第1話 VS 笑顔美男《ブラック・スマイル》マイケル
マイケルが笑った。それだけで、観客席が爆発した。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
黄色い歓声が、白い光になってステージに降り注ぐ。
光はマイケルの背中に集まり、派手な翼みたいにビカビカ広がった。
金髪碧眼。
白いスーツ。
完璧な歯並び。
映画から出てきたみたいな白人イケメンが、ニカァと笑う。
そのたびに、美男力(※)がマイケルに集まっていく。
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※ 美男力とは……
この会場の観客たちが選手に対して抱いた「イケメン!」という熱狂を、戦闘エネルギーへと変換した力である。
攻撃、防御、速度強化、飛行、ビーム、その他なんかすごいことに使える。
なお原理は不明である。
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『美男死頂上決戦 イケメン死亡DEATH』
『Aブロック一回戦、第七試合』
天井から女神みたいな声が降ってきた。
『競技テーマ――笑顔』
意味が分からない。
あたし――アキノ・ツカサ、十七歳、女――はステージの反対側で棒立ちだった。
「いや、あたし女なんだけど……」
『性別は問題ありません』
「あるよ! ちゃんと確認して!」
『あなたは極めて優秀なイケメンです。適正もあります』
「ないよ!」
『あります。中性値がバグっています』
「何その数値……」
頭を抱えているあたしに、マイケルがウィンクしてくる。
「ハァーイ、プリンセス♡」
「プリンセスならイケメンじゃないと思うんだけど」
「細かいことは気にしないで、ベイビー」
マイケルが笑うと、観客がまた大爆発。
背後に集まった美男力が、光の槍へ変わった。
「スマイル・ランス」
「うわっ、なんか派手に飛ばしてきたんだけど!」
あたしは横っ跳びした。
槍が頬をかすめて、床を黒く焼いた。
直撃していたら、たぶん死んでいた。
「笑顔で殺しに来るの怖すぎない!?」
「笑顔は最強の武器だよ、ツカサ」
マイケルが白い歯をキラーンと光らせる。
「この世界で一番美しい凶器さ」
「凶器って自分で言っちゃってるし……」
次は槍が六本に増えた。
「さあ、君も笑ってごらん?」
「無理。怖いから」
とてもじゃないけど、笑える状況じゃない。
正直に言った瞬間、観客席の空気が変わった。
「怖いって言った……」
「素直すぎる……いい……」
「守りたい……」
白い光が、あたしの足元にふわりと集まってきた。
『アキノ・ツカサ、美男力上昇。ただしテーマから外れているため上昇分は80%カットされます』
マイケルが少しムッとした顔になる。
「へえ……笑わずに稼ぐタイプか」
「稼いでないよ。勝手に集まってるだけだよ」
「そういうところかな」
マイケルが両手を広げると、六本だった槍が、十二本に増える。
「でもテーマは笑顔。僕に勝てるわけないよね?」
完璧な笑顔だった。
優しくて、明るくて、甘くて、少しだけ余裕がある。
でも、奥に何か見えた。
自分が一番だと疑っていない、黒い自己愛みたいなもの。
十二本の槍が、一斉に飛んでくる。
「ちょっ、数が多い!」
あたしの前に薄い光の盾が生まれた。
美男力の防御。
一枚目が割れ、続けて二枚目も割れる。
最後の一本が、肩をかすめた。
「うっ! 痛っ……!」
制服の布が裂け、肌に赤い線が走る。
観客席がざわついた。
「傷ついたツカサちゃん……」
「だめ、綺麗……」
「守りたい……」
「かわいくてかっこよくて、はかなげで……混乱する……」
混乱しているのはあたしだ。
でも、光は増えた。
傷ついたことすら、観客にはアピールになるらしい。
このゲーム、何かが……じゃなくて何もかもがおかしい。
「さあ、もっと笑ってくれ」
マイケルが一歩前に出る。
彼の笑顔は相変わらず綺麗だった。
綺麗で、眩しくて、たぶんたくさんの人が好きになる顔だった。
でも、その笑顔は、あたしを楽しませるためのものじゃない。
観客を喜ばせるためのものでもない。
自分が一番美しいと証明するための笑顔。
そのためなら、相手を殺すことも平気な笑顔。
「笑顔ってさ」
あたしは肩を押さえながら言った。
「人を安心させるものじゃないの?」
マイケルの笑顔が止まった。
「何だって?」
「その笑顔、全然安心できないんだけど」
観客席が静まった。
マイケルの背中にあった光の翼が、少し小さくなる。
『マイケル・ブレイズ、美男力低下』
女神の声が告げる。
マイケルの目が細くなった。
「訂正してくれ」
「え?」
「僕の笑顔が怖いなんて、そんなはずがない」
マイケルが笑う。
でも、今度の笑顔はさっきと違った。
唇の端が上がりすぎてて、目が笑っていない。
歯を見せるためだけに作ったような、ひきつった笑顔。
観客席に、ざわめきが広がる。
「ちょっと怖い……」
「今のは違うかも……」
「笑顔なのに圧がすごい……」
「顔はいいのに……」
美男力が、みるみる減っていく。
それでもマイケルは笑うのをやめなかった。
彼の背後に、残った美男力が集まった。
槍じゃない。もっと大きい。巨大な光の剣。
「僕の笑顔は完璧なんだ」
『警告』
女神の声が響く。
『マイケル・ブレイズ、美男力残量不足』
マイケルは聞いていなかった。
「スマイル・ジャッジメント!」
巨大な光の剣。あたしを殺すための一撃が振り下ろされる。
逃げられない。防がないと死ぬ。
「……怖い」
震えて口に出てしまった。
それと今の、あまりにも意味の分からない状況に、少しだけ笑ってしまった。
「たはは……もう笑うしかないじゃん、こんなの」
作った笑顔じゃなかった。かっこつけたわけでもない。
怖くて、困って、どうしようもなくなって、こぼれただけの笑いだった。
その瞬間。
「……え」
「今の……待って……」
「やばい、なんか刺さる……」
「情けなくて、必死で、めっちゃかわいい……」
心臓を一回だけ掴まれたような、会場全体の沈黙。そのあとすぐ、得体の知れないどよめきが会場全体を飲み込んだ。
次の瞬間、あたしの周りに美男力が爆発し、それがマイケルの光の剣を跳ね返した。
「なっ――」
跳ね返った剣が、マイケル本人に直撃した。
「ノォォォ!?」
『美男力、完全逆流』
『マイケル・ブレイズ、美男力マイナス』
完璧だった顔に、細い亀裂が入った。
白い肌が割れる。高い鼻が崩れる。青い瞳から光が消える。
綺麗な歯が、床にカリカリカリッと散らばった。
『笑顔美男』
『マイケル・ブレイズ』
『笑顔DEATH』
「……意味分からない」
観客席は大熱狂だった。
「ツカサちゃあああん!」
「さっきの情けない笑顔、最高!」
「かわいい! かっこいい!」
「どっちなの!?」
いや、知らない。
巨大モニターが光りトーナメント表が映し出される。
マイケル・ブレイズの名前に赤い線が引かれた。
『Aブロック一回戦 第七試合』
『勝者』
『美少年女子 アキノ・ツカサ』
あたしは天井に向かって、全力で叫んだ。
「誰が美少年女子だよ!」
誰も聞いてなかった。




