その台詞、貰った
「……なるほどな。アロスがくたばったのも頷ける強さだ。貴様、名を名乗れ」
俺はンパを脇で抱え上空から急降下して、小太郎と魔王の間に割って入った。
そして意気揚々と「倒したのは俺だ」的な言葉を吐いたら、なぜか妙に納得されたんだけど。
えっと……なんだろうこの気持ちは。
ちょっとわくわくしている。こんなベタベタなセリフがまさか目の前の魔王から発せられることになろうとは、思ってもみなかった。
だがまあ、ここは俺も定番の波に乗るのもやぶさかではない。言ってみたい言葉ランキングがあれば五十位には入っているはずだ。
「敵に名を聞く前に、まずは自分から名乗れと習わなかったか?」
そう格好をつけて言い放った、その時だった。
「あー、セリフの横取りは蛍さんと言えど許しませんよ! 今のはンパが言いたかったセリフなのに!」
ンパが俺のセリフに被せてくるように、血迷ったことを言い出したのだ。
ふんぬと鼻息を鳴らし、小さな手で俺の胸倉を掴んできた。しかし、ンパは背が低いので怖さは微塵もなかった。
確かにンパはこの世界に来て俺と一緒に過ごすようになってから、アニメやラノベなどの必修科目を履修した。というか履修させた。
だがしかしだ、さすがに良い空気感でその横やり発言はないでしょう。
「ンパ……お前さ。空気読めよ? な? ここはどう考えても俺が言い放って格好つける場面だろ」
「違います! 今のはンパに聞いてきたんですよ! そうですよね? 魔王はンパに聞いたんですよね?」
論そうとしたが、どうやらンパは自分が名前を聞かれたと勘違いをしていたらしい。
まあ、ンパらしいっちゃンパらしい反応か。
俺とンパは回答を求めるように、魔王へと勢いよく振り返った。
「……うるせぇよ。ああ、うぜぇ。気分が逸れた」
ああ、どうやら魔王様は俺たちの反応をウザいと思ってしまったらしい。
……ほんと、空気が読めない子でごめん。
すると後ろで息を整えていた小太郎がいつの間にか俺の斜め後ろで静かに立っていた。そして小さな声でぼそりと呟いてきた。
「助かったよ。正直、俺たちじゃあ打つ手がもうなかったからさ」
「そっか。だからあんなヒットアンドアウェイで時間をかせいでいたのか」
「そうそう、どっかで見てた? まあでもNumber1も気を付けて。からくりはわからないんだけど、あいつどれだけ攻撃しても再生するんだ」
「再生?」
「うん、一番初めに龍園の爺さんが渾身の一撃を放ってあいつを真っ二つに斬ったんだけど、ほんの数秒で体が無傷の状態に再生したんだ。かなりやばそうなスキル持ちっぽい」
龍園の爺さんって……ああ、あのおっかないお爺ちゃんか。
北海道で会ったときは血だらけで棒立ちしてたところを、確か俺が回復してやったんだよな。爺さんの割にムキムキだったから驚いた。
それに厳格そうな雰囲気をいっつも纏ってるから、小学校の時にいた怖い先生を思い出すんだよね。
「あの爺さんか……正直、苦手なタイプだわ」
「あはははっ、そこ気にする?」
俺の言葉のどこかが面白かったのか、小太郎は思わずクスッと笑った。
ほんの一瞬ではあったが、戦闘状態の刺々しい雰囲気から数段柔らかくなった気がする。
が、すぐに自分を戒め刺々しい雰囲気へと戻ったのであった。
ついでに爺さんがどこにいるのか『守りの流水』で反応を確認していると、海岸から少し離れた場所で傷を処置している様子を見つけた。
おそらく小太郎の言った通り、高火力の攻撃を仕掛けて消耗してしまったのだろう。
ついでだ、今まで耐えてくれた二人も少し休ませてやるか。
この戦場で強者はかなり酷使されていそうだったからな。
「小太郎、少し後ろで休んでていいよ。あとは俺たちが何とかするから」
「うん、そうさせてもらうよ。さすがに本気の戦闘は疲れた」
やれやれと言った手ぶりをして、小太郎は両手に持っていた長剣をどこかへと仕舞いこんだのであった。
ふーん、小太郎も次元空間的な収納能力があるのか。初めて知った。
そうして小太郎は鳴無くんを連れてこの場を離脱しようとした、その時。
小太郎がふと何かに気が付いたように、俺の隣で常に魔王に鋭い眼光を向けているディールと、未だに俺の胸倉を「ふんぬっ」と掴んでいるンパを見つめた。
「それにしてもその二人は誰? 相当というか……超強くない? 正直、魔王やNumber1が来た時よりも、その二人の強さの方が驚いてるんだけど」
「俺の切り札」
俺は少しだけ小太郎の方を振り向き、にやりと笑った。
小太郎は「そっか、頼もしいね」とだけ言葉を残し、この場を離脱していったのであった。
それと同時だった。
殺意を剥き出しにしていたディールがようやく動き出した。
「『黒焔魔法・ブラックバウンド』ッ」
両手を地面につき、魔法を発動したのだ。
突然の行動に警戒した魔王は躱そうと、大きくバックステップを踏もうとした。
しかし、時すでに遅かった。魔王はディールの術中にはまっていたのだ。
「これは!?」
すでに魔王の足元に黒い炎で形成された拘束紐が結び付けられていたのであった。その捕縛魔法が魔王をその場に釘付けにする。
この地面に降り立った時すでに、ディールは自分の足裏から静かにこの魔法を発動し、地中と海中を伝って攻撃を仕掛けていたのだ。
たった今、ディールが詠唱したのは魔法はブラフだ。というかそもそもディールは詠唱を必要としていない。詠唱をすれば威力は上がるが、詠唱はなくとも発動はできる。
ただ会話をしていたようで、すでに俺たちの攻撃は始まっていたのだ。
さすがは元異世界の騎士と言うべきか、ディールの戦闘は単調なものではなく、一癖も二癖もあるような戦い方もできるのだ。
捕縛を確認したディールは立て続けに魔法を発動するべく、素早く立ち上がって指先を魔王へと向けた。
「『黒焔魔法・フラッシュポイント』ッ」
ディールの指先から小さな黒い炎が点火し、ゆらりゆらりと鼻息で吹き飛びそうな速度で魔王に向かって放たれた。
本来であれば欠伸しながらでも躱せる攻撃なのだが、拘束されているならば別だ。
そう易々と躱せる攻撃ではなくなってしまった。
「小癪な野郎がッ!?」
魔王はほんの少しの焦りを見せつつ、拘束している紐をほどこうと必死に足へと力を込めていた。
足の筋肉がありえないほどに隆起し、拘束を力づくで解こうとする。
しかし、それは叶わなかった。
焔の拘束が柔軟に形を変え、魔王を逃がそうとはしてくれなかったのだ。
俺とディールはその黒い炎が魔王に辿り着くまでジッとその光景を見つめた。
(小太郎の言っていた再生能力とは一体どれほどのものなのだろうか)
魔王が拘束に足掻く中、『黒焔魔法・フラッシュポイント』が魔王の鳩尾に衝突した。
「ぬわっ!?」
黒い炎が一瞬で全身に奔り、魔王の体を包んだ。
魔王は苦痛の叫び声をあげることなく、末端から炭化していく様を眺めている。
指先が炭化して海の中にぽとりと落ちていく様を見ていたからのか、俺は思わず顔をしかめた。
「やばっ、なにあれ。痛くないの? 見てるだけで痛い」
「貴重な苦痛耐性のスキルでも持っているのだろう。だが、案外弱いな」
「おい、ディール」
俺は隣にいるディールの後頭部を叩いてやった。
こいつに今度「フラグ」という概念を丁寧に教えてやろう。
「それフラグ」
「フラグとはなんだ?」
「あー、なんと言えばいいんだろう。……伏線っていえばわかる? あー、そうそう。ああいうこと」
俺はそう言って、目の前の魔王を指さした。
そこには炭化し、黒焔が体から肉片と共に落ちていった先から体が再生していく魔王の姿があったのだった。
いや、ゴートラスって名前だったか。
「なるほどな。これは中々に厄介な能力だ」
ディールは納得したように頷いた。
「ディール、あいつの弱点とかないの? 詳しいんでしょ、原始の十二王について」
「確か……【破壊の王】ゴートラスには『命の数』があるはずだ。その数までは知らん」
命の数、要するにあいつは複数の命を持っているということか。
だとしたら頷けることが多いな。死ぬほどの攻撃を受けたにもかかわらず苦痛の声を上げない胆力。いや、慣れと言った方がいいのか。
それに再生能力との相性の良さ。
自分の命をたった一つだけ消費するだけで、敵の力量を図れるのか。
なんとも優秀な能力を持っていることだな。
「へぇ、要するにプレイヤーストック。つまり残機持ちってわけか」
俺とディールが魔王の分析をしていると、完全に体を再生した魔王ゴートラスが「この程度か」と小さく呟き、首をゴキゴキと鳴らした。
そして鋭い眼光をディールへと向けながら、ゆっくりと口を開いた。
「さて、お前らの力量も大体はわかった。黒いお前は俺の敵ではない、去れ」
魔王ゴートラスがゆっくりと腕を横に振るった。
ブンと空気を切り裂くような音がした瞬間、隣にいたディールが横へと吹っ飛んだ。
「なっ!?」
ディールが思わず驚きの声を上げたが、それも虚しく遠い海へと突っ込んでいった。
さすがの俺も驚くしかなかった。
魔王ゴートラスとの距離は、未だに二十メートル以上離れている。
しかし、実際に何かがディールを弾くようにぶつかったのをこの目で見たのだ。
見えない攻撃手段、か。
「いいじゃん、面白そう」
今の気持ちはあれだ。
ゲームで同レベルのボスと向かい合い、闘争心を燃やしている状態だ。
久々に手応えのありそうな魔獣が出てきたことに、俺の心が燃えていく。
「貴様の力も知れている。やつと対等な関係を築いている時点で……俺様の敵ではない」
再び、ブンッと魔王ゴートラスが腕を無造作に振るった。
俺は腕を振るった方向に合わせて、ハニカムシールド六枚すべてを重ねて防御に徹してみた。
本来ならば避けるところを、敵の能力を確認するために受けてみたのだ。
パリンッと一枚目のハニカムシールドが鳴る音が聞こえた。
パリンッ、パリンッと。
そして、ハニカムシールドが破られる音が止んだ。
その瞬間、俺の燃えていた心が沈んだ。
まるで勢いのいいホースで消火されたような気持ちだった。
「なんだ、雑魚じゃん」




