決意
目が覚めたとき、俺はアトラの屋敷にいた。
「起きたみたいだね、ユーマ」
首を動かして目を向けた先で、アトラがベッドに横たわる俺を見守るようにして椅子に座っている。
何があったんだっけ。ああ、俺は……負けたのか。
「ユーマ、すまない」
アトラは真っ直ぐに俺を見て謝り、深々と頭を下げ……
「危険な任務を任せてしまったことを反省する。治療費も全部僕が持つから心配しないでくれ。もちらん依頼料も色をつけて出す」
なんて言ってきやがった。
「そんな、ことを聞きたい訳じゃねえ……俺はどうなった……」
「怪我自体はそこまで酷いものじゃないそうだ。内臓もダメージこそあるものの、死んだ臓器はない」
アトラの言葉に、安堵する。
全く、死ぬかと思ったぜ。この世界に来て100回目くらいにな。
ふと、窓の外を見れば輝く満月がその光を主張している。
「俺はどれくらい寝ていたんだ?」
「丸1日ってところだね」
「そうか……」
俺はふと、右手に温もりを感じて目をやると、そこにすやすやと眠るミリィの姿があった。
俺の手を掴み、そのままベッドによりかかるようにして眠っている。
「ミリィちゃんに感謝するといい。ずっと君のそばを離れようとしないんだ。全く、妬けてしまうよ」
「ミリィが?」
「ミリィちゃん、ずっと泣いててね。大変だったよ。事情を説明したらこの通りさ、いつもならご褒美なんだけど今回ばかりは効いたね」
アトラはそういって自分の頬を指で指す。アトラの頬は見て分かるほど赤くはれていた。
「うちのミリィがすまんな」
「いいんだよ、元はといえば僕の責任だ。というかうちのって……」
「敵に俺たちの密談が聞かれていたんだ。完全に俺の落ち度だ。死んでいたって文句は言えない」
「そりゃ言えないだろうけど、物理的に」
ウーノは俺を殺すまでもないと判断したのだろう。俺はそれほどに取るに足らないと。
事実その通りだった。手も足も出ないとはこのことだ。
「くそっ!」
思わず悪態をつく。
「魔人種の一団……今は2人だけど、彼らは1人の少女を連れて魔人種の生存圏へ向かったよ」
「ニーナが……連れて行かれたのか」
アトラがそれを知っているのは、おそらく監視をつけていたからだろう。今回みたいなことがあったときのための予防線だ。その監視のおかげで俺もこうして無事、治療を受けている。
そして、ニーナのことだ。
アトラの話では、あのウーノという男はニーナをその場で殺さず、わざわざ魔人種の国に持ち帰ろうとしているようだ。その目的は分からないが、少なくともあの場で俺もニーナも死ななかったことを喜ぶべきだろう。どちらが死んでもおかしくない戦場だった。
「彼らの狙いは鬼人種の少女だったみたいだね」
「ああ、ニーナ・リーベリックって子だ」
たった一度しか聞いていないフルネームなのに、よく覚えていたと我ながら思う。
「リーベリック?」
アトラはニーナのファミリーネームに眉をひそめる。
「知っているのか?」
「……鬼人種はあまり群れたりしない。せいぜいが家族単位だ」
それは俺も知っている情報だった。
「それで、リーベリックというのは……」
そこでアトラは俺のほうをちらりと見る。
何だろう。何か言いにくいことなのか。
続くアトラの言葉に……
「2年前、君のいた魔人種の村を襲った一団。それがリーベリック家だ」
「なんだと!?」
思わず、詰め寄る。
「リーベリックは魔人種に強い恨みを抱いている一家のようで、ずっとあちこちの村を襲いながら生活していたみたいなんだ。これは、割と有名な情報だよ」
「じゃあなんで、ニーナは1人で帝都にいたんだ!」
「リーベリック家は半年くらい前に魔人種の大隊によって滅ぼされたんだ。その子はきっと、そのときの生き残りだ」
「は、半年前……?」
つい最近のことじゃないか。
頭をハンマーか何かで殴られたような感じだ。
俺はずっと、ニーナのことをただのお調子者の女の子だと思っていた。
ニーナが鋼糸の技を教えろと迫ったときのことを思い出す。あいつは、復讐したかったのかもしれない。家族を殺した、魔人種に。
『あいつらの狙いは自分だと思う』
撤退を指示したとき、退こうとしないニーナが言った言葉だ。
ようやく、俺の中で全てが繋がってきた。
「魔人種は、ニーナを追ってこの都市に入ったのか」
「……みたいだね」
『運悪く、ねえ。実はそうでもないんだなあ、これが』
ウーノが言っていた言葉だ。
きっとニーナには監視がついていたんだ。そしてそこに俺が現れ、状況をややこしくした。最後には、ニーナを敵の隠れ家に送り届けてしまうおまけつき。
敵からしたらまさに鴨が葱を背負って来た状況だったことだろう。
「気付かないうちに、犯罪の片棒を担がされた気分だぜ」
「実際状況はそれに近い。情報収集が不十分だった僕にも落ち度はある。責めてくれてもいい」
「責められるかよ……そんなこと言ったら俺のほうがよっぽど酷い」
知らなかったではすまない。
俺はベッドから起き上がり、部屋の隅に立てかけられてあった俺の戦闘服に着替えていく。
「ユーマ。なにするつもりだ」
「見て分かるだろ。やつらを追う」
「ミリィちゃんはどうする、君がいなくなったら彼女はどうすればいいんだ」
「……できるだけ早く帰る」
「そういう問題じゃないっ!」
アトラは俺に詰め寄り、襟を掴んで引き寄せる。
「君は背負わなくていいものまで背負おうしている。ミリィちゃんを救ったことで調子に乗っているのか!?」
俺のことを心配してくれるアトラ。
その、気遣いは痛いほど伝わる。だが……
「そんなんじゃねえ」
言葉を返しながらアトラの腕を掴み、引き剥がす。
俺の拒絶に、アトラは悲痛な声で反論する。
「だったら何でだ!? 君はもともとそんなキャラじゃなかっただろう! リスクを避けて、ただ日々を平和に生きる。それが君の生き方だろう!」
「気付いたんだよ」
それはあの時、権能を発現し魔人種に襲い掛かったニーナに、置いていかれたときにも感じた思い。
今までの俺からは考えられないことかもしれない。だが、ようやく気付いたのだ。俺は……
「ずっと逃げてたんだ。背負うことから逃げて、人と関わることから逃げて、怖いことから逃げて……でも、ミリィと逢ってもう逃げるのはやめようって思ったんだ」
そうアトラに告げて、はっきりと宣言する。
「ここで逃げたら俺は、かっこ悪いんだよ」
「……なんだよ、それ」
「悪いな、アトラ。俺はもともと、こんなキャラだったんだよ。それに気付いた……いや、思い出したからには今度こそ、守りたいんだ」
澪と一緒にこの世界に来たとき、俺は澪を守ると誓い背負い込んだ。その誓いは……守ることができなかったけど。
俺は本来、誰かを守ろうなんて息巻く馬鹿だったのだ。それを思い出したからには、もう逃げない。
すでに1人背負い込んでしまったのだ。今更、その重荷が多少増えたところで構いやしない。
そう思えるように、なったのだ。
「そっか……ユーマは変われたんだな」
「俺としては戻ったって気分だけどな。駄目な俺しか知らないお前にとっては豹変みたいなものか」
「まったく……ユーマは強いなあ」
「そんなことねえよ。強かったらボコられてこんなところにいやしない」
「はは、それもそうか」
アトラはそう言って笑い、俺の背中をバシッと叩き、告げる。
「ヘンリエッタと早馬を貸す。彼女に聞けば彼らが向かった方向も分かる。向こうは馬車での移動だ。今ならまだ、魔人種の生存圏に到達する前に追いつくかもしれない」
「本当か!」
「ああ、ついでにミリィちゃんの説得もしておいてやる。ちょうど、片方だけ痛くてバランスが取れないと思っていたところでね。もう片方に一撃もらうのも、悪くない」
そう言ってアトラは、今度は逆に赤くなっていないほうの頬を指でつつく。
「急げ、ユーマ。そして絶対、生きて帰れよ」
「ああ、ありがとうアトラ」
俺とアトラは拳を突き合わせ、ぶつけた。
「行って来る、親友」
「行って来い、悪友」
俺は親友に心の中でもう一度礼を言って、その場を後にする。
部屋の外で待機していたヘンリエッタさんに従い、早馬にまたがった俺達は早々に駆ける。
「急ぎましょう。ここから圏境まで早馬で一週間程度の距離しかありません。圏境を越えられると……それ以上はお供できません」
「それでも充分です。それに、間に合わせますから心配いりませんよ」
そう、絶対に間に合わせて見せる。
待ってろ、ニーナ。
今度こそ……守りきってみせるから。




