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12 ハートマークの圧力

 落ち着け。冷静になれ。今までのことを思い出すんだ。そしたら分かる。陽咲ひさきが俺を好きになるなんてあるわけないだろ。


 ツムグのことを語る陽咲は常に興奮値マックス振り切るのに対し、俺に対してはそうでもない。むしろわりと落ち着いてる。そりゃたまには気を失いかけるし実際電話越しに失神されたこともあるが、それは彼女の萌えポイントを意図せず刺激してしまったからで、俺に対してときめいてるってわけでは決してない。


 ふう。危ない危ない。結音ゆいとの言葉にウッカリ洗脳されそうになった。


つむぐ君……?」


 ほんの数秒の沈黙で何年分かの考え事をしていた俺を、陽咲は不思議さと気遣い半々の顔つきで見ていた。


 気を取り直し、結音からの電話の内容を一部伝えることにした。


「勉強会のことなんだけど、結音とチエちゃん無理っぽいんだ。二人とも勉強は苦手らしくて。ごめんね。せっかく提案してくれたのに」


「誰しも苦手なものはあります。気にしないで下さい。いてくださりありがとうございました。そうとなれば皆さんが楽しめるようなイベントを再度考えましょう!」


 ガッカリさせてしまうかと心配したが、陽咲はめげることなく色んな案を述べた。


「お弁当を持ってハイキング。遊園地。夏には花火大会もありますよ。それから……」


 ダブルデートをしたがっているというより人と遊ぶことに意欲的な感じだ。適度に相槌あいづちを打ちながら俺も話を聞いていた。


 ……うん。ないない。陽咲が俺を好きなんて。


 少なからず女子に好意を寄せられた経験があるから分かる。陽咲の言動は好きな男に向けるものじゃない。好きな男子と同じ部屋にいてこの落ち着きよう。いや、色んな意味で興奮気味ではあるが。俺のことを良き理解者と思ってるんだろう。それ以上でも以下でもない。


 分かっていても、結音の言ってたことが本当ならいいのになと思ったりもする。とはいえ、いざそうなったらそれはそれで戸惑うんだろうけど。


「紡君……?」


「あ、ごめん、ボーッとしてて」


「もうこんな時間です。夕食にしましょう。さすがにお腹が空きますよね」


 カフェスペースのアンティーク時計を見ると21時を示そうとしていた。もうこんな時間か。休日とはいえまずいな。一応家に連絡しとこう。


 陽咲に言っていったん客室に戻り、スマホを手にすると家族に連絡を入れた。我が家は少し前から家族でLINEのグループを作っていて、こういう要件は全てそこへ送ることに決まった。ミキの提案だ。


 メールではなくLINEでやり取りしてるウチの家族を見て、陽咲は目からうろこが落ちたように目をしばたかせていた。


「LINEも楽しそうですね。家族全員で使うことができるなんて」


「普通は友達とグループ作ることが多いからウチは特殊かも。五人家族で行動範囲もバラバラだから連絡の行き違いがよくあって、でもグループトーク始めたら一気に解決して。文章打つの面倒な時はスタンプだけですませられるし楽だよ」


「スタンプ、ですか?」


「例えば……」


 陽咲にスマホ画面を見せながら家族へのメッセージを作った。彼女が熱心に画面を見つめるあまり互いの頭が触れるくらい距離が縮まってドキッとしたけど、気にしないフリで説明を続行。


 今日は遅くなる。一言そう入れた後、ごめんねの文字が付いたコミカルなスタンプを送った。


「今日は遅くなる……。父のような文面ですね。かっこいいです紡君! 大人の男性という感じがしますっ」


「そ、そう?」


 ガーン。高2にしてサラリーマンな香り漂う文面を素で送ってしまう俺っていったい……。褒め言葉なのは分かってるけど男としてどうなんだ!? 陽咲から見て俺はれてるのか? だから色んな意味で安心すると。


 内心軽くショックを受けている間、既読に1と数字がついた。


「今表示されたこちらの数字は……?」


「メンバーのうち一人がメッセージを見たという印だよ。ウチのグループトークは母さんと姉さん二人、あと妹と俺」


「ご家族全員が見たら4がつくんですね。何だか楽しそうです。私も両親と使ってみたい気がします」


「いいかもね。タイムリーなやり取りが出来るし、相手にメッセージが読まれてるのかどうかも分かるし」


「既読機能、便利です!」


 ミキから返事が来た。


《彼女と一緒!? いるっぽいこと言ってたもんね! 写真送ってよ。見たーい♡》


 画面を見ていた俺達は固まってしまう。普段絶対にハートマークなんか送ってこないクセにこんな時だけ送ってくるとは。恥ずかしいからやめてくれっ。シスコンと勘違いされたらどうする! それに裏を感じて寒気がするから全力でやめてほしい。


 幸いにも陽咲はハートマークにツッコむことはなかった。これが美綾だったら「アンタシスコンかマジでキモい」などと毒舌大放出だっただろう。陽咲の柔らかい性格をありがたく思った。


 が、陽咲は陽咲で何やらワタワタしていた。


「か、か、彼女ではありますが、この場合私達はどう振る舞ったらいいんでしょうかっ。もちろん私は画像を送信して頂いてかまいません。紡君にはたくさんお世話になっていますから。でも、ご家族の目をあざむくのはやはり海より深い罪悪感が……」


「大丈夫。欺くわけじゃない。俺達の関係はあくまでナンパよけ。カモフラージュだから。あ、画像の件はスルーでいいよ。陽咲のこと見世物にしたくない」


「紡君……」


 頼りにしてますという目で俺を見つめる陽咲が可愛い。そう、たとえ家族相手でも見世物にはしたくないんだ。


 スマホをしまおうとしたらミキから即返事が来た。もう何も送ってこなくていいのに。嫌な予感がする。


《おにいにご飯作ってもらうの期待してたから何も作ってないよー! 餓死がしするー》


 何が餓死だ。いつも乙女ゲしながらお菓子やらジュースを飲食してるんだから一食くらい抜いたって死にやしないだろう。これはわなだ。妹の立場を最大限利用し甘えたフリで彼女を見せろと圧力をかけているだけ。


「大変です、紡君、このままでは妹さんが飢え死にしてしまいます!」


 しまった! ここには約一名、純度の高いピュアな心の持ち主がいる。


「陽咲、これは完全スルーでいいよ。いちいち聞いてたらキリないから」


 大丈夫。俺の帰宅が遅くなると知ってミキは今頃カップ麺や冷凍食品で空腹をしのいでるだろう。冷蔵庫には昨夜の残り物の肉じゃがも入ってたはずだ。


「俺達もご飯にしよっか」


 もともとはそのつもりだった。人の家に来て夕食を促すなんて図々しいかなと思うけど、せっかく陽咲といるのにミキなんかに邪魔されるわけにはいかない。


 スマホをしまうと陽咲はそこにいなかった。今の今まで至近距離にいたはずなのにどこ行ったんだ!? と思えば、彼女は人間とは思えない速さで戻ってきた。


「用意はすみました。家政婦さんに事情は話しました。帰りは車で送らせて下さいね」


 陽咲の両手には客室に置いておいた俺の荷物と見覚えのあるバッグ。あれは初めて二人で電車に乗った日、お弁当を詰めていた物では……。


「もしかしてそれって」


「今夜夕食に出す予定だった物です。急いで詰めたので種類は少ないですが、紡君のご家族の方々に食べて頂ける量は充分にあると思います」


「もしかしてミキのため!? あんなの放置でいいよっ。いちいち相手してたらキリないから」


「いえ、恩人の妹さんです。誠心誠意、対応する所存です。ご飯は元気と健康の源。空腹のままはつらいはずですから」


 本気モードが高まると営業職のビジネスマンみたいな口調になる陽咲が面白くて、必死に止めるのが逆に悪いと思えた。


「分かったよ。じゃあ、一緒に家に来てくれる?」


「もちろんですっ!」


「でもその代わり条件がある。陽咲も一緒に夕食食べてって。ね?」


 ご飯だけ持ってこさせて一人で帰らせるなんて鬼畜だ。それにハナからそのつもりはない。陽咲と一緒に食べる夕食を楽しみにしてたんだから。


「は、は……。ひゃうんっ……」


 どこから出たのか、不思議な声を出して陽咲は頬を真っ赤にした。


「一緒に夕食をいただくのが条件だなんて……。その強気な物言いにドキドキが止まりませんっ……。その、強引な男性とは付き合ったことがなかったものですから……」


 もじもじして自分のアプリ攻略歴を語る。そんな陽咲がおかしかった。


 優しい男ばかり選んで付き合ってた陽咲にとって、リアル男子たる俺の言葉はドSっぽく聞こえたんだろう。こっちはそんなつもりなかったけどね。


「キュンキュンしてくれてありがとね。じゃあ行こ」


 陽咲の頭をポンポンと軽く叩くと、彼女の持っていたお弁当のバッグを流れるように受け取り、歩き出す。


「荷物は私が持ちます、紡君はお客様なんですからっ」


「ウチに来るなら今度は陽咲がお客さんでしょ? っていうより重! 中何入ってるのっ!?」


「ビーフシチューとお米がそれぞれ十人分ほどでしょうか。あとサラダもですね」


 そんなにか! たしかに初めてのお弁当より種類は少ないけどボリュームの面では充分過ぎるくらいだ。っていうかこれ何キロあるんだ!? 十人分って。餓死するとごねたミキに気を遣ったんだろうけど運動の苦手な陽咲がよく持てたな。


「妹がホントごめん、今すごい責任感覚えたよ。これは絶対俺に持たせてお願いだから」


「そんな、気にしないで下さい。私が好きでしていることです。それにご家族とのLINEのやり取りを見させてもらい大変勉強になりましたからそのお返しです」


 LINEのやり取り見せただけでこんな重労働を課せてたのか俺は……。罪深いことをした。……と思ったのも束の間。


「今日は夢みたいな1日です。アクシデントとはいえお友達の家にまで行けるなんて。私でも役に立てることがあるんですね。幸せです」


 ルンルンと鼻歌でも歌い出しそうな感じの弾んだ声で、陽咲は玄関に俺を誘導した。餓死なんて絶対ウソなんだが、それを信じミキを救おうとする陽咲は一生懸命で生き生きしてる。


 陽咲が楽しそうだと俺も楽しい。



 自分の部屋が少し散らかってることや、陽咲を会わせた時にミキが変なことを言わないかが心配だけど、とりあえず今は陽咲に促されるまま伊集院いじゅういん家を後にしたのだった。


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