SIDE 淡谷小太郎
魔獣の第三波もようやく佳境に近づいてきていた。
俺、淡谷小太郎は『A級指定戦域』よりも十キロほど北東にある東松島市で、この一帯の総指揮官という役割を持って戦っていた。
Number1と初めて出会ったあの日よりもランキングを大きく上げ、今や21位まで駆け上がってきた。
38位から21位に急激に上昇した理由は、とあるスキルを手にしたことがきっかけだった。
『空ヲ踏ム者』。
立体的な立ち回りを可能にした能力であり、俺の戦闘スタイルという歯車に面白いほどに噛み合った。
【skill】
名称 ≫空ヲ踏ム者
レア度≫6(ユニークスキル)
状態 ≫アクティブ
効果 ≫常識をかなぐり捨て、空を踏め。きっと君の力になるから。
このスキルの効果欄はいままで俺が見てきた説明的な言葉ではなく、誰かからのメッセージのような感情が感じられる不思議なものだった。
最初は首を傾げながら試してみたものの、俺はすぐに『空ヲ踏ム者』の虜となった。
空を飛ぶとまではいかないが、地面や空中という概念が覆るレベルで立体戦闘が可能になったのだ。
元々俺は様々なスキルや効果が付与されている剣、別称『魔剣』と呼ばれる武器を敵に応じて変えていくスタイルだ。
そこに『空ヲ踏ム者』が合わさったとき、鬼が金棒を手にした気持ちが分かった気がした。
そう考えながら、目の前の魔獣を『リーフ斬剣』で斬り伏せた。
その時だった。
『こちら自衛隊D6部隊。淡谷さん、応援を頼みます。少々厄介な魔獣が出ました』
無線から応援の要請が入ったのであった。
俺の役割は指揮官でもあり、遊軍のような役割も併せている。
そのため、すぐに「今行きます」と返答し、俺はこの場を颯爽と駆け抜けていくのであった。
地上で戦っている他の部隊やダンジョン冒険者チームの戦闘の邪魔にならない空中を走り、ほんの十数秒で自衛隊D6部隊の持ち場に辿り着いた。
眼下でD6部隊が戦っていたのはクラゲのような魔獣だった。
早速、異世界鑑定を使用して戦力を確認する。
【status】
種族 ≫しびれクラゲータ
レベル≫101
スキル≫状態異常付与・麻痺Lv.max
鞭術Lv.max
霊体化Lv.max
体力増強Lv.max
浮遊Lv.max
巨大変化Lv.max
魔法 ≫――
「なるほど、これは中々に厄介だ」
俺は空という足場に立ちながら、ぼそりと呟いた。
そして手に持っていた『リーフ斬剣』をスキルクイックチェンジで仕舞い、新たな魔剣『吸血殺しのナイフ』を取り出した。
『吸血殺しのナイフ』、これは物理攻撃の効きづらい魔獣に対して非常に有効的な魔剣である。切っ先を自分の血管に刺すと、自動的に俺の血液を吸い上げる。吸い上げられた血液は短剣に刻まれた波紋と刃を伝っていき、黒かった刀身が赤黒い色へと変色していく。
これが『吸血殺しのナイフ』が有効になったという証である。
俺はふっと空を自由落下していき、魔獣の頭部目掛けて短剣を右手に構えた。
「スキル発動、『武器分身』」
その瞬間、俺の空いていた左手に二本の分身した『吸血殺しのナイフ』が出現する。
「クラァァァァァァァッ」
クラゲだというのに、その魔獣が雄たけびを上げた。
どうやら衝突の直前で俺の攻撃に気が付いたようだが、もう遅い。
俺は自由落下の勢いのまま短剣をクラゲの頭部へと突き刺した。
ボフンと最初はスライムのような弾力を示したが、すぐに短剣が魔獣の内部へと突き刺さっていき、魔獣を短剣で一刀両断にする。
「クラァァァァァァァァァッ!?」
苦痛の雄叫びが響き渡る。
「まだまだ行くよ」
俺は地面に着地した瞬間に地面を蹴り上げ、左手に持っていた短剣を一本右手に持ち替え、両手にある短剣を回転しながら横なぎに振るった。
「クラァ……ァァァァァ……ァァ」
魔獣の体は縦だけではなく、横にも真っ二つに斬り裂かれた。
そして大きな体が四つに分離されたところで、魔獣の体がぽつぽつと光り始めたのだった。
それは戦闘終了の合図、魔獣がどこかへと帰っていくサイン。
俺は何度か空を蹴り、D6部隊の前へと降り立った。
「よく物理無効の魔獣を押さえてくれました。この後も引き続きよろしくお願いします」
俺がにっこりと笑いながら労ってあげると、D6部隊のメンバー7人全員が嬉しそうな表情をした。それと同時に安堵したような空気感が漂う。
「あ、ありがとうございます!」
「助かりました、さすがは小太郎さんです」
「いやぁ、ほんまに強いわ。こりゃぁ、間近で見なきゃわからん凄さがあるなぁ、小太郎さんは」
「お、俺……実はファンクラブに入っているんです!」
「あはははっ、止めてくださいよ。それじゃあ、あとは任せます!」
「「「「了解です」」」」
こうして東松島市戦域のイレギュラーは消えた。
そう思っていた。
『報告っ! 魔獣探知部隊より報告ですっ! 海上より強個体魔獣の反応が二つ、どちらもレベル未知数とのことです! 七ヶ浜、東松島の戦域に向かっている模様。距離にして約三十キロ、あと三十秒で衝突です』
その報告が無線から流れ、俺はぞわりと背中に鳥肌がたった。
報告を聞くよりも先に、三十キロも離れた魔獣から殺気を向けられたのだ。
思わず俺は近くの魔獣を無視して、その方向を見た。
今はまだ水平線からは見えていないが、肌を刺すような殺気がビシビシと伝わってくる。
(……何これ、俺じゃ勝てそうにないんだけど)
その殺気と威圧感で、俺は本能的に自分が格下の生物であると自覚した。
しかし、ここで俺が投げ出せば確実にこの戦域は死者の山を築くことになるだろう。それだけはダメだ。
別に俺にとって、国とか、有名とか、ランキングとかはどうでもいいことだ。
それでも自分の手の届く範囲にいる人たちを見殺しになんてできるほど、俺は冷酷に育ってはいない。
元を辿れば、俺はどこにでもいた普通の高校生だったのだから。
好きな食べ物も、可愛いと思うアイドルも、ゲームが好きなことも、アニメが好きなことも、漫画を読むことも、勉強が嫌いなことも、全部がみんなと同じ感性しかない。
ほとんどの人は俺を特別視するが、俺だって普通の人間だ。
俺はすぐに理性を取り戻し、今できる最善の道筋を考える。
そしてすぐに無線の通信ボタンを押し、口を開いた。
『こちら東松島指揮官、淡谷小太郎です。龍園さん、死んでもいい優秀な冒険者だけをこちらにください。それ以外の戦闘員は今から来る魔獣に必要以上に近づかないように立ち回ってください。今から俺は全力を出します、くれぐれも巻き込まれないように』
『こちら龍園。小太郎殿、承った。すまないが、慶、お前が残れ』
龍園さんの渋い声が無線を通して聞こえてきた。
その声は、今まさに異常な速度で近づいてきている魔獣の殺気を肌で感じた者の声であった。
『こちら鳴無、分かりました。謝らないでください、俺は光栄ですよ』
いつも通りの淡白で何を考えているのか分かりづらい声をした鳴無慶が無線で応答した。
それらを確認した俺は、すぐに本部へと無線を通した。
『こちら淡谷小太郎です。本部へ応援を要請します、誰か俺と同等か俺以上の戦力をお願いします。無理を承知で……』
そこまで言いかけたときであった。
ザザッと無線の雑音が鳴り、工藤上官の声が響いてくる。
『こちら工藤、たった今Number1が到着し、GPS情報からそちらに向かった模様。Number1を応援に向かわせる、それまで耐えてくれ』
俺はその言葉に思わず安堵の溜息を零していた。
俺と同等か、それ以上。
この言葉に引っかかりこの近くにいる戦力は神竜也、ローガン・グレイ、ジュリオ・チスターナの三人しかいなかった。だから無理を承知で応援を頼んだのだ。
今から来る魔獣は、おそらく俺では倒せないだろう。
勘だけではない、これほど遠くからでも押しつぶされそうな殺気が物語っていた。
だが、どうやら俺の運はまだ尽きないようだ。
ダンジョンを通して、俺は何度も何度も死線を潜り抜け、今に至っている。その中で感じたこと。ランキングを上げるうえで必ず必要なのが「運」であったのだ。
例えどれだけ身体能力に優れていても、頭の回転が速くとも、運がなければこのダンジョンの中では誰だって簡単に死んでしまう。
それほど今の新しい世界で「運」は重要な人のステータスとなっている。
その「運」も然り、身体能力も然り、頭の回転も然り、心の在り方も然り。
何もかもが桁違いの化け物が応援に来る。
この事実がどれほど心に余裕を与えてくれることなのか、俺は改めてしみじみと感じていた。
あの後すぐに龍園爺さんと鳴無くんが俺と合流した。
そうして間もなく、水平線から例の魔獣が現れたのだった。
その速度は、俺が見たことのある自衛隊にあった戦闘機と遜色のないレベルであった。水平線にあった黒い点が気が付けばすでに目の前にいたのだった。
それに……空を飛んでいるのではなく、海面を恐ろしいほどの速さで走っていたのだ。
その姿はまるで……悪魔を連想させた。
悪魔は俺たちの二十メートルほど前で急停止し、周囲をきょろきょろと見渡すと、俺の方を見つめた。
確実に今、目が合っている。
俺は死を身近に感じながらも、悪魔の瞳を見つめ返した。
「貴様が……いや、それはないなっ! 貴様弱すぎるぞっ! アロスを殺したという人間はどこだっ!!」
怒声にも近いほどの荒々しい悪魔の声がこの場に響き渡った。
その瞬間に、この一帯で戦闘を行っていた人間も魔獣も全てがその悪魔へと視線を向けた。いや、視線を釘づけにされたという方が正しいかもしれない。
しかし、俺は。いや、俺たちは元からやつのペースに合わせるつもりなんてなかった。
俺は手に持っていた『海山ノ大剣』を勢いよく、海の底へと突き刺した。
「『潰れろ』ぉぉぉぉぉッ!!」
その瞬間、悪魔の両端から海水がせり上がり大きなや崖を作り出す。
そして俺が両手をパチンとと閉じると同時に、その海水でできた巨大な崖が悪魔をつぶすように狭まっていき、ドンッと音を鳴らしながら悪魔を押しつぶしたのだった。
そして――。
「『居合・桜』ッ」
海の中から突如、龍園の爺さんが飛び出してきたのだ。
そして龍園爺さんは腰に携えている刀に手を掛け、精神を研ぎ澄ましながら、カチャリと鞘から刀身を引き抜いた。
海が割れた。
龍園爺さんの居合切りから溢れんばかりの桜色をした鋭利な花びらが現れ、悪魔を海ごと斬り伏せることに成功したのだった。
「『ミスト・カッター』ッ」
最後に、体を霧に同化させ悪魔の傍で隠れていた鳴無くんが、霧でできた不可視の刃を無数に悪魔目掛けて飛ばした。
悪魔は苦痛の声を上げるまでもなく、体を木っ端みじんに斬り裂かれたのだった。
「よし、奇襲作戦成功……って、まじかよ」
相手のペースに持っていかれる前に、三人の連携攻撃で決着を付けよう。
そう決めて、実際に目の前にいた悪魔を木っ端みじんにすることはできた。
しかし、現実はそう甘くはなかったのだ。
「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!! 奇襲とはやってくれたなぁ、俺様が喋ってんのにしゃしゃりでてんじゃねぇぇよッ!! くそアマがッ!!」
その瞬間、悪魔が無造作に右腕を振るった。
ブンッと空気を切り裂く音がしたのと同時に、気が付けば龍園の爺さんが近くの林へと吹き飛ばされていたのであった。
「俺様の名前は【破壊の王】ゴートラスッ! シロア様に仕える魔王の一柱である。図が高いぞ劣等種族どもめがッッッ!!」
悪魔、いや魔王ゴートラスがこめかみに血管を浮かび上がらせながら、叫び散らかした。
そして再び俺と視線が合うのであった。
「貴様、名は?」
「淡谷小太郎」
「アロスを倒したものを知らぬか? 俺様はお前のようなゴミ虫ではなく、そいつに興味があるのだ」
「知らない」
俺は今にも震えだしそうな声や足を押さえながら、できるだけ正面切って答えた。
正直言うと、今すぐに逃げ出したい。
だけど、そうはいかないときがいずれ来るとは覚悟していたのだ。
まだ童貞なのが少し心残りだが、早くNumber1が来るのを祈るしかない。
「そうか。それじゃあ貴様は不要だ」
魔王ゴートラスが動き出した。
目にもとまらぬ速さで接近し、拳を振りかぶったのだ。
俺は無線を通して叫んだ。
『鳴無ッ! ヒットアンドアウェイで時間を稼ぐぞッ!』
『了解ッ! 死ぬ気で行きますッ!』
こうして、俺と鳴無慶の二人のタイムアタック型ボス戦が始まった。




