45.その再会は失われたはずの血縁者
次の日――デュオは『模倣の使徒』に挑戦する鈴鹿達を王城へ連れて行き、影武者である『模倣の使徒』に訓練場にて引き合わせる。
後は挑戦者と『模倣の使徒』のみでの戦いとなるのでデュオはこの場から立ち去った。
「トリニティ、頑張ってね」
「お姉ちゃんもありがとう」
どれ程の時間が掛かるかは分からないが、早ければ1・2時間で決着が付くであろう。
このまま王城の前で待っていてもいいが、特段待つ理由も無いので取り敢えずは日課の九尾城にてクオの封印されている再生水晶に魔力を注ぎに行くことにした。
九尾城でクオの世話をしている狐人の3人娘と他愛も無い会話をし、再び王都に戻ってきて冒険者ギルドへと向かった。
「あら、デュオちゃん。最近依頼を受けてくれなくておねーさん寂しいんだけど?」
「あー、ごめんなさい。ちょっと色々立て込んでて・・・独り身のトリスさんに寂しい思いをさせたのはホント申し訳ないんですが」
冒険者ギルドの受付をしているトリス嬢が、最近デュオの行動が余裕がなさそうにしているのを見てからかい半分で声を掛けてきた。
デュオの方もトリスが気を遣って声を掛けてくれたのを感じ、同じように冗談で返す。
「ちょっ・・・! 私を寂しい女みたいに言わないでっ!? 私のような可憐とした乙女は引く手数多に決まっているでしょう。今日も今日とて色んな男から声を掛けられているんだから」
「・・・トリスさん。自分で言ってて寂しくなりません? それってただの依頼の申請の事ですよね?」
「・・・言わないで、デュオちゃん・・・」
デュオは容赦ない口撃でトリスを打ちのめし、本来の用事である人物を捜した。
「デュオっち、こっちこっち」
冒険者ギルドの受付と隣接する食堂エリアに目的の人物であるシフィルが居た。
デュオは飲み物を頼んでシフィルと同じ席に着く。
「それで、例のアレの情報はどうだった?」
「うーん、やっぱり一筋縄じゃいかないみたいだね。首都の国立大図書館の禁書室に厳重に封印されているみたい。
例え大統領であろうとおいそれと入ることは出来ないみたいだよ」
『彼ら』の秘密に迫るであろう魔導技術大全の1冊が封じられていると言うプレミアム共和国の情報だ。
一般にも出回っている情報だが、シフィルは僅か1日でそれにプラスした情報を仕入れてきたのだ。
「プレミアム共和国には何の伝手も無いからね・・・仮にあったとしても大統領でさえ難しいのならそう簡単にはいかない、か」
「サンフレア神殿でも難しそうだね。この間の件で向こうは借りがあるから一応の伝手はあるんだけど」
サンフレア神殿で盗まれていた秘宝――三種の神器である光の宝玉を取り戻す為にエレガント王国にまで犯人を追いかけてきたジークフリード達を手助けしたと言う事で一応であるが借りがあった。
尤もその借りを作ったのはデュオではなく通りすがりの巫女フェルだったりするのだが。
「一度プレミアム共和国の国立大図書館に行ってみようかしら?」
「まぁ、現場に赴いて状況を確認するってのも一つの手だけど、その前にもう1つ仕入れてきた情報を聞いてからでも遅くないと思うよ?」
「もう1つ?」
「そう、例のアレに関するもう1つの情報。
元々アレはセントラル遺跡の地下資料室に在ったものだけど、その内の数冊が流出して1つがプレミアム共和国に流れ着いたってわけ。ここまではデュオっちも知っている情報だね」
「そうね」
「で、実はもう2冊流出しているらしいの。1冊は炎聖国。国王が力を付けたのは代々受け継がれる――と言ってもここ2・30年くらいだけど、その1冊が原因じゃないかと言われているね。
で、もう1冊が竜の里にあると言われているみたい」
「炎聖国と、竜の里・・・」
炎聖国と竜の里と聞いてデュオは僅かながら希望の光が差し込むのが見えた。何故ならデュオはその内の1つ竜の里に縁があったのだ。
竜の里とは竜人が住まう集落の集まりの事を指す。
デュオは冒険者になって1年が経った頃、美刃と共に訪れたことがあるのだ。
その時その里の代表である紅玉族の族長と会う機会があった。そしてお互いに良好な縁を築くことが出来たのだ。
「それなら竜の里の方がいいわね。族長さんとは面識があるから話は通りやすいと思うわ」
「そこは流石デュオっちと言うべきかな? 普通、竜人に会うだけでも結構レアなのに、その竜人の住む竜の里と縁があるってそれだけで冒険者や商人には垂涎ものだよ」
「あたしの場合はたまたまよ。美刃さんもいたしね。
ただ、向かうとなればあたしだけより美刃さんも一緒の方がいいわね。美刃さんの都合がつき次第一度竜の里に向かう事にするわ」
「了解。その間にも別の情報も集めてみるね」
「お願いね」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「デュオ、ここに居たのか」
シフィルと別れて冒険者ギルドを出たところでウィルと出会った。
どうやらデュオを捜していたらしい。
「どうしたの?」
「ああ、ちょっと付いて来い。耳寄りな情報を手に入れた」
そう言ってウィルはデュオを引き連れて商業区の方へと足を運ぶ。
「何よ、耳寄りな情報って」
「お前が今喉から手が出るほど欲しい情報だよ。
聞いて驚け。なんとセントラル遺跡の地下資料庫へはいる為の鍵の情報だ」
「それ本当っ!?」
ウィルの言葉にデュオは思わず食いつく。
紫電と訪れたあの地下資料庫は紫電の言葉通り厳重な封印が再度施されており、どうやっても入れない様になっていたのだ。
紫電が持っていた特殊な文様が刻まれた鍵が唯一の鍵なのだが、封印されている部屋の鍵がそう複数あるわけもない。
あるとすれば紫電の持っていた鍵とスペア用の鍵くらいだろう。
ウィルの言葉を信じるならスペア用の鍵のありかが分かったのだろうか。
「それで、その鍵は何処にあるの?」
「ああ、アムルスズの火鎚屋って鍛冶屋だ」
「鍛冶屋?」
何故そこで鍛冶屋が出てくるのだろう。デュオはそう思いながらもウィルの話に続きを待つ。
「風雅水月のおやっさんから聞いた話だが、そこのアムルスズの火鎚屋のドワーフがどんな扉でも開ける鍵を作り上げたって話だ」
「どんな扉でも開ける鍵って・・・」
「ああ! それさえあればあの地下資料庫だって開けられる!」
デュオは一気に話が胡散臭くなるのを感じた。
そんな鍵があれば盗賊は黙ってはいないし、当然王国だって犯罪にも使われる可能性のある鍵を見過ごすわけにはいかない。
そして何よりそんな高性能な鍵の存在をウィル程度の冒険者(A級とは言え情報収集に関しては通常の冒険者並み)が仕入れて来たと言うのが既におかしいのだ。
ウィル程度が知っているのであれば、既に盗賊ギルドや王国が動いていることになる。
そんな特ダネ情報を仕入れて上機嫌なウィルに連れられ、北区中級商業区にあるアムルスズの火鎚屋の店へと辿り着いた。
「いらっしゃい」
鍛冶屋にありがちな頑固そうな表情をしたドワーフがそこに居た。
いや、この場合はドワーフ特有の鍛冶への矜持を持った巌窟さと言うべきか。
「早速で悪いが、噂を聞いてやってきた。ドワーフのおっさん、どんな扉でも開ける鍵を作ったって本当か?」
何の遠慮も無し、駆け引きも無し、バカ正直にウィルはドワーフへ質問をぶつけた。
流石にウィルもA級を名乗るだけあってそれなりに交渉は出来るのだが、今回の件に関してはどうも気が逸って先走っている感が否めない。
「・・・はぁ、お前さん方もか。そんなもんある訳なかろう。あったらあったで大問題なアイテムだぞ。一介の鍛冶屋が持っていていいもんじゃないだろう」
「・・・へ? 無いの?」
「やっぱりね・・・」
予想通りの答えにデュオは呆れながらため息をつく。
「いや、でも鍵穴構造を解析してそれに合わせて変形する鍵を作ったって・・・普段は普通の鍵に見えるからばれないって」
「いや、それはもう鍛冶じゃなくマジックアイテムの部類じゃないのか? そもそもこうして情報が出回っている時点でバレバレだろうに」
「やっぱり他にも同じことを聞きに来る人がいるって事?」
「そうだな。何処から出た噂なんだか・・・
お前さんみたいに分かってくれるうちはまだいい。本当はあるのに隠しているんだろうって迫ってくる輩も居れば、強硬手段に出ようとする大馬鹿者も居る」
ウィルと同じように情報を仕入れ訪ねて来た輩が大勢いたのだろう。
勘弁してくれと言う溜息を吐くドワーフにデュオは大いに同情する。
ウィルはウィルで盛大な失態を犯したことに気が付きその場でへたり込んで悶えていた。
「ねぇ、もしかして鍵じゃなくて何かを作ったんじゃないの? 普通じゃない何かを」
それが何処で結びついたのか鍵になったのでは?とデュオが尋ねるとドワーフは少しだけ表情を動かし何事も無かったかのように振る舞う。
「さぁな。俺は鍛冶屋だ。鍛冶屋が物を作らなくてなんだってんだ。普通じゃ無い物ならいくらでも造っている。
魔剣もそのうちの一つだし、特殊ギミックを盛り込んだ武器もそうだ」
「へぇ、流石ドワーフね。魔剣なんて簡単に作れるものじゃないんだけど。知り合いの鍛冶屋は魔力を武器に刻むのはかなりハイレベルな技術がいるって言ってたわ」
デュオはドワーフの表情の変化に気が付いたが、敢えて何も問わずに話を続けた。
鍵の噂が偽りである以上、デュオにとって不必要な情報だからだ。
万一今後役立つ情報であるのかもしれないが、今はこれ以上情報の引き出しはかえって店主であるドワーフに不信感を与えかねない。
「ふん、一般の鍛冶を習ったドワーフにとってそれは当たり前の事に過ぎんよ。それより折角鍛冶屋に来たんだ。何か注文の一つでもしていけよ」
「・・・あたし魔導師なんだけど・・・」
「そこの小僧が居るだろう。見たところオリハルコンの剣を持っているがちゃんと使いこなせているのか?」
流石はドワーフ。ウィルの下げている剣がオリハルコン製であることを見抜いていた。
「おい、ドワーフのおっさん。それは聞き捨てならねぇな。オリハルコンの剣くらい使いこなしてるに決まっているだろう。寧ろオリハルコンじゃ足りないくらいだ」
「ほう、言うじゃないか。それとおっさんはやめろ。俺はこう見えてまだ38歳だ」
ドワーフで38歳は人間で言えば18・9歳くらいの年齢だ。
流石にこの年齢で中級区に店を構えるのはまずありえない事だ。それだけこのドワーフの腕がいいから出来る事なのだろう。
「あー、おっさんは流石に悪かったな。何て呼べばいいんだ?」
「アムルスズでいい」
店に付いている名前だ。このドワーフは自分の名前を店に付けたらしい。
「俺はウィル。クラン『月下』に所属している。さっきも言ったけど、オリハルコンでも十分なんだが、出来ればそれ以上の剣が欲しいんだよなぁ。有名どころの名剣や聖剣・魔剣は所有者が既に決まってたり、所在が不明だったりするからなぁ」
「ほぅ、クラン『月下』のメンバーか。確か『蒼剣』ウィルだったな。
するとお前は魔導師と言う事は、その赤色の装備、杖・・・『鮮血の魔女』デュオか」
「お、俺も結構名声が上がってきているな」
「確かにお前の腕ならオリハルコンの剣も十分に使いこなせているだろう。これ以上の剣となるとヒヒイロカネの剣だが、流石にそれはそう簡単に手に入る物じゃないからな」
「だよなぁ・・・」
ウィルも分かってはいたが、現状これ以上の戦力増加が見込めなくて少しばかり残念そうにしていた。
「そうだな。ここで知り合ったのも何かの縁だ。もしヒヒイロカネの入手があったら優先的にお前さんに剣を打ってやろう。勿論それ相応の額を頂くがな」
「お、それはありがたい」
「あら~いいのかしら? 風月さんを蔑ろにして。そうねぇ、風月さんにはウィルは店を変えましたって言っておいてあげる」
「うぇっ!? ちょっ、それ待った!」
クラン『月下』には専属とも言える鍛冶屋が存在する。それが風雅水月の店主・風月だ。
美刃と同じ異世界人で異世界での知り合いと言う事で昔から何かと優先的にひいきにしてもらっている鍛冶屋だ。
それを蔑ろにする行為は流石にデュオも認めがたいものがあったので止めに入った。
そしてウィルも武器の事で色々世話になった風月には頭が上がらず、この事を告げられるのは少々困ることになる。
「何だ、お前さん風月さんのところの客だったのか。だったらお前に剣を打つことは出来んな」
どうやらアムルスズの方も風月とは顔馴染らしく、こちらも世話をしてもらっているらしい。その為ウィルには剣を打つことは出来ないみたいだ。
「ああ、うん、そうだね。おやっさんを蔑ろにしちゃだめだね。うん」
「もう。ウィル、あんたにはオリハルコンの剣でも十分なのよ。風月さんが言っていたでしょう。まずはオリハルコンの剣を極めなさい。それ以上の剣はそれからよ」
「ハイ、ソウデスネ。チョット調子ニ乗リ過ギマシタ」
そんな2人を見ていたアムルスズは少し苦笑いをしながら言う。
「この次は風月さんに迷惑が掛からない程度でいいなら融通を利かせてやるよ」
そう言われて2人はアムルスズの火鎚屋を後にする。
結局、何の情報も手に入れられなかったデュオは、今日の昼の食事をウィルから奢ってもらう事を約束させた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「さて、この後どうしようかしら」
ウィルから昼食をおごってもらった後、デュオは今日の午後の予定がぽっかり空いてしまったのでどうしようか考える。
あれから2・3時間は経っているので『模倣の使徒』のクエストは終わっているだろう。
クエストの結果、又は内容がどうだったのか聞くのもいいかもしれない。
と、そこでデュオは自分が今、西区の下層区近くに居ることに気が付いた。
「そう言えば、孤児院にはあれから行ってないわね・・・」
カイン王子が誘拐された時、一緒に攫われた子供たちを助けて以来、孤児院には顔を出していなかった。
確かにここの所、事件が立て続けに起こり立ち寄る暇が無かったのだが、いつもならそれでも何とか顔を見せはしていたのだ。
「そうと決まれば孤児院に行きますか」
そう言ってデュオは約1か月ぶりにサウザルド孤児院へと向かった。
「あーー! デュオ姉ちゃんだ!」
「あ、本当だ! デュオ姉ちゃん、俺達の事忘れたかと思ったよ」
「デュオ姉ちゃん久しぶりー!」
孤児院でデュオを迎え入れたのは敷地内の庭でチャンバラ(本人たちにとっては剣の訓練)をしていたジャック、スピネ、ノルト達だった。
「皆、久しぶりね。相変わらず冒険者の真似事? あんた達はまだ体のつくりが成長途中だから無茶だけはダメよ」
「ふん! そうやって俺達を見下すのも今だけだぜ。いつかデュオ姉ちゃんよりもすんごい冒険者になってやるんだから!」
ジャックの啖呵にスピネとノルトもうんうんと頷く。
「あはは、期待して待っているわ」
デュオは3人の相手をそこそこに孤児院へ入りサウザルド院長を捜す。
いつもならまとめ役の最年長のシスティナが居るのだが、前回会った時はもう数ヶ月で孤児院を出て飲食店で住込みで働きに出ると言っていたのを思い出す。
おそらく住込みはまだでも既に飲食店で働いているのかもしれない。
取り敢えずはデュオは院長室へ向かう事にした。
「失礼します。院長先生いますか?」
扉を開けるとそこには接客用のソファに座り、話し込んでいるサウザルド院長が居た。
そしてテーブルを挟んでその向かいのソファーに1人の青年が座っている。
「おお、デュオ。丁度いいところに来たね。君のお兄さんが訪ねて来てくれたよ」
「は?」
サウザルド院長はデュオに感動の再会を味あわせようと喜びを露わにして部屋へと促す。
だが、デュオはサウザルド院長が何を言っているのかが分からなかった。
サウザルド院長がデュオがこの孤児院に来た経緯は勿論のこと知っているはずだ。デュオの身よりが妹のトリニティしか居ないと言う事を。
「あの・・・院長先生。ソロお兄ちゃんは死んでもういないんですが・・・」
「実は生きていたらしいんだよ。それでデュオとトリニティを捜してこうして訪ねて来てくれたんだ」
「やぁ、デュオ。久しぶりだね。元気そうだ」
サウザルド院長の向かいに座っている青年がデュオの方を向いて声を掛けてくる。
確かにその青年には幼少期の頃の兄であるソロの面影があった。
思ったよりも精悍な顔つきであるものの、成長すれば目の前の青年のようになるであろうと、そう思える顔をしていた。
「ソロ、お兄ちゃん・・・?」
「そうだ、お前のお兄ちゃんだ。まぁ、あれから10年近くも経つから分からないのも無理はない」
「うそ・・・そんなのあり得ない。だって、ソロお兄ちゃんは・・・」
デュオの目の前で殺されたのだから。
今でも鮮明に思い出せる。
一本角のオーガが巨大な手で幼いソロを鷲掴みにし、そのまま口に持っていき上半身を丸ごと噛み砕き飲み込んでしまった光景を。
「院長先生。折角こうして久々に妹と再会出来たので、2人っきりで話をしたいのですが」
「ああ、それは気が付かず申し訳ない。デュオ、兄さんが生きていて良かったね。積もる話もあるだろうし、私は席を外すよ。
女神アリスよ、兄弟の再会の奇跡に感謝を」
サウザルド院長が部屋を出てもデュオとソロと思しき青年は暫くの間一言も喋らなかった。
「・・・ふぅ、こうして黙っていても始まらないよ。取り敢えず座りなよ」
「・・・・・・」
デュオは警戒を顕にしながら先ほどまでサウザルド院長が座っていたソファーへと座る。
「何が目的なの? ソロお兄ちゃんの名を騙って何をしようとしてるの?」
「そう警戒するなよ。妹にそんな目で睨まれると結構傷つくんですけど。
・・・正真正銘俺はお前の兄のソロだよ」
「嘘ね」
だがデュオは感じる。この者が兄のソロであると。
デュオの中の血がそう感じているのだ。目の前の青年が紛れもなく本物の兄だと。
「嘘じゃねぇよ。確かにお前の目の前で俺は殺された。あの一本角のオーガにな」
あの時の事を知っているのはそう多くない。
当事者であるデュオに幼かったトリニティ。そして助けに来てくれた謎のジジイ。
デュオもトラウマであるその時のことを人に言いふらしたりはしていない。
なのにこの青年は知っている。
そう、もう1人知っている人物がいる。殺されてしまったソロ本人だ。
「本当に、ソロお兄ちゃん・・・なの?」
「ああ、本物だよ」
「あり得ない・・・だって、だって・・・!」
目の前の受け入れがたい真実にデュオは混乱する。
喜ばしい事実ではあるのだが、嫌な予感がして止まない。
「まぁ、確かに俺は殺された。死んでしまった人間だ。だから今目の前に居るのは人間じゃない。
人間として死に、魔人として生まれ変わったのが今の俺だ」
「魔人・・・!?」
魔人と聞いて思い出すのは『災厄の使徒』だ。
魔物として生まれ幾つもの生まれ変わりを経て人の姿を取ることにより強大な力を得た魔人、それが『災厄の使徒』だった。
「デュオ、魔物が増殖する方法は知っているな?」
「生物的魔物同士の配合による繁殖型。魔力スポットと言われる魔力溜りから力の塊や小動物が変化して生まれるポップ型。それのどちらにも属さない特殊な方法で生まれる特殊型。大まかにこの3つよ」
「そうだ。そして俺達魔人はそのポップ型に属する魔人だ。
俺はハンドレ村で死んで、魔力スポットの魔力によって魔物の力を得て蘇った魔人になる」
「待って、ハンドレ村が魔力スポット? あり得ないわ、そんなの」
村の中に魔力スポットがあればそれこそ魔物が湧き出て住むどころではなくなってしまう。
大抵魔力スポットは森の奥や、山奥、果てしない平原の一角などでしか現れないものだ。
「まぁ、普通はそうだろうな。だがあの時あの村は一時的な魔力スポットだったんだ。
溢れ出る大量の魔物、そして大量の生贄による邪竜の召喚。それらが空間に異常を起こし魔力スポットとなってしまったんだ」
そしてそれが運がいいのか悪いのか、ソロが死んで魔物の力を得て魔人として生まれ変わった原因なのだろう。
だが、そこでデュオはソロが言っていた言葉に気が付く。
「俺達魔人は?」
「よく気が付いたな。そうだ。俺のように魔物の力を得て魔人として生まれ変わった奴は他にもいる。
そしてそれら魔人全員が『正体不明の使徒』でもある」
「な・・・!?」
『正体不明の使徒・Unknown』。それは様々な噂が飛び交い、ハッキリした肖像が見えない使徒でもある。
中には失われた魔法を使う使徒だと言う噂もあれば、幾つもの武器を使う使徒でもあると言う。
だがその正体は魔人の力を持った使徒であり、そして目の前の兄であるソロが『正体不明の使徒』だと言う。
「デュオ、俺がここに来たのはデュオに警告をしに来たからだ。まぁトリニティがここに居ると思っていたから最初は孤児院に来たけど、まさかもうとっくに出ていたとはね」
「トリニティも冒険者に憧れていたからね。半年も前に孤児院を出ているわ。異世界人の仲間と一緒にエンジェルクエストの攻略を目指してあちこち飛び回っているわよ」
「そうか。ならトリニティは心配いらないか」
トリニティがいないと分かったソロはデュオから見て分かるほど安心した表情を見せる。
そして今度はそんな雰囲気を吹き飛ばすかのように真剣な表情でデュオを見つめる。
「デュオ、悪いことは言わない。今すぐ王都から離れろ。もう1・2日もすれば王都は大量の魔物に襲われることになっている」
そう言われて思い出すのは約1か月前ほどのアレストの召喚獣による王都襲撃だ。
あれから王都は立ち直ってきてはいるものの、ここ最近の情勢を鑑みれば未だ不安定と言えよう。
それが再び王都に魔物が蔓延ると言う。
とてもじゃないがそんなことはさせない。
「ソロお兄ちゃん、それどういう事? 場合によってはソロお兄ちゃんでも許さないわよ」
「・・・俺達の仲間が、魔人である『正体不明の使徒』が王都を襲う。これはもう決定事項だ。
王都中に魔物を召喚して人々を襲う事になっている。
そしてその過程で障害になる軍人、冒険者は優先的に排除される。特に目を付けられているのはクラン『月下』だ」
「だからソロお兄ちゃんはあたしに逃げろと言うの?」
「ああ、一番狙われるのはS級の美刃とサブマスターのお前だからな」
敵であるはずのソロがこうして警告に来てくれているのはかつて血の繋がった兄妹だからなのだろう。
魔人となったソロだが、本質は何も変わらない優しい兄なのかもしれない。
だが、だからと言ってそれを素直に聞く事は出来ない。
「ソロお兄ちゃんの忠告はありがたく受け取っておくわ。だけど・・・王都が蹂躙されようとしているのにはいそうですかってあたしだけ逃げる訳にいかないのよ」
「どうしてもか?」
「そうよ」
「その場合は俺とも争う事になるかもしれないが、それでもいいのか?」
「ええ、ソロお兄ちゃんが王都を襲おうとするのならあたしが止める」
「・・・はぁ、分かった。次に会う時は敵同士だ。出来れば会わずに済みたいものだ」
ソロはそう言って席を立ち、名残惜しそうに部屋から出て行った。
デュオはソロに向かって啖呵を切ったものの、信じられない出来事の連続でパニック状態になっていた。
死んだはずの兄との再会。
魔人、そして『正体不明の使徒』
王都襲撃予告。
だが悩んでいる暇は無い。苦しんでいる暇もない。こうしている間にも『正体不明の使徒』は王都を襲う準備をしているのだ。
(ああそうだ。トリニティにもソロお兄ちゃんが生きていたことを伝えないと・・・)
考えが纏まらない言い知れぬ感情が渦巻く中、デュオは重い足取りで『月下』の仮クランホームへと急いで戻る。
次回更新は4/26になります。




