河原のホタル
「あと一踏ん張り、頑張れ俺――『超級魔法・竜田姫』発動」
詠唱により、防具化していたアイの翼が枯れ葉のようにボロボロと崩れていく。
枯れ葉がヒラヒラと落ちていく中で小さな二つの山を作り出し、何かがもぞもぞと動き始めた。
気が付けばそれは人の形を作っており、見覚えのある双子の姿へと変わっていた。
そんな折にふと、竜田姫様の姿が俺へと重なってきた。
俺の姿は超級魔法の副作用で変化を始めてゆく。
赤と橙色の羽衣を身にまとい、天女の姿を男性用にアレンジした装備へと。オレンジを基調としたことにより、髪の色も赤く燃えるような明るい色へと染まっていく。
この超級魔法が最も殲滅に特化した理由、それは……。
「蛍だ!」
「久しぶりだね、蛍!」
「相変わらず元気だなぁ、ヒメとタツは」
ヒメとタツが現れて一緒に戦ってくれるからである。
竜田姫である双子、ヒメとタツ。二人とも秋風魔法を意のままに操り、風を掴んでいる最強の双子だ。
極論だが、秋風魔法の超級魔法を解禁した俺が三人いるようなものなのだ。
「何して遊ぶ?」
「鬼ごっこする?」
双子が小さな両手を俺の方へと伸ばして、純粋に問いかけてくる。
「今日はもっと面白そうな遊びがあるんだ。あそこにたくさんの魔獣がいるだろ? あれを一番多く倒した人の勝ちにしようか。ご褒美はキャラメルかな」
俺はしゃがみながら、二人の頭を軽く撫でてあげた。
遊びの内容を伝えると二人の顔がすぐにパァっと明るくなり、やる気に満ち溢れた純粋な赤い瞳が爛々と輝き始めた。
「やる!」
「面白そう!」
そんな二人を優しく撫でてあげながら、俺は無線の通信ボタンを押した。
『こちらNumber1、これより戦闘を始めます』
『――了解』
工藤さんの声が返ってきた。
大人びた雰囲気の声に懐かしく思いつつも、俺はゆっくりと立ち上がった。
「ヒメ、タツ! 遊びの開始だっ!」
「やっほー!」
「やったぁー!」
俺の言葉を合図に二人が驚くほどの速さで空を走り始めた。
まるで風という足場を踏みしめているように立体的に駆け回り、瞬きするほどの時間で魔獣の軍勢の目と鼻の先までたどり着いていた。
そして――彼らの無情なる攻撃が開幕した。
「ヒメパンチッ!」
「タツキックッ!」
双子の可愛らしい声と共に、二人は子供のような攻撃をした。
助走そのままに無造作な攻撃が振りかぶられると、周囲の風が双子と共鳴し可視化されるほどの突風を巻き起こす。
突風の中には鋭利な紅葉がいくつも混ざっており、双子の周囲にいた魔獣の体を無情にもずたずたに斬り裂いていく。
二人の攻撃は一度巻き起こると加速度的に肥大化していく。
突風、つまり上昇しながら渦を巻く風の起点が作られると、自然と周囲の風が巻き込まれていき、それは災害であるサイクロンへと変化していく。
タツとヒメの二人は何度も何度も可愛らしい声と共に、巨大なサイクロンを作り始めた。
その影響か、目に見えて魔獣の数が激減していく。
「俺も負けていられないな」
ヒメとタツ、二人と一緒にいるとどうにも心に炎が灯ってしまうのだ。
これは二人による影響なのか、そもそも俺がただの負けず嫌いなのか、今となってはわからない。というか二人もわからないらしいのでわかる者などいないのだ。
俺は自分の手を何度か握り締め手のひらの中に、圧縮された白い風の塊を作り出す。
「『爽籟』ッ」
声に出して魔法名を詠唱した。
すると手のひらに作り出した風の塊が管楽器のホルンのような姿へと変わっていく。
風で形作られた白いホルンのマウスピースにふーっと優しく息を吹きかけると、「ピーッ」と甲高い音が周囲に鳴り響いていく。
その音を聞いてしまった魔獣たちは踊り狂うようにひとしきり暴れまわると、自爆していくように海の底へと沈み始めた。
この魔法は、敵の方向感覚を著しく阻害させる効果を持つ凶悪な能力を持っている。
一音でも聞いてしまったら最後、視界がぐるぐると歪み、自立することができなくなるという。
だが、辺り一帯に音を響かせてしまうため、近くに人がいるときは使えない魔法である。俺やヒメ、タツは元々秋風魔法に耐性を持っているため、音を聞いても方向感覚が狂うことはない。
俺は立て続けに魔法を発動するために、片手を天へと掲げた。
「『鳥風・Ⅸ』ッ」
言葉を唱えると、俺の背後に数え切れないほどの風で形作られた鷹の魔法が展開していく。
その数は魔獣の軍勢に負けず劣らずであることは間違いない。
ゆっくりと上げていた手を前へと振り下ろしたと同時に、背後にいた風の鷹が猛スピードで目の前の魔獣へと特攻を始めた。
この魔法は風の鷹一体で、レベル500以下の魔獣ならば一撃で倒すことができる自立型広範囲殲滅魔法だ。
カルナダ姉さんに使用した時はこれよりも規模は小さく設定したが、最大上限まで開放すると一万近くの風鷹が出現する。
ただし近くの動体物を見境なく攻撃してしまうので、これまた近くに人がいる場所では使えない魔法だ。
総評して、秋風魔法は人前で使いづらいのだ。
そうして攻撃を続けること数分ほど。
辺り一帯を埋め尽くしていた魔獣たちの姿もぽつりぽつりと数を減らしていたのであった。
「ヒメラリアットッ!」
「タツタツアッパーッ!」
そんな中でも、双子の二人は楽しそうに魔獣たちを倒し続けていた。
別に彼らは何かを叫びながら攻撃をしなくともいいのだが、二人としてはその方が楽しいらしい。
実に子供らしくて可愛い。
「『鳥風・Ⅸ』ッ」
俺も残りの魔獣を殲滅してしまうために、再度魔法を展開していく。
これで七ヶ浜へと向かってくる魔獣の軍勢も時間の問題になるだろう。
俺はふぅと息を吐き、少しばかり肩の力を抜いた。
そんな時であった。
「ん? なんだろう、この反応は」
魔獣の第五波よりもさらに後方の沖合に、感じたことのない反応を感知したのだ。
魔王みたいな禍々しいMPの渦が巻いているわけでもなく、俺のようにMPを自ら操作下に置いているような感じでもない。
ダンジョン冒険者のような反応でもないし、自衛官のような反応でもない。かといって人間というには少し不思議な反応を持っており、魔獣というには人間に近い反応を持っている存在なのだ。
そう、どちらかというとカルナダ姉さんのような神聖な感じがするのだ。
(やっぱりこれって……)
俺が発動している『守りの流水』の中で、ひと際神々しい輝きを放っている。まるで夜の河原にいるホタルのような美しいと思える光だ。
別に嫌な感じがするわけではないのだが、どこか覚えのあるような輝きの感じもすることに違和感を覚えていた。
「タツ、ヒメ! ちょっとここは任せる!」
「わかった!」
「蛍は遊び終わり? まあいいや、任せて!」
双子はまだまだ遊び足りないようで、元気よく返事を返してくれた。
ということで俺は魔獣の群れを突っ切っていく形で、不思議な存在感を放つ人物の元へと向かった。
空を飛び続けて五分ほどで、例の人物を視界に捉えた。
まだぼんやりとしていて顔までは判別できない。
それでも俺はわかってしまった。
俺が彼女の綺麗な顔を、眠たそうな瞳を、豊満な胸を忘れるわけがないのだ。
内心でひどく動揺しながらも、俺は彼女の近くに着水した。
俺が不思議に彼女を見つめていると、彼女は俺を見て笑ったのだ。
「久しぶりね、ほたるん」
「なんで先輩がこんなところにいるの?」
そう、その人物を間違えるはずがないのだ。
中学の頃からの知り合いで、今も一緒にチームを組んでいる先輩を。
赤坂雪葉。
彼女がなぜこんな場所にいるのか俺には分からなかった。




