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15 見えなかった想い

 河南かなんさんってあの……? 陽咲ひさきが昔慕ってたという、陽咲の母親の親友だった女性……。


「え、陽咲ちゃんの知り合い?」


 ミキは戸惑う。それ以上に俺も動揺したが陽咲に比べたら大したものではなかっただろう。


 陽咲は河南さんとの再会を望んでた。しかし河南さんの方はそうでもないらしい。陽咲に会いたくなかったとハッキリ言った。


「ミキちゃん、ごめんね。少しだけ河南さんと二人にしてくれるかな?」


 感情の読めない声で陽咲は言った。その顔はまっすぐ河南さんを向いている。


 何か言いたげにしつつも言葉を飲み、ミキはギクシャクとうなずいた。陽咲と河南さんの間には目に見えない感情が走っているように見えて、それがより気まずい空気を濃くしてる。


 扉付近で背筋を伸ばし待機していた秘書がミキに近付き、


時永ときなが様、応接室まで案内致します。どうぞ」


 隙のない振る舞いで誘導した。ミキに続き俺も秘書の案内についていこうとすると、


「紡君はいてくれないかな……?」


 陽咲は遠慮がちな言い方で、でもしっかり俺の顔を見ていた。


 そうだよな。陽咲の過去を知らないミキに席を外させるのは当然とはいえ、こんな状況で一人になるのは不安なんだろう。それに俺はあらかたの事情を知ってる。何かと都合がいい。


「分かった」


「ありがとう」


『私だけなんか仲間外れっぽい!』


 ミキの悔しげな思いが伝わってくる。


『美少女に秘密はツキモノってよく言うけど、そういうのってまず同性の友達が共有するのがパターンじゃん! おにいばっかおいしいとこ持ってってズルい!』


 おいおい。変な羨ましがり方をするな。別においしくなどない。まあ、陽咲に頼られたのは素直に嬉しいけど。


 俺が社長室に残ると陽咲はいくぶんホッとした顔をしたが、ミキが出ていくと再び河南さんに切ない視線を注いだ。


 河南さん、陽咲、俺。妙な顔ぶれに早くも息がつまりそうだった。


 昔陽咲を利用して大金を手にし逃亡した女。この会社もきっと身代金を元手に設立したんだろう。そう思ったら河南さんに何か言ってやりたい気分が込み上げる。でも結局それは一時的な感情となり体の中で消えた。なぜなら、


『陽咲ちゃん、立派に成長して……。元気そうでよかった。ずっと会いたかった』


 陽咲に言った言葉と正反対のことを、河南さんは思っていた。


 とはいえ、立場上気持ちをひけらかせないのだろう。河南さんは喜怒哀楽を感じさせない澄ました面持ちでソファーに腰を下ろし、俺達にも座るよう勧めた。河南さんがここへ来た時なんとなく立ち上がってしまい、陽咲と俺は立ちぼうけたままだった。


 陽咲と目を合わせおずおずと隣同士に座る。俺達はテーブルを挟んで河南さんと向かい合う形になった。


「お久しぶりですね。河南さん。まさかイグナイトの社長さんをされていたなんて。やっぱり私達は不思議な縁でつながっているんですね。『恋に迷いしプリンセス』、私も大好きなんです」


 陽咲の声音は喜びに満ちていた。こんな場面でも好きな対象への明るい気持ちを隠さないのが彼女らしい。おかげで、それまで室内に充満していたぎこちない空気が霧散した。


「まだそんなことを言ってくれるの? 私はあなたとあなたの母親の信頼を裏切った。ひどいことをしたというのに」


 河南さんの顔が苦痛に歪む。


「変わらないわね。陽咲ちゃん……。最後に会った小学生の頃のあなたと同じ。純真で素直で悪意を持たないところ……」


 河南さんの顔には本当の娘を想う母親のような慈愛と不安が浮かんだ。この人は本当に陽咲が好きなんだな……。河南さんが心配する気持ちはなんか分かるかも。陽咲は人を信じすぎる。周りからしたら干渉せずにはいられないほどに。


「いいえ、それは違います」


 陽咲は河南さんの言葉を否定した。常に物腰柔らかい彼女にしてはきっぱりした言い方で。


「私は変わりました。イグナイトのアプリに出会い、ツムグに恋をして、この世にはこんなにも切なく甘い感情があるのだと知りました。夜も眠れないほどツムグのことを思い、どうしたらハッピーエンドを迎えられるのか、朝から晩まで身を削る思いで考えました」


 俺に話す時同様、陽咲は熱心にツムグへの思いを語った。近頃は遠慮して俺以外の人にここまで熱弁することはなかったのに河南さんにはそうできるのか。陽咲の河南さんに対する好感度や信頼感の高さが伝わる。


「でも、河南さんのことを好きな気持ちは変わりませんよ。むしろツムグと出会わせてくれたことに心からの感謝と敬意を抱いています」


「ありがとう。作り手としてユーザーの生の声は素直に嬉しいわ。何よりも励みになる」


 河南さんの言葉には含みがあるというか、陽咲への壁を感じる。陽咲はユーザーとして意見を述べてるわけじゃない。


 河南さんは深刻な様子で話し始めた。


「知ってたわよ。陽咲ちゃんが我が社のアプリを熱心にプレイしてることも、最近あなた達が恋人のフリをしていることやその理由も」


 そういえばさっきもそんなことを言ってた。少し前から俺やミキのことを知ってたって。陽咲が作った和やかな空気になじみうっかりスルーしてしまうところだった。


「探偵に調べさせたのよ。学生時代の知人にその道で優秀な人がいてね。陽咲ちゃんや陽咲ちゃんの周辺のことを調査してもらっていたわ。あの件以来ずっとね」


「陽咲を誘拐して別れた後からずっとってことですか?」


「そうよ」


 驚き閉口する陽咲に代わり、俺は訊いた。


「どうしてそこまでする必要が? 陽咲のことが心配なら本人に電話なり手紙なり出すとか、他にも手があったんじゃないですか?」


 言った後でそれは無理だと気づき言葉につまる。警察沙汰にはならなかったけど、陽咲の親は誘拐の後から陽咲の身辺に変な人を寄せ付けないよう過剰なまでの防御体制を示した。休日俺と数時間会うのにも事前の許可がいる。


 そのおかげでこれまで陽咲は無事でいられたのだから結果オーライとしても、そんなセキュリティー磐石な家庭の娘にコンタクトを取るのは難しい。実際、陽咲宛の郵便物なども家政婦さんが一度開封して中身のチェックをしてから陽咲に渡されるという。


 長年疎遠になっていたとはいえ探偵に調査をさせてた河南さんなら、伊集院家の内情も早いうちから知っていたんだろう。だから今まで陽咲に接近できなかった。


「すいません。部外者が分かったようなこと言って……」


「誤解しないでちょうだい。陽咲ちゃんを心配してたわけじゃない」


 河南さんの言葉に違和感を覚えつつも、ひとまず黙って話を聞くことにした。


「せっかく立ち上げた会社のことを陽咲ちゃんの親に知られて台無しにされたくなかったの。だから伊集院家の動向を常に気にする必要があったのよ。何かの拍子に気が変わって警察に本当のことをしゃべるかもしれないし。陽咲ちゃんは私を買い被ってるけど私はそんな風に思われるような人間じゃない。自分とお金が大事で他人のことなんかどうだっていい、そういう人間なのよ。『恋に迷いしプリンセス』のアプリを配信停止にするのも、それをプレイしてる陽咲ちゃんが悲しめばいいと思ったからよ」


「どうしてそんなウソをつくんですか?」


 反射的に俺はそう言っていた。陽咲に悲しい言葉を聞かせたくないのは大前提として、理由は簡単。河南さんが泣きそうになってるからだ。


 これは賭け。たしかに聞こえた河南さんの心の声を頼りに河南さんを攻めることにした。


「ウソ、ヘタクソすぎです。本当はずっと陽咲に会いたくてたまらなかった、そういう顔してますよ。見てないようでしっかり見てますからね」


「っ……!」


 図星か。絶句したかと思うと、河南さんはまくし立てるように口を開いた。


「見た目のスカし加減に反して、あなた案外感情的な少年なのね……! しかも『ヘタ』と言えばいいものをあえて『ヘタクソ』というなんて!」


「食いつくとこおかしいですって! 今はそういう話をしてるんじゃなく……」


「話をそらさないで! 大事なことよっ」


「いや、そらしてるのは河南さんでむしろこっちは話をもとに戻そうと……」


「ダメよ! あなたみたいなイケメンがクソとか言ったり細かいことグチグチ言うのは! しかも私の城でっ」


「城? ああ、たしかに河南さんの城ですよね。ここでアプリ作ってるんですもんね」


「そうよ。乙女に夢を見せる商売。イグナイトはそのために築いた私の城よ! そういう神聖な場所でイケメンが夢を壊す言動したらダメェ……!」


 ぜえぜえと肩で息をする河南さんの目は血走っていた。キャラがおかしな方へ行ってないか? というか、この人へのイメージが崩壊してる。デキる女のイメージどこいった!?


 陽咲も陽咲で、


「分かります! 容姿端麗な男性を見ると性格面も柔らかいのではという印象を抱いてしまうんですよね」


 などと言い河南さんの話に乗っかっている。これじゃあ、再会後すぐシリアスな雰囲気をにじませた河南さんを警戒した俺がただの神経質な男になるじゃないか。おかしい。理不尽だっ。


「あの! ちょっと二人とも落ち着いて。陽咲もこの会社に問い合わせた理由を思い出して。ツムグに出会わせてくれたアプリをこのまま無くならせていいの?」


「はっ……!」


 河南さんと変な連帯感を炸裂させていた陽咲はそこでようやく我に返った。ここへついてきてよかった。色んな意味で。


 陽咲は真面目な顔で河南さんを見つめた。


「……紡君の言う通りです。河南さん、どうしてウソをつくんですか?」


「………………」


「私を悲しませるためにアプリの配信停止を決めたと河南さんは言いました。でも、私が知る河南さんはそんな半端な気持ちを仕事に持ち込む人ではありません。工房で働いていたあなたは常にお客様の立場に立ちものを考える経営者であると同時に、向上心を忘れない素敵な職人さんでした。こうして違う職種で事業を興した今もそういう精神性は変わらないはずです」


「あれから何年経ったと思ってるの? 人なんて少しのきっかけで簡単に変化するものよ」


 河南さんはそっけない。どうしてそこまで陽咲を突き放すんだ? 心の中では再会を喜んでたのに……。


「それに、どんなに優れた仕事をしていても親友の娘を誘拐して身代金まで求めるような人間の能力なんてたかが知れてる。プライドのカケラもないのかって話」


「河南さんのしたこと、私は責められません。親に養ってもらっている立場でこんなことを言うのは大変おこがましいのですが、生きていくにはお金が必要です」


 一呼吸おき、陽咲は言葉を続けた。


「『恋に迷いしプリンセス』に夢中になり、なおさらそう実感しました。お金は生きる手段となり、また、人生を豊かにする手助けにもなるのだと……」


 たしかに。陽咲の自室およびツムググッズへの投資には相当の金がかかってそうだ。


「それに、誘拐とは言葉だけで、実質あの時間は私にとって楽しいばかりの時間でした。河南さんの配慮だと知っています。あの頃から親が忙しく、家にいても私は一人で過ごすことが多かったから……」


「そういう事情を知ってたからさらったの。あなたは恰好かっこうのターゲットだった。それだけよ」


「それでいいんです。私がコマになることで河南さんが窮地を脱せたのなら。この会社が河南さんのものだと知ってとても嬉しいです」


 陽咲は笑顔を見せた。陽咲らしいと思う半面、どうしてここまで寛大になれるのか不思議だった。陽咲は弱い。でも、同じくらい強いのかもしれない。


 陽咲のタフさにやられたのか、観念したように河南さんは大きく息を吐いてうなだれた。


「分かってた。分かってたけど、どうしてそんな風に笑えるの? 陽咲ちゃんは信じていた相手に裏切られたのよ?」


「『人の間違いに出会ったら傷つく心と同時に許す心も持ちなさい』。母の教えです。その通りだと私も思います」


「あの子も変わらないわね……」


 『あの子』とは陽咲の母親のことだろう。かつての親友の言葉に思うところがあるのか河南さんは苦笑いを浮かべ、再びぶっ壊れモードを発動した。


「そんなことばっかり言ってるからあの子は胡散臭い男にばかり騙されてきたのよっ。いつもそばにいた私がどれだけ寿命の縮まる思いをしたと思う!?」


 家がお金持ちということで男性陣に狙われ、甘い誘い文句で誘惑された末に都合のいい女にされ続けたという陽咲の母親の過去。恋人に裏切られ傷ついても二十四時間もしないうちに立ち直り、失恋の痛手を当時から打ち込んでいた洋服のデザイン創作に生かしていた。


 陽咲の前向きさは母親ゆずりだったのか……。加えて盲目なところも。


 河南さんが語る陽咲母の過去話をヒヤヒヤした気持ちで聞いていた。


 こんなのはほんの一部らしく「語るのがためらわれる壮絶な男性経験があの子にはある」らしいが、未来ある若者に聞かせる話ではないので自主規制するそうだ。


「最終的には素敵な男性に出会って幸せな結婚生活を送れたからよかったものの、今度は陽咲ちゃんの行く末が心配でしょうがなかったのよ! だって陽咲ちゃん、顔も性格もあの子にそっくりなんだもの! 年頃になったら変な男に弄ばれるんじゃないか、心配で心配で私は夜も眠れず……! はっ!!」


 そこで河南さんはしくじったと言いたげに口をつぐんだ。が、遅い。


 俺の疑問と違和感はようやく解消し、陽咲にも全てのことが見えたようだ。


「だから別れた後も陽咲の身辺調査を……。探偵雇うのってお金かかるってネットで見たことあるし、工房たたんだわりに金銭的余裕あるなーと思ったんですよね」


「工房の経営が傾いていたというのも作り話なんじゃないですか?」


 俺と陽咲に次々と問われ、河南さんは悔しげに唇を噛む。そして不本意そうに全て白状した。


「そうよっ。お金に困ってたなんてウソ。誘拐事件もでっち上げ。工房の経営は至って順調だったわよ」


「やはりそうだったんですね……。秘書さんの顔に見覚えがあるんです。かつて河南さんの工房に出入りしていた方ではないですか? 何をされていた方かまでは思い出せませんが」


「彼女は材料の買い付けや搬入を担当してくれてた子よ。私の勝手で工房をたたんで彼女の職を失わせて申し訳なかったから、イグナイトを立ち上げる時秘書になってほしいとお願いしたの。それまでと全然違う職種なのに文句も言わずよくやってくれてるわ」


 これで、誘拐事件は河南さんの自作自演だと証明された。雇い主の都合により工房を退職させられたとはいえ、罪を犯した人間を信頼してついていくわけがない。秘書の人は河南さんがワケあって工房を閉めたのを察していたんだ。


 俺は言った。


「でも、分かりません。陽咲のことが心配だからってどうしてそこまで過激なことをしたんですか? お金に困ってないのに身代金まで取ることなかったんじゃ……。河南さんに悪意がなかったのは信じますが、それで長年の親友を失ったら本末転倒っていうか。もっと傷の少ないやり方はなかったんでしょうか。誘拐の件以来、陽咲は自由な行動を制限されてるんです」


「そういう結果になることを予想できなかったわけじゃない。でも、その方法しか思いつかなかったのよ。陽咲ちゃんは素直すぎる。そのまま大人になったら必ず痛い目にあう。しばらく交流のあった時永ときなが君ならなんとなく分かるでしょ?」


「いや、俺は別に……。そういうのも陽咲の良さだと思うし」


 河南さんは呆れたように首を揉んだ。そうなるよな。陽咲の前なのでウンとは言えなかったが河南さんの言うことはもっともだ。陽咲の純真さに救われることもあるけど、それが危なっかしいとも思う。


「ここまで話したのだからもう全部言うけど……。絶対悪いことをしないだろうっていうくらい親しい人間に利用されて傷ついた。そういう経験をさせることで陽咲ちゃんをたくましくしたかったのよ。だから今日も会いたくなかった。会ってしまったら全て話さなければならなくなる気がしたから」


 脱力し、河南さんはソファーの背もたれに深く身を沈めた。


「あーあ。告白の瞬間なんてあっけないものね。私は悪人のままでよかったのに……」


 陽咲は喜びと悲しみが混ざった顔で河南さんに尋ねた。


「そのこと、母は知っているんでしょうか?」


「知るわけないでしょう。知ったら、あの子はアポもなくズカズカとここへ乗り込んできて再び親交を結ぼうとするに決まってるわ」


「当たり前です! 母はいつも河南さんのことを気にしていました。父や私に気を遣い口にはしませんでしたが分かります。そういうのって不思議と伝わってくるんです」


 家族だから。たとえしょっちゅう団らんできなくても、陽咲は母親の気持ちを知りたいと常にアンテナを張っていた。大切な家族だからこそ。


「一人部屋にこもった母が、仕事の合間、河南さんとの写真を眺めていたのは一度や二度ではありません」


「誰にだって過去を振り返りたい時がある。デザイナーをしてるあの子ならなおさらよ。ささいな思い出も創作の糧になる。それ以外の意味なんてないわよ」


「いいえ。母は河南さんと再び会うことを望んでいます」


「それは陽咲ちゃんが私を過大評価してるからよ。二度と現れるな顔も見たくないとあなたの父親に言われてる」


「話せば父も分かってくれます! 必ず!」


「無理よ。時間が経ちすぎてる」


 二人の意見は一致せず話し合いは平行線だった。しばらく両者の言い分を聞いていたが、意地になっているのか本心か、河南さんは陽咲の家族と和解するのに消極的なままだった。


 第三者の俺には分かる。二人はきっとまた昔のように仲良くできると。空白の時間が長かったせいで絡まった糸をうまく解けないでいるだけ。


『私だってこのままは嫌よっ。でも、あの子に話したとして親友の娘のためにここまでするなんてキチガイ過ぎてキモいって思われるかも。私自身、自分のエキセントリックさに驚いたんだもの……』


『河南さんと仲直りしたらお母さんとお父さんに本当の笑顔が戻るはず。私に気を遣って明るく振る舞われるのはいつも寂しかったから……』


 それぞれの心情がダイレクトに聞こえてきた。


 行動を制限されるだけでなく、陽咲は家の中で色んなことに気を張りながら暮らしてたんだな……。自室をあんな極端な内装にしたのも、無意識のうちにたまったストレスを発散してた部分もあるのかもしれない。


「部外者の俺が口出すのもどうかと思うんですけど、言わせてもらっていいですか?」


 二人はピタリと口をつぐみ同時にこっちを注目した。


 ここで陽咲の味方にならずいつなれる? 意を決して話を切り出した。


「河南さんのこと、陽咲に口止めしても無駄ですよ。俺が陽咲の親にしゃべりますから。運良く最近陽咲の家にお邪魔したので、いつでも行けますしね」


「そういえば君、東高の生徒だわね。陽咲ちゃんとはそれが縁で知り合ったんだわね」


 そこまで知られてるんだな。探偵の調査能力、改めてすごい。ちょっと怖いけど。


「私を脅すつもりかしら? 暑苦しいことが苦手そうな線の細いイケメンが似合わないことをするのね」


「何でそんな嬉しそうなんですかっ。言葉と顔が合ってませんよ!」


「だって、そういうのってちょっと前まではワイルドで粗暴な男キャラ特有のスペックだったのよ。時代は進化したのね」


「メモを取らないでください! こっそりアプリ制作に生かそうとしないでください!」


 そこでわざとらしく大きな咳払いをして、河南さんはふんぞり返った。


「時永君はあくまで陽咲ちゃん側につくと言うのね?」


「当然です。そのために同行しました。それに社長自らユーザーを会社に招待するなんて話は聞いたことないので」


「見た目に反して肝が据わってるわね」


「へタレは否定できませんがハッキリ言われると胸にサクッと刺さりますね」


「口で言うほど堪えてないでしょ」


「はい、まあ」


「度胸は認めるわ。あなたの要求は何? 一応聞くわ。あなたも招待客だしね」


「陽咲の家族と和解して下さい。意地張ったって疲れるし誰も幸せになれない」


 意地に関しては人に偉そうに言えないけど。陽咲がこのままなのは納得できないから。


 幸い、河南さんは反論することなく聞いてくれている。


「それともうひとつ。陽咲とミキの望みでもあるんですが、『恋に迷いしプリンセス』の配信停止をやめてほしいんです」


「へえ。君がそれを言うのね」


 なぜか気の毒そうにこっちを見やる河南さんの視線をとりあえず無視した。


「調べたら、アプリセールスランキングでもイグナイトの出す恋愛ゲームは軒並みトップセールスを記録してます。特に『恋に迷いしプリンセス』はイグナイトの代表作として根強いファンも多いとか」


「当然よ。私が自ら企画提案したんだから。売れないわけがない」


 ものすごい自信だ。


「じゃあそのまま売り続ければいいじゃないですか。基本無料のアプリにたくさん課金してもらえるなんて、社長のあなたにしたら願ったり叶ったりなんじゃないですか」


「私は楽しいことをお客様に提供するのが好きなの。利益はもちろん大事だけどそのことばかり考えているわけじゃない」


「だとしても、大半のユーザーは配信停止に納得してないですよね。ネットの掲示板も大荒れでしたよ」


「陽咲ちゃんやあなたの妹さんが言うなら分かるけど、あなたこういうアプリ全く興味ないでしょ。陽咲ちゃんの付き添いにしては必死になりすぎだと思うわ」


 そこで俺が言葉を返す前に陽咲が口を挟んだ。


「紡君は優しい人なんです。ミキちゃんや私のためにここまでついてきてくれて……。私からもお願いします。『恋に迷いしプリンセス』の配信を続けてください。そして両親とも仲直りしてください」


「分かった。あなた達に全て話した今となってはこのまま親友に誤解されっぱなしは不毛よね。後日改めて陽咲ちゃんの家に訪問させてもらうわ。門前払いされるかもしれないけど……」


「大丈夫です。私からも父と母に話しておきますから」


 幸せそうに笑う陽咲を見て気持ちが和んだ。それと同時に胸が痛んだ。それは意識しないと見過ごしてしまうほど小さいかすり傷のようなもので、痛み自体はたいしたことないのにたしかに存在してる。


 ……そうだ。こういう特別な笑顔をこっちにも向けてほしいんだ、俺は。でも永遠に無理だと分かってるから心が痛む。


 陽咲につられて河南さんも笑顔になる。女性的な柔らかい微笑み。血のつながりはないが二人は本当の親子に見えた。


 しかし、次の瞬間には眉間にシワを寄せ、河南さんはきっぱりと言った。


「でも、アプリ配信停止の件は変えられない。もう決めたことだから」


「そんな……!」


 悲壮感に満ちる陽咲に、河南さんは諭すように言った。


「本当はそこまでガッカリしてないんでしょう? その気落ちはアプリが無くなることへの落胆ではなく、知らず知らず変わってしまった自分への失意と戸惑い」


「………………」


 陽咲は言葉を失いうつむいた。河南さんは席を立ち正面に座る陽咲と俺を交互に見た。


「私のアプリは女性に夢を見せるものであって、人の恋路を邪魔するものであってはいけないと思ってる」


 どういうことだ?


「分からない? 陽咲ちゃんは時永君を、時永君は陽咲ちゃんを大切に思ってるの。友達以上の気持ちで、あなた達が想像するよりずっと深く」


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