見違えたね、鳴無くん
俺のことを笑ったンパに拳骨をお見舞いし、「い、痛っあぁ」と反省を見せたところで、俺たちに四人は林のような小さな雑木林を抜け、開けた道路へと到着していた。
そこで先頭を走っていた虎虎さんがゆっくりと足を止めた。
俺たちも続くように足を止めると、道路の先は一気に視界が開けていた。
それと同時に潮の香りがふわりと鼻腔を通り抜けてきた。
虎虎さんが海辺の一点を指さしながら、こちらへと振り返ってきた。
「Number1はん、あそこで小太郎はんが戦ってるんや。正直、わいには手に負える相手ではない。むしろ邪魔になってしまうんや。わいは子供も妻もおるからなぁ、ただの肉壁になって死にたくはない。すまんが、頼まれてはくれないか? ……本当にすまないと思っているんや」
「誰だって怖いものはありますよ。あとは任せてください」
俺は指さした場所を見るまでもなく、虎虎さんに答えたのだった。
常に『守りの流水』で周囲の戦況を確認していたので、この辺りの状況がどのように推移しているのかもすでに把握している。
虎虎さんが指さした先では、淡谷くんに加えてもう一人の強者が一緒に徒党を組んで戦っている。
しかし、ほんの少しばかり形勢が悪そうだ。
小物の魔獣は周囲のダンジョン冒険者や自衛隊員が、二人の元に寄せ付けないように必死に対応している。
そして二人と戦う魔獣が一体だけ、他とは一線を画す存在感を放っていた。
……いや、上位魔人がいた。
ディールからしてみれば上位魔人と表現するのもおかしいのかもしれない。
だってそれは――。
「ディール」
「ああ、言うまでもなくわかっているぞ」
「やっぱそうだよなぁ、あれ」
「ああ、間違いなくそうだろう」
そんな俺とディールのやり取りを不思議に思いながらも、虎虎さんは深くは聞こうとはしてこなかった。
一刻も早く、あれと戦っている二人の加勢に行ってほしいと考えているのだろう。いや、虎虎さんが認知できているのは淡谷小太郎だけだったか。
だが、安心してほしい。
この場には、一人空気を読むことができない人間もいるのだ。いや、ポンコツ魔人か。
「ちょっと、あれ! 魔王じゃないですか!」
やはりンパはどこまで行ってもンパである。
もはやンパを動詞として使いたくなるほどのンパっぷりであった。要するに、バカでポンコツで空気が読めないってことである。
「ま、魔王ってなんやっちゃ!? そ、それってやばいんやないのか!?」
さすがの虎虎さんも驚きから聞かずにはいられなかったのか、思わず口からそんな言葉が漏れてしまったのであった。
なんだかこの方が俺の知っている質問しまくる虎虎さんらしくて、俺は少し安心感を覚えてた。
俺は苦笑しながら、ンパの軽々しくも何も考えていない口を背後から締め付けるように両手で押さえた。
すると、同じように苦笑していたディールが代わりに虎虎さんの質問に答えてくれた。
「大丈夫だ。俺と蛍、ンパがいれば何も問題はない。ようやく見つけたぞ、《原始の十二王》その一柱…………【破壊の王】ゴートラス」
ディールはようやく見つけた宿敵を目の前にして、いてもたってもいられなかったようだ。
燻っていた衝動を開放するように、体内のMPを目まぐるしく回転させていき、自然と戦闘状態へと入っていく。
「ちょっ!? なんちゅー、圧力や」
ディールの中で急激に膨張し、零れ出ていたMPの渦を感覚的に感じ取ったのか、虎虎さんが思わずディールから一歩後ずさった。
その姿は腰を抜かす寸前と捉えてもいい。
俺はンパの反抗的な嘴を摘みながら、虎虎さんへと近づいていき、倒れそうなところに手を貸してあげた。
「虎虎さん知ってますか?」
「な、何をやねん」
「ランキングシステムが反映されるのは、この世界、つまり《地球》に元々住んでいた人間だけなんです」
「この世界の人間だけ?」
「そうです。要するに……元々別の世界にいた人間には適用されていないということで、ランキング外の化け物は少なからず一定数存在するんですよ」
「別の世界って……どういう意味や?」
「あー、えっと……なんだっけンパ。ガルティアだったけか? お前たちの元居た世界の名前って」
「そうですよ! ガルティアです! ンパの母国……いや、母世界という感じでしょうか? むむむむっ、難しいですね、言葉って難しいです」
「おー、合ってた合ってた。虎虎さん、俺が知っているのはダンジョンや魔獣は元々、《ガルティア》という世界の産物なんです。それが今、この《地球》に繋がれてしまっている。そして、そのガルティアから迷い込んでしまった人間や上位魔人には、なぜだか知りませんがランキングが反映されない」
「そ、そうなんか」
「まあ、要するに……ディールは間違いなく、そこら辺のダンジョン冒険者よりも使えるやつです。そこは俺が保証するんで」
ちょうどそのタイミングで、ディールが動き出した。
ディールは俺とンパに「準備はできたぞ」という力強い目線を送り、あの時のようにふわりと浮かび上がった。
「……彼も普通に飛べるんやな」
「あっ、ンパは飛べないですよ!」
ンパのことはわかってるから。
……とりあえず黙っていてくれ。
「よし、俺たちも行こうか。アイ、防具化して」
「……ッ!」
俺がアイに指示を出すと、指輪から一気に紅葉した葉が溢れ出し、俺の体の周囲をぐるぐると回り始める。そうして、気が付けば俺は紅葉した翼を背中に生やしていた。
すぐ隣にいたンパを脇に抱えると同時に、俺も翼をばさりとはためかせてから地面を離れ空中を飛び始めた。
そこでンパの違和感に気が付いた。
「……ンパ、ちょっと太った?」
「…………ちょ、ちょびっとだけですよぉ」
「そっか、この戦いが終わったら朝ランニング一緒にやろうな」
「は、はいなのです」
ということでンパのダイエットが決定した。
(つーか、家のみんながンパを甘やかしすぎなんだよな。ひよりをはじめ、恵に賢人に……みんながンパに甘すぎる。その甘さを少しでも俺に向けてくれないものかなぁ)
と、現実逃避していた時だった。
「Number1はん! どうかお願いするで! わいは周囲の魔獣を一匹たりとも近づかせんように立ち回る」
少し下の地面で、虎虎さんの渋い声で決意表明が聞こえてきたのだった。
別に俺としては小物が数体近づいたところで問題はない。
だけど、俺は虎虎さんの決意表明を無駄にしないためにも、にっこりと笑って返した。
「はい、頼みます」
最後にその言葉を残し、俺とディール、そしてンパの三人は虎虎さんから離れるように空という道でショートカットしながら、海岸で激しく繰り広げられている場所へと向かうのであった。
視界が絵の具を延ばしたような光景になるほどの速さで空を突き進み、ほんの十秒ほど。
俺たちはとある上空の場所へと辿り着いた。
ふと、ンパを見ると少しだけ気持ちが悪そうだった。
しかし、そんなことはどうでもいい。
ンパが気持ち悪そうに顔を青ざめている中でも、真下の地面ではかなり激しい戦闘が繰り広げられていた。
一体の強い上位魔人……確かディールは【破壊の王】ゴートラスと言っていたか。
そいつが二人のダンジョン冒険者と大立ち回りを繰り広げているのだ。
二人のダンジョン冒険者がヒットアンドアウェイを繰り返し、魔王とあまり正面的な戦闘をしないような立ち回りだった。
そんな人間に対し、魔王は小賢しいと言わんばかりに怒りの血管をこめかみに浮かべていた。
そんな彼らの周囲には、魔獣側と人間側、どちらの陣営もその激しい戦いに近づかないように意識しながら、ほどよく離れた位置で争いあっている。
いや、どちらかというと「巻き込まれない」ためという意識の方が正しいのかもしれない。
すると、ンパが魔王と言っていた魔人が思わず耳を塞ぎたくなるほどの底冷えした咆哮をあげた。
「くッッッッッッソ、共めぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 小賢しい真似をするんじゃねぇぇぇぇよ!!」
かなり怒り狂っているようだ。
魔王の目の前には淡谷小太郎が二本の長剣が握り締めており、全身から大粒の汗を流していた。
いつもの平然とした表情とは違い、焦りの表情が垣間見えている。とはいっても、ほんの些細な違いでしかなく、一般人から見ればポーカーフェイスなのだろう。
だが、ほんの少しだけ彼を知っている俺から見れば、相当負担になっていることに気が付いた。
(どうやら虎虎さんの言っていた通り、相当苦戦しているようだな)
「うるさ」
小太郎は思わず両耳を押さえ、嫌そうな言葉を漏らした。
そんな時だった。
小太郎のすぐ隣にふわりと白い霧が現れた。と思ったら、いつの間にかその隣には長剣を一本握り締めた懐かしの人物がいたのだった。
むしろあの獰猛な笑みを忘れるわけがない。
「あれ? 確か……鳴無くんだよな」
北海道奪還作戦の時、旭川で作戦を共にしたダンジョン冒険者、鳴無慶だ。
龍園事務所の次期エースの候補の一人であり、いつもは大人しそうな正確なのに、戦うときだけ背筋が凍りそうなほどの獰猛な笑みを浮かべていた印象が強い。
……まさか、小太郎と肩を並べて戦えるほどの強くなっているとは思ってもみなかった。
「小太郎さん、どうしましょうか。時間を稼ぐといっても、いつまで……」
鳴無くんがそんな弱音を小太郎の耳元で小さく呟いた。
しかし、小太郎の表情は変わらずにじっと魔王を見据えていた。
「……シングルの誰かが来ないと、さすがにきついねぇ。俺たちだけじゃあ」
「本当にそうだよ。なんだよあの化け物、初めてNumber1と戦ったときのような戦力差をしみじみ感じるよ」
「確かに近しいものを感じるね」
にやりと小太郎が口角をあげた、その時だった。
「おい、クソ雑魚ども!! アロスを倒した野郎ってのはどこにいるんだよ!? あ゛あ゛!? ちょこまかと俺様の攻撃を躱しやがって……ああ、うぜぇ。居場所を吐かねぇなら、とっとと殺してやるか。生かす意味もねぇ」
先ほどとは打って変わって、魔王は冷静さを取り戻したようだ。
その姿はンパのような人間に近い魔人というよりも、どちらかというと魔獣側に近い姿をしている。
黒と青の中間のような藍染めをしたような藍色の肌が全身を覆っており、うちに秘められたMPもかなり禍々しく歪なオーラをしている。
額には左右非対称な赤い角が生えており、犬歯が異様に長く伸び切っている。
そしてなんと言っても、むき出しの上半身の筋肉がすごかった。何十年も鍛え続けた洗練された筋肉なのに、その筋肉は異様なほどに凸凹としている。
はっきり言うと、あれだ。
「……きっも」
俺が思わず呟いたその言葉に、魔王の瞳がギロリとこちらに向いた。
「あ゛あ゛!? 貴様、今キモいと言ったな? 俺様の姿を見て、キモいと言ったな!?」
再び、魔王が辺りに響くように叫んだ。
(うわっ、この距離で俺が見えていたのかよ)
俺たちは今、かなり上空から下の戦況を見下ろしていたので、そう易々と見つかる距離ではないと高を括っていた。
しかし、現に魔王とやらは俺の存在を認識し、あろうことか俺と目が合ったのだ。
その様子に小太郎や鳴無くんも空を見上げた。
しかし、やはりと言えばいいのか彼らには俺たちが見えていないようであった。
……うん、まあ。さすがは魔王と言っておこう。
強いていうならば、魔王という定番な呼び名なのに弱そうという件について。
「ディール、降りるぞ。偵察は終わりだ」
それにここから感知していた感じ、七ヶ浜に向かった健も大丈夫そうだしな。
「ああ、わかった」
そうして、俺たちは一気に小太郎の方へと向かって降りていった。
「てか、あれが魔王なのか? 弱すぎない?」
「……いや、そう言える貴様が異常だと早く自覚してくれ」
ディールから遠い目で見られてしまったのであった。
俺は頬を膨らませて、不貞腐れながら少しばかりの抵抗をしておいた。
そうして小太郎と鳴無君のすぐ前へと降り立った。
俺は正面で立ち尽くしていいる魔王に向かって、にやりと笑みを浮かべながら口を開いた。
「アロスってあれだろ? 憤怒のタルタロスってやつ。あれ、俺が倒したわ」
「……貴様か」




