが真に救われない存在だと気付いた。
悪が居るからこそ、物語と言う物は成立する。勧善懲悪ものの物語が破綻しないのは、明確な悪が存在しているから。悪が悪でなければ正義は大義名分を失って、戦う事すら出来ない。
だが、それでは悪は報われない。ただ正義に倒される為だけに存在する悪は、存在すること自体が苦痛と言って良い。
いや、自身の滅びこそが美学だと思う悪も存在するだろう。己の本分を貫き通す事こそが、矜持だと信じる悪も確かに居る。
「だが他人の正義を証明する為だけに存在する悪は、やはり報われない存在でしかない。俺が救いの手を差し伸べた悪は、そうする事こそが最大の侮辱だと嘯いたが、俺にはそう思えなかった。神にさえ見捨てられた悪とは、やはりこの世で一番救われない存在だ。悔いる事も許されず、改心する事も認められず、悪はただ悪のまま滅びる事を求められる。そうならなければ物語は破綻し、正義は自身の正義を証明できないから。その矛盾を、その道理を、俺はただ壊したかった。悪が居なければ正義は救われないのに――その反面、悪が救われる事は無い。死を以てその役割を終える他なく、物語の最後まで生き残った悪は稀有だ。――ならば誰かが悪を賛美して――称える他ないではないか。俺はソレを神としての役割だと、信じただけだ」
故に彼は――決して毛出鮎の事も見捨てない。世界を滅ぼした悪である彼女を、だから最後まで守り抜く。その悲劇をその胸裏に刻み、その悪行を許容して、救済する。神にさえ見放された救いの無い彼等の為に、彼はただ力を振るうのだ。
ソレこそがスレイブ・ギオンの正体であり――彼が唯一認めた神道である。
「――悪の為の神か! 成る程! それは魔神に堕ちる他ないな!」
五千七百回目の攻撃も無効化されるナーシが、そう評する。
彼女は即座に体を再生させて、後方へと飛ぶ。
「やはりおまえは悲しいほど寛大だよ、スレイブ。悪には目を被いたくなるほどの酷薄な真似をしたやつも居ただろう。民衆を苦しめ、民衆を苛み、民衆を凌辱する。そんな連中の為に力を尽くすおまえは、確かに万人を平等に扱う神その物なのかもしれない。けど――それでも悪は悪なんだ。悪は誰かの反面教師になる事で、初めて報われる。己が行いを嫌悪される為だけに存在するのが悪だ。それなくして、悪は悪として存在する意味は無い。おまえが言っていた通りだよ。正義に滅ぼされる事こそが、悪にとって唯一の救いだ。自分の間違いを正され、ただ静かに舞台から退場する事こそが悪の美学。それに横やりを入れるのは野暮って物だぜ――スレイブ・ギオン」
そう謳うナーシに、スレイブは鋭い視線を向ける。
彼は大きく息を吐き、ただその大敵と対峙した。
「かもな。何せ俺自身、誰かに救われる事を望んでいない。悪に堕ちた筈の俺は、その癖、誰かの救済をよしとはしない。この時点で俺は矛盾していると言えるが――それでも毛出鮎という悪は俺を必要とした。なら――悪を救う神として俺はその信頼に応えるまでだ」
ナーシとの距離は、二十メートルほど。
彼は次のナーシの攻撃が――彼女との決着をつける最後の瞬間だと読み取った。
事実、ナーシは構えを取った後、もう一度喜悦する。
「悪を認める事が、悪を救済する事が、おまえの本分だと語ったな? なら――それこそがお前の敗因だ――スレイブ・ギオン」
同時に地を蹴る――ナーシ・ナーシェ。対して迎え撃つのは――魔神スレイブ・ギオン。
この時――両雄は己が奥義を炸裂させる。
「カルメント・ジージャ―――っ!」
「メリアルカ・ベルト……っ!」
ソレは――万物を塗り替え、己が理想で全てを浸食する必殺の拳。
ソレは――万物の時間を奪い、全ての事象を支配する必殺の拳。
この二つが衝突した時、スレイブは巨人を消去させ、ただ正面に位置するナーシにのみ意識を集中させる。ならば、両者の優劣は決定的だ。
体力が削られている為か、ナーシの力は弱く、全ての力を注ぎ込んでいるスレイブには及ばない。しかも――彼は奥義に奥義を重ねる。スレイブは今までため込んでいたナーシの攻撃の歴史を一点に集中して――放出し様としたのだ。そのエネルギー値は――今のナーシのソレを遥かに凌駕する。
ならば、終わる。その気配を感じ取った時点で、ナーシの心は折れる。
そう確信して、コレを勝機と見たスレイブは一気に彼女を押し切ろうとする。
その時――それは起った。
「そう! 一対一に拘ったのは、毛出鮎の方! 私は断じて、一人で戦うとは言っていなかったよな――っ?」
「なにっ?」
「言い忘れていたぜ。私と言う〝竜人〟を進化させた事で、私の主達の力も増しているのさ。能力が拡張して、こんな力も使える様になっている。例えば、私が倒し、私に心を許した竜人の力の一部を使役する事ができると言った風に。――だから、頼む、友よ」
「――まさかっ!」
その時、巨大すぎる拳が出現して――スレイブの背後を衝く。彼は――その拳に背中を殴打され、一瞬、意識を白濁とさせる。
それは正に――あのエグゼオンの巨腕だった。
この一瞬の隙を衝き――ナーシ・ナーシェは今こそ己が理想を三重に重ねる。
彼女は今こそその名を――高らかに歌い上げた。
「カルメント――ジージャ―――っ!」
「ぐっ? が――っ!」
その高潔な呪いは、魔神の体を蝕んで、侵攻する。
その輝かしき呪詛は、彼の存在を苛み、浸食する。
それが――最後。
スレイブ・ギオンは〝彼が敗北する〟という未来に打ち倒され――体力の殆どを奪われたのだ。
◇
その時――彼女は確かにこう告げた。
「実は私――女の友情って信じていないのよね」
「………」
ならば、私は沈黙するしかない。今日まで親友だと思っていた彼女は、その実、私に対して友情を感じていなかったから。これは、そう解釈するしかない宣言と言って良い。
加えて彼女は、尚も続ける。
「そう。女と言う生き物は多分、友人との友情より異性に対する愛情を優先する物なの。友情より愛情に重きをおいて、友情というものを蔑にする。友情には情熱を持てず、異性に恋い焦がれる己に酔いしれる。少なくとも私は、女という生き物はそういう物だと思っているわ。愛情によって友情は裏切られ、友人と言う物は決して報われない。異性を欲する本能こそが女のとしての本分で、同性同士の繋がりはただの都合でしかない。女同士で群れるのは、ただ自己を守る為の本能でしかないのよ」
「……はぁ。要するに貴女は、同性同士の繋がりは、男どもに対抗する為の手段だと思っているって事? 自分に不必要な異性を効率よく攻撃する為に、女は同性達と徒党を組む。そういった理由でも無ければ、女は同性を友人としては見ない。貴女は、そう主張しているの?」
私が首を傾げると、彼女は嬉々とした。
「そういう事よ。女友達の利点は、誰かに対する悪口を共有する点にある。気に食わない男子だったり、気が合わない女子だったり、そういう対象の悪口を共有する。そうする事で一体感を覚えて、仮初の友情を感じるのが女なの。私達が同性に親しみを覚えるのは、そういった連帯感を感じた時だけ」
「………」
中々辛辣なご意見だ。
自分も同じ女だと言うのに、彼女は己の見解に何の疑問も抱かない。
いや、彼女は昔からそういう所があった。
どこか冷めていて、遥か遠くを見つめ、何もかも客観視する。
何かに本気でのめり込む事は無く、常に距離をとっていて、そんな自分に満足している。
凛としながら皮肉を好み、時々思わぬ事を言いだして、周囲を困惑させる。
実を言えば、私もその一人だ。小学生の頃から今と変わらない性格をしていた私は、彼女に振り回されていた。小学三年生の時、実家から五百キロ離れた村まで一緒に家出したのも、今ではいい思い出だ。
あの時は散々両親に叱られた物だが、半べそをかいていた私と違い、彼女は内心舌を出して大人達を嘲笑っていた。己の正しさを信じて疑わない彼女は誰を傷付けても平然としている。
そのしたたかさに私は舌を巻きながらも、多分、心のどこかでは羨望していた。自由人である彼女は、正に、身も心も自由だから。その代償はきっと私の想像より遥かに重い筈だが、彼女は決して屈する事は無い。
いや、恐らくそれ以上に――私は彼女と言う人間像を深く愛していた。異性を愛する様に愛して、恋い焦がれている。心を奪われ、とても正気ではいられないのだ。
だから彼女が私の事を親友として見てくれなくとも、私は殆ど堪える事はない。私が彼女に求めている物は、もっと別の物だから。
それは十三歳になった今も上手く言語化できないが、きっととても大切な事なのだろう。皮肉屋で、冷めていて、人間として冷たいこの彼女に、私は何故か強く惹かれていた。
彼女にそんな感情を抱く事を、私は生きる糧にしている。彼女を想わない日は無く、だから私は時折うまく呼吸が出来ずにいる。
今一番気になる事は、そんな自分の感情を彼女に勘付かれていないかという事。同性である私が彼女に恋い焦がれていると知ったら、彼女はどう思うか? 彼女の事だから、絶対にドン引きするに違いない。
彼女のその反応を見た時、私は初めて本当の意味で傷つくのだと思う。
彼女に拒絶された時、私は心底から打ちのめされるのだ。
なら、私のこの想いは何があっても、口には出せない。怖くて、怖くて、とても口には出せない。だというのに、彼女はやはり冷めた目で私を見て、こう断言する。
「だから感謝しなさい、優。この私が友情以上の物を感じているのは、貴女だけなんだから」
「………」
「そして、貴女の私に対する愛情も――今と変わらないまま続く事を心から祈っているわ」
……まさか、彼女は私の彼女に対する想いに気付いている?
思い切ってそう疑問を投げかけると、彼女は初めてはにかんだ。
「本当に、貴女はどこか抜けているわね。そんなの、バレバレに決まっているでしょう。知らぬは、本人ばかりという奴よ」
初めて見る彼女のその照れくさそうな表情を見て、私の呼吸は止まった。
その時、彼女は初めて卑下したのだ。
「でも、その感情は多分、私に対する同情よ。だって、誰かが私を想ってくれなければ、私は本当に可愛そうな人間になってしまうもの。誰も愛していなかった私が、誰にも愛されないまま人生を終えれば、それほど惨めな事は無い。世間を斜め上から眺めていい気になっている私がそのまま死ねば、これほど哀れな事は無い。優は優しいから、そんな事にならないよう、私を好きでいてくれるのよ。優は名前の通り優しすぎるから、私を救いたくて私を好きになってくれた。でも、それを知っても、貴女はそんな自分に殉じてくれる?」
「………」
私が無言で頷くと、彼女はまた冷めた目を私に向ける。
その癖、こんな事を言いだすのだから、始末におえない。
「そ、う。本当に、ありがとう、優。こんな私を――愛してくれて」
友情を信じず、家族との繋がりも希薄だった彼女が、精一杯の感謝を示す。こんな私に、自分が表現できる、最高の親愛を向ける。
天邪鬼でへそ曲がりな――私の大好きな彼女。
その時、彼女と両想いになった時、私は初めて今までの不幸を忘れる事が出来た。竜人の襲撃によって家族を失った私は、心から微笑んだのだ。
それは私にとってホントに輝かしい記憶で、決して錆びつかせてはいけない物。何があっても忘れる事が出来ない、彼女と共有した最高の思い出だ。
でも、私はその時、気付かなかった。彼女の、あの言葉が、別れの言葉になる事に。
それは、私達が十七歳になった時の事。
今際の時を迎えた時、彼女は――師河双葉は確かにこう告げた。
「……ほんとうに、ありがとう、ゆう。こんな、わたしを、あいして、くれて……」
その後、双葉は何かを言おうとしたのに、私の耳には雑音が入る。
「アハハハハハハハ! やはり人間とは救い様が無い! 自分達を今まで守り続けてきた人達を、自分達の都合で私に売ったのだから! やはり、これが人間の本性! やはり、これが人間の本質! 人を蔑視し続けていた私は、やはり正しかった! 人間とは――命を懸けて守るに値する存在ではありません! あなたもそう思いませんか――楓優っ?」
「ああああああああああああぁぁぁ、あああああああああああああああぁぁぁぁ………っ!」
ホントに、うるさい。今、双葉は私にナニカを言おうとしていたんだ。彼女は私に、ナニカを言い残そうとした。なのに、それなのに、何でおまえは、そんな事を―――?
それがホントに分からなくて、私は世界をメチャクチャにした。悲しくて、悔しくて、しかたがなくて、私は何が何だか分からなくなった。
ホントに私は、知らなかったのだ。自分の中に、こんな狂気が潜んでいた事を。大切な誰かを失う事にもう耐えられなかった私は、だから、その日、世界を滅ぼした。師河双葉が居ない世界など要らないとばかりに、世界を消したのだ。
「……ホントに、私になんて言おうとしていたの、双葉……?」
その先が、知りたい。
その先を、聴きたい。
だから、私の旅は終わらない。彼女を失った今でも、続いている。
ホントに私の旅はいつ終わるのだろうと――私はその日赤く染まった空を見上げた。
それが、私が私だった最後の記憶。
この後、私は人に裏切られた師河双葉になり代わり、師河双葉となって、世界の救済を始めた。
彼女の口調を真似て、彼女の様に髪を下ろし、彼女の様にスーツを着て――世界を守ると決めたのだ。
◇
決着は、ついた。
ナーシ・ナーシェはスレイブ・ギオンを打ち倒し、片膝をついて呼吸を乱す彼を見つめる。彼女は僅かな隙も見せずに、こう言い切る。
「そうだな。仮にお前が正義を謳って私に戦いを挑んだなら、私は決してこの手は使わなかった。一対一の戦いだったのに、他者の介入を許す。それは、私にとっては明確な悪だから。けどそんな私を認めたのは、他ならないお前だったよな、スレイブ?」
悪を肯定する敵を倒す為に、悪ともいえる手段を使った。
そう口にするナーシに対し、彼は初めて笑う。
「……成る程。悪を救う者が、悪によって滅ぼされるか。確かに……これ以上の皮肉は無い」
「どうかな? お前の本心は悪を救う事じゃなく、悪と共に歩み、悪と共に消えていく事にあるんじゃないか? 少なくとも毛出鮎に対しては――そのつもりなんじゃないのか?」
「………」
けれど、彼は答えない。ただ黙然とし、ナーシと視線を合わせている。いや、ややあってから、彼は漸く返答する。
「……どうだろう、な。それは、この彼女次第と言った所だろう」
「彼女次第? まさか。如何に〝竜人〟と融合した人間でも私を倒せるだけの力はあるまい。お前という最大の武器を失った時点で、毛出鮎の敗北は決まった。スレイブ・ギオンが敗れた時点で、この戦いはもう終わったんだ。そうだろう、毛出鮎? いや――〝楓優〟」
スーツを着た、白髪の少女に目を向ける。彼女は、嬉々としてナーシの宣告を肯定した。
「そうね。確かに、勝負は既についている。だって、私は結局最強キャラが載っているという作品を見つける事が出来なかったから」
それは、決定的な敗北宣言と言えた。スレイブを倒され、最強キャラの発見に失敗した自分にはもう打つ手は無い。〝楓優〟は、今そう認めて苦笑したのだ。
そんな彼女を前にして、ナーシは僅かに表情を弛める。無意識に気を弛緩させ、乱れている呼吸を整えようとした。
だが彼女は――〝楓優〟は喜悦する。
「でも、違った。私は別に、最強キャラが載っている作品を見つける必要なんて無かった。だって〝楓優〟はそんな事をする必要なんて――全く無かったのだから」
「……なに?」
「ええ。エグゼオンがこの星を滅ぼそうとした時、私はその事に気付いたの。本当に簡単な方程式に、私は気付く事がなかったと。そうよ。私は一度――世界を滅ぼしている。では、その世界を滅ぼした力はどこから得たのか――? 私は忘れていただけで答えは既に知っていた。私の頭の中に、既にその情報は刻まれていたのよ。よって私が見つけ出すべきものは、その二次元作品ではなく、私の記憶を再生できる能力者。即ち――過去の記憶へと遡れるスレイブ・ギオンだわ」
「――なっ?」
そのとき初めてナーシが、事態の深刻さに気付く。
彼女は〝楓優〟が言わんとしている事を理解して、眼を開いた。
「ええ。最後の仕事よ、スレイブ。私の記憶の封印を削り、失われた記憶を蘇らせ――そのキャラを再生させて」
「――不味いっ!」
〝楓優〟は自分の世界の未来の時間軸で、既に最強キャラを発見していた。その情報をもとに彼女は最強キャラを具現化して――世界を滅ぼしたのだ。彼女はその力を、ナーシを倒す為に使うつもりである。そう察したナーシは――だから一瞬で間合いを詰める。
彼女の拳が〝楓優〟の腹部に決まるのと――スレイブが右腕を薙ぐのはほぼ同時だった。
「ぐっ、つっ!」
「……いや、私の方が一歩はやい。おまえはそのまま息絶えるがいい……〝楓優〟」
が、彼女は尚も微笑む。
「いえ、言ったでしょう? 既に勝負はついているって。だから、残念ながら、あなたの予定はキャンセルね。だって、これが私の能力だから。私は竜人の攻撃を、一度だけ無効化する事ができる。その時、その攻撃によって生じた能力を食らう事ができるの。つまりは――こういう事よ」
「つ……っ?」
その直後――ナーシは初めて心底から恐怖を覚え、思わず後退する。
二十メートルほど離れ――彼女はその変化を目撃した。
〝楓優〟の姿が――変わっていく。
手足の指先から徐々に別の肉体が上書きされ――やがてそれは眩い光となって周囲を包む。
光が収まった途端――ナーシ・ナーシェはその姿を見た。
「――そう。これこそが、私が求めていた物。これこそが、世界を滅ぼした力。数々の修羅場をくぐってきたあなたでさえ、もう二度と見られる物ではないと確信できるわ。これが――究極のキャラ。あの聖女がつくり出した――〝神中神〟――キロ・クレアブルよ」
「……な、にっ?」
そしてナーシ・ナーシェは――初めて絶望したのだ。
◇
〝神中神〟――キロ・クレアブル。
それは――交鎖十字・戦影残花の章の登場人物。五つの章で構成されている交鎖十字という小説は、その最終章が戦影残花と言う。その最終章のラスボスこそが――キロ・クレアブルなのだ。
主人公達の最大の宿敵と言える彼女は、それだけの猛威を振るった。主人公の母親や友人を殺害し、ある世界においては主人公とそのヒロインさえも殺している。
自身の目的を果たす為に主人公達を誘導して、成長を促し、自分と対峙させた。その後――〝神〟と融合して〝神中神〟となった彼女は、主人公達を大いに苦しめる事になる。
そんな彼女の目的は――世界を完成させる事だった。
何かをなし遂げようとする時、必ずマイナスが生まれるのは、世界が不完全だから。人が不完全なのは、その人を生みだした世界そのものが不完全だから。つまり人の不完全性が、世界の不完全性と真なる神の不在を証明している。そう考えた彼女は、だから世界を完成させる為にあらゆる手を尽くしたのだ。
主人公達はそんな彼女の思惑に乗る形で、彼女と戦う事になる。最終決戦編を迎え、彼等は死力を尽くして彼女と相対する事になるのだが、その戦いは熾烈を極めた。
何せ〝神中神〟となった彼女の能力は、度を超えていたから。〝神〟ですら全く太刀打ちできず、ただひたすら彼女のサンドバックになり続けた。〝神〟ですら死の寸前まで殴られ続けあるキャラの介入がなければ、主人公達は死んでいただろう。
いや、そこまでは普通の物語と言って良い。主人公達が悪役に追い詰められるのは、物語の定石だから。
特筆すべきなのは――彼女が主人公達に勝っているという事。
最終決戦編でさえも彼女は勝利を収め、彼女は三度にわたり主人公達に敗北を味あわせた。
最終章で主人公達に勝利した――ラスボス。
それが彼女を――最強の悪役と言わしめる根拠である。
ソレだけの、反則クラスの能力を彼女は有している。
ソレだけの、常軌を逸した精神性を彼女は持っていた。
聖女が何を思ってそんな物語を書いたのか、誰も知らない。ただ一説によれば彼女は直接キロ・クレアブルからこの物語を聴いて、小説化したとの事だ。ただ一冊分だけ印刷されて、世に出回った聖女の手による同人誌。その人気は今一だったが、そこには確かに、ある最強の形が描かれていた。
それはもう、普通の読者を置き去りにする様な狂気がそこにはあったのだ。
神の中の神。
そう名乗るに相応しいだけの力を――キロ・クレアブルという狂気は持っていた。
少なくとも彼女――ナーシ・ナーシェはそう感じて、ただその身を震わせる。彼女は生まれて初めて、ナニカに恐怖したのだ。その様子を察した優が、思わず声を上げる。
「おい、何を気後れしてやがる! オマエらしくもない! アレはそんなにヤバいのかっ?」
「……ああ。残念だが、スレイブとさえ比べ物にならない化物だ。今は私がガードしているからお前達でも直視できるが、本来なら見ただけで普通の人間は消滅する。いや、遠距離からやつのオーラに触れた時点で、アウトだろう。あいつがその気になれば、瞬く間にこの世全ての人間は消し飛ぶぞ」
「……はっ?」
見ただけで、普通の人間は消滅する。いや、その姿を見ずとも、遠距離から彼女のオーラに触れれば、その時点で息絶える。そう聞かされて、優はただ言葉を失う。彼女はここまできて漸く事態の深刻さを痛感した。
「……伊達に〝神中神〟と名乗っていない。ハッキリ言うが、今の私じゃ瞬殺されるだろう。一秒も経たずに、私を抹殺する事が可能な筈だ。やつが具現化した時点で――私達の勝機は完全に失われた」
「そん、な」
優達の目の前には、今〝神中神〟となった少女が立っている。年齢は十七歳程で、髪は長い美しすぎる金髪。宇宙を模したドレスを纏い、黒いそのドレスには無数の光が瞬いていた。穏やかなその瞳は確かに〝神〟を彷彿させ、ナーシはそんな彼女に圧倒されている。
だが、それでも優は諦めない。彼女は、ただナーシ・ナーシェを叱咤した。
「オマエらしくないぞ! 何時もの自信はどうしたっ? オマエはあのエグゼオンやスレイブさえも倒してきた女なんだ! それなのに戦いもしない内から諦めるなんて事は、絶対にありえない! 諦める位なら、最後まで足掻け! オマエは何時だってそうしてきた筈だろう――ナーシ・ナーシェ!」
けれど、その時、初めて〝楓優〟が口を開く。
「それは無理と言うものだわ、楓優。だって、ナーシの見解は正しいもの。分かりやすく言えばこのキロ・クレアブルというキャラは、次元が違うの。〝神中神〟と化した彼女は、八億に及ぶ宇宙を内包している。比喩では無く本当に圧縮された宇宙をその身に宿して、ソレをエネルギー源にしているの。八億に及ぶ〝宇宙炉〟を一点に集めて圧縮し、その身に宿す存在。それこそが彼女――〝神中神〟――キロ・クレアブルの正体よ」
「……宇宙を、八億個もその身に宿す存在? 宇宙そのものをエネルギーに変えているって言うの、あなたは……?」
遥が、眼を開きながら息を呑む。それが事実なら、確かに度を越えている。読者の感性や常識を無視した、或る種の狂気である。そんなキャラ設定を耳にして、優も口ごもる。
それもその筈か。宇宙とは一説によると、十の一グーゴルプレックス乗光年よりも遥かに巨大だと言う。ソレを体内に収められるまでに圧縮しているのだ。エネルギーは圧縮すればするほど、エネルギーの値が増える。だとすればソレは常軌を逸したエネルギー量になるだろう。既にソレは、常識が及ぶところでは無い。その事を思い知って、優でさえ言葉を失う。
「だからこそ私はこの力を危ぶみ、自ら封印した。力と記憶を封印して、二度と使わないつもりだった。でもこうなった以上は、話は別だわ。私は私の目的を阻む者を、この力を以て葬り去る。この力を使い、楓優と帆戸花遥を殺し、世界を守り抜く。そう。私にここまでさせたのは他ならぬあなた自身よ――ナーシ・ナーシェ」
「………」
この宣言を聴き、ナーシは必死に考える。どうすれば、この怪物を倒せるかと。どうすれば優や遥を守り切れるかと、彼女は熟考する。
(……けど、どうしても、その方法が思いつかない。次の瞬間、主達ごと体を消滅させられている自分の姿しか思い浮かばない。まさかこんな化物がこの世に存在したなんて、な。私なんてこいつに比べたら、塵芥も同然だ)
いや、そう考えてしまった時点でナーシには勝ち目がないと言えた。彼女の能力は敵を打ち倒す想像を現実化させる事。その想像さえも放棄した時点で、ナーシには一点の勝機もない。そう自覚しながらも、ナーシでさえ己が勝利する姿を思い描けずにいた。
この絶対的な危機を迎えた時、ナーシはただ呼吸を乱す。無駄を承知で本気で逃げ出そうかと思案し始めた時、その声は響いた。
「……わかった。ナーシ、私を外に出して。一か八か、後はもう私の策に賭けるしかない」
「……優? 優の策だと? 私でさえ対抗策は思い浮かばないのに優に策がある? 正気か、お前は? まさか、お前の方こそ全てを諦めたんじゃあるまいな?」
「いいから、今は私に従って。私の考え通りなら、まだ勝ち目はある」
が、遥は当然の様にソレを止める。
「……待って。優は、自分を犠牲にする気じゃないの? 大人しく自分が殺される代りに、私を見逃させる気なんじゃ? でも無駄よ。彼女は――〝楓優〟は何があっても私も殺すわ。例え優が大人しく彼女に殺されたとしても、ソレは絶対に変わらない。だから――優」
遥が、優の両手を握る。それでも、優は首を横に振った。
「大丈夫。絶対に大丈夫だから、今は私を信じて、遥。私達は、絶対に助かる。私は、必ず無事に帰ってくる。そう誓うから、遥は安心してここで待っていて」
「………」
そんな大嘘を、楓優は堂々と語る。この極限状態の渦中に居ながら彼女は微笑み、たった一人の相棒にただ約束した。
その様を見て、遥は何も言えない。何を言えばいいのか、それさえ分からない。その間に優はナーシを促す。
「早くしろ、ナーシ。このままじゃ、ホントに手遅れになる」
「本当に、信じて良いんだな、優?」
「ああ。任せておけ。この場は私が絶対に乗り切る」
「……優」
最後にもう一度、遥が彼女の名前を呼ぶ。
そうして――優の姿は遥の前から消失した。
◇
〝楓優〟の前に立つ、楓優。彼女は開口一番、こう謳う。
「おまえは、大きな勘違いをしている。おまえは、何も分かっていない。そうだ。一番許せないのは相棒を守れなかった自分自身だろう? それをおまえは認められず、他人の所為にして当たり散らかしているだけだ。そんなの、ただの子供と同じじゃないか。何が〝神中神〟だ。ホントに嗤わせる。こんなやつが未来の私だって言うんだから、もう嗤うしかない。でも、私は違う。何があっても、おまえと同じ道だけは歩まない。おまえの相棒と違って帆戸花遥はそんな私を絶対に認めないから、私は世界を滅ぼさない。そうだ。私の相棒は遥だけだ。おまえが言う相棒なんてものは、私は決して認めない」
「………」
「――優っ?」
この心底からの侮辱を耳にして、遥とナーシが呼吸を止める。これではただの自殺行為ではないかと、彼女達は自身の耳を疑う。そして、それは、事実だった。
「吼えたわね――楓優。そんなに苦しみながら死にたいの――?」
〝楓優〟が指をさした途端――ナーシのシールドを貫いて、楓優の胸には穴が開いていた。この致命傷とも言える傷を負い、優はその場に倒れ込む。
その姿をスローモーションでも見る様な感じで遥は目撃して、完全に絶句する。いや、気が付けば彼女は自力でナーシの体内から這い出て、元の大きさに戻り、優の手を握っていた。
「……優っ? 優っ? 優っ? 優っ? 優っ? 優っ? 優っ? 優つ? 優――っ?」
今まで常に冷静だった筈の帆戸花遥が、感情を乱す。彼女は何が何だか、分からない。
「そうね。精々そうやって、苦しみながら死ぬといいわ」
「……ああ、そうくると思った。何せおまえは、私だからな。やってきそうな事は、何となく分かる……」
そう認める優に、遥はただ問うた。
「……何を、言っているの? 何で、優は、こんな事を? 約束したじゃない。絶対に私達は助かるって。絶対に私のもとに戻って来るって、そう言っていたのに――っ!」
「いや、ちょっとしたショック療法ってやつさ。残念ながら、多分あいつが言っている事は少なからず当たっている。遥の愛情は万人に向けられていて、特別な人なんていない。なら、私としては賭けをするしかなかった。遥が少しでも私の事を特別だと思っている事に期待して、遥の意識を揺さぶるしかない。そう、だ。忘れているのは遥の方なんだ。思い出して、遥。私と仲良くなった切っ掛けを。その先に、ある物を――」
そう。嘗て遥は、優に自分達が仲良くなった切っ掛けとなった出来事を話した事がある。その時、優は覚えていないと言ったが、本当に忘れているのは遥の方なのだ。頭を打って、記憶を失った彼女は、本当の切っ掛けを忘れていた。
優にそう告げられ、遥は愕然としながら自身の中に埋没する。
今にも死にそうな楓優の姿が引き金になって、彼女はその情景を思い出した。
それは、彼女達が小学一年生だった頃。彼女を一番茶化していたのは、他ならぬ優だった。原因はもう、優さえも覚えていない。ただ優は、彼女を常にからかってきた。
或いは、自分と気が合わないから。或いは、自分と考え方が違いすぎるから。それでも意に介さない彼女を前にして、優は余計むくれる事になる。どうすれば彼女の心を動かせるのか、優はそればかり考える様になる。彼女の泣き顔を見てみたくなって、優は度を超えた悪戯をする事になった。林間学校が催された時、優は彼女を山中に置き去りにして、一人ぼっちにしようとしたのだ。
そこまですれば、さすがの彼女も何らかの感情を見せる筈。そこまですれば、あの彼女とて泣き出すに違いない。
優はそう確信していたが、思わぬ事が起った。優はキャンプ地から十キロは離れた場所に彼女を連れだしたが、其処で怪我を負ったのは優だった。言葉巧みに彼女を連れだした優は崖から足を滑らせて落下し、其処で脚を捻挫する事になる。歩けなくなった優はその恥しさから彼女に対し悪態をついたが、彼女はやはり変わらない。
何時もの様に涼しい顔で優をおぶると、そのまま優を連れて来た道を逆に辿っていく。その間も優は彼女に罵声を浴びせてきたが、彼女はやはり意に介さない。
彼女は十キロという道を、優をおぶったまま踏破して優を無事みなのもとに帰す事になる。その時、優は彼女に問うた。
「……何で、私を助けた? 何度も言った筈だろ。私はおまえをアソコに置き去りにして、笑いモノにする気だったって。そんな奴を、なんで助けたりする?」
「は、い? よく分からない事を言うのね、貴女は。私は例え貴女が何者でも、助けるしかないわ。だってソレが――神様の教えなのだから」
「………」
そして、優は漸く彼女の正体に気付く。神職を実家に持つ彼女は、完全にその環境に適応している。神の教えとやらが絶対で、ソレは例え悪人に対しても変わらない。例え悪人であろうと彼女は神の教えとやらに従って、機械的に他人を助けるのだ。
ソコに、彼女自身の意思が主張する余地は無い。困っている人間が居るなら、彼女は例えソレが自分にマイナスを生む人間でも助け切る。自分さえも特別だと思っていない彼女は、特別な人間が居ないからこそ、悪人でさえ救済するのだ。
それこそが、特別な人間が居ないという事。万人に平等な愛情を注いでいる、彼女の本質。その事に気付いた時、優は涙した。
それでは余りに機械的で、まるで他人を助ける義務を負ったロボットの様だ。そんな自分に何の疑問も抱かない彼女は、このままでは永遠に孤独になる。己の身も顧みず、他人を救い続ける彼女は、何時か他人に足をすくわれ、報われない最期を迎える。
そう確信した時、優は初めて彼女を心底から守りたいと思った。この報われない彼女を、何時か心から笑える様にしたい。泣き顔では無く、彼女が心から浮かべる笑顔を、優は見たいと思ったのだ。
「……そうだ。誰に対しても平等な愛情を見せる遥が、私は何故か悲しく見えた。だから、私は遥の特別になりたかった。遥の特別になって、遥を呪縛から解き放ちたかった。誰かを特別に思えたなら、遥はきっと救われる筈だから。少なくとも悪人は特別な存在に思えて、自分が嫌いなやつを救ったりはしない筈だ。私は――ただそれだけで良かった」
「……ゆ、う」
「……だから訊かせて、遥。私は、遥の特別になれたかな? 私は、遥の親友以上になれた? 遥は――私を好きになってくれたかな……?」
笑顔を浮かべながら、優は彼女に問い掛ける。きっと激痛に苛まれながら、優は笑顔で自分にその質問をしている。そう感じた時、彼女は――帆戸花遥は心から微笑んだ。
「……ええ。もうずっと前から、優は私にとって大切な人だった。私は、悩む必要なんて全くなかったの。今は、神様の事は関係ない。これが試練だなんて、私には思えない。貴女を失う時は、私が死ぬ時。優が死ぬなら、私も死ぬ。だから、お願いだから死なないで、優。私の為にも、死なないで。私達、もっと遠くの国を旅するのでしょう? 二人で色んな物を見て、色んな体験をして、二人だけの思い出を共有していくんでしょう? そう言ったじゃない。そう言ってくれたじゃない。だから、どうか、生きていて――優」
本当に、愚かな勘違い。確かに遥は、悩む必要など無かった。彼女は既に、優から沢山の事を学び、その心を成長させてきたから。彼女は既に、以前の彼女とは違っている。
微笑みながら、遥は初めて涙して、優の手をギュッと握り続ける。彼女は初めて、自分が死にかけた時の優の気持ちが分かったのだ。
優のお蔭で自分に欠けていた物が、埋められた。今なら、家族を失った悲しみが本当の意味で分かる。自分をそんな風に変えたのは、他ならぬこの死にかけている少女なのだ。
その優は、更に続けた。
「……なら、これも思い出して。遥は、ナーシの事も知っている筈だよ。そう。私の考えではこうなんだ。〝竜人使い〟が知らない作品のキャラクターが〝竜人〟にインストールされる事は無い。必ずそのキャラと〝竜人使い〟は何らかの繋がりがある。……でも、私はホントにナーシを知らない。なら、その事を知っているのは――記憶を失っている遥という事になる。ナーシのホントの姿を遥が知っているなら、私達にもまだ勝機が残されている筈だ……」
「……私が、ナーシ様の事を、知っている」
ソレを聴き、今まで傍観していた〝楓優〟が口を開く。
「成る程、そういう事。なら、無駄だと思うけど、あなた達三人はここで止めを刺しておく。私があなた達を――楽にしてあげるから」
そう口にしながら、〝楓優〟はナーシ達に指を向ける。後は彼女がその気になりさえすればナーシ達は綺麗に消滅するだろう。
現に、ソレは現実の物になる。〝楓優〟が殺意を発しただけで、ナーシ達三人は眩い光に包まれる。この必殺の一撃を前に、ナーシは、彼女は、ただ己の不甲斐なさを知った。
いや――本当にその筈だった。
「……なに?」
だが、驚愕の声を上げたのは彼女の方で、〝楓優〟は我が目を疑う。其処には、無傷のナーシが立っていて、彼女自身も我が目を疑っていたから。
その時、帆戸花遥が涙しながら告げる。
「本当に、私は優に助けられたばかりね。そうだわ。そうだった。私は確かにナーシ様を、いえ、彼女を知っている。だってこの私こそが――彼女が登場する漫画の作者なのだから」
「何ですって?」
「だから、分かる。だから、確信できる。貴女の力は、まだまだこんな物ではないと。今こそ貴女の本当の力を存分にふるって。優を傷付けた彼女を――どうか倒してみせて」
その、特別な誰かを想う遥の声に促され、彼女は喜悦した。
「――上等。今度は私がおまえ達に、救われたな。お前達の――優と遥のお蔭で私も目が覚めた。私は例えどんな状況でも、負けを認める様な事はあってはならなかったんだ。その意味を今こそ教えてやるぜ――〝楓優〟」
「――冗談。何がどうなろうと死ぬのはあなた達三人よ――ナーシ・ナーシェ」
彼女が遥達を飲み込むのと同時に両者は地を蹴り――ここに最終決戦の幕は開く。
その様を――優と遥はただ見届けたのだ。
◇
その瞬間――世界は別の空間に隔離される。現世とは全く違う異世界に飲み込まれた、〝楓優〟と彼女は拳を激突させる。たったそれだけの事で――宇宙は比喩なく八十億個ほども消滅した。惑星セミフェストも綺麗に消し飛び、両者は宇宙へと投げ出される。それだけの圧倒的なパワーを、今の〝楓優〟は誇っていた。
《な、に?》
では、その拳を受けながら尚も生存している彼女は、一体何者か? 彼女の生存を確認した〝楓優〟は、だからテレパシーで彼女に問わずにはいられない。
《何をした? なぜ生きている? あなたは、一体なに?》
彼女の答えは、決まっている。
《そんな事、答えるまでもないだろう。〝神〟に対抗できるのは同じ〝神〟だけ。どうやら私の作者もまた、キロ・クレアブルの生みの親と同じ位イカレているらしい。帆戸花遥もまた――自力で〝宇宙炉〟という発想に辿り着いていたのさ!》
しかも、齢六歳の時に。遥の密かな趣味は、ノートに自作の漫画を描く事。遥は無意識に感じていた、自身のストレスをその漫画に注いだ。自分の理想の世界やキャラクターをつくり出し、その心を意図せず癒してきたのだ。
「だから私は、彼女に惹かれた。だから私は、彼女が特別に思えた。それは私の理想その物の主人公象だったから。誰よりも強く、誰よりも高潔な主人公を思い描いた末に――行き着いたのが彼女だったの」
全てを思い出した遥が、静かに語る。
いや、遥はそんな事より、遥かに重要な事を彼女に要求した。
「それより早く優の傷を治して! このままじゃ、本当に優が!」
だが、遥達の現実は残酷な物だ。
《いや、今の私でもその傷は治せない。その傷は呪いその物。その呪詛をかけている〝楓優〟を倒さない限り、今の私でも治療は不可能だ》
「そん、なっ!」
故に彼女は一秒でも早く、〝楓優〟の打倒を果たそうとする。己が内にある五億に及ぶ〝宇宙炉〟を全開にして、彼女は〝楓優〟に拳の弾幕を浴びせる。けれど、その全てを〝楓優〟は軽々受け流し、逆に痛烈な突きを彼女に浴びせる。
(やはり――強い! 私が自身の〝宇宙炉〟を自覚してもまだその差は完全には埋まらない。私より三億個も〝宇宙炉〟を多く持っているやつの方が、圧倒的に有利だ。それでも、私はこの逆境を今度こそ撥ね退けるしかない)
一度は敗北を認めかけた、彼女。だが帆戸花遥が全てを思いだし、自分がどんなキャラだったか自覚した彼女は、決して諦めない。作者である遥が漫画の内容を思い出した時点で、彼女の記憶も復活したから、彼女はただ突き進むだけ。
それが、彼女が自分を見失っていた理由。彼女は作者が全てを忘れた事に連動して、記憶を失っていた。ソレを取り戻した時――彼女はただ歓喜して吼えたのだ。
《おおおおおおおおおおおおおッッッ……!》
エネルギーを体外に放出し、十の一グーゴルプレックス乗光年×五億に及ぶ巨人をつくり出し、ソレを五十メートルにまで圧縮する。同時に〝楓優〟も十の一グーゴルプレックス乗光年×八億に及ぶ巨人をつくり出し、五十メートルにまで圧縮した。ならば、その圧縮を拳の部分だけ解放した時、その威力はどれ程の物になるか? 直系百キロの大風を一センチにまで圧縮し、それを一気に解放すれば世界はどうなる? それと同じ暴挙が、両者の腕から発射される。圧縮を解かれた両者の腕は標的に向かって突き出され、激突して、火花を散らす。両雄はそのまま拳の突き出しと圧縮の解放を行い、ただ自身の大敵を葬ろうと専念する。
(今の私とほぼ互角? どうやら本当に帆戸花遥は〝宇宙炉〟という発想に辿り着いていた様ね。確かにナーシが言う通り、コレは常軌を逸している)
――〝宇宙炉〟。それは文字通り、宇宙その物を動力源に変えた物を言う。だが、それは未だ嘗て誰一人として達しきれなかった発想の筈。少なくとも〝楓優〟は宇宙を圧縮した〝宇宙炉〟という概念を、交鎖十字以外で見た事が無い。
それも当然か。宇宙とは一兆~七兆個以上の銀河を孕み、その銀河にある恒星の数は一千億個~一兆個と言われている。その全ての恒星では核融合が行われ、一億五千キロ離れた惑星に影響を与える凄まじいパワーを発しているのだ。
更にその銀河全てを遥かに凌駕するエネルギーを発しているのが、ブラックホールである。ソレをエンジンに変えたのが縮退炉と言うわれる物だが、〝宇宙炉〟は宇宙に存在するブラックホールを全て内包している。あるブラックホールのエネルギーに至っては、銀河全ての恒星が数十億年かかって発するエネルギーに匹敵する。
恒星の百億倍以上に及ぶ質量をもった、ブラックホールを孕む宇宙。その全てのエネルギーを自身に転化できるのが〝神〟ないし〝神中神〟なのだ。
あろう事か帆戸花遥はその事を理解した上で、その設定を採用した。彼女は宇宙の広大さとそのデタラメさが分かった上で、〝宇宙炉〟を登場させたのだ。
ならばソレは――聖女に匹敵した狂気と言って良い。彼女達以外は誰も受け入れない、常軌を逸した設定。その設定を背負う〝楓優〟と彼女は、尚も攻防を続ける。やはりパワーが劣っている彼女が押され続けているが、彼女はもう決して諦めない。
《――しぶとい。なら、こういう趣向はどう?》
《つ――っ?》
途端、二人が戦闘を重ねる宇宙が一変する。直系十億キロにも及ぶ範囲が一千兆度に及ぶ超高熱に包まれたのだ。それは現世の宇宙にアクセスし、一定の空間を宇宙の開闢時に戻した事による結果。ビックバンから百億分の一秒後、宇宙の温度は一千兆度だった。この超絶的な超高熱に包まれながら彼女はただ歯を食いしばる。いや、次の瞬間には彼女は何ごとも無かったかのように拳を突き出していた。
《まさか――そんな業が今更通用するとでも思っているのか? 私とて〝宇宙炉〟を内包した〝神〟なんだぜ? おまえにその業が効かない様に――私にもその業は無意味だ》
寧ろ更に戦意に火がついた彼女は、更にその攻勢を強める。圧倒的戦力差を気迫でカバーする彼女は、〝楓優〟を滅ぼすまで決してその手を緩めない。彼女達が攻撃を繰り出す度に宇宙は消滅して、その度に再生する。無限とも思えるこの繰り返しを前にして、〝楓優〟は初めて内心舌打ちした。
(――強い。肉体だけでなく、今のナーシ・ナーシェは精神的にも一皮むけている。私はもしかして――とんでもない過ちを犯してしまった?)
あの時、〝神中神〟になった時、直ぐに彼女達を殺しておけばここまで接戦にはならなかった。〝神中神〟の力を手にした自分は明らかに驕っていて、それが油断となった。
そう認めるが故に、〝楓優〟は眉を曇らせる。彼女の思わぬパワーアップを目にして、〝楓優〟の胸裏には不吉な物が過っていた。
(いえ、それでも残念ながら――まるで負ける気がしないのよね)
〝楓優〟は、やはり己が内で自身の勝利を確信する。それは主人公に負けなかったこのキロ・クレアブルというキャラが後押しした結論。正義を打ち破った悪と言うキャラを、その身に宿した〝楓優〟だからこそ得られた信念だ。
故に〝楓優〟には、彼女相手にまだ遊ぶ余裕さえある。〝楓優〟は巨人の姿を一瞬で変え、巨大な狼と化したソレは彼女の巨人を食い千切る。その圧倒的な速度を肌で感じ、彼女はただ瞠目した。
(――形状変化! やつは自身の巨人を、幼体の竜人の様に千変する事が出来るのかっ?)
その洞察が、的中する。〝楓優〟は一瞬で巨人をハヤブサに変えて、上空から直下する。その速度は秒速五百グーゴルプレックスキロを超える。スピードで劣る彼女は、ソレを、両腕をクロスして受け止めるしかない。先ほどの攻撃も必殺の一撃なら、この攻撃も必殺のソレ。少なくとも彼女にとっては、それだけの威力を伴った一撃だ。
だが、それさえ〝楓優〟にとっては余技にすぎない。事実、この攻撃を受け止められながらも、〝楓優〟は余裕を崩さない。
〝楓優〟はすぐさま大熊になって、その前足を彼女に向けて繰り出し続ける。この圧倒的なパワーを 伴った連撃を受け、彼女の体は徐々に後退していく。防御に専念するしかない彼女は、遂に劣勢に立たされる事になった。
(――やはり強い! やつはまだ能力さえ使っていないのに――これだけの差がある! だが逆を言えば――やつが能力を使う前に倒してしまえばいいだけの事! 驕り高ぶり、油断の極致にある今ならやつを倒す事も可能な筈――っ!)
よって彼女は〝楓優〟の攻撃を防御しながら、力を溜め続ける。自身の奥義にエネルギーを注ぎ――〝楓優〟を倒せる領域にまでその力を引き上げる。
けれど、その間にも〝楓優〟の攻撃は続く。巨大な大剣になった〝楓優〟は彼女に斬りかかり、その時――〝楓優〟はその呪文を詠唱する。
《――〝ハイ・ブースト〟――》
《な、にっ?》
その直後――〝楓優〟のパワーが跳ね上がる。体内にある〝宇宙炉〟を更に圧縮して、エネルギーを高めた〝楓優〟は事もなく彼女の巨人を斬り裂く。肩口を斬り裂かれた彼女の巨人は、そのまま一心不乱に後退した。
(――私が知らない能力っ? 帆戸花遥でも――やはりキロ・クレアブルの発想には追いついていないっ? 〝楓優〟は――私も知らない業を有しているというのか!)
やはり、圧倒的に戦力が違いすぎる。そう痛感しながらも、彼女は最早怯まない。僅かに後退した後、反転攻勢に出て、彼女は〝楓優〟に拳を繰り出す。だが、〝ハイ・ブースト〟によりエネルギー量が高まっている〝楓優〟は自身の巨人を数千に分ける。大剣に変わったまま一斉に彼女の上から降り注ぐ。
その全てを受け止めきれない彼女は回避に専念するしか無く、舞う様に宇宙を駆け巡る。秒速三百グーゴルプレックスキロで移動に移動を重ねる彼女に対し、〝楓優〟はただ喜悦した。
《無駄よ。私とあなたでは、内包しているエネルギー量に差がありすぎる。この差を埋めない限り、あなたは私に追いつく事さえ出来ない。スピードでもパワーでも圧倒され、業も私には決して届かない。そんな事――小学生でも分かる事だわ》
《――舐めるな。生憎私の主達の最終学歴は、小学校中退なんだ。そんな小難しい事を言われても、全く理解できない》
嬉々として、彼女は〝楓優〟を挑発する。実際に実力差を見せつけながらも、全く戦意が衰えない彼女を見て〝楓優〟は鼻で笑う。
《ならその無学と共に消し飛びなさい、ナーシ・ナーシェ。あなたの顔は、いい加減、見飽きたのよ》
それは、何時かどこかで見た光景だった。〝楓優〟の巨人が一つの巨大な銃に変化する。その銃口に溜めこまれた力は正に宇宙八億個分のエネルギー。その全てを吐き出した時、彼女の体は跡形もなく消滅する。そう確信する〝楓優〟は溜めこんだエネルギーを一気に放出する。彼女に向かって発射されたソレは、瞬く間に彼女へと到達しようとする。
けれどその時――彼女は確かに笑った。
《私の学習能力を甘く見たな――〝楓優〟》
《な、に?》
《おまえは断じて、自分の業を私に見せびらかすべきじゃなかったって事だ――っ!》
よってその呪文は、高らかに歌い上げられる。
《――〝ハイ・ブースト〟――》
《まさかっ?》
彼女が〝楓優〟と同じ業を使う。いや、彼女はソレに加え、自身の奥義さえも撃ち出した。
《カルメント・ジージャ―――っ!》
この輝かしき未来を前に――〝楓優〟は息を呑む。
その瞬間――彼女達がしのぎを削る大宇宙は眩い閃光に包まれたのだ。
◇
あらゆる者に勝利する閃光が、彼女達を包む。
だが、それでダメージを受けたのは〝楓優〟ではなかった。
《ぐっ……つっ?》
理由は、分からない。ただカルメント・ジージャーを放った筈の彼女が何故か大ダメージを受け、彼女の意識は一瞬トブ。自身がどんな状況にあるか理解できないまま、彼女は一旦後方へと下がる。その時〝楓優〟の姿を見た彼女は、〝楓優〟が何をしたのか一目で看破した。
《まさか――物理法則を書き換えたっ?》
《――正解。だって今の私は〝神中神〟だもの。物理法則の書き換え位、造作もない》
即ち――〝楓優〟は自身に攻撃する者はみな爆発すると物理法則を改変したのだ。結果、その法則に従い、彼女の体は爆発した。それでもまだ生存している彼女は、歯を食いしばりながらそのデタラメさを痛感する。
(――物理法則の改変さえも、やってのけるのか! 正にやつは――〝神〟その物だ!)
その間にも〝楓優〟は物理法則を書き換える。自分以外の生命体は死に絶えるまで燃え尽きる様に物理法則を捻じ曲げ、彼女に対して攻撃を続ける。それを、自身が纏う巨人のエネルギーを全開にして何とか防ぐ彼女。しかし圧倒的な劣勢に変わりは無く、彼女は内心舌を巻く。
(これがやつの能力か! 確かに凄まじいまでの超能力! だが、ソレは反面――これさえ打ち破れば私にも勝機はあるという事!)
だが、一体どうすれば物理法則さえ操る〝楓優〟に対抗できるというのか? 彼女自身もそう疑問に思う中、〝楓優〟の攻勢は続く。〝楓優〟は、自分以外の生命体の体内エネルギーは完全に暴発するよう物理法則を書き換える。
《ぐっ! くっ!》
ならば、今度こそ詰みだ。彼女の五億に及ぶ〝宇宙炉〟が暴発すれば、彼女は体の内側から破壊されて消滅する。彼女でさえそう覚悟した時――ソレは起きた。
《な、に?》
あろう事か、彼女もまた物理法則を書き換えたのだ。彼女は〝楓優〟の術を自身の術で相殺して、絶体絶命の危機を脱する。彼女は喜悦しながら、その事実を〝楓優〟に突きつけた。
《だから、言っただろう。私の学習能力を舐めるなと。おまえの物理法則の書き換えは、確かに学習させてもらった》
《………》
故に〝楓優〟の危機感は募っていく。戦えば戦う程、自分の業を盗み彼女は成長していく。〝ハイ・ブースト〟に加え、今や彼女は物理法則の書き換えまでマスターした。ならば、彼女は何れ〝楓優〟が立っている場所まで到達するのではないか? 成長に成長を重ね、〝楓優〟さえ脅かす存在になる。
そう感じた時、〝楓優〟は今度こそ慢心を捨てた。〝楓優〟は彼女を今すぐ抹殺するべき対象だと認め、最大戦力を以て彼女を葬る事にしたのだ。〝楓優〟は――今こそソノ固有能力を発現する。この時――彼女は真なる絶望を知った。
《な、にっ?》
〝楓優〟が自身を被っていた巨人を消失させる。同時に、彼女の意思に反して彼女の巨人も消失する。そのカラクリが分からないまま、彼女にその猛威が襲いかかる。ソレは、ただの拳の乱打だった。だが、何故か彼女はその拳を防御する事も、避ける事も出来ない。
顔面で受け止めるしか無く、〝楓優〟の拳は確実に彼女の生命力を殺ぎ取っていく。
《――ぐっ? がぁ――っ?》
意味が、分からない。理解が、追いつかない。彼女に分かっている事は、自分はいま正体不明の攻撃を受け、劣勢にあるという事。この圧倒的とも言える〝楓優〟の拳の連撃は、容赦なく彼女の顔面を捉える。その度に彼女は血反吐を吐き、意識が白く染まって、息つく暇さえ無い。
《ぎっ! ぐっ! あぐっ! ――何だァっ? これは一体何だァ――っ?》
避ける事も防御する事も許されず、ただ殴られ続ける彼女。
時間と共にその命は確実に削られ――彼女は未だに〝楓優〟が何をしているのか理解できない。よって〝楓優〟は、淡々とその答えを口にする。
《簡単な事よ。私は単に自分の都合を全て〝優先〟させているだけ。私の攻撃と言う概念を優先させ、その所為であなたは私の攻撃を、防御する事も回避する事も再生する事も出来ない。私の攻撃が優先されているから、その他の事象は全て劣後される。私が〝優先〟を使う限り、あなたはただ優先的に私の拳をその顔面で受け続けるしかないの。そう。この世で一番恐ろしい事は――自分のターンがやってこない事。敵のターンが永久的に続けば――ソレはもうゲームとは呼べない。ただ一方的な――蹂躙劇にすぎないわ。つまりは、そういう事よ。私が〝優先〟を使う限り――本当の意味であなたのターンは一生やって来ない》
《――なん、だとぉっ?》
これこそが――〝神〟さえ殴り殺す寸前まで追い詰めた力。〝神中神〟を〝神中神〟足らしめている無敵の能力。
それも当然か。なにせソレは、〝楓優〟が最強だと認めた力だ。
彼女がいくら考察しても、決して破られる事が無かった超能力である。
《そしてこの〝優先〟は――何れ存在レベルにも及ぶ。私の都合が優先され、あなたの存在レベルは劣化していくの。このまま〝優先〟をかけられ続ければ――何れあなたは〝神〟としての能力も失うわ》
《……ぎぃっ?》
一億五千万発目の拳が彼女の頬を抉る。その重すぎる拳を顔面で受け、彼女の意識は赤く点滅する。だというのに、〝楓優〟には彼女が諦めている様には見えなかった。
《――何故? 何故、あなたは諦めない? ここまで圧倒的な力の差を見せつけられているのに、何で全てを投げ出そうとしないの?》
彼女の答えは、決まっていた。
《……簡単、だ。それが、私と言うキャラクターだから。私はさ……諦めるという事だけは絶対に許されないんだ》
――黄金郷の報酬。それが彼女の物語。彼女の物語は、実に壮大と言って良い。何せ彼女の冒険は宇宙の始まりと共に開始され、宇宙が終わるまで続く。たった一週間共に過ごした、生き別れの恋人を見つけ出すまで旅を続けるのが彼女の物語だ。
彼女は宇宙を三百億年以上彷徨って、色々な世界を見てきた。数えきれないほど多くの人々と関わって、様々な感情を共有した。相反する敵と戦い続け、大冒険に大冒険を重ねる事になる。それは子供の拙さと、子供の情熱が混交したストーリー。支離滅裂で、ハチャメチャすぎる、混沌としたナニカだ。
その過程で彼女は多くの人々に裏切られる事になるが、それでも一つだけ彼女が貫き通した事がある。
それこそが――決して諦めない事。
膨大とも言える時間の流れによって様々な感情が摩耗していった彼女だが、それでも彼女は諦めない。
あの恋人と過ごした黄金とも言える時間を取り戻すまで、彼女は旅を続ける。恋人を取り戻すその日をユメ見て、彼女はその歩みを止める事は無い。
その結果、彼女は宇宙の始まりから宇宙の終わりまで旅を続けた。たった一人の恋人を探し出す為に、彼女は自分の人生を捧げたのだ。
《けど、私の物語は、まだ完結していない。私は遥が私にどんな結末を用意しているのか、知らないんだ。私はただ、ソレが知りたかった。私の旅は報われるのか? それとも多くの物語が悲劇で終わる様に、私の物語も悲劇で幕を閉じるのか? ソレを知るまでは、死んでも死にきれない。私は――あの黄金の日々を取り戻すまでこの歩みを止める訳には、断じていかないんだ――》
《………》
ならば、それは一種の狂気だ。たった七日間共に過ごした恋人を想うその感情も狂っているし、恋人を諦めないその物欲も狂気と言える。
その事実を聴いた時、〝楓優〟は自分の大敵が本物の怪物である事を知る。彼女こそが――最悪最強の大敵。そう理解した時、〝楓優〟にはつきつけられる物があった。
果たして自分は、彼女以上に師河双葉を想っていたか? 彼女の様な激しすぎる情熱を以て師河双葉と接していた?
いや、少なくとも師河双葉は〝楓優〟に対し、情熱を注いでくれた。自分はそんな彼女に翻弄されて、それこそ息つく暇もなかった。
思えばあの日々こそが、〝楓優〟にとっての黄金期。輝かしき過去であり、何者にも汚す事が出来ない思い出である。
双葉が居たから、今の自分がある。双葉が居てくれたから、自分はこんなに幸せだった。
だが、そんな自分は大きな過ちを犯している。そんな双葉の不幸を言い訳にして、自分は世界を滅ぼしたのだから。
楓優の、言う通りである。帆戸花遥が世界の滅亡を願わない様に、師河双葉もまた世界の滅亡など願わない。自分は世界を滅ぼした事で、師河双葉に対して、この上ない背信行為を犯したのだ。
果たして、それは許される事なのか? 双葉がその事実を知った時、双葉はそれでも自分を愛してくれる? 恐らく、その答えは語るまでも無い。
《そう。私は既に双葉に愛される資格が無い。世界を滅ぼした時点で、私は誰にも愛される資格が無い。いえ、私は例え世界中の誰もが私を憎もうとも、双葉が私を愛してくれればよかった。たったそれだけで、私は満たされてきたから。なのに、私は彼女の最期を台無しにした。自分の感情を優先して、双葉が何を思って死んでいったか考えもしなかった。私は本当に愚かで、取り返しがつかない真似をしてしまったの。でも、だからこそ今度は間違えない。私と言う〝楓優〟が世界を滅ぼしたなら、私と同じ楓優も必ず世界滅亡の要因になる。なら、私は彼女を殺さないといけない。何があっても楓優だけは殺しておく。これ以上私が、〝楓優〟が、間違いを犯さない様に、楓優だけは抹殺しないと――》
が、帆戸花遥は静かに首を横に振る。
《いえ、私の優は絶対にそんな真似はしない。私の心を理解してくれる彼女はどれほど絶望しようと、最後はすんでのところで踏みとどまる。青葉少佐を許し、あの政治家達を許した彼女はあなたのような過ちは犯さない。例え私が死ぬ様な事になっても、私の優なら私の気持ちを理解して、一線を越えたりしないわ。あなたも本当はその事が分かっているんじゃないの? だからこそ、あなたは余計に優が許せない。あなたは、自分とは違う楓優を認める事ができないの。その、自分との違いを決して認めようとしない事こそ――あなたの最大の罪だわ》
《………》
《そして――そんなあなたでは彼女には絶対に勝てない》
だが、そんな精神論では、状況は覆らない。現に彼女は二億発目の拳を被弾して、既に死にかけている。存在の劣化が始まり、疾うに死に体の筈だ。ならば、〝楓優〟は彼女が死ぬまで殴り続けるまで。〝楓優〟の拳が彼女に迫る中、彼女は告げた。
《そうだった。おまえは、決して自分は負ける事が無いと謳ったな? だがその確信は、未熟者であるが故に感じる幻想だ。ある絵師が自身の描いた絵を完璧だと感じながら、その実、翌日見た時は不出来に感じるのと同じ感覚。確かにキロ・クレアブルは完璧なのかもしれない。けど〝楓優〟は違う。キロ・クレアブルは、〝楓優〟が使いこなせる代物じゃないんだ。ソフトがハードに追いついていない〝楓優〟では、キロ・クレアブルの肉体は使いこなせない。そここそが――私のつけ入る隙だ》
《何を言っている? 後五、六発拳を被弾しただけで死にそうな死にぞこないが、今更虚勢を張ると言うの?》
が、〝楓優〟の拳を顔面で受け止めながら、彼女もまた首を横に振る。
《まさか。これは虚勢でも何でもない。キロ・クレアブルを使いこなせないおまえには、実際に能力の穴がある。攻撃を二十万発放つ度に、一回だけおまえには隙が生まれるんだ。その間だけ、私は好きに動く事ができる事を発見した。ならば――私はその唯一の隙を衝くだけ》
《……なんですって?》
意味が分からない。仮にソレが事実だとして、ならばなぜ彼女は自分の攻撃を回避しない? 攻撃を受け続ければ受け続ける分だけ、彼女は死に瀕する。だというのに、自分の攻撃を受け続ける理由は何だ?
〝楓優〟がそう疑問を抱いた時、〝楓優〟は一つの結論に達する。ソレを知った時、〝楓優〟は心底から怖気を覚えた。
《――まさ、かっ?》
《そういう事だ。これは私の能力とナヒタ・タオンの能力の重ねがけ。私はダメージを受ける度に戦闘力を向上させ、自分にカルメント・ジージャーをかけ続けてきた。その結果が――これだ》
そう。物語のキャラクターは、作者の思惑を超えた自己主張をし始める事がある。作者の思惑を超えて、成長する事が確かにあるのだ。これは正に――ソレだった。彼女は隙を見つける度に戦闘力を向上させ続け、遂に〝神中神〟の領域さえも突破したのだ。この宇宙の外の世界である――〝第二世界〟のエネルギーを我が物とした。ソレは――人類の宇宙を遥かに超えたエネルギー空間。〝楓優〟の〝神中神〟では到達できない――絶対領域。
その時、彼女はもう一つだけ告げていた。
《それと、今の私はナーシ・ナーシェじゃない。ソレは記憶を失った私が適当につけた名だ。私の本当の名は――彼方・オリハルト。覚えておけ。彼方・オリハルトこそが、私の本当の名だ――!》
ならば、楓優はこう口にするしかない。
《……そう、だ。行け。おまえは私と遥の――優と遥の二人の彼方だ――》
《……まさ、かっ》
《カルメント――ジージャぁあああああああ―――っ!》
《あああああああああっ! バルグドル・ガルエイド……っ!》
故に彼方・オリハルトの拳から繰り出されるのは――正に〝輝かしき――我が未来〟。
〝楓優〟の拳から発せられるのは――〝あらゆる優先は――我にあり〟。
だが彼女はこの世界そのものにカルメント・ジージャーをかけて、〝神中神〟を圧迫する。世界の力を以て、その存在その物を浄化し、〝楓優〟から〝神中神〟を切り離そうとする。
その凄まじいまでの力を目撃した時、〝楓優〟はある幻視をした。
〝――優。でも、例え私を失っても――貴女は自分と誰かを愛する心を決して失わないで〟
《……なっ、はっ?》
それが、最後。長かった戦いの、終焉。
その瞬間――彼方達と〝楓優〟は現実世界のセミフェストに帰ってきたのだ。
◇
私と優と彼方と〝楓優〟が惑星セミフェストへと帰還すると、彼方は私達を吐き出す。彼方の力によって〝神中神〟の力を剥ぎ取られた〝楓優〟は、ただ茫然としていた。
いや、元の大きさに戻った私は、そんな事より、するべき事がある。同じように元の大きさに戻った優の傷を治す様に彼方を促し、ソレを聴いて彼方も動く。
でも――彼方・オリハルトはただ沈黙しただけだった。
「……彼方? どうしたの、彼方? 早く、優の治療を、始めて?」
私はその意味が分かっているというのに、そんな言葉を漏らす。彼方はそんな私に、認めがたい現実を、つきつける。
「……すまない、遥。これは完全に……私の力不足だ。後もう少し早く、〝楓優〟を倒せていれば……」
「……何を、言っているの? 何で、そんな悲しそうな顔をしているのよ? ……だって優が死ぬはずないもの。優は、まだ生きている。だから、早く治療をして」
が、彼方はその場に佇み、ただ首を横に振った。ソレを見て、既に頬を濡らしていた私は、言葉を失うしかない。
ああ、今、分かった。〝楓優〟の気持ちが、分かった。大切な誰かを、身勝手な理由で奪われた、人間の気持ちが分かってしまった。
本当に、これは堪らない。悲しくて、辛くて、苦しくて、悔しくて、堪らない。私は家族を失った時にそう感じるべきだったのに、今頃になってそんな心境に至っていた。優の死が、その認めがたい現実が、私を絶望へとつき落したのだ―――。
その時、誰かの声が私の耳に届く。
「帆戸花遥、今、どんな気持ち? 世界自体が憎いんじゃない? 世界を滅ぼしたい程、やるせないんじゃない? それ程までに、あなたの喪失感は大きい筈よ。そして、あなたにはその手段がある。彼方・オリハルトに命じれば、簡単に世界は滅ぼせるわ。あなたはただ自分の中にある憎しみを解放するだけで、全てを終わらせる事が出来るの」
「………」
世界を、滅ぼす? この私が、世界を終わらせると言うのか? ああ、それも悪くないかもしれない。優が居ないこの世界など、何の意味も無いから。優が居ないなら、もうこんな世界に何の価値も無い。そんな想いが、私の胸裏を駆け巡る。そんな感情が、私の心を支配する。
そうして、私は一つの答えを口にした。
「――いいえ、私は絶対にそんな真似はしない。例え私自身がそう望もうとも、楓優がそれを認めないなら、私もその誘惑を拒み続ける。私は私と同じ絶望を私以外の誰かに、決して与えないわ―――」
「……そ、う」
そうして、〝楓優〟は静かに微笑んだのだ。
「やはり、貴女は強いのね。私とは全然異なる。貴女の言う通りよ。私とこの世界の楓優は別物。私は大きな過ちを犯したけど、貴女達は違っていた。なら、今こそその償いをしないと」
〝楓優〟が、楓優の体に触れる。そのまま彼女は少女の様にはにかみながら、私を見た。
「貴女が生みだした彼方・オリハルトが、私の知りたかった答えをくれた。双葉が最期に何を言いたかったのか、知る事が出来た。〝例え私を失っても、優は自分と誰かを愛する心を決して失わないで〟。なら、私はその双葉の遺言に従う事にする。私は最期の瞬間まで――この私自身を愛する事にするわ。ソレが私に出来る――最期の贖罪だから」
それだけ言い残して――〝楓優〟の姿は消失する。
彼女は自身と融合している〝竜人〟の力を使い――楓優と同化する。
奇跡は――そのとき起きたのだ。
完全に心臓が止まっていた楓優は飛び起き、呆然としながら周囲を見渡す。彼女は私の姿を見ると、惚けた顔で問うてきた。
「……遥? 何で遥が泣いているのさ? おい、一体誰が遥を泣かせた? そんな不届き者は私がブン殴ってやる!」
私の答えは、もちろん決まっている。
「なら、優は自分自身を殴らないと。だって私を泣かせたのは、紛れもなく〝楓優〟と、貴女なのだから――」
それから帆戸花遥は――楓優に力一杯抱きついたのだ。
終章
こうして――〝楓優〟を巡る事件は終結した。
〝楓優〟は最期に私の命を尊重して、私を蘇生する術を施してくれた。あれほど私を殺したがっていた彼女は、最後になって私を信じてくれたのだ。
この世界の私は何があろうと、世界を滅ぼす様な真似はしない。そう確信して彼女は自分の命を擲ち、私に己の命を預けた。
「なら、私はそんな彼女に応えないと。私は今こそ、覚悟を決めないといけない。私は例え遥を失っても世界を滅ぼしたりはしない。今まで感情に任せて行動してきた私だけど、そういう事で良いかな、遥?」
彼方を封印した為、目が見えなくなっている遥は、普通に頷く。
「当然よ。私の所為で世界が滅びたんじゃ、私はおちおち成仏していられないわ。優が宣言した通り、優は何があっても世界を滅ぼさないで。それだけを祈って〝楓優〟は貴女に全てを託したのだから」
ホントにその通りだ。私が思っていた通り、遥は何があろうと世界の滅亡など望まない。
けど、私は若干顔を曇らせた。
「でも、〝楓優〟と同化した事で、私は彼女の罪も背負った。世界を滅ぼした罪、か。私一人じゃ、余りに重すぎる大罪だ」
私がそこまで口にすると、遥はムっとした顔つきになる。
「冗談でしょう? その罪を背負っているのは、優だけじゃないわ。貴女と共にある私も、その罪を背負っている。私達は竜人を根絶して、世界を平和にするまでその罪を背負っていく。それは決して簡単な道のりではないけど、だからこそ贖罪になるの。〝楓優〟もその事を願って、優に自分の命を与えたのだと思う」
海が一望できる丘の上に立ちながら、遥はそう告げる。その表情は何時になく凛々しくて、純粋に綺麗だ。私が思わずそんな彼女に見蕩れていると、思わぬ邪魔が入った。
《と、私も居る事を忘れるな。私もお前達の罪を背負ってやるから、有り難く思うがいい》
封印されている筈の彼方が、私達の頭の中に直接話しかけてくる。
紛れもなく奴は私達の命の恩人だが、私の悪態は止まらない。
「はい、はい、分かっていますよ、彼方さん。お前の空気が読めない所はよく分かっているから、暫く黙っていろ」
因みに、彼方の力は余りに強大になって、その分私の負担は大きくなった。一時間で一年寿命を消費する様になった為、今は彼方の力はセーブしてある。スレイブと戦った時と同じ位のレベルまで低下させていて、〝神〟の力は封印中だ。その彼方は、不満そうに語り続ける。
《いや、そうはいかない。遥には私の物語の最後を、描き切ってもらわなければならないのだから。で、遥は黄金郷の報酬のラストをどうするつもりなんだ? その辺りを、少しで良いから聴かせてもらえないだろうか?》
と、遥は困った様な表情になって、こう答えた。
「それがその辺りがどうにも思い出せないの。私は全てを思い出した訳じゃなく、まだ記憶に欠落があるみたい。そういう訳だから、その辺りの事はもう少し待ってもらえると助かるわ、彼方」
《……そうなんだ? ま、いいだろう。この身は三百億年宇宙を彷徨った身だ。例え百年その続きが読めなくとも、大した苦痛にはなるまい。遥は自分が納得する最後を模索するがいい》
やはり偉そうな態度で、彼方は納得する。私はそんな彼方に向け苦笑いを浮かべてから、表情を引き締める。私はいま遥に伝えないといけない事を、しっかり口にした。
「それで、さ、ありがとう、遥。私の事を、好いてくれて」
すると、何故か遥は首を傾げる。
「ええ、そうね。私――優の事は家族の様に愛しているわ」
「……えっ?」
「そう。今なら分かる。翔が生きていたなら、きっとこんな気持ちなのかもしれない。優の事は――妹の様に愛しく感じるわ」
「………」
どうやら彼方同様、私の物語もまだまだハッピーエンドは迎えられないらしい。私が望む愛情を遥が抱いてくれるのは、まだ先の事の様だ。
それでも、私は諦める事は無いだろう。彼方・オリハルトが諦める事を知らない様に、私もまた諦めない。
私と優と彼方の物語は、まだまだ続いていく。今度は〝楓優〟が言っていた、世界を滅ぼしたがっている〝竜人使い〟の少女を見つけ出す。彼女を改心させ、世界を守るのが私と遥の第一目標だ。
だから、私達の歩みは止まらない。寧ろこれからが、私達の真骨頂だ。
優と遥の二人の彼方は、今、ここから新たなスタートを迎える―――。
優と遥の二人の彼方・後編・了
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
思わぬ形で更新する事になりましたが、前述通りソレも全て自分の責任です。
皆様におかれましては、大変ご迷惑をおかけました。
……いえ、別の作品にも致命的なミスがあったりして。