30 灰に帰せ
『次のニュースです。『アークエデン・オンライン』の開発者の一人、風鳥 雪花氏による記者会見が本日十二時より――――』
今日も俺はニュースをぼんやりと見つめて、バターをたっぷり塗ったトーストをかじる。
「瑠夏、学校……」
「母さん。俺学校辞める」
俺はトーストの最後の一切れを口に放り込んで席を立った。
母さんは驚いて、その後複雑な表情を浮かべて、俯き黙り込んでしまった。
罪悪感は感じていた。俺がやろうとしていることは母さんの望むこととは真逆であることは分かっていたし、母さんは俺の事情を鑑みて反対はしないだろうということも分かっていた。
世間一般で高校を卒業していない人間ができることなどたかが知れている。二年間を失った分、母さんは俺を大学まで進学させて、俺に人生を取り戻して欲しかったに違いない。
でも同時にその二年というブランクが、周囲に同年代の友達のいない環境が俺にとってどんなものであるか、母さんは理解している。だから学校を辞めるなどという無茶な主張にも反対はしないのだ。
俺は家を出て電車に乗り、また例の更生施設まで足を運んだ。平日の昼間に訪れた俺を受付のお姉さんは不思議そうに見つめて、少し困惑しながら通行証を手渡した。
時刻は昼の十二時を回っていた。扉を開けると広間には以前よりも多くの人がテレビの前に座っていた。
どうやら映画の上映会のようだ。全員が神妙な面持ちで画面をじっと見つめる中、その中の一人が俺を手招いた。
「愛川くんこんな時間にどうしたの? 今この映画すごくいい所なの!」
姉さん……いや、星野さんは若干興奮しながら囁いた。
「……いつもこの時間は映画を?」
「いや? 今朝職員さんが急に上映会をするって」
俺は試しにこの施設のWiFiを使って色々と調べて見た。しかし何度検索しても『アークエデン』に関する情報はヒットしなかった。
情報遮断されている。おそらくは余計な心的ストレスを与えないため……。
「今風鳥さんが記者会見してるんだ。見てるかと思って……」
「えっ……? なんで……?」
星野さんの反応は本当に何も分かっていないようだった。彼女は映画を食い入るように見ていた鈴原を引っ張り出し、俺たち三人は急ぎ足で広間を出た。
「ねえ、どういうことなの!?」
廊下を歩きながら星野さんは俺を問い詰めた。俺は口ごもり、何も返事できなかった。
「……とりあえず私の部屋に行きましょう。テレビがあるから……」
彼女は早足で俺たちを先導し、個室にカードキーを刺してドアを開いた。
部屋は大して広くはなかった。ベッドと机とシャワールームが内蔵されているくらいで、三人入ると少し手狭に感じる。
星野さんはテレビの電源を入れ、ピッピッとチャンネルを回した。
「あれ……? このチャンネル開けない」
「……じゃあこっちで見よう」
俺は自分のスマホを取り出し、WiFiを切った。
少し不安だった。
この映像を見せることが二人にとって悪影響を及ぼすのではないかと思った。でもここまで来て……もう後戻りはできなかった。
画面に風鳥さんの顔が映し出された。会見は既に質疑応答に移っていた。
『少なくとも二万人が一か月前まで昏睡状態にあった訳ですが、彼らに対する補償はどうされるおつもりですか?』
記者の一人が手を挙げて質問した。風鳥さんは間をおかず答えた。
『被害者の皆様に対して大変申し訳なく思っておりますが、私どもとしましては彼らに対して補償をするつもりはございません。また既に我々の財源は――――』
『あなたねぇ、そういう態度が国民の反感を買っているんだと分からないんですか!?』
質問した記者が声を荒らげて割り込んだ。画面越しの星野さんもビクッと体が跳ねた。
『失礼いたしました。申し訳ございません』
『謝って済む問題じゃないんですよ!! あなたを裁く法は無くても、私たち国民からすればあなたは立派な犯罪者だ!! 罪を償おうという姿勢と誠意を見せたらどうなんです!?』
その後も記者達は風鳥さんを口汚く罵倒した。その間風鳥さんは一度も目をそらすことなく、しっかりと前を見据えていた。
「なんで……なんで風鳥さんがこんなふうに言われなきゃいけないの……?」
星野さんは目に恐怖を浮かべ、怒りに身を震わせていた。同じように鈴原も嫌悪の眼差しを向けていた。
「こんなのおかしいよ……風鳥さんは私たちを救ってくれたヒーローなのに……!」
俺はなんだかいたたまれなくなって、個室から飛び出した。そのまま施設からも逃げ出して、永遠に電車に揺られて、日が暮れてから家に戻った。
「あ……おかえり」
母さんが笑顔を取り繕ってそう言った。俺は母さんからも逃げ出して階段を駆け上がり、部屋にこもってそのまま眠りについた。
長い夜だった。布団は暑くて、でもかけないと寒くて、そんなこんなで朝まで眠れなかった。
本日21時過ぎに最終話更新します!
最後までお付き合い下さい!




