Eleven:廃れた群青世界の正直者
「出雲さんすみません、だいぶ話の腰を折ってしまいました。話は私室に呼び出したところまででしたね」
「鴨志田くんはよく覚えてるな。
そうね、そこからだ。私は深夜、蝉川を私室に呼び出した。誕生日プレゼントを渡すという名目でね。蝉川はまんまと騙されて警戒もせず入ってきた。そしてすぐ催涙スプレーをかけて、身体を縛った後に全身麻酔薬を注射。そのまま意識を落としたあとに丁寧に心臓を突いて溢れ出る血を頂戴したわ。さっき言った通り嫌なやつだったから、まあ一石二鳥ってところだったかな。それから調合して、無事完成。味は不味かったよ。でも薬は30分ぐらいで全身に回って、試しに針で指を少し刺してみたんだけど血も出なかった。針を抜いたら皮膚の空いた場所がもう治ってて、あのときの感動は忘れられない。朝になって蝉川がいないってことにみんな気づいたんだけど、誰も行方を探そうとしなかった。これがまさに天罰だね。そのまま開戦しちゃったんだけど、みんなは研究施設に閉じこもった。頑丈だったし、食料はなんでもあったし。そして数十年後、みんなやっと私が一切老けてないことに気づいた。そこで私は不老不死を打ち明けた。罵声を浴びせてきたやつたちは蝉川と同じように殺した。面倒だったから。でも友達は数人残して、一緒に生活した。友達も言葉にせずとも冷めた目で私のこと見てたけど、結局はみんなすぐ老衰で死んだ。私は外に出して土に埋めたよ。それからは一人で過ごしてて、気がついたら鴨志田くんと出会った」
僕は無言だった。隣にいるのは不老不死の殺人鬼。その事実はどう足掻いても揺るがない。
それだけど。
出雲さんは孤独を解消してくれた。誕生日を祝ってくれた。それも事実だ。
出雲さんを誰が裁くのか。誰が責めるのか。実行できるのは僕だけであり、そして僕には実行すべきことが何か分かっていた。
「出雲さん。僕は死のうと思います」
出雲さんは呆然としていた。
「蝉川博士は言っていたんです。自由は追い求めすぎてもダメだと。そして、僕にはこの世界は自由すぎます。この世界で生きていくにはあまりにも大きい自由を与えられてしまいました。出雲さんを残したままなのは気がかりですが、それでも僕は死のうと思います」
すると出雲さんは「私も」と言ったから、僕は思わず横を見た。
「実は不老不死っていうのは半分正解で半分間違いだったの。不老なのは正しいけど不死は間違い。私、不老不死の研究の過程で副産物として絶対に死ぬことができる成分を見つけてさ。それで暇だったからちょっと粋なものを作ってみた。鴨志田くんの行動は否定しないし、むしろ肯定。どうせなら一緒に死のうよ。安楽死って知ってるでしょ?」
僕は黙って頷く。
「私、不老不死の研究の過程で副産物として絶対に死ぬことができる成分を見つけてさ。それで暇だったからちょっと粋なものを作ってみた」
そう言って出雲さんはリップを見せてきた。
「これには今言った成分を入れておいた。これは同じリップを塗った者同士がキスをしないと死なないリップ。一応持ってきたんだけど、その判断は大正解だったよ。このリップ、面白いでしょ?ということで私が塗ってあげる」
僕は言われるがままに塗られた。リップというのを塗ったことがなかったし、ましてや塗られるなんてことは一度もない。出雲さんは僕に塗りながら話した。
「私も自由を追い求めて不老不死になったけど、流石に飽きたかな。自由は追い求めすぎちゃダメだね」
塗り終えると、今度は出雲さんが自分自身に塗る。そこで僕はバイオレットピンクであることに気づいた。
「さあ塗り終わった。最後に何か言いたいことは?」
僕は眼前に広がる風景を見渡した。
「僕は、この雨に濡れて幻想的な群青世界の中で死ねることが嬉しいですね。言いたいことはそれだけです」
出雲さんはお淑やかに笑う。
「その表現、良いね。でも建物とかはボロボロなんだから、どっちかというと廃れた群青世界かな?そうすると、私たちは廃れた群青世界の正直者だ」
僕は笑った。「廃れた群青世界の正直者」という言葉は僕たちにぴったりだ。
そして僕は、抱えた二冊の本を水溜りに置く。
「リンカーンが正直になれたのは、本が濡れたからとも捉えられますよね。僕たちも一緒ですよ」
出雲さんは「他人の本を濡らすなんて酷いわね」と笑いながら冗談を言う。
「私たちはここでさようなら。またどこかで会えたら私は嬉しいよ」
そう言って僕に口付けをする。互いに身体を抱きしめて、体に痛みのない毒が回っていく。やがて僕たちは体も動かなくなり、椅子に寄っかかった。群青色の天井に見られながら僕たちは永遠の眠りに落ちた。
■参考文献
『聖書の解剖図鑑 神さまと私たちの物語』
文/山野貴彦 絵/飯嶌玲子
出版:エクスナレッジ




