ガルティアと地球
「え。先輩だよね? ……何で目が黄色く光ってるの?」
明らかに俺は動揺していた。
目の前にいる人物は、確かに俺が知っている赤坂雪葉だ。
だけどいつもとは違う黄色に輝く瞳、体内から溢れそうなほどに渦巻いている神聖なMP、水面に立つという人間離れした技をいとも簡単にやっている姿。
服装はいつものダルッとしたものと変わらないし、頭に付けた赤い眼鏡もよく見たことのあるものだ。
しかし、目の前にいる先輩は俺の知る先輩ではなかった。
「さすがのほたるんでも混乱しているようね。安心して、私はほたるんの知っている先輩で間違いないわよ」
「で、でも……俺の知っている先輩じゃない。俺の知っている先輩はもっと眠たそうな顔をしている」
「あら、今も眠たいわよ?」
「いや、そういう話をしたいわけじゃないから。先輩は……いや、君は誰なんだ?」
そこにいるのは先輩であって、俺の知っている先輩ではない。
俺は率直に質問を投げかけてみた。
「そうね、どこから話せばいいのかしら。まず言えるのは、私は今世では『赤坂雪葉』という命をもらい、前前世では『シロア』というエルフの命をもらっていたわ」
「……先輩がシロア?」
突き付けられた現実に、俺の脳はさらに混乱していった。
先輩と出会ったのは中学校の時だ。
最初はなんの接点もない人だったが、ある日保健室で先輩と初めて話をした。
その日、俺は具合が悪くて保健室に向かったが、ベッドにはすでに病人が寝ていると言われ早退することになった。
そんな時、ベッドで寝ていた先輩が眠たそうな顔で起き上がってきたのだ。
――このボスを倒せたら、ベッドを譲ってもいいわよ?
突然、そんな挑戦状を先輩から叩きつけられた。あとで知ったことだが、先輩は学校の授業が退屈すぎて毎日登校はするものの基本的に保健室でゲームをしているのだという。
俺は具合の悪い状態で、先輩からゲームを借りてボスを倒した。
先輩はそれからちょくちょく俺に絡んでくるようになった。
(あの時から先輩はシロアだった?)
そう考えたとき、どこか違うような気がした。
あの時の先輩は、どこにでもいるようなゲームをする普通の中学生と変わらない瞳をしていた。
いつからだろうか。先輩が少しずつ世界を見る目を変えていったのは。目から純粋な光を失っていった日は。
おそらく……俺がダンジョンに落ちるよりも数か月前くらいだ。
あの時くらいから、先輩はよく「ほたるんはこの世界好き?」なんて意味不明な問いを不意に問いかけてくるようになったのだ。
それまでは純粋で綺麗だったが、あの頃から先輩の瞳が少しずつ遠くを向いていたような気がする。
「先輩は……いや、シロアと呼んだ方がいい?」
「嫌だわ。ほたるんには『先輩』と呼んでほしい」
「わかったよ、先輩。先輩は自分がシロアだと最初から知っていたわけではないよね?」
「ええ、そうよ。ある日突然思い出したの。私の前前世の記憶、つまりシロアが成し遂げようとしていた記憶を」
予想通りだった。
先輩は確かに生まれたときは赤坂雪葉だったのだ。そこにシロアという記憶が混ざり込んだ。
「色々と聞きたいことはあるけど、一つだけ聞きたい。俺をダンジョンに誘導したのは先輩?」
「少し違うわ。確かに私はサリエスの支配したダンジョンにほたるんを誘導したけど、実際に私が関与したのはあくまでダンジョンの出現位置だけ。さすがに私でも人の行動や未来を誘導することはできないわ。まあ、ほとんど誘導と変わらないわね」
「なんで俺を選んだ?」
「ほたるんには才能があったからよ。《ラストダンジョン》に打ち勝つ素養があったの」
「《ラストダンジョン》とはなんのこと? 先輩は何を成し遂げようとしているの?」
真剣に尋ねると、先輩は眠たそうな瞳を下げ少し考えこんだ。
そして決意を固めたように顔を上げた。
「いいわ、ほたるんには一足先に教えてあげる。ほたるんだけが知らないなんて不公平だものね」
そう言うや否や、先輩は自分の胸の谷間に手を突っ込んだ。突然の卑猥な行動に驚きつつも、胸の間から一本の短い枝のような白い杖が出てきたのを確認した。
なぜそんなところに仕舞っているのかという疑問は大いに残るが、俺は先輩の動向をじっくりと見ていくことにした。
一体、先輩が何をする者なのか。
俺はこの目で確認する必要があるように感じていた。
「今から見せるのはシロアの記憶よ。『星ノ思イ出』」
先輩は短い杖をゆらゆらと揺らし、聞いたこともない詠唱をした。
その瞬間、俺の見ている景色が途端に変わった。
今まで海の上で先輩と向かい合っていた。
しかし、今いるのは宇宙……なのだろうか。
暗く閉ざされた空間に、いくつもの輝く星々が綺麗に浮かんでいる。地上で見るような星の少ない偽物の夜空ではなく、小さな星が一つ一つはっきりと綺麗に見える美しさであった。
目の前には白っぽい砂で覆われた大きな星が一つあり、少し遠くには見覚えのある青い惑星が悠然とあった。
俺自身は今、宇宙をふわふわと漂っているような感覚であった。
「ここは月の裏側よ。ほら、あそこに青い地球が見えるでしょ?」
ふと声のした方向を見ると、そこには平然と立っていた先輩の姿があった。
俺の足元にはいまだに海面に立っている感触がある。ということは今いる場所は海の上だが、目に見えている景色だけが先輩のスキルで変化しているのだろう。
先輩が指さす方を見ると、そこには確かに地球があった。
丸くて青くて、画像で見たことのある惑星だ。ということは目の前にある星が月なのだろう。
月といってもただの白っぽい砂の塊にしか見えない。だから先輩の言葉を信じてここが月だと判断する。
「見えるね。月がどうしたの?」
「ここに第四宇宙空間を創造した神々が自ら作りだした《ラストダンジョン》があるの。私の目的はここを攻略することだったわ。そこで最後の報酬《願望》を手にすることが私の真の目的よ」
「えっと……。簡単に言うと、ここが最高レベルのダンジョンということであってる?」
「その解釈で問題ないわ、この《ラストダンジョン》は地上のダンジョンとは比べ物にならないほどに広大で、難易度が高いの。私は昔に一度だけ人間たちの精鋭を連れて《ラストダンジョン》に挑んだことがあった」
「それは異世界での話?」
「違うわ。同じ世界の話よ。もっと正確に言うと、地球の過去の話よ」
「――えっ?」
俺は再び動揺する。
ダンジョン、魔獣、エルフ、スキル、魔法。
全ては異世界から紛れ込んだ異物であるとサリエス師匠から聞いていたし、最初の部屋で王様らしきおじさんもそう言っていた。
――ダンジョンの入り口だけを異世界に繋いだ、と。
しかし、先輩は違うと言った。
「それはどういうこと? ダンジョンは異世界にあるもの、そうでしょ?」
「その解釈が間違っているわ。ダンジョンや魔獣といったそれらは……元々この世界にあった神々によって定められた秩序よ」
先輩のその言葉に、俺はさらに頭の中をごちゃまぜにしていく。
意味が解らない。
まるで今までの常識を覆されたような感覚だった。
「じゃあなに、ダンジョンは遥か昔の地球にあった遺物だとでも言うの? オーパーツ的なさ」
「それも少し違うの。だけど、確かに昔の地球にはダンジョンや魔獣といったルールがあったわ。その頃はこの惑星を《ガルティア》と呼んでいたのだけれど。《ガルティア》は一度惑星ごと太陽に飲み込まれて死滅し、虚無の惑星になろうとしていた。そこに神々が無理矢理介入したのよ」
それから一方的に、先輩がこの世界の成り立ちを話し始めた。




