第12話 Field-8《裏庭》
バッとメイド服の上半身を脱ぎ、切腹しようとする霞を他のメイドが必死に止めようとするが、暴れるのでシンプルなデザインのスポーツブラが擦り上がってしまう。
「ちょ…待ちなさいって、霞」
「危ないって、刀離してぇ」
「とにかく落ち着くですよ」
みんな正視するのが躊躇われる程あられも無い姿になっている。
「放せ、放してくれ。このままでは主殿に面目が…」
「いい加減にしろッ!!」
聴覚だけは恐ろしく秀でているメンバーだけにこの一喝はかなりキタらしい。
「あ…るじ…殿?」
スッと肩へメイド服を被せ肌を隠す。
「取り敢えずこの件は明日にしよう、俺も疲れたし…。皆も休んでくれ」
「ですが…」
「いいから。あ、魔妃あとで薬湯を頼むね。霞は明日、俺の部屋に来る事。まったく…同じ妖樹でもアルラウネなら新しいメイドさんにも出来たのにな…アハハ」
「承知しました、旦那様」
「お休みなさいませ」
魔妃の肩を借りて寝所へと戻り、メイド達もそれぞれの部屋へと帰って行った。
ピチャン…ピチャン…
日の光も射さない薄暗い地下室に響く水の滴る音。低い軋みを上げて開かれた扉から洩れる明かりに浮かび上がる小さな影がひとつ…。
「甘い…本当にお優しい主様なのですよ」
その影は吊られた塊から落ちる滴を掌に集めて飲み干した。
「新しいメイド…か…」
ビシャッ!
赤い水溜まりの中央に芽生えた若葉を踏みにじり、口許を吊り上げて笑う。
「そんな物は必要無いし、させないのですよ!」
若葉はピクッ、ピクッと痙攣し、やがて動かなくなった。
「ククク…誰にも渡さないですよ、お兄ちゃん…」
グワォォン…
バキバキと骨が砕ける音を発てて、呻き声さえ上げられず蠢く肉塊は廃棄されていく。
「…勿体無いけど仕方ないのですよ」
重い音を残して地下室の扉は封じられた。
―翌日―
コンコン…
この屋敷の主のドアを叩く音が響く。
「し…失礼致します。お召しにより霞、参上致しました…」
来訪者は霞、昨夜の一件により呼出しを受けていたのだった。
「主殿、昨夜は我の至らなさ故に御身を危険に晒し…」
深々と頭を下げ詫びる従者に主が答える。
「お、もうそんな時間か…。まぁ、そんな堅くならなくていいよ。それよりお茶でもどう?」
「な…ならば我が…」
「いいから、いいから。霞に任すと本格的な野点になりそうだし…」
卓上コンロで沸かした湯を急須を経由し湯呑みへ。改めて新しい湯を注いだ急須に少し多めの茶葉…。ふんわりと鼻孔を擽る爽やかな香り。
「熱いから気をつけて」
フゥ…と揺れる湯気の向こうに清んだ緑色。一口飲んだ霞は若草の草原と透明な涌き水をたたえた泉を感じた。
「……美味しい。これは如何な産地の…?」
「普通の煎茶さ、安物のね」
信じられぬと目を丸くする霞を静かに見詰めていた。
「主殿、我は如何なる処罰をも受ける覚悟で赴いた。この身、主殿の好きにしてくれても構わぬ…」
俯き、膝に置いた拳をギュッと握っている霞は小さく震えていた。
「ヤレヤレ…長く生きられても解らない事は有るんだな…」
「それはどういう…」
お茶を一口飲み干すと溜息をつき、話し掛ける。
「不快に思う相手を呼び付けてまで一緒にお茶なんてすると思うのか?俺は霞とお茶したかっただけだ…」
「し…しかし…」
「ハァ…案外霞も存外野暮だねぇ。直接俺の寝首掻いた訳でも無かろう?もっとも、その時はああなるけど…」
指差した窓の向こうで沙美が逆さで木に吊られて騒いでいた。
「ご主人様ぁ、もうしません。赦してぇ〜」
覗き込むと沙美の下には大好物の鰹節とマタタビが置いて有った。
「さてと…茶も飲んだし、美人を侍らせたから目の保養にもなったし。これからも宜しくな、霞…」
テキパキと茶具を片付けると、そのまま部屋を出ていった。
霞は今まで餌や獲物としか思っていなかった人間に対し、初めて度量の大きさに驚嘆すると同時に、言い知れぬ畏怖を感じていた。
「解らぬ…我を辱めるどころか茶を振る舞い赦すなど…。我が主は一体何者なのだ…」




