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神官とその後  作者: 綾瀬 律


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10/10

10.

セレスの薬は驚きを持って迎えられた。同性婚をした人たちが自分たちの子供を抱ける機会が出来たのだ。

 しかも比較的安価に。


 セレスはあくまでも自分が私の子供を抱きたかったからだと言った。それはその通りだろうが、やはり多くの人が幸せになれるよう尽力したことは間違いない。


 臨床試験という大義名分もあり、単純にセレスとの時間はとても素晴らしくて、私たちは6人の子供に恵まれた。


 あの薬はほぼ確実に妊娠できるが、代わりに双子が生まれる。性別に決まりはない。

 そして本来の8カ月ではなく、7ヶ月で生まれる。

 臨床試験に参加したのは最終的に10組の夫婦。例外なく、双子で7ヶ月で生まれた。


 生まれた子は男女の夫婦から生まれた子と何も変わらなかった。どこかに問題があることもなく、健やかに成長した。


 世の中にこの薬が本格的に出回り始めたのは、セレスの産んだ子が15才になった頃。それまでは少しずつ臨床試験を進めつつ、限定して販売していた。

 画期的ではあるが、どんな問題が後から出て来るか分からない。なので、おいそれと普及出来なかったのだ。


 成人まで健康や精神に問題ないと分かってようやく、外に出せた。セレスは臨床に至るまでの2年、実際にはその前から研究していたそうなので、合わせると20年近く薬を研究したことになる。


 世の中に出てもかなりの制限を付けた。意に沿わない妊娠は避けなければならないから。

 なので、神殿の関与を必須とした。さらに、生育状況を神殿に報告する義務を負わせた。


 そのお陰か、概ね順調に薬は普及し、受け入れられた。

「やっと流通にのせられたな…長かった」

「そうだな、良く頑張ったよ。セレス」

 私の可愛いセレスはもう立派な大人で、私はもうだいぶ歳を取った。


 セレスが女神様からもらったのは40年。

 私が寿命を迎えるよりほんの少し遅いくらいだろうか。今度は私が先に逝く。

 でも、また会えると分かっているから…もう大丈夫だ。この幸せを下さった女神様に心から感謝を。



 *****



 この国では約25年前にある薬が販売された。神殿が販売するその薬は、愛する人との子を成したいという同性カップルに支持された。


 それまで同性の子を成すのは特別な秘薬に頼るしか無かった。それは大変高価で、ほぼ流通しなかったので、同性のカップルは自分たちの子を抱くことはできなかった。


 神殿ではその2人に薬を販売するため、厳格な条件を設けた。政略や本人の同意のない子を設けなくさせるため。必要な審査は厳格だ。


 この薬を開発した人物は公にされていない。それほど画期的な薬だからだ。神殿も多くを語らなかった。

 そして、その薬を開発した本人は…愛する人の前でその手を握っていた。


「ファル…」

「ふふっそんな顔をするな、セレス。順番だ、今度こそな。だから悲しまなくていい」

 それでもやはりその美しい目に涙を溜めて、私の手を握る愛おしい人。


 その頬に手を滑らせる。しわが増えたその頬を。そういう私の手もしわが増えた。

 歳をとったな、と改めて思う。


 目の前には最愛の人、その隣や後ろにもたくさんの愛おしい人がいる。

 うん、私の人生は幸せだった。とても、そうとても満ち足りていた。


 年老いてもなお、瑞々しい唇が私のそれに重なる。

 あぁ、セレス…愛しているよ。

「待ってる…」

 セレスは頷くと

「すぐに私も逝くから…」


 そう、セレスが貰った命は40年。生まれ変わってからその期限が近づいて来た。

 セレスもきっと分かっている。

「私は幸せだったよ、ファル。あなたにはたくさんのものを貰った。愛情も、そして家族も。ありがとう、出会ってくれて、愛してくれて」


 あぁ、大切なものを残して行く気持ちとはこんなに切ないものなんだな。今回はさほど待たずにセレスもこちらに来る。

 でもセレスの時は、私はまだ24才だった。どんなに辛かっただろうか。


 手の温もりもその美しい顔もだんだんと朧げになっていく。最後の時は確実に迫っていた。

「セレス、愛してる…これからも、ずっと…。セレ…」

 もう何も見えない、聞こえない。さようなら、愛しい人。

 女神様、素晴らしい人生をありがとうございました。




「ファル、ファル…?ファル、いや、だ…ファルー!」

 分かっていた。ファルは64才だ。充分生きた。

 アンバー様も15年前に見送ってマリウスも3年前に見送った。

 私の残りの命も僅か。


 分かっている、ファルは頑張って生きてくれた。私の寿命までなるべく長くそばにいるよと言って。

 1人にしたくないから、だから頑張るよと。


 こんなに愛おしい人との時間を与えて下さった女神様に私は最後のお祈りをする。

 私をファルのところに連れて行ってください。もう未練はありません。充分、生きました。幸せになりました。


 その日の夜、私はファルのそばでその冷たい手を握って眠りについた。

 夢の中で女神様が待っていた。


『良く頑張りましたね…おいでなさい』


 女神様に付いて歩く。

 あれは…?ファル!

 私は走ってファルに抱き付く。

 ファルは振り向くと優しく微笑んで手を差し出した。私はその手を握って並んで歩き出す。この先がどこでも、ファルがいればいい。


 ずっと一緒だ、ファル。




 翌朝、ファルスとセレスティンの息子が部屋に入る。

「母上…?」

 セレスティンはすでに息をしていなかった。ファルスの手を握り寄り添うように亡くなっていたのだ。


 召されたのですね、母上も。

 その息子は双子の片割れと主に両親を見つめた。愛し合い慈しみ合った2人。

 その数奇な運命を2人だけは知っていた。


 だから悲しくはあっても寂しくはなかった。

「きっとあちらの世界でも仲良くしてるよ」

「そうだな。死すら乗り越えて結ばれて、私たちが生まれたんだからな」

「あぁ…」

「一緒に送ってあげよう」



 2人は同じ棺に収められた。


 その日、空高く白い雲が流れて行った。女神様の加護はこの国で続いていく。

 その中の一つの物語が、今日、終わりを告げた。




 完



神官と聖女のその後、でした。

シリーズは完結です。



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