第6話: マゾ、変態スキルが白日の下へさらされる
季節は巡り、俺がこの世界に転生してから十年が経った。
その日、孤児院の子供たちはそろって街の聖堂へ連れてこられていた。十歳――この世界では、神から授かるスキルを鑑定する「祝福の儀式」を受ける年齢だ。そこで示される力は、しばしばその者の人生そのものを決める。いわば、天職を告げられる日だった。
周囲の孤児たちは、期待と不安の混じった表情で祭壇を見つめていた。まあ、無理もない。この儀式の結果次第で、冒険者になれるのか、それとも一生畑を耕すことになるのかが決まるのだから。
俺といえば、そんな希望に満ちた空気に乗れる精神状態ではなかった。
冷や汗が止まらない。
神様から押しつけられた、あの最低最悪の呪いみたいなスキル。
こいつは単に「痛いのが好きになる」みたいな生ぬるい代物じゃない。苦痛を、強制的に快感へ変換する。本人の意思などお構いなしで、だ。
つまり最悪なのは、痛みに顔をしかめるべき場面で、うっかり別の反応が漏れかねないことだ。
終わってる。説明だけで人生が終わってる。
もしこれが、この神聖な儀式で公に露見したらどうなる。
――お前のスキルは被虐嗜好である
そんな宣告を聖堂のど真ん中で食らった日には、冒険者どうこう以前の問題である。将来を決める儀式のはずが、変態の烙印を押される公開処刑になってしまう。
嫌すぎる。
もっと他にあっただろ。剣術強化とか、魔力増強とか、農作業適性とか。なんでよりによって、苦痛が快感に強制変換される地獄みたいなスキルなんだよ。
「次は……イタロウ」
神官の声が、やけに重々しく響いた。
来た。俺は震える足で祭壇へ進み出る。石床がやたら冷たい。足音がやたら大きい。なんでこういう時だけ世界は無駄に演出を盛ってくるのか。
祭壇の中央に置かれた水晶の前に立ち、そっと手を伸ばす。ひやりとした感触が手のひらに伝わった。
頼む。どうか平凡であれ。せめて地味であれ。欲を言えば「ちょっと器用」くらいで済んでくれ。もっというなら、例のあのスキルは表示されないでくれ。
水晶が淡く光り始める。聖堂の空気が静まり返った。俺は祈るような気持ちで息を止める。その瞬間、水晶の表面に文字が浮かび上がった。
『――【被虐嗜好】』
終わった。
あまりにも、終わった。
しかも、ただ文字が出るだけでは終わらなかった。水晶から赤い光がどくん、どくん、と脈打つように漏れ出し、祭壇の周囲に禍々しく広がっていく。意味わからんすぎる。無駄に騒ぎを大きくする演出してんじゃねえよ。
「な、なんだこれは……?」
「水晶が脈打ってるぞ……」
ざわり、と聖堂が揺れた。
やめろ。そんな「見てはいけないものを見た」みたいな顔でこっちを見るな。俺だって好きでこんな表示を出したわけじゃない。恥ずかしさと緊張で、思わず拳を握りしめる。爪が掌に食い込んだ。
痛い――その瞬間だった。
掌の痛みが、ぞわりと妙な熱に変わって背筋を駆け上がる。
まずい。来る。
やめろ。今だけは変換するな。ここは聖堂だ。神聖な場所だ。頼むから空気を読んでくれ。
「……あはっ」
漏れた。終わった。今度こそ完全に終わった。
聖堂の空気が凍りつく。神官たちは目を見開き、子供たちは硬直し、祭壇の脇で引率していたシロマ先生が、口元を押さえたままふらりと揺れた。
「あっ、シロマ先生が倒れた……」
どさり。
いや待って。俺のスキル開示で引率の先生が卒倒することある? そんな大事故ある? 10歳の祝福の儀式で出していい被害じゃないだろ。神官はこめかみを引きつらせながら咳払いをひとつし、引きつった苦笑いで場を収めにかかった。
「……ずいぶん珍しい特殊系スキルのようだな。まあ、こういうものもある。周りも騒ぎすぎないように」
そこで一拍置き、俺の方を見た。
「イタロウも……その、あまり羽目を外しすぎないようにな」
無茶を言うな。こっちは好きで外してるんじゃないんだよ。ブレーキが利かないんだから。
だがもちろん、そんなことを言えるはずもない。俺は顔を真っ赤にしたまま、こくこくとうなずくしかなかった。背中に焼けるような羞恥を感じながら、俺は逃げるように祭壇を降りた。
するとその時、聖堂の入口近くからぱたぱたと軽い足音が近づいてきた。補助役で来ていたミーナ先生が、慌てた顔でこちらへ駆け寄ってくる。
「イタロウくん、大丈夫!?」
心配してくれるのはありがたい。ありがたいのだが、先生は焦るとだいたい足元がおろそかになる。ああ、なんか嫌な予感が…そして案の定、入口近くの小さな段差に見事につまずいた。
「あっ」
「うわっ!?」
前のめりになった先生の頭が、勢いよくそのまま俺の顔にぶつかってくる。
どすっ、と鈍い衝撃。
顔面に走った痛みで、視界の端が一瞬白く弾けた。
まずい。これは普通に痛い。そして普通に痛いということは、俺の呪いみたいなスキルが普通に仕事をし始めるということでもある。
胸の奥が熱くなる。やめろ。こんなタイミングで律儀に働くな。
「ご、ごめんね!? ぶつかっちゃった!」
ぶつかっちゃったじゃねえよ、ドジっ子属性が。文句言ってやろうかと思ったが、第一声で出てきたのが。
「き、気持ちよかっ――いや、何でもないです。平気です。すこぶる平気なので気にしないでください」
言ってから血の気が引いた。今、俺は何を口走ろうとしたんだ俺は。
違う。違う違う違う。今のは言葉の事故だ。盛大な玉突き事故で、動揺していただけだ。そうに違いない。
ミーナ先生はきょとんとしたあと、「そ、そう? 今何か…」と困ったように笑った。なにやら、今、口走りかけた言葉が気になっているような表情をしているが、あえて気づいていないフリをする。
頼む。それ以上は聞かないでくれ。今の俺は、少しつつかれたら社会的に死ぬギリギリのところで踏みとどまっているんだ。
その後ろでは、気絶したシロマ先生が神官たちに介抱されていた。あっちはあっちで大惨事である。
俺は悪くないんだ。マジで。なんだったら今回の最大の被害者であるくらいだ。俺はもう何も見なかったことにして、顔を伏せたままミーナ先生に促され、半ば連行されるように聖堂の外へ出た。
10歳の祝福の儀式。
本来なら、人生の第一歩を祝う神聖な日だったはずだ。なのにどうして俺だけ……。
スキルを大公開され、変な声まで漏らし、先生を一人卒倒させ、別の先生に凸られて二次被害まで受け、最後には危険物みたいな扱いで退場しているのか。
納得がいかない。あまりにも納得がいかない。
ただ一つ、はっきりしたことがある。
俺の平穏な異世界ライフは、たった今、かなり嫌な音を立てて死んだ。
しかも他の誰でもない自分。強いて言えば、俺にこの呪いを渡したあの神様だ。
ふざけるな。俺はただ、そこそこ平和に楽しく悠々自適に暮らして、そこそこ恵まれた環境で育って、特になんの努力もせずにチートを手に入れて、みんなからチヤホヤされて、ちょっとしたハーレムができるくらいの人生を歩みたかっただけなんだ。せめて人並みに恥をかかずに生きたかっただけなんだ。
それなのに現実はどうだ。
10歳にして、聖堂で変な目で見られ、先生を気絶させ、先生に心配され、ついでに自分でも意味不明な発言をした危ない子みたいになっている。
先が思いやられるにもほどがある。
最悪だ。地獄だ。十歳児に背負わせていい黒歴史の量を明らかに超えている。
せめて、せめてスキル名だけでももう少し何とかならなかったのか。
耐苦体質とか。受難適性とか。ぼかしようはいくらでもあっただろうに。
なぜ神様は、こういう時に限って無駄に率直なのか。そんな理不尽に満ちた現実を前に、俺はがっくりと肩を落とした。
祝福の儀式。
人生を決める、神聖な通過儀礼。
大いに結構だ。ただ少なくとも、俺にとって今日という日は――未来への輝かしい第一歩なんかではない。
平穏が死に、尊厳が削れ、黒歴史が堂々と産声を上げた記念日である。
しかも最悪なことに、まだ嫌な予感が続く。今日これだけやらかしたのに、たぶん本番はここからだ。
スキルが厄介で、周囲の目も厄介で、どう考えても静かに暮らせる気がしない。
神様。転生特典って、もう少しこう、人に優しいものじゃありませんでしたっけ。
……本当に、先が思いやられる。




