第六話:王の裁定と、水面下の取引
夜会の混乱は、国王陛下の鶴の一声によって、強制的に幕引きとなった。
気絶したエララは医務室へ運ばれ、アルフレッドと腐敗派閥の貴族たち、そして私もまた、別室への出頭を命じられた。
移動する間、アルフレッドは「ありえない、何かの間違いだ」とブツブツ呟き続け、他の貴族たちは顔面蒼白で互いに責任をなすりつけ合っている。その醜い姿を横目に、私は静かに、これから始まる本当の尋問に備えていた。
裁定の場となったのは、王の私室だった。豪奢だが、威圧感のある部屋。上座には、この国の頂点に立つ国王陛下が、厳しい表情で腰掛けている。その隣には、心配そうに眉を寄せる王妃殿下。そして、なぜかオブザーバーとして、セオドア殿下の姿もあった。
「……さて」
国王の低い声が、部屋の緊張を一層高める。
「スカーレット。そなたの申し立て、まことか」
「はい、陛下。わたくしの発言に、一分の偽りもございません」
私は、恭しく頭を下げながらも、毅然と答えた。
次に、国王の視線は息子のアルフレッドへと注がれる。その眼差しは、失望と怒りに満ちていた。
「アルフレッド。そして、そこにいる者たち。言い分はあるか」
「ち、父上! これは、この女の罠です! 私がエララと親しくしているのを妬み、ありもしない嘘を!」
「黙れ、愚か者めが!」
国王の怒声が響き渡る。
「そなたの金の流れは、すでに財務局が調査を開始している! そして、スカーレットの言う通り、使途不明金があるとの第一報が入ったところだ!」
その言葉が、決定打だった。
アルフレッドは言葉を失い、子爵をはじめとする貴族たちは、その場で崩れ落ちるように頭を垂れた。彼らの浅はかな計画は、私の「予知」と、それを裏付けるための、過去のループで得た知識によって、完全に打ち砕かれたのだ。
「アルフレッド・フォン・ハインズワース。そなたには、追って沙汰を下す。それまで、自室にて謹慎を命じる。他の者たちも同様だ!」
衛兵に連行されていくアルフレッドは、最後まで私を睨みつけていたが、その瞳にはもはや力はなかった。
国王は、疲れたように深いため息をつくと、今度は私に向き直った。
「……スカーレット嬢。そなたには、感謝する。我が国の膿を、白日の下に晒してくれた。だが、同時に、王家の不祥事を公にしたそなたを、手放しで賞賛するわけにもいかん」
その言葉は、ある種の「取引」の申し出だった。
私の功績は認める。だが、王家の面子も立ててほしい、と。
「陛下のお心、お察しいたします。わたくしも、事を荒立てるつもりはございません。ただ、アルフレッド殿下との婚約は、白紙に戻していただきたく存じます」
「うむ……。それは当然の要求だろう」
「そして、もう一つ。腐敗した貴族たちが管理していた、南部のいくつかの利権。それを、わたくしのロックフォード家に、お任せいただきたいのです」
私の大胆な要求に、王妃が息を呑んだ。しかし、国王は、私の真意を探るように、じっと私を見つめている。
「……ほう。公爵令嬢が、商売に口を出すと申すか」
「いいえ、陛下。私腹を肥やすためではございません。その利権で得た利益を、今度こそ、正しく民のために還元するための道筋を、わたくしが作り上げます。それが、今回の混乱を招いた、王家へのわたくしなりの『忠誠』の形でございます」
私の言葉に、今まで沈黙を守っていたセオドア殿下が、初めて口を開いた。
「素晴らしいご提案かと存じます、陛下。彼女であれば、腐敗の温床となっていた利権を、真に国益となるものへと変えてくれるでしょう。我がシルヴァランドとしても、隣国の経済が安定することは、大いに歓迎するところ。ささやかながら、我が国の商人たちに、彼女の事業への協力を約束させましょう」
彼の、完璧な援護射撃。
彼は、私が「真の王冠」という餌を撒いた瞬間から、私が何を望んでいるのかを正確に理解していたのだ。利権、経済力、そして、国政への影響力。それこそが、私がこの国を内側から変えるために必要な力だった。
国王は、しばらく考え込んだ後、大きく頷いた。
「……よかろう。スカーレット嬢、そなたの申し出、受け入れよう」
交渉は、成立した。
断罪されるはずだった悪役令嬢は、一夜にして、国の経済を左右する、新たな権力をその手にしたのだ。
部屋を出ると、セオドア殿下が待っていた。
二人きりの廊下で、彼は悪戯っぽく笑う。
「見事な手腕でしたな、我が軍師殿。ですが、忘れないでいただきたい。あなたが得たその力、いずれは、俺のために使っていただくのですから」
「もちろん、覚えておりますわ、我が『未来の王』陛下」
私たちは、共犯者のように、意味ありげな笑みを交わした。
ループからの脱出という、最終目的のために。この偽りの舞台を、二人で踊りきる。
百回目の人生は、もはや私の想像を遥かに超えて、ダイナミックに動き始めていた。
そして、この先に、私がまだ知らない、新たな困難や、思いもよらない「敵」が待ち受けていることを、この時の私は、まだ知る由もなかった。