Ten:サイコロを振るのは誰か
僕たちは示し合わせたように横長のビニール椅子に座った。椅子はほんの僅かに濡れていて、少し冷たく感じる。椅子の横幅は大きいのに、僕と出雲さんは肩が触れ合うほどの近さだった。出雲さんは話を切り出す。
「私は留学から帰ってきてから、すぐ不老不死の研究を始めた。まず最初に古今東西問わずあらゆる資料を漁ったけど、どれも参考にはならなかった。それでも一人でめげずに研究をしてたよ。大学を卒業してからは研究施設で働くようになった。研究施設でもやめずに不老不死の研究をしてた。無知の状態から研究を始めたから何度も何度も失敗した。その度に挫けそうになったけど、自由を限界まで追い求めれるならなんでも良かった。それから数年後、完成まであと一歩まで近づいた。あとはやっぱり、大量の血が必要だった。どうにか量を減らせないかと思ってあらゆる方法を試してみたんだけど、無理だった。だから私は覚悟を決めたわ。誰かを殺すっていう覚悟をね。私は深夜、施設長を私室に呼び出した。あの日はよく覚えてる。それが偶然にも今日と同じ8月3日だった。開戦した日だね。そして同時にあの施設長の誕生日でもあった」
「え?誕生日だった?」
僕は黙って聞くつもりだったが思わず話の腰を折ってしまった。出雲さんも「それがどうした」とでも言いたげな表情を見せる。
「誕生日だったことでそんなに驚く?珍しいには珍しいにしても偶然だよ」
「その施設長、名前は何ですか?」
出雲さんは僕に警戒した目を向ける。僕だって突然訊かれたら同様の反応をするだろう。
「名前?そりゃ知らないと思うけど、蝉川よ」
僕は自らの予想が当たっていたことに絶句した。蝉川?蝉川という名字はだいぶ珍しい。蝉川博士自身も親戚以外で同じ名字の人を見たことがないと言っていた。あの人は研究施設を掛け持ちしていたのか?
「僕の研究施設長も蝉川という名字なんですよ」
今度は出雲さんが「え?」と言う番だった。
「誕生日が一緒で名字も一緒でさらに同じ研究者として働いてるってことある?」
僕は思わず早口で尋ねた。
「出雲さんのところはフルネームなんですか?」
「蝉川翔介ね」
僕はもはや驚かなくなった。名前まで似ている。出雲さんのところは蝉川翔介。僕のところは蝉川京介。出雲さんに伝えると、出雲さんはある可能性を思いついたようだ。僕も既に察しはつき、言葉にする。
「もしかして、二人は双子だったんですか?」
出雲さんは「多分、そうだと思う」と言った。
「チャーハン一緒に食べたときのこと覚えてる?私、嫌いな研究者がいるって話をしたじゃない?あれ、蝉川よ。蝉川翔介。あいつはすぐ嘘とかつくやつで、結構嫌ってる人は多かったね。お兄さん、もしかして濡れた本の話好きだった?」
僕は深く頷く。まさに蝉川博士はその通りだ。あのときは「まさかそんなわけあるまい」と可能性をすぐ捨てたが、その推測が本当に正しかったとは。出雲さんは、弟の翔介さんはよく嘘をつく人だと言っていた。一方で蝉川博士は正直という言葉がぴったりである。その性格の故仲は悪く、蝉川博士は存在ごと隠したのだろうか?僕自身は一人っ子なので気持ちは分からないが、僕の友達は「兄弟は本当にいらない」と頻繁に言っていた。それと似ているのだろう。
僕は頭の中で「神はサイコロを振らない」という発言を思い浮かべていた。あの天才物理学者であるアインシュタインが量子力学を批判する際に放った言葉だ。僕は「神はサイコロを振らない」のではなく「神がいないからサイコロを振れない」のではないかと思っていた。
だけど今だけに限って、僕は誰かがサイコロを振っていたのかと思う。神秘的な偶然が起こったのではないかと思う。そうでなければ、目覚めて100年後に起こることとしてはあまりにも完璧すぎるだろう。




