三者の思惑が絡み合う世界で
地球が誕生するよりも遥か昔のこと。
今の地球と同じ場所、つまり太陽の周りを公転している惑星の一つに《ガルティア》と呼ばれる、今の地球と違いを見つける方が難しいほどに酷似した星があった。
青々とした海が広がり、白い雲が生き物のようにゆっくりと蠢く、大陸も地球と同じく三割ほどしかなく、人間という生物が支配している点が同じだったのだ。
ただ一つ、地球とは異なる『秩序』が神々によって定められていた。
己の能力を定型化させ、言語化することで強制的に体へと技術や力を付与する『スキル』という超常の能力。
MP原子と呼ばれる、特定の才能を持つものにしか観測することができないエネルギーの塊を自在に操り、神々の力の一端を介することで無から有を生み出す『魔法』という無限の可能性。
神々による遊戯として想像され、人間という特異で興味深い行動を起こす生き物を楽しく観測するために敵対者として構築された『魔獣』と呼ばれる秩序。
ただ観測するだけではなく、目標というゴールを掲げることでスパイスを振りかけただけに過ぎない『アイテム』という補助道具。
これらの要素は、《ガルティア》にはあって《地球》にはなかったものである。
その理由は、一度ガルティアが消滅したことにあった。
ガルティアの最後は、人間が魔獣に敗れ、魔獣たちが支配する世界へとなる確定された未来が待っていた。そんな世界が約一世紀続くと、次に支配権を得たのは自然そのものである。
魔獣の進化を上回る速度で自然現象が魔獣たちを淘汰していき、ただ自然が荒れ狂うだけの惑星と化すことになるのだ。
その未来が神々にとっては面白くない光景だった。
まず神とは、何なのか。
それは宇宙空間と宇宙空間の狭間に住まう完全生命体の総称である。
宇宙、つまり我らが観測できている宇宙空間は日々刻々と目に追えない速度で拡大していると言われており、その先に何があるのかは観測できていない。
ここで一つの疑問が生じる。
我々が観測できる宇宙空間の先には一体何が存在しているのだろうか。
その答えを知る生命体は一種しかいない。
宇宙と宇宙の狭間である《神域》に住まう完全生命体である『神』だけだ。
彼らはいくつもの宇宙空間を多次元的に創造し、それぞれが自分の宇宙を観測するためだけに管理をする道楽的な性質を持ち合わせている。
もちろん宇宙空間は神々の数だけ存在し、ガルティアや地球が存在する銀河団があるのは神々の間で『第四宇宙空間』と呼ばれている一つに過ぎないのである。
要するに、地球はとある神が管理する多次元宇宙の中にある小さな星に過ぎないということである。
人間は一生を掛けても宇宙の僅かしか知ることができない生き物だ。
そんなか弱い種である人間は、神々にとって「面白い」と思える観測対象であったことが全ての原点にして、問題だったのだ。ゆえに、ガルティアは神々にとっても貴重な観測対象の惑星であった。
しかし、いくら神が面白いと思おうが惑星や恒星には寿命が存在する事実は変えられないのだ。
ガルティアという惑星に光を灯していた太陽の寿命が過ぎようとしており、太陽が徐々に周囲の惑星を食い尽くそうと爆発の兆候を見せ始めたのだ。
太陽が爆発したら最後、周囲の惑星はただの冷たい屍のような星へと変わってしまう。
それが神々にとっては不愉快だった。
神々はその未来を事前に観測し、対抗策を打って出ることにした。
とはいっても多次元宇宙の狭間に住むたった一つの生命体である神では、たった一つの惑星に過度な干渉をすることはできない。
いや、正確にはできないことはないのだが、広大な砂漠の中から一ミリほどの小さな宝石を探す作業を何度も何度もしたいとは思わなかったのだ。
しかし、このまま消滅を見過ごせば、それは神にとって面白いことではない。
そこで神は一度だけ、砂漠から宝石を探す作業を行うことにした。
そして――。
神は一人の有能な生命体を発見し、白羽の矢を立てることにした。
神々の堕とし子である、エルフという生命体だ。
エルフとは元々神々が他の生物との間で産み下ろした子の総称である。外見が人間という種族に似ており、耳が尖り、人間よりも力を持って生まれることが特徴である生命体だ。
そんな神々が白羽の矢を立てたのは、比較的に神々の遺伝子を濃く受け継いで人間と神との間で生まれた『アマダ』というエルフであった。
早速アマダに語り掛けた神々であったが、アマダは即答で「んなもん、嫌なこった。俺の死んだ後の世界なんて知るもんかよ。けっ」と大胆にも断られてしまったのだ。
それからも神はアマダへと語り掛け続けた。
《ラストダンジョン》という世界のゴール地点の存在を教え、攻略報酬である『願望』の可能性を示唆し、何度も話している内に神々はアマダを気に入っていた。
神という存在にも臆さずにモノいう態度、楽しそうに日々を遊んでいる姿に憧れ、自由気ままな性格を羨んだのかもしれない。
神々は完全生命体であるがゆえに、不完全なのだ。
そうしてある日、神々はこんな条件を持ち出した。
――アマダよ、これは約束だ。
――なんだよ、急に。
――神々はアマダの望みをなんでも一つ叶えると約束しよう。その時は、アマダを神々の《神域》に招待しようと思っている。
――は? 要するに俺を神にでもするつもりかよ。
――神ではなく、亜神である。アマダでは神の遺伝子が少ない故、神にさせてやれないことを謝ろう。
――けっ、そんなのいらねぇよ。まあでも、その言葉は忘れねぇからな。
こうして、アマダが亜神になる約束の準備が進んでいくのであった。
あの約束から十五年が経っていた。
ガルティアにあった大陸の約七割近くが魔獣たちに占領され、魔王と呼ばれる存在が我が物顔で闊歩するような最悪の状況へと変化していたのだ。
とはいっても、アマダはどうせ自分だけは死なないと高を括っていたため、特に何をするでもなく自由に世界中を気ままに旅して、酒を朝まで飲みふけって、気に入った女性に声を掛ける飲んだくれな生活を送っていた。
アマダはなまじ魔法という才能に長けていたため、魔獣を怖いとも思わずに気楽に過ごしていた。
その他のエルフの兄弟たちもそれぞれが好きに時を過ごしていた。
カルナダという生真面目な妹は『私に並ぶ強い猛者を育てる』という目標を持って、人間たちを日々扱き上げることに楽しさを見出していた。
サリエスは精霊や動物たちに愛され過ぎた故に、人間と関わる生活を止め、山奥でひっそりと自活する生活を続けていた。
そして、末っ子であったシロアだ。
アマダはシロアが魔王という存在を作り出したという噂をとある酒場で耳にし、少しだけもやもやとした気持ちになっていた。
最近いい酒が入荷しないのも、日に日に女性たちの肉付きが悪くなっていくのも、食べ物がまずくなっていくのも、物価が高くなっていくのも……すべてが妹の原因だと知り、一度懲らしめてやろうと思いついたのだ。
それから一年半後に、シロアとの再会をとある森の奥で果たした。
――よぅ、シロア。派手にやってんなぁ。
――久しぶりだわね、アマダ兄さん。何か用かしら?
――だから派手にやりすぎだっつぅの。俺の懐が日に日に寂しくなっていく現象に対して、お前ぇは何にも思わねぇのか。
――あぁ、魔王たちのことかなぁ? あれはとっくのとうに私の手を離れているわよ。ちょっと前まではディエントやアロス、ジャビーガと楽しく仲間探しの旅をしていたのだけれど、何を勘違いしたのかみんな暴走し始めちゃったのよね。私も困っていたのよ。
――あ゛ぁ? んだよ、たく。最近の噂は当てにすらなんねぇなぁ。
――それよりも兄さん、《ラストダンジョン》って知ってるかしら?
――急になんだよ。知ってるも何も、神の野郎たちから攻略しろって言われてるからな。
――私は《ラストダンジョン》で手に入ると言われている『願望』を手に入れたいと思っているのよ。それがこの世界にとってのゴールなのでしょう? 別にそれ自体はいらないのだけれど、世界をクリアしたという感情を私は知りたいの。
――相変わらず変なことを知りたがるやつだなぁ。まぁ、俺も死期を悟ってから挑んでやろうとは思っていたところだ。つっても、こんな人の少ない時代じゃあ戦力がまるで足らんがな。才能に、人の数、何もかもが足りねぇよ。
――あっ、その反応は……兄さんもコテンパンに負かされてきた感じかしら?
――ちっ、シロアもかよ。あぁ、そうだよ。あそこのレベルの高さは異常だよ全く。せめて俺たちと対等に戦えるやつらがあと九人は必要だ。
――だよね~。まぁ、元々私は私のやり方で攻略するつもりだったんだけどね。
――何をするつもりだよ。
――時代が整うその日まで、私は転生を繰り返すわ。そのために今は転生の魔法陣を作成中よ。
――そうかよ、勝手にしてろ。俺も俺のやり方で、この世界に決着をつけてやるよ。こんなクソの役にも立たねぇシステムなんざ、カラスの餌にでもしてやるよ。
案外さばさばとした言葉を最後に、二人は別れたのであった。
それから数年後に、シロアは転生の魔法陣の研究を完了させ、あとは未来の計画を十分に練ることを目標と設定した。
しかし、そんなある日のことであった。
ガルティアの大陸中にとある噂が広まり始めたのだ。
――約半数のダンジョンの入り口を、異世界へと繋げる大魔法を大賢者が行使する。
そんな突拍子もない噂であった。
いや、シロアにとっては噂どころか、そんな魔法がないことを十二分に理解していたので、何がどうなってバカげた噂が広まったのか分からなかったのだ。
シロアはすぐにアマダへと噂の可否を確かめた後に、転生の魔法陣を起動し、遥か未来の人類に《ラストダンジョン》攻略の可能性を見出すことにして長い眠りについたのであった。
そんなアマダであるが、賢王からの要請により神々との契約を履行することにしていた。
賢王からの要望は「ダンジョン自体をどうにかして魔獣を減らすことはできないか」という半ば投げやりな願いだった。賢王やガルティアの一般的な人間たちにとっては、アマダたちエルフ四兄弟は英雄を通り越して、神様のような扱いを受けている存在だった。
賢王は藁にも縋る思いでアマダを大陸中から探し出し、自ら頭を下げることで改善案を求めた。
その結果、アマダは「じゃあ、半分くらいダンジョンの入り口を別の世界に繋げてやる」と、ひょうひょうとした表情で嘘を付いたのだ。
嘘を付いた理由はいくつもあった。
まずはアマダの嘘を体現できる生命体はこんな小さな惑星には存在しない。できるとするならば完全生命体である神々だけなのだ。
そんな状況でも、アマダにはそれを可能にする方法が一つだけ存在していた。
神々との契約により、亜神になることだ。
自らが亜神となった時の条件はすでに神々から聞いており、アマダも事前に構想を練り始めていたのだ。
まずはガルティアに存在する半数のダンジョンの管理権限をアマダへと譲渡し、未来の可能性ある時代に開放するために神域に封印することが第一条件。
第二条件は『スキル』や『魔法』といった元々あった秩序を、一時的に神域へと封印すること。そして解放のカギをアマダが管理することだった。
秩序を封印するということは、その世界から一つの絶対法則を一時的に失わせることと同義だ。
そうして、ガルティアにはひと時の安らぎが訪れた。
それでも神々の観測した未来は必ず起こってしまうゆえ、根本の解決には至っていなかった。
観測通りにガルティアが太陽の死に飲み込まれ、屍へと変わってしまった。
そこでようやく神々が動き出した。
もう一度あの惑星で生まれる人間という生命体を観測するために、ガルティアと全く同じ惑星を作り出す因子を第四宇宙空間にばら撒いたのだ。
神々でも、望み通りの惑星を生み出すほどの力は持っていなかった。
持っていたのは無から惑星を生み出す因子をばら撒き、同じように成長を祈ることだけだった。もう少し砕いて説明すると、同じスイカの種をばら撒いてもほぼ同じ実がなるとは限らないようなものである。一種のギャンブルとも言える。
しかし、神々が思ったような惑星は生まれなかった。
人間という生命体は生まれたものの、ダンジョンや魔獣、スキルや魔法などの秩序だけが思うように誕生しなかったのだ。
それでも神々は焦らなかった。アマダというエルフに白羽の矢を立てた時点で、すでに保険を掛けていたからである。
それらのゲーム的因子は亜神であるアマダがカギを解放すればいくらでも復活できると考えていたのだ。
そうして神々はアマダがその因子を解放するその時を、今か今かと待っていた。
待ち続けて、何億年が経過しただろうか。
アマダはようやく『ダンジョン』『魔獣』『スキル』『魔法』などの因子を解放し、ガルティアという惑星から新しく生まれ変わった《地球》へとばら撒いたのだ。
神々はそれから楽しく地球を観測し始め、満足げな結果に喜ぶのであった。
しかし、アマダの真の目的は別にあった。
『魔獣を生み出す世界システムの崩壊』である。
正確には、《ラストダンジョン》を攻略することで手に入る『願望』を使い、アマダよりもさらに高位な神である完全生命体の力を使ってこの不毛で不要なシステムを排除しようとしたのだ。
神は約束を不履行にはしない、それを逆手にとってアマダは目的を成し遂げようと考えたのだ。
こんなことを考えるようになったのは、魔獣側に大陸を侵略され始めた頃からだった。
アマダが好きになった人間たちがなぜ日々恐怖で染め上げられなければならないのか、疑問に思うようになっていた。
好きになった女性も、お世話になった店主も、宿の看板娘も、関わってきた優しい種族はみんなが人間だったのだ。
そして、《神域》でただひたすらに神々に弄ばれ、つかいっぱしりされて、観測するだけの日々を通して、人間は魔獣や魔法、スキルのない世界でこそ輝くのだと知った。
アマダは一時的に不毛なシステムを封印しているといっても、永遠ではなかった。
真の神ではない亜神であるアマダには寿命が存在したのだ。寿命が尽きれば持っている権限はすべて別の神へと与えられ、再び魔獣に恐怖する時代がやってくる。
だったら、最も人間が多い時代、情報が最短で共有される時代、才能がありふれている時代を見定めて、封印を解除することにした。
そうしてこの悪循環をすべて取り払おうと考えたのだ。
アマダにとっては、魔獣という秩序だけが無くなればいいのだ。
それがちょうどこの時代だっただけに過ぎない。
ダンジョンや魔法、スキルを解禁してからは順調に人間たちが適応していき、情報を共有していき、着々と《ラストダンジョン》に挑める人材が揃ってきていた。
アマダの目論見通り、この時代にはダンジョンという異物に対して適応できる柔軟な人間が多かったのだ。
そんな中にも、アマダはいくつもの保険を掛けていた。
兄弟であるサリエスとカルナダたちに協力を持ちかけていたのだ。
アマダがまだガルティアで自由に旅をしていた頃、二人の元に自ら赴き、ラストダンジョンの可能性と人間たちが最も輝く世界を作るためにと、頭を下げた。
結果、二人は快く承諾してくれることになった。
アマダはすぐにカルナダとサリエスの本体を《神域》へと封印し、彼らの力の一端だけを扱える分体を作り出した。新しく生まれ変わった世界で何が起こるかも分からなかったため、アマダと同等の戦力を持つ本体だけは自分の元に置いておきたかったのだ。だから、消滅しても大丈夫な分体を作り出した。
その分体をダンジョンの秩序と共に封印し、ダンジョン解放と共に《地球》へと解き放ったのだ。
目的はもちろん、最強の戦力の育成。たった一人でいい、その一人が力を付ければこの時代では自然に全体が強くなっていく。人間とはそういう生き物なのだ、競い合い、目標があるからこそ強くなれる。
だからアマダは新たな『秩序』を作り出していた。
ランキング制度だ。
この時代に合っていて、この時代で馴染みのある競争力を激化させるシステムを創造し、《地球》に適用したのだ。
と、アマダが画策していたのはここまでであったのだが、ここでアマダや神々の目を盗んで何度も転生を繰り返していたシロアが便乗してきた。
勝手に『ステータスカード』を作り出し、極秘で作成方法を売りさばき、世界中にばらまき始めたのだ。
それらが上手く重なり合い、絡み合った世界の姿が今の地球である。
ガルティアとは異なる文化を発展させた。
戦争には銃火器を扱い、医療の発達により人口も爆発的に増加し、インターネットの普及により情報伝達が加速的に改善され、人々は偽の物語を嗜むほどには柔軟な考えができる世界になっていたのだ。
アマダにとってはこれ以上の時代はないと考えた。
そして、神域に封印されていた数々の因子を解き放ったのだ。
地球にダンジョンが生まれ、魔獣たちが蔓延り、スキルや魔法で戦う人間が現れた。
国々が変わった環境に適応しようと政策を打ち続け、国家間の情報伝達を密にすることで新時代を作り上げていった。
あっという間に不利であった人間たちが攻勢に出始め、優勢な状況へと変化していった。
と、そんな時であった。
厄介な魔王が動き始めたのだ。
名前を【魔知将】ジャビーガ、アマダ達エルフ四兄弟と同じ神々の堕とし子である生命体であるが、アマダ達とは違いとある魔人と神の間に生まれた生命体であった。
元々ジャビーガはシロアと共に、《ラストダンジョン》を攻略するための仲間集めの旅をしていた魔王であったが、ある日に気が付いてしまったのだ。
もし人間の誰かが、それもアマダの陣営の誰かが《ラストダンジョン》を攻略してしまえば、魔獣という生命体自体をなかったことにされてしまう。
その中には魔人の堕とし子でもあったジャビーガも含まれていたのだ。
自分が死ぬくらいならば、人間共を殺してしまえばいい。
いつの間にかジャビーガの考えはそう変わっていた。それからはシロアという名を勝手に名乗り、自分の背後にはあのエルフがいると宣伝しながら魔王集めを開始した。
目的は人類の殲滅、《ラストダンジョン》を攻略しうる生命体の排除である。
そして、再び魔獣が支配する世界を作ろうと考えたのだ。
魔獣を生み出す世界システムの崩壊を目論む、アマダ。
崩壊させないために人類を殲滅しようと目論む、ジャビーガ。
ただ《ラストダンジョン》を攻略したい、シロア。
彼らの内、誰が目的を果たすのか。
それもまた神々にとっては観測対象にしかすぎないのである。




