17 乙女モード爆走
運命の人じゃないから何だって言うんだ?
片想いだなんて陽咲と知り合った時から分かってたこと。今さらだ。
今キツいのはそのことじゃない。陽咲に避けられてる現実だ。
無意識のうちに俺が陽咲を不愉快にしてたとして、彼女はそれをなあなあにはしないはず。いや、そもそもそういう考え方が間違ってたのかも。
結音やヒロト君の件でだいぶ慣れたとはいえ、陽咲はまだまだ男に不慣れだ。彼氏役の男に不満が出てきた時、陽咲は一般的な女子みたく自分の意見を言えるんだろうか?
昔ヒロト君に対してハッキリ言い返した件からして、ギリギリまで我慢してしまうタイプなのかもしれない。俺に対してはどうなんだろう?
いつも楽しかったから、陽咲が不満を持つ可能性なんて考えてなかった。無自覚のうちにポジティブ精神が強まっていた。
陽咲は今どんな気持ちなんだろう?
分からない。しょせんこうやって一人で考えていることは勝手な想像であって陽咲自身の気持ちじゃない。
結音の言う通り、アレコレ考えてないで本人に会いに行くなり連絡を取るなりするべきなんだろうか。彼氏役がしゃしゃり出ていいのはどこまでなのか、あらかじめ決めておけばよかった……。
そうだ! 美綾なら何か知ってるかもしれない。いや、それはないか。今朝、空手の練習をした時も特に何も言ってこなかった。
美綾なら陽咲の異変に気付き次第俺を締め上げるなり逆さ吊りにするなり縦横無尽な尋問を決行するはずだ(こんな予想を軽々してしまえるくらいに、彼女の荒々しい言動に慣れてきた今の自分がちょっとこわい)。
それに、最近の美綾は妙に優しくて逆に恐ろしい時がある。
「アンタみたいな顔だけイケメンが寝不足の頭で練習するなんて殊勝だな。これ食べればその寝ぼけ面も少しはマシになるんじゃない?」
分かりづらいが差し入れだと言い、鮭おにぎりとみそ汁をくれた。しっかり保温ケースに入れてあった物だから作りたての温かさを保っている。
「ありがと。ありがたくいただきます」
最近、練習後はそういうやり取りがたまにある。
言葉遣いは相変わらずだが初対面の頃に比べ優しくなった美綾に、陽咲とのことは相談しづらい。よけいな心配をかけるのも悪いし。
どうしたらいいだろう。
考え込む俺の顔を面白そうに眺め、天音は吹き出した。
「なんてねー。冗談! ビックリした?」
「え!? 冗談ってヨリ戻すとか全部?」
「そうだよ。彼氏と別れたなんてウソ。ちゃんと好きだし上手くいってるよ。でも、来てみたら紡暗い顔してるしノロケづらいじゃんね」
「気遣ってくれたんだ。気にしなくていいのに」
ホッとする。天音は幸せなんだな。冗談レベルがわりと重いけどウソでよかった。
「気遣ったのもあるけど、私が彼氏と別れたって知ったら紡がどんな反応するかなーって試してみたくなってさー。ほんの出来心ってやつだよ。許してね」
全然反省してなさそうに謝ってくる天音に、呆れるどころか安心した。
中学の時から天音はそういうところがあった。気遣いを気遣いと言わない、優しくしたいのに冷たくする、あまのじゃくな性格。そういうところに当時は惹かれたんだっけ。
「変わらないね、紡」
「こっちのセリフ。天音も天音のままだ」
「高校入って色んな人と知り合ったけど、性格とか考え方ってあんまり変わらないよね。不思議と」
「そうかもね」
「買い物、彼氏の誕生日プレゼント選ぶの。誕生日夏休み中なんだけど夏休み入ったら色々予定あるから買いに行けるか分からないしさ。てことで今日。付き合ってくれるよね?」
「そういうことならいいよ」
「そう言ってくれると思った。ありがと!」
満足げに歩き出した天音の少し後ろをついていく。
ここから歩いてすぐ、中高生に人気のアパレルショップがある。安くて可愛い物が豊富だとか。天音はそこを目指した。
ショップは偶然にも陽咲の家の近く。陽咲に会えたり、しないよなぁ……。
実際、近くに住みながら陽咲はあのショップには一度も行ったことがないと言った。赤ちゃんの頃からほとんど母親が作った服を着ているらしい。母親はデザイナーをしてるというし当然かも。
分かってても、偶然どこかで会いたいと願ってしまう。今の俺、まさしく乙女モード全開だ。今なら乙女ゲームの主人公に全面共感できるかもしれない。
「またあの子のこと考えてるー?」
「それは、まあ」
「やっぱり紡は紡だね」
ホント不思議だ。天音と普通に話せてる。
お互いそんなに変わってないのに、いつの間にか天音との関係は気楽なものになっている。
「別れた時はこんな日が来るなんて思わなかった。なんか今楽しいよね」
「うん」
同じことを思った。
「高校で友達になった子が言ってたんだ。元カレとは親友になれるって。それってけっこう真理突いてるよね」
天音は面白そうに言い、そして切なさを感じさせる瞳で優しく笑った。
「あの子のこと考えてる顔見て、紡はやっぱ変わってないなーって思った。ああ、もちろんいい意味でね。あの頃、私のこともそうやって真剣に考えてくれてたんだよね」
「……かな」
「分かってたはずなのに素直になれなくて、うまくいく方法考えることすら面倒になって、別れることで寂しさとか不安が解決するって思い込んでた」
知ってる。天音の気持ち、知ってて止められなかった。
「もうダメなんだって決めつけてたのは俺も同じだし」
フォローなのか本当のことなのか、言った自分も分からない。天音は小さくうなずいた。
「紡の一途さ、見抜けなかった私はバカだったよ。すごく幸せだったのに」
悲しそうに笑い、天音は俺の顔面スレスレに人差し指を突き出した。
「でもね、バカは紡も同じだよ。特に今! 紡は大バカだ」
スッと指を引っ込め、天音は両手を腰に当て胸を張った。
「紡は相手に気遣いすぎなの。まあ自然にそうしちゃうんだろうけど。ホントに好きなら変にかっこつけずにみっともないくらい追いかけなよ」
天音の言葉には熱がこもっていた。俺のために言ってくれてると分かる。
「少なくとも私はあの頃そうされたかった。こっちが別れることに同意した瞬間、紡アッサリ去ってったでしょ? スカしてんじゃねーヘタレが! って思った。今だから言えるけど」
「そんなこと思ってたんだ」
物理的距離ができると心の声は届かなくなるもんな。だからあの頃も見抜けなかった。
能力で知ってしまった天音の心の声。他に好きな人を見つけて俺とは別れようとしていたこと。それもたしかに天音の心に生まれた声だったのかもしれないけど、それとは別の本音が天音の心には同居していたんだ。
「知らなかった。天音の気持ち」
「紡だって言ってくれなかったもん。お互い様ってことで」
「だね。教えてくれてありがと。聞けてよかった」
さっきに比べだいぶ気持ちが軽くなった。
俺は本音をあまり言わない。天音にも陽咲にも、結音や家族にすらポーカーフェイスを装ってしまう。それで特に不満がたまることもなくやってきたし、もはや無意識のクセみたいなものだ。
元々騒がしい方ではなかったけど、そういう態度がより強くなったのは父さんが死んでからだったように思う。
幼かった頃、ただ一人父さんにだけは色々話していた。
『父さん。僕ね、大人になったら……』
昔、父さんに何を話したんだっけ……。思い出せそうなのに記憶がかすんでしまっている。
ぼんやりする俺の隣で、天音は言った。
「買い物付き合ってほしいってのは口実。紡とは友達になれそうって思ったから今日は来たの。もちろん彼氏のプレゼント買いたいのはホントなんだけど」
「それで色々言ってくれたんだ」
「そーいうこと。私の親切心無駄にしないでね。普段は有料なんだから」
「金取ってるのか! そういうの親切心とは言わない、カウンセラーだっ」
「ウソウソ。ジョーダンだって。ホント真面目だなぁ紡は。変わってなくて逆に安心した」
目的のアパレルショップに着いた。コンビニ並みのスペースにはスタイリッシュなマネキンが何体か並び、何人かの高校生が商品選びを楽しんでいる。
客は東高の生徒が多かったが白女の生徒も何人かいて反射的にドキッとした。
陽咲かもしれない。全身が熱くなる。
よく見ると全然違う人だった。ホッとしたようなガッカリなような。
「白女の子もこういうとこ来るんだね」
「来るよー。彼女だと思ったー?」
からかうように天音が笑う。
「来ないよ、陽咲は」
「どーだか。あ、ねえねえ、あれとかどう?」
天音は目についた男物のTシャツを手にし、広げてそれを俺の胸の前に合わせる。
「彼氏の背丈紡と同じくらいでさー。んー、なんか違う」
「やっぱ本人と来た方が似合うの探しやすいんじゃない?」
「そうだけど、サプライズしたいじゃん?」
「なるほど。それもそっか」
しばらく天音のプレゼント選びに付き合った。試着も何度か頼まれて、まるで男版着せ替え人形にでもなった気分だった。普通なら疲れて嫌になってくるところだけど、天音が話題を振ってくるので退屈はしなかった。
何度目かになるトップスの試着。俺の趣味とは全然違う迷彩柄を着せられた時、その姿をチェックしながら天音は訊いてきた。
「最後にあの子に会った時、様子がおかしいとかなかったの? こうなる前に絶対何らかのサイン出してると思うけど」
「目が合ってもあからさまにそらされたり、普段よりよくしゃべってたような……」
天音に指摘され、改めて思い返す。
陽咲と最後に会ったのはホテルのスイーツビュッフェ。
陽咲の指定した待ち合わせ場所は、ホテルのビュッフェレストランの入り口だった。ホテル自体は白女の脇道を徒歩十分で着ける場所に建っていた。
通学路で無意識のうちに目にしていた建物だった。自分とは無縁の場所。まさかそこへ好きな子と来ることになるなんて数ヶ月前は思ってなかった。
「陽咲…! 待った?」
「ううん、今来たところだから」
「ならいいけど」
「というのはウソなの。本当は1時間くらい前から待ってて……」
「1時間!?」
「『今来たところだから』ってセリフを一度言ってみたかったの。よく恋愛アニメであるよね。憧れのシーンだったし願望が叶って嬉しいよ」
「嬉しいならいいけど待たせてごめんっ。思い切り5分前到着だったよこっちは」
それにそのセリフは男が言うからかっこつくのであって女の子に言われるとそれはそれで健気で可愛い感じがするけど、言われると申し訳ないセリフワースト3にランクインすることもたしかでっ。
「ううん、いいの。今日の約束が楽しみで眠れなくて、朝から落ち着かなくて早く家を出てきただけだから」
寝不足とは思えないほど陽咲の顔はイキイキしてる。俺も今日のことが楽しみでなかなか寝れずさっきまであくび連発だったけど陽咲につられて平気になってきた。
「陽咲甘い物好きだもんね。でも、寝れなかったなんてきつくない? 食べ放題でしょ」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。好きな物は別腹だから。行こっ」
なんかそれ言葉の使い方間違ってる気がするけど、まあいっか。
二人そろって弾むような足取りでビュッフェが行われているレストランの中へ入っていく。店内の中心に円形の豪奢なビュッフェ台。色とりどりのケーキやタルト、フルーツ等がセンスよく並べられている。
お客さんは多かったがほとんど大人だった。こんなところに陽咲といるなんて背伸びしたデートって感じだ。
ビュッフェといえば立食の意味を指すけどここにはテーブル席がいくつかあり、ビュッフェ台から持ってきたスイーツを席で座って食べられるようになっている。日本ではビュッフェ(立食)とバイキング(食べ放題)が同じ意味で使われていることが多いと前に旅番組で言ってたが、ここも例外ではないらしい。
何の気なしに言ってみた。
「日本って自由な国だよね。ビュッフェで座って食べれたり基本仏教なのにクリスマスを重要視したり」
「本当にそうだね。色んな国の文化や言葉が混ざり合っていて。日本生まれ日本育ちの私でも不思議な感覚がするよ。色んな国の様々な良さを体験できて至福かな」
「それもそうだね。日本に生まれてよかった」
「同感だよ。日本大好き」
大好きと言った陽咲の顔が可愛くて、また好きの気持ちが加速する。好きな子の放つそんなセリフは反則だ! 陽咲の場合無意識でそういうのをやってくるからよけい思わぬ方向からカウンターパンチを食らったような気分になる。
出入り口で話す俺達を見つけ、すぐにウェイターがやってきた。
窓際の席へ案内された。飲み物だけはその都度席で注文しなければならないらしい。俺達は揃ってウェイターに飲みたい物を頼んだ。
「陽咲は何にする?」
きっと今日もミルクティーを頼むんだろうな。
分かってても訊いてしまうのは表向き彼氏という立場だから。できるだけリードしたいってことで(ここは陽咲のおごりだからリードも何もないんだけど)。
「やっぱミルクティー?」
陽咲は珍しくうなずかなかった。いつもならキラキラした目で即答するのに。
向かいに座る彼女はもんもんとした顔つきで何かを考え込んでいた。
ウェイターに渡されたメニュー表を陽咲に見えるように傾ける。
「迷ってる?」
「うん。紡君は何にするの?」
「ケーキ食べるし今日はアッサリ系でいこうかな。ココアかカフェオレ辺り。って、ココアは普通に甘いか」
「そうだね。ふふっ」
一人ボケツッコミをやらかす俺を見て陽咲はクスクス笑った。遠慮してるのか控えめな笑い方だけど大笑いしてくれてもかまわないくらいだ。陽咲のリアクションなら何でもこい!
なんか幸せ。そうとう浮かれてる。好きな子と甘い物食べるとかもう甘すぎってくらい甘いシチュエーション。浮かれたくもなる。
「じゃあ私もココアにしようかな」
「了解。ココアふたつ下さい」
平然を装って注文したけど内心けっこうドキドキしていた。どうしてココア!? なぜ俺に合わせる!?
今までの言動からも分かるように、陽咲は好きな男の好物を徹底的にリサーチし真似して同一視することでより恋愛満足度を高めるタイプだ。今回のココアも、もしかして、もしかするかも。
って、そんなわけあるか。ただの気まぐれだ。注文の品や言動パターンを友達に合わせるなんて高校生にはよくあることだ。クラスの女子を見てればよく分かる。
普段は絶対来ないようなところへ来ているので俺の思考回路も非日常化してしまっているだけなんだそうなんだ。
いくらツムグを好きでもまさか口にする飲み物全てミルクティーだけってことはないだろう。それに前にウチへビーフシチューを持ってきてくれた時も陽咲はウチのほうじ茶を飲みおいしいと言ってくれた(あれは、たとえお世辞だとしても胸にグッとくるものがあった)。
ほどなくしてウェイターが二人分のココアとケーキの取り皿を持ってきた。
ウェイターが下がるなり陽咲は待ちきれないとばかりに声を上げた。
「本来ここでは各々が好きな物を持ってくるのが一般的な食べ方だけど、今日は逆のことをしてみないかな?」
「逆っていうと?」
「これから私達はそれぞれ好きな物を取りに行くの。席に戻ったら、紡君は私が選んだ物を、私は紡君が選んだ物を食べる。どうかな?」
「何それ面白いね。いいよ」
「じゃあ、さっそく行ってきます! 負けないよっ」
「何の勝負だ」
俺の選出品より良い物を持ってくる、そういうことか? なるほどな。面白い。
こういうので張り合う方じゃないんだけど、陽咲を相手にすると半端な気持ちで選んではいけないと思えてくる。陽咲の熱はどんな時も俺を突き動かす。
それに、ビュッフェでこういう食べ方をするなんて斬新だ。そういう意味でも楽しい。
俺なりに一生懸命、彼女の好きそうな物を選んだ。大丈夫。俺には浅かれど彼氏役履歴がある。今まで得た陽咲データを最大限に活かすんだ!
久しぶりに本気で気合いを入れたものの、結果は引き分け。驚くことに俺達は全く同じ物を皿に載せていた。
「すごい……! こんな偶然があるなんて……。私の完敗だよ。負けを認めるね」
「いや、これは引き分けだよ。俺もビックリした」
メインは大きなイチゴのタルト。それを飾りつけるようにフレンチマカロンと桜のフロランタンが盛り付けてある。
俺達は同じ表情で互いの皿を見つめた。
「すごい。無理矢理違いを見つけるとするなら盛り付け方が微妙に違うってことくらいだ」
「紡君の盛り付けの方が綺麗だよ、私はぐちゃぐちゃになっちゃって……。やっぱり私の負けだよ」
しょんぼりしている陽咲。彼女の持ってきた皿の中身はたしかに乱れていた。何があったんだ?
「紡君の喜ぶ顔を想像しながら盛り付けていたらそばにいる人に気付かずぶつかってしまい、同時にお皿の中身もこんなことに……」
「ケガとかない? 大丈夫だった?」
「うん。相手の人は無事で、幸い笑って許してもらえたよ。これからは気をつけるね」
「ならいいけど。相手もだけど、陽咲の方が俺は心配」
「紡君……。ありがとう」
陽咲は目を潤ませ両手を胸の前で重ねた。きっと繰り返し胸の中で感謝の気持ちをつぶやいているか噛みしめるかしているのだろう。それはそれで可愛いポーズだった。
気がつくと陽咲のことを気にしてる。
「せっかくだし食べよっか。陽咲はこれ」
「え!? それは紡君が持ってきた方じゃ……」
「交換するってルールだったでしょ。俺はこっちもらうね」
イチゴタルトの上にフィナンシェが無造作に載った陽咲持参の皿を俺は手元に引き寄せた。
「でも、同じ物を持ってきたからそのルールは撤回のつもりだったよ。紡君には綺麗な方を食べてほしいし」
「どうせ同じなら陽咲が持ってきてくれた方がいいに決まってる。ルール続行。食べよ」
「そんな優しいこというなんて反則だよっ」
「ごちそうになる身で言っても決まらないけどね」
「そんなことないよっ。それに今日はお礼だから」
陽咲は顔を真っ赤にしておそるおそる俺の皿を受け取った。口にする直前まで申し訳なさそうにしていたけど、いざイチゴのタルトを口にするとフニャッと頬を緩ませた。
「おいしい〜。イチゴも甘くて、タルト部分もサクサクで」
「うまっ。ホテルのタルトとか中学の修学旅行以来だけど、やっぱすごいね」
「紡君の学校は修学旅行どこへ行ったの?」
「小学校は京都奈良。中学は東京。陽咲は?」
「小学校はハワイで、中学はオーストラリアでした」
「か、海外…! さすがお嬢様校だ。眩しいっ」
「海外も素敵だったけど、高校では国内と海外どちらかを選択できることになってるから国内にしようと思ってるの。まだ先の話なんだけど」
「陽咲はまだ1年だもんね。2年生で修学旅行ってのはどこの高校も一緒か。白女は国内だとしたらどこ行けるの?」
「九州、北海道、大阪、東京から選べるそうなんだけど、まだ迷ってて……」
「選択肢の幅が違うっ! それは迷って当然だよ。どこも良いところだし」
父さんがバリバリ働いてた頃は、夏休みに色んな所へ家族旅行に行った。九州、北海道、大阪へも着地済みだ。
「それに偶然。今年の東高の修学旅行は九州なんだ」
「だったら私も九州にしようかな。時期が重なればどこかで会えるかもしれないし」
そうするのが当然とばかりの甘えた声でそんなことを言うなんて。キュンキュンしすぎて心臓に悪い。
「気持ちは嬉しいけど陽咲が修学旅行行く時は俺多分学校で授業中だよ」
「えっ! どうして!? もしかして時期が違うのかな? こちらは秋に行く予定なんだけど」
「こっちも秋だけど、まず学年が違うからね」
「盲点だったよ!」
陽咲は心底ショックな顔で顔を引きつらせていた。変な顔なのにやっぱり可愛くてたまらない。
陽咲のこういう顔、俺だけが知ってるんだって、今この瞬間だけうぬぼれてもいい?
「飛び級制度を採用してもらい、今すぐ紡君と同学年になれないか理事長に相談してみてもいいかな?」
「修学旅行のためだけに!? やめといた方がいい! 白女の秩序が色々崩壊しそうだからっ」
何とか思いとどまってくれたが、陽咲は何事も本気で言ってそうなので焦った。
白女で飛び級制度なんかが採用された日には、陽咲はあっという間に大学生になれてしまうだろう。陽咲はそういうことを言わないが、彼女は昔から常に成績上位者だったと美綾が誇らしげに話していた。
修学旅行先で俺に会うために同学年になりたいと思ってくれたのは素直に嬉しいけどね。
その後も陽咲発案のビュッフェ遊びは続いた。お互いの取ってくる品はことごとく被り、もうそれは偶然などではなく運命なんじゃないかと思えた。思考が乙女モード爆走になるのを止められない。
陽咲はいつもより口数が多かった。ツムグのことを話す時は饒舌になる。それは分かっていたが、そういうのとは違う感じで言葉数が多かったような……。
あの時は俺も舞い上がっていて、陽咲の変化に気付けなかった。一緒に楽しんでいるのだとばかり思っていた。
いいことばかりの連続でうぬぼれ過ぎていたかもしれない。
俺を満足させるために一生懸命スイーツ選びをしてくれる陽咲が可愛くて。今の彼女に笑顔を与える役目が俺であることが嬉しくて。何か大切なことを見落としたーー?
「いつもと違ったけど、同じだったようにも見えた」
「何それー。意味分からない」
天音は呆れて大きなため息をついた。
「違ったってどこが?」
「普段はそこまでガンガンしゃべる方じゃないのにやたら色々話してた。天気のこととか学校の先生の話とか」
「ダメじゃん。それ、相手との会話に困った時に女子がよくやるやつだよ」
「そうなの?」
クラスの女子にそういうタイプが何人かいるけど、まさか陽咲がそれをやるとは思ってなかった。
俺は結音の女子に対する観察眼を心配してたけど人のこと言えない。節穴どころか穴だらけ。それはもうザルですらないほど。
「でもさ、それと紡が嫌われてるかどうかはまた別の話だよ」
ウエスタンスタイルの帽子を俺の頭に無造作に載せ、天音は得意げに言った。
「嫌いな男と甘い物食べに行く女子はいない。少なくとも私の周りでは見たことないなー」
「そういうもん? てかこの帽子はないだろ。制服だとよけい浮く。彼氏の好み知らないけど」
天音に帽子を突き返した瞬間、横から視線を感じた。視線の方向に顔を向け、全身が凍りつく。
「紡君……」
「陽咲!」
やっと会えた! 間違いなく陽咲だ。でも、喜びたいのに喜べない。そばには天音がいる。
俺の同行者が天音ってことは陽咲にもすぐ分かったらしい。
「天音さんとお買い物を……?」
陽咲の顔を見れなかった。まるで浮気を目撃された男の疑似体験をしてるみたいなこの状況は何なんだ! やっぱり悪いことって続くのか!?
やましいことなんて全然ないけど、避けられてる手前事情も説明しづらい。
陽咲のそばには白女の制服を着た女子が二人いた。陽咲の友達らしい。河南さん問題が解決して、伊集院家では陽咲の外出解禁になったんだよな。
晴れて、こういう気楽な店にも行ける友達が見つかったのかもしれない。美綾も河南さん事件の結末を知ってもう陽咲を護衛する必要はないかもしれないと言ってた(それでも影ながら見守るつもりだとか。美綾らしい)。
陽咲の友達に軽く頭を下げ、俺は陽咲に尋ねた。
「陽咲も友達と買い物?」
「うん。今日は当番とかもないから」
それだけ言い置き、陽咲は店を飛び出した。やっぱり俺を避けてるんだ。
「陽咲……!! ごめん天音。後は一人でやっといて!」
面白そうにこっちの様子を眺めていた天音に一応謝り、陽咲の後を追いかけた。
陽咲は近くの遊歩道に向かう気らしい。初めて美綾と話した場所だ。
「陽咲、待って!」
「天音さんとお幸せに! 私のことはもう忘れてくれていいからっ」
「偶然会って買い物してただけだよっ。って言っても信じてもらえないかもしれないけどっ」
陽咲の足が遅くて助かった。遊歩道に着く前に陽咲に追いつけた。陽咲の腕を掴み動きを止めた。抵抗しそうにないけど、まだ離したくなかった。
肩で息をし、陽咲は苦しそうにうつむく。全力疾走のせいか頬が真っ赤だった。
太陽がアスファルトの歩道に照り返す。暑い。空気も蒸してる。陽咲の手首は汗で湿っていた。多分俺の手も。
「避けられてるの分かったけど、それでも陽咲に会いたかった」