1人目。愛のために、一族のために。
「ここが…魔法屋か……?」
整った身なりの男は窓から店内を覗き込むが、残念ながら暗くてよく見えない。
「夜にやってると聞いたが…休みなのか…?」
「やってますよ。」
少しづつ移動しながら店内を覗き込んでいた男がドアの前にやってきた時、ドアの裏から声が聞こえた。
「うわっ、…え?…誰も見えないが……。」
「どうぞ、入ってください。」
「………。」
男は困惑しながらも、言われた通りドアを開ける。
しかし、やはり店内は暗く誰の姿も見えない。
「早く閉めてくれると助かるのですが…。」
「わ、分かった…。……うわっ!」
男がドアを閉めた瞬間、店内は突然明るくなり、目の前に小柄な人影が現れた。
その人は口元しか見えないほど深くフードを被っており、声からも男女すら判断出来ない。しかし男には、その人はとても若く見えた。
「驚きましたか?これも魔法の一つですよ。」
「あ、あぁ……噂は確かみたいだな…。」
「それで、本日はどんな魔法をお求めで?」
店主はそう尋ねながら、店の奥に向かって歩き始めた。
「え、ええと……実は、私は貴族の身なんだが、かねてより使用人の一人とお付き合いさせてもらっている。」
男は店主の後に着いていきながら、話を始める。
「なるほど、禁断の恋というやつですか。それで?あなたはどうしたいのですか?」
「少し前、ついに私にもお見合いの話がやってきた。だが、私には既に心に決めた人がいる。しかし、彼女と出会ったのも、そしてこの魔法屋のことを知れたのも、私に貴族という立場があったからだ。私個人のことで、一族に迷惑はかけたくない。」
「欲張りですね。」
店主はずっと微笑みながら男の話を聞いている。
「分かってる。だが、彼女のことは諦めたくないんだ。」
「…もう少しあなたの事を聞かせてください。例えば、あなたが今の立場を捨てて逃げたとしたら、一族はどうなると思いますか?」
「父も弟も優秀だ。第一子の私がいなくても、どうにかしてくれるだろう。だが私の事で、家名に傷が付くのは間違いないだろうな。」
「弟さんがいるんですね。それなら魔法でどうにか出来るかもしれません。」
そういいながら店主は足を止め、近くの箱の中に手を入れ、何かを探し始めた。
「ほ、本当か?」
「ただ、代価は軽いものではありません。」
「お金なら、ある。」
「あぁいえ、そちらのお代は銀貨一枚で十分です。」
店主は大金の入った袋を懐から出した男の手を抑え、その袋から銀貨を一枚だけ取り出した。
「えっ?そんなに安くていいのか?」
「えぇ、僕の生活にはそれ以上のお金は必要ありませんから。」
「なら、代価っていうのは…。」
「魔法の副作用ですよ。」
「副作用…か。」
「これからお渡しするのは、存在を世界に忘れられる魔法です。これを使えば、あなたを知る全ての人はあなたを最初から知らなかったことになります。」
「ま、待ってくれ!それだと彼女にも忘れられてしまう!」
「落ち着いてください、こちらも一緒に渡しておきます。」
ずっと何かを探していた店主は小さな瓶を男に渡した。
「…これは?」
「一時的に魔法の影響を受けなくする秘薬です。効果が続いている間に魔法を使えば、これを飲んだ人だけはあなたのことを忘れません。」
「そんなものもあるのか…。」
「そちらのお代は先程の銀貨に含まれてますから、結構です。一応確認しておきますが、一人分で大丈夫ですよね?」
「そう…だな、大丈夫だ。」
「それと、この魔法には当然僕が説明した通りの効果しかありませんから、今後の生活のことは自分でなんとかしてください。もちろん、もう一度いらしても構いませんけど、その時のあなたにお代が払えるかどうか……楽しみにしていますよ。」
「銀貨一枚ぐらいなら、払えると思うが…。」
「そちらのお代ではないのですが…まぁ、いいです。知らずに出来る物語の方がいいですから。」
男は店主が何を言っているのか理解出来なかったが、怪しげな店主の事情には深く立ち入らないことにした。
「最後に一つ。もしうちのことを他の方に話す機会があれば、話してもらって構いません。ただ、高い代価が必要だと付け加えておいてください。それほど多くの魔法を用意出来るわけではありませんから。」
そういいながら、店主は男に一つの結晶を渡した。
「これが…?」
「えぇ、それが世界に忘れられる魔法です。あなたの血で陣を描き、この結晶を中心に置いてください。最後にここに書かれている文章を唱えれば、その魔法は発動します。陣の描き方も、ここに載っています。」
「あ、あぁ…ありがとう…。」
「もし何か間違えたらどうなるか分かりませんから、慎重に行ってください。あぁ、秘薬の効果は一時間は続くので、どうか落ち着いて。」
「一時間だな……分かった。」
男は緊張した面持ちで結晶を仕舞った。
「あ、そうだ、言い忘れてましたが、仕様上僕はあなたのことを忘れません。もちろん今日の話は誰にも言いませんけど。」
「あぁ、分かった。黙っててくれるならもちろん問題ない。」
「それでは、お気をつけて。」
「ありがとう、魔法屋。」
「いえいえ、お代は貰ってますから。」
男が店を出ると、店内は再び暗闇に包まれた。店内にいるあの店主からすれば、まだ明るく見えているのだろうか。
ここはとある国の路地裏にある、秘密の魔法屋。代価は少しの通貨と物語だけ。
しかし、どうして店主が物語を求めるのか、それを知るものは居ない。
お客さんが帰った後、店主は外套を脱いで、懐から"物語"を取り出した。
そしてそれを丸呑みにして、満足気な笑みを浮かべた。
「凡庸な物語でしたが、その純粋さが良い味に仕上げてくれてますね。」
店主は"そういう種族"だった。
獣のような耳が美味しい物語に反応してキラキラと輝いている。
それだけを見れば、美しいと感じる人もいるだろう。
「あのお客さんは…また来るでしょうね。…えぇ、きっと次は強い味の物語を持ってきてくれますよ。」
しかし人間に興味はあれど、見ず知らずの人を助けたいわけではない。
本当に求めているのは、食べたことの無い味の物語だった。
「あぁ……それじゃあ、新しい魔法を作りましょうか。あなたの為に、ね。」




