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DUO  作者: 一狼
第8章 神姫降臨
44/81

43.その者の真の名は

 自動機械人(オートマタ)の2体がバルドに向かって手にした剣を振り被る。

 バルドは素早くダガーを引き抜き1体の剣を受け流し、もう1体の体を蹴飛ばしてその場から距離を取る。


 反対側では残りの2体の自動機械人(オートマタ)がシフィルを狙い迫りくる。

 シフィルも出来れば応戦してハルカディア達をこの場に留めておきたかったのだが、背中には未だ気を失っているカイン王子がいる。

 流石にカイン王子を背負ったままこの人数を相手には難しい。


 向こうに捕まっているトーコの事は心配だが、シフィルは躊躇なく踵を返しその場を離れた。

 今優先されるべきことはカイン王子の身の安全だ。


「ちっ! 逃がすな! 女は殺せ。第三王子も生きてさえすればいい!」


 背後から自動機械人(オートマタ)に命令を下すアマンダの声が聞こえる。

 それだけではない。敵は自動機械人(オートマタ)だけじゃないのだ。


「俺もイークフィ――いや、シフィルを追う。この傷の礼もしなきゃならないからな」


「お? じゃあ俺もそっちを対処しますか。やっぱり相手するなら女の子の方がいいでしょ」


 カイン王子を取り戻す際に攻撃を仕掛けられたガイストとどこか調子の良いレーヴェがシフィルを追ってきたのだ。


 バルドの方は1人でも大丈夫だろう。仮にも犬――近衛影士にも選ばれるほどの実力者だ。

 シフィルはそう判断し、全力でこの場からの離脱を最優先とした。


 封印の間は地下3階にあり、秘匿されたその部屋は訪れる者は殆んどいない。

 その為、封印の間へ至る通路は煩雑になっており、辿り着くのは容易ではないが、ハルカディア達は事前に調べていたのでその経路は頭に叩き込まれていた。

 逆にシフィルはこの地下3階の詳細は調べきれていない。


 シフィルがハルカディア達の目的やそこへ至る方法を調べられたのも王宮へ訪れる直前なのだ。

 封印の間の前へ来れたのもハルカディア達に付いてきただけだからだ。


 シフィルは何とか来た時の道順を思いだし通路を駆け抜けていたが、上へ上る階段に辿り着く前に追いつかれてしまった。


 自動機械人(オートマタ)がシフィルの頭上を飛び越え階段の前へ陣取る。

 そして背後からはガイストとレーヴェが悠然と近づいてきた。


「さて、と。少しの間仲間だったよしみだ。第三王子を寄越せ。そうすればこの場は命だけは助けてやるよ」


「1対4。流石に諦めた方がいいと思うよ?」


 ガイストとレーヴェの実力はこの数日で見させてもらっている。

 流石に本当の実力は隠していたのだろうが、大よそは見当が付く。加えてその力が未知数の自動機械人(オートマタ)

 無論盗賊(シーフ)であるシフィルにはこの場を切り抜けるほどの力は無い。


 だが、それでも背中のカイン王子は渡せない。


 シフィルはイークフィとして偽っていた時の武器――レイピアを抜き放ちまずは対処がある程度可能であるガイストたちに切っ先を向ける。

 盗賊(シーフ)でもあるが盗剣士(フェンサー)でもあるシフィルはレイピアを扱う事が出来るが、それでもどこまで抵抗が出来るか。

 シフィルはデュオたちがこの場に来るまでの分の悪い賭けに出る事になる。


「残念だけどあちしには諦めると言う選択肢は無いんだけど?」


「そうかい。だったら死ね」


 ガイストは剣を抜き、一気に間合いを詰めてシフィルに剣を振り下す。


 ガキンッ!!


 だがその剣はシフィルには当たることは無かった。

 直前に割り込んできた漆黒の剣がガイストの剣を弾き返す。


「間一髪! シフィルちゃん危なかったね」


 全身黒のプレートメイルを装備したストレートの黒髪を持つ少女が手にした大剣でガイストの剣を弾きシフィルの前に庇うように立つ。


 その反対側、階段の方では自動機械人(オートマタ)が壁際へと追いやられていた。

 筋肉隆々としたガタイの良い野性味あふれる初老の魔想闘士(マギフィスト)がその拳を鳴らして自動機械人(オートマタ)を打ち付けていたのだ。


「ちょっと手応えが無さすぎじゃな。所詮は機械ってことか」


 そして階段から降りてくるデュオ達。


「どうやら間に合ったみたいに。お待たせシフィル」


 シフィルはデュオの姿を見て安堵する。彼女は賭けに勝ったのだ。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ジークフリード達は今堂々とエレガント王城へと足を踏み入れていた。

 先頭を歩くのは巫女服を着た女性だ。


 彼女の名はブリジット。ブルブレイヴ神殿の勇猛神の巫女だ。

 ジークフリード達は彼女に連れられて、王城の地下へと向かっていた。


「彼らの目的は力の御剣です。奪われる前に彼らを捕まえないといけません」


「それは分かってはいるけど、肝心のそいつらが何処に居るか分からないと対処しようがないですよ?

 確かに目的の神器の所へ向かうのは目に見えてますが・・・まさか神殿にある神器がレプリカで本物が王城にあるとは・・・」


 思いがけず城の中に入ることになったジークフリードは戸惑いながらも、神器を狙う犯人をどう捕まえるか思案する。


 王城へは殆んどブリジットの顔パスで中へ入ることが出来た。

 彼女にはエレガント王国より特殊権限を与えられていたのだ。

 力の御剣が王城にあることが関係しており、ブリジットは王城にはほぼ自由に出入りする事・何時いかなるときにもカーディナル国王陛下への謁見の権限・一部の政策への干渉などが認められている。

 それによりブリジットはその権限でジークフリード達も一緒に王城へ入ること許されていた。


「この王城の地下にある封印の間は特殊な封印を施されており、解除には特定の手続きが必要になってきます。

 世界を支配する可能性のあるほどの神器を封印するのにはこれほど適した場所はありません」


「確かに。それならば奴らもそう簡単には神器には手を出せないな。私たちは封印に手間取っている奴らを上手く捕まえると言う事ですか。

 そうすれば私たちの目的でもある光の宝玉を取り戻すことが出来ると」


 ブリュンヒルデの言葉にブリジットは頷く。


「ええ、そうなります。太陽神の巫女・パトリシアの話によれば、光の宝玉を盗んだ犯人と力の御剣を狙う犯人は同一犯で間違いありません。

 彼らを追えば自ずと光の宝玉も取り戻せるでしょう」


 ジークフリードはプレミアム共和国のサンフレア神殿本殿の依頼により、神殿に祀られていた三種の神器の1つである光の宝玉を盗んだ窃盗犯を追ってきたのだが、奴らの次の目的がもう1つの三種の神器・力の御剣なのだ。


 狙いが三種の神器と分かるとフルブレイヴ神殿にも協力を依頼した方がいいと思っていたのだが、どうやら神殿の最高責任者の勇猛神の巫女・ブリジットには全て御見通しだったようだ。


 聞けばどうやら最高責任者同士である巫女間でお互い連絡を取っており、今回の光の宝玉を盗まれた時点で可能性として三種の神器を狙っているかもしれないと言う事でパトリシアはブリジットに警戒するようにと伝えていたらしい。


 そしてそれは危惧していた通り、ブルブレイヴ神殿にも神器を狙って窃盗犯が侵入してきた。

 その際にその窃盗犯と対峙したユーリの事を知り、ジークフリード達の動きを聞きつけ力の御剣防衛兼光の宝玉奪還への協力を要請したのだ。


 その要請にジークフリード達は寧ろこちらからこそと要請を受託し、犯人逮捕への協力体制を取ることになった。

 そしてお互いの事情を話し、次の日ブリジットがジークフリード達を引き連れて向かった先がエレガント王城だった。


 実は神殿の秘宝庫に安置してある神器はレプリカで、本物は王城の地下にある封印の間に封じられていると言う。

 だから神殿の秘宝庫まで侵入したにも拘らず、犯人は何も取っていかなかったのだと。


 そのことに驚きを隠せないでいたジークフリード達だったが、それならば尚のことブリジットとのブルブレイヴ神殿と協力体制を取れたことは間違ってなかったと判断する。

 彼女の協力が無ければ王城まで忍び込もうとしている窃盗犯の追跡は不可能だったからだ。


「犯人がどうやって力の御剣が王城にあるって知ってたか気になりますけど・・・」


 盗賊(シーフ)であるラルナはまだエレガント王国に到着したばかりとは言え、自分でも調べきれていない事実にどうやって窃盗犯が辿り着いたのか疑問だった。


「パトリシアの予想ですと、犯人はおそらく隠密忍士ではないかと言う事です」


 ブリジットから出たその答えにラルナは驚愕する。

 何故ならプレミアム共和国第二都市シクレットで暗躍する3つの闇組織の内の1つだったからだ。


「あー、聞いた事あるね。そのシクレットでの組織の事は。何でもエレガント王国とは色々揉めているらしいね。

 特に同じ闇組織である盗賊ギルドとは因縁があるってうちは聞いているね」


「なるほどね。闇組織なら裏の事情・・・王宮の秘密とか知っていても不思議じゃないか」


 犯人が隠密忍士ではないかと分かるとユーリとジークフリードは何故かすんなりと納得していた。


「それで、ブリジット殿。犯人――隠密忍士が力の御剣を狙うと分かっているが、城に来てどうやって見つけるんだ?

 何時どこで、どうやって忍び込んでいるかすらわからないのだが」


「いえ、それは大丈夫です。私には勇猛神の巫女として代々受け継がれてきた力――気配探知や魔力探知の究極系にして最高峰の探知能力・天元探知(サーチブラスト)があります」


 ブリジットの説明によると、天元探知(サーチブラスト)は半径30m以内の生物の位置・状態(強さ・体力・魔力等)・心理状況等を全て知ることが出来ると言う理不尽なほど丸裸にされる能力だった。

 但し探知する数が多ければ多いほど入手される情報が膨大になり、人の頭では処理できないので知ることのできる情報は制限して使う事になる。

 それ故逆にたった1人の情報に絞れば相手の思考すら読むことも可能だと言う。


「なんだそのチート能力は」


「チートすぎるやろ、それ」


「それなら確実に見つけられる、か」


「ブリジット様の能力は有用」


 ジークフリードとユーリはあまりの能力に驚きながらもズルいと不満が出ており、ブリュンヒルデやアーヤについてはその有用すぎる能力に納得していた。


「何処に居るのかは簡単に探せますが、何時かまではタイミングが必要になります。

 ただ・・・」


 天元探知(サーチブラスト)は使用者を中心に今居る者を見抜く能力だ。何時来るかまでは探知しようがない。


 ただ王城へ入る際に衛兵たちが慌てていたことにより事態は既に動き始めているとブリジットは予想する。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「殿下! 無事ッスか!?」


 カイン王子を心配して専任近衛騎士のイーカナが駆け寄ってくるのを見て、シフィルは彼にカイン王子を預けた。

 未だ気を失っているものの五体満足なカイン王子の姿を見てイーカナは安心した。


「イーカナさん、カイン殿下を安全な場所へ。ソクラテスは護衛を」


「了解ッス!」


「分かりました」


 イーカナはカイン王子を背負いすぐさま地上へと向かう。

 『クリスタルハート』のクランマスターのソクラテスはデュオの指示の元、先頭に立って万が一に備える。


「さて、早いとこ不穏分子を取押えますか。このままじゃ王宮内は大騒ぎだしね」


「のう、デュオや。久々に大暴れをしてもいいんじゃろう?」


「フウリンジのお爺ちゃんは相変わらずだね。でも、ま、あたし達クラスが大暴れできる機会なんて早々ないからねぇ~」


 久々に大暴れできるとなって『梁山泊』のクランマスター・フウリンジは腕を鳴らす。

 『クリスタルハート』のサブマスターのネコネコもそれに同調し、少女ながら獰猛な笑みを浮かべ大剣を構える。


「ちぃ」


 流石に不利を悟ったガイスト達はこの場を自動機械人(オートマタ)に任せハルカディアと合流する為踵を返した。


「あ、マズイ。向こうにはバルドっち1人じゃん。向こうにも自動機械人(オートマタ)の他にも首謀者のハルカディアも居るんだよ」


「フウリンジのお爺ちゃん、この場は任せたわよ!」


「おう、任せてもらおうか」


 シフィルは直ぐにガイスト達を追う。

 デュオもフウリンジに自動機械人(オートマタ)2体を任せ、ネコネコと一緒に追いかける。


「ハルカ!」


 封印の間の前ではバルドが血塗れになって膝をついていた。

 流石にハルカディアとアマンダ、それに自動機械人(オートマタ)2体相手をたった1人で捌ききるのは難しかったようだ。

 だがまだ命を失うまではいっていない。そこは流石犬――近衛影士と言えるだろう。


「ガイスト、カイン王子はどうしたのよ」


「すまん、作戦は失敗だ。カイン王子は連れて行かれた」


 慌てふためくハルカディア達を見てバルドはニヤリと笑う。


「へっ、どうやら戦況はこっちに傾いたようだな」


「今にもぶっ倒れそうなのに生意気よ。せめてあんただけでも死んでおきなさい」


 ハルカディアが手にした刀をバルドに向かって振り下ろそうとした瞬間、高速で跳んできた大剣がハルカディアの刀を弾き壁に突き刺さる。

 一歩間違えばバルドをも貫きかねないその投擲に流石にバルドも肝を冷やした。


「くっ・・・」


 ハルカディアは余りの勢いに刀を手から弾き飛ばされ腕が痺れていた。


「おーっと、それはいけないね。偽フェンリルちゃん。悪足掻きは見っともないよ?」


「バルドっち!」


 その隙をついてシフィルはバルドの元へ辿り着きすぐさま戦闘の邪魔にならないよう通路の奥へと避難する。


「偽フェンリルさん、悪い事は言わないからここで投降した方が身のためだと思うわよ?」


「冗談。あたし達は隠密忍士に身を置いたその瞬間から命は捨てているわ。全てはタカハマル様の為に」


 投降などせず、最後まで抵抗をする隠密忍士たち。

 尤もハルカディア達はこの場で大人しく捕まるつもりも殺されるつもりもない。

 必ずこの場を切り抜けるつもりだった。


 それに今ならまだこの混乱に紛れてカイン王子を取り戻すことが可能だ。そうすれば封印の間の封印を解くことが出来る。

 もしくはカイン王子の身柄と引き換えに力の御剣を入手する方法もある。

 その為には目の前の障害を突破する必要があった。


「やれ、自動機械人(オートマタ)


 アマンダは武器を手放したネコネコを突破口とみて自動機械人(オートマタ)を仕掛ける。


「そう、残念ね。まぁ流石にこれだけの騒ぎを起こして大人しく投降したところで罪が軽くなるわけじゃないしね。

 そう言う意味ではあたしの投降の呼びかけは無駄?」


「デュオちゃん、余裕~

 ま、この程度の相手じゃそんな気にもなるかな」


 ネコネコはその身に纏ったプレートメイルで攻撃を受け止め、素手にも拘らず自動機械人(オートマタ)を殴り倒していた。


 ネコネコの一撃は重く、ほぼ1発で自動機械人(オートマタ)の動きを止め、2発目で上下を分断するほどの攻撃を食らわせていた。


「おい、油断するな。ここで怖いのはその自動機械人(オートマタ)じゃねぇ。奴の・・・ハルカディアの神降しに気を付けろ!」


 自動機械人(オートマタ)が相手している間に刀を拾い上げ、ハルカディアはデュオと達を蹴散らす為に祝詞を上げる。


「我、太陽神に願い祀る。破壊を司りし勇猛神を降ろし賜え。

 ――スサノオノミコト!」


 その瞬間、ハルカディアから途轍もない威圧(プレッシャー)が周囲の人間に襲い掛かる。

 自動機械人(オートマタ)を殴り飛ばし沈黙させたネコネコに向かって行き、左右の二刀を十字に振るう。


「二刀流戦技・十字斬り!」


 ネコネコは咄嗟に腕をクロスさせ急所を庇ったが、その腕ごとプレートメイルを斬り裂いた。


「ぐぁ・・・!」


 その隙にガイストとレーヴェがデュオに襲い掛かる。


「ファイヤーアロー! トライエッジ!」


「穿纏棍!」


 ガイストの火属性魔法の炎の矢と剣戦技のトライエッジの同時攻撃。

 レーヴェの棍戦技の穿纏棍による突き技。

 その迫りくる攻撃に対し、デュオはチャージアイテムの卵の十冠(デケム・オーブマ)を発動させる。


「マテリアルシールド、マジックシールド」


 無属性魔法による完全物理防御の障壁と完全魔法防御の障壁で2人の攻撃を防ぎ、足止めの意味も込めて唱えていた呪文で壁を創りあげる。


「ストーンウォール!」


 デュオを攻撃してそのまますり抜けて行く予定だったが、流石に目の前の土壁によって阻まれた。

 だが、すぐさまその土壁は壊される。


「はぁぁぁっ! 二刀流戦技・剣舞六連!!」


 神降しのブーストを受けたハルカディアの戦技によりあっさりと土壁は壊された。

 そしてその土壁破壊の衝撃と残骸の飛散に紛れてハルカディア達4人はデュオたちの防衛を突破する。


「今度はこっちが言う番ね。残念だけどあたし達は誰も止められないわよ」


「だが、流石はA級クランのトップだ。ちっとは肝を冷やしたぜ」


「こーんな場じゃなければお近づきになりたい女性たちなんだけどねぇ」


「この場は引いてやる。だが私の自動機械人(オートマタ)の力はこんなものじゃないと覚えておけ」


 どう見ても最後のアマンダのセリフは負け惜しみにしか聞こえないのだが、今はそんなことに構っている暇は無い。

 デュオはほぼ致命傷のネコネコの応急手当てをし追いかけようとしていたが、ハルカディアは思わぬ行動に出る。


「そうそう、足止めは必要よね。ガイスト、悪いけど死んでもらえる?」


 そう言ってハルカディアは右手の刀でガイストの胸を貫く。


「・・・え?」


 突然の仲間の凶行にガイストは目を疑った。

 だが確実にその刀は自分の心臓を貫いている。


「な、なんで・・・」


 ガイストはその場に崩れ落ちハルカディアの行動に疑問を持ちながら死んでいった。


 そしてその死んだはずのガイストの体が再び動き出す。

 筋肉は醜く膨れ上がり倍上の身長になり、折れ曲がったかのように手足の関節が増え鞭のようにしなる。


 デュオはこの姿の化け物に記憶があった。

 カイン王子が誘拐された時、同じシクレットの闇組織である暗殺者ギルドの暗殺者(アサシン)の成れの果ての姿――


呪死人(のろいしびと)・・・!」


 死ぬことによって発動する感染呪殺の呪いで、死者の体を化け物に変える。

 その強さ・危険度はSS級。S級冒険者で辛うじて対応でき、A級冒険者でも数人がかりが必要となっている魔物だ。

 そして何よりも怖ろしいのは呪死人に殺された者も呪死人になってしまう事だ。


「あなた、自分が何をやっているか分かっているの!?」


「言った筈よ。全てはタカハマル様の為に」


 そう言ってハルカディア達はこの場を後にした。

 残されたのは傷ついたバルドとネコネコ、後は呪死人を前には戦闘力に不安が残るシフィルと未だショックから立ち直れていないトーコだけだ。

 この場で唯一呪死人に対抗できるのはデュオしか居なかった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 封印の間のある地下へ降りる階段を前にしてブリジットは足を止めた。

 視線を2・3方向へ向けるとラルナへある点に攻撃するように指示する。


「ラルナさん。あの影に向かって攻撃をお願いします」


 ブリジットが差した方向には曲がり角で向こう側は明かりの影になっており、見たところ何も無いように感じた。

 訝しげに思いながらもラルナは懐から投げナイフを取出し影に向かって放つ。


 すると影の中が一瞬揺らめき、そこからにじみ出るように1人の男が現れた。


「ちぃ・・・! まさか見つかるとは・・・!」


 男はジークフリード達を見据え、剣を抜き放ち油断なく構える。


 男が使っていたのは闇属性魔法の上位魔法・ブライトシャドウだ。

 この魔法は影があればそこに溶け込んで周囲から消え失せることが出来る魔法だ。

 但し今のようにその場から動いてしまう事と、光が当たれば影から引きずり出されてしまうが、それ以外なら隠れるには有効な魔法となる。

 影に溶け込むと言う事で気配探知や魔力探知も若干阻害する効果もあるのだが、こうもあっさり見破られるとは思わなかった男は驚いてブリジットを見ていていた。


「貴方はラッツさんですね。プレミアム共和国第二都市シクレットの隠密忍士所属の」


「あん? 何のことだ? 俺様は城にお宝を盗みに来たしがない盗賊(シーフ)だぜ」


「誤魔化しは無用です。この隣の部屋に3名、天井裏に2名、さらには後方より4名、これらは貴方の部下ですね?

 狙いはこの王城の地下にある力の御剣・・・いえ、既にお仲間が向かっていますね。貴方方はそれを援護する為の後方支援と言うところでしょうか」


「ブリジットさん・・・! じゃあ、こいつらは・・・!」



「ええ、そうです。プレミアム共和国のサンフレア神殿本殿から光の宝玉を盗んだのも彼らですね」


「なっ・・・!? バカな! 何でそんな事まで・・・!」


 一般には知りえない情報すらも掴まされている事に流石にラッツは驚愕した。

 そして思わずブリジットの言葉に反応してしまった事に己の失態を悟る。

 ただの城の宝を狙った盗賊(シーフ)を装って油断を誘うつもりだったが、まさか全てを見通しされるとは思わなかったのだ。

 そしてブルブレイヴ神殿を調べていた時に入手した情報の中にある人物がいた事を思い出す。


「そうか、てめぇがブルブレイヴ神殿の勇猛神の巫女、『悟りのブリジット』か・・・!」


「あら、失礼な方ですね。初対面の女性に対して」


 ラッツは作戦では退路を確保して先行しているハルカディアと合流する手はずだったのだが、思わぬところで足止めを喰らって苛立ちを隠せなかった。


 仕方なしにラッツは障害を排除するために仲間を呼び寄せる。

 ラッツの合図とともにブリジットが言った人数が音も無くジークフリードの前に現れた。

 見つかったのは痛かったが、よく見れば怪我人1人・厄介な能力があるが戦闘が出来なさそうな巫女1人を含むたった7人だけだ。


 ラッツ達の隠密忍士の実力があれば蹴散らすのに然程時間は掛かるまい。

 そう判断したラッツは仲間をジークフリード達へとけしかける。


 勿論それにジークフリード達は素早く反応する。

 それぞれの武器を構え向かい来る敵を迎撃する。


「あん? よく見ればブルブレイヴ神殿で邪魔をした女じゃねぇか」


「あ! あんた、あの時の! あの時のお礼、今ここで晴らしてやって言いたいんやけど、今のうちの役目はブリジットさんを守ることや。

 お前の相手は残念やけどジークが晴らしてくれるわ」


「そう言う事だ! お前の相手は俺だ!」


 プレートメイルと言う重い鎧を着た重戦士(ウォーリア)とは思えない速度で迫りくるラッツへと対峙し剣を振るう。


 ブリュンヒルデも反対側で剣を振るい挟み撃ちになるのを防いでいる。

 ラルナはその援護に。

 アーヤはブリジットと一緒にユーリに守られながら敵を接敵させまいと遠距離攻撃を仕掛ける。


 ジークフリード達はB級・C級とそれなりに実力のある冒険者だが、相手は同等又はそれ以上の実力を誇る闇の暗部だ。

 そして人数も上回っている。

 ジークフリード達が何かの策を講じなければ倒されるのも時間の問題だった。


 そしてジークフリード達にとって事態は更に悪化する。

 階段の下、地下から数人が駆け上がってきたのだ。

 それはラッツ達の仲間――ハルカディア達だった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ハルカ!? おま・・・何でここに来た。ブツは手に入れたのか!?」


「ラッツ、あんた何こんなところで手間取っているのよ!? あんたらの援護が無いお蔭で一時撤退する羽目になったじゃないの!」


「ちっ、人の所為にしてんじゃねぇよ。こっちも意外な人物に邪魔をされたんだよ!

 ・・・仕方ねぇ。ここは一時撤退だ」


 一応予定外のアクシデントも対応できるようにしていたが、仮にも隠密忍士の副頭領でもあるハルカディアの言だ。向こうも予定外の事で撤退せざるを得なかったのだろう。

 そう判断したラッツはジークフリード達の突破から撤退へと切り替える。


「待って。ここにカイン王子が通らなかった? 護衛騎士の1人に運ばれていたはずだかけど」


「いや、この階段を見張っていたがここは誰も通らなかったぜ」


 ジークフリード達が到着する前に地下へ降りる階段を確保する為多少の戦闘があったが、それ以外は誰も出入りはしていない。

 それを聞いたハルカディアは苦々しい顔を見せる。


「そうなると地下1階か2階に隠れているか、それとも別の抜け道を使ったのか・・・」


 ハルカディアにとってはここでカイン王子を見失ったのは少し痛手だった。

 急いで呪死人から逃れる為にあの場を離れたので、ここに来るまでアマンダの魔動機・生命探査(ライフセンサー)を使う暇が無かったのだ。


「ところでガイストとレーヴェはどうした」


「ガイストは例の呪術を発動させて足止めを。レーヴェは階段のところで『梁山泊』のジジイを抑えているわ」


「なるほどな。SS級の化け物を放って混乱を引き起こし騒ぎに紛れて逃げる算段か。だったら発動させる場所が悪くないか? 地下じゃそれほど騒ぎが大きくなるのに時間が掛かるぜ」


「ええ、それは大丈夫よ。何故なら予備もあるからね」


 ハルカディアの不穏な言葉に訝しむも、ラッツは撤退を視野に入れた戦闘でジークフリードと対峙していたのでそれに気が付くのが遅かった。


「っ! その女の人を止めて下さい!!」


 天元探知(サーチブラスト)によりハルカディアの考えを読んだブリジットが叫ぶも、ハルカディアは既に行動に移していた。

 ハルカディアの2本の刀がラッツの背中を斬り、胸を貫く。

 その行動にジークフリード達も驚愕する。


「ぐぁ・・・!? な、んだと・・・!?」


「悪いけどここで足止めしてくれる? 命を懸けてね」


 一体何人に呪術を仕込んでいたのだろう。

 ラッツの体にも感染呪殺が仕込まれていた。仲間であるにも拘らず、ハルカディアは目的を達成する為に容赦なくラッツをも犠牲――いや、生贄にする。


 ハルカディアを呪いながらラッツはその命を失い、感染呪殺により呪死人と化す。


「ギュギョ! ギョグギャガギャ!!」


「ちょ・・・! 何だよこれ!!?」


「離れてください! それに殺されてはなりません! それに殺されるとそれと同じ化け物になってしまいます!」


 ラッツと対峙していたジークフリードが一番近くに居た為、ブリジットは直ぐに離れるように命ずる。

 流石にヤバいと感じたジークフリードは距離を取る。

 相手が居なくなった呪死人は直ぐに別の近くの人間へと襲い掛かった。

 それがつい先ほどまでの仲間だろうと。


「ぐあぁぁ!!」


「ちょっ! 待っ・・・!!」


 グシャァ! ゴキュリッ!


 呪死人の攻撃は1人を縦に切り裂き、もう1人は頭を捻られていとも簡単に命を失う。

 それに伴い、感染呪殺の呪いで死んだ2人も呪死人となって甦る。


「何だよ・・・これ。何なんだよ、これはっ!!」


「うそ・・・やろ」


「これは・・・まさにゾンビ映画さながらな状況だな」


「・・・しかも強さは化け物クラス」


「あはは・・・これあたし死んだかも・・・」


 呪死人が殺せば殺すだけ呪死人が増える。正に悪夢が起きようとしていた。


 ハルカディアとアマンダはこの騒ぎに乗じて既にこの場から姿を眩ませていた。

 初動が遅れたものの、ラッツと共に行動をしていた仲間達も呪死人を前に恐れを無し引き上げる。


 だが今のジークフリード達にはハルカディア達に構っている暇は無かった。

 目の前の呪死人を相手するだけで精一杯だったからだ。

 それもどこまで持つのか・・・下手をすれば自分もあの化け物の仲間入りだ。


 そんな絶望を前にただ1人諦めない人物がいた。

 ブルブレイヴ神殿の勇猛神の巫女・ブリジットだ。


「ジークフリードさん、持ちこたえてください。必ずや助けが来ます。

 私たちが今出来ることは死なない事。ただそれだけです!」


 凛とした声がジークハルト達に届けられる。

 その声を聞いたジークハルトは僅かながらの希望に縋る。


「当てはあるのか!?」


「あります!」


「なら・・・! 皆! ここは凌ぎきるぞ! ヒルデとユーリはブリジットさん達に化け物を近づけさせるな!」


 接近戦の出来るジークフリードとブリュンヒルデ、それとユーリがそれぞれ呪死人3体を相手する。


「うちは病み上がりだってのに・・・!」


 まだ怪我が完治していないユーリは愚痴を言うが、それでも防御力に評価のある騎士(ナイト)はこの場では頼りにするしかなかった。


 ジークフリード達も防御に徹すれば時間だけは稼げた。

 そうしてどれ位時間が経っただろうか。

 流石にSS級と称されるだけあって呪死人の攻撃はジークフリード達を容赦なく追い詰める。

 致命傷は避けているものの既に3人とも満身創痍だ。


 そうしていよいよヤバくなってきたところ、僅かな望みがもたらされる。


「来た・・・! 来ました!」


 ブリジットのその声とほぼ同じくして、颯爽と赤と白の衣装――巫女の姿をした少女が現れた。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 今、目の前ではあの時と同じ再現がなされていた。

 たった1人の少女が呪死人と互角に渡り合っているのだ。


 その少女はついこの間もデュオも会っていた人物――艶のある黒髪をサイドテールに纏めたミニスカ巫女のフェルだった。



 デュオは自身の能力・アイテムを全開にして呪死人を推し止めていた。

 静寂な炎を宿す火竜王(フレアサイレント)を使った魔力増幅による魔法又は無幻想波流による剣術・棍術・杖術を。

 卵の十冠(デケム・オーブマ)によるチャージされた魔法を。

 デュオの血を起点とした血に含まれる魔力を用いて無詠唱魔法――魔導血界を。


  途中からはチャージアイテムで回復したネコネコの援護もあり、決定的なダメージは与えられなかったもののデュオは血塗れになりながらも呪死人に一矢報いていた。

 だが、デュオ達に出来たのはそこまでだった。


 事前の準備と時間さえあればデュオも呪死人を倒すことが可能だっただろう。

 だが突発的な戦闘により、手数手札が足りないまま戦いになりダメージを与えただけでも上出来と言えた。


 デュオは逃がしたハルカディア達を気にして焦りながらも死なない様にだけを務め呪死人の攻撃を防いでいた。


 せめてもう1人A級が居ればと思っていたところ、斬撃と共に颯爽と現れたのがフェルだった。


 後は約1か月半前に目の前で起こったことの再現だった。

 呪死人の腕が切り落とされ、止めの一撃が胸を貫き大穴を開ける。

 そこでようやく呪死人が動きを止め、地に伏す。


「どうやら間に合ったみたいね。大丈夫だったかしら?」


「フェルさん・・・あはは、助かりましたよ。流石にこの化け物を相手するのはやばかったです」


 デュオは魔導血界を使い傷は癒したものの、流れ出た血が多すぎて意識がもうろうとしていた。

 しかも魔導血界そのものにも血を使っていたので貧血状態だった。


「むぅ、もう終わってしまったか。デュオの言っておった呪死人とかの強さを見ておきたかったのだが」


「あはは~、見てないから言えるセリフだね。あたしは流石にあれを目の当たりにしてそんなことは言えないかなぁ」


 フウリンジはフェルより遅れてこの場へと駆けつけた。後ろには縛り上げられたレーヴェが引きずられている。

 レーヴェとの戦いの最中、フェルの乱入によりデュオたちがピンチに陥っていると聞き駆けつけようとしたのだが、思いのほか手間取り駆けつけるのが遅れてしまったのだ。


 フウリンジはデュオから呪死人の強さと恐ろしさを聞き及んでいたので、己の力が何処まで通じるか試してみたい気持ちもあった。

 ネコネコまでにそう言われれば尚更その気持ちが強くなる。


「やめておいた方がいいわよ。貴方、強さに飢えているのね。わたしの知り合いにも似たような人がいるけど、呪死人(あれ)は強さを測る相手にしてはいけないわ。リスクが高すぎるからね」


「了解だ。ま、あくまで出来ればのつもりだったが。幾ら儂とて命を捨てる事まではしないよ」


 SS級の魔物をたった1人で倒した実力はフウリンジは見てはいないが強者特有の雰囲気で察していた。

 この場では一番強いと思われるフェルにまでそう言われればフウリンジは引き下がるしかない。


「フェルさん、それでカイン殿下は? それとこの騒ぎの元凶の隠密忍士――ハルカディア達は?

 って、そう言えば何でフェルさんがここに?」


 デュオはフラフラになりながらも状況を把握しようとフェルに尋ねる。

 そこで今更ながら何故ここにフェルが居るのかが気になった。


 今回の事件はハルカディアが偽フェンリルを名乗り、その名声を使い王族を攫ってその血で封印の間を開けようと画策したことだ。

 もしかしたらその偽フェンリルを追っていたことが関係しているのだろうか。


「カイン殿下は無事よ。護衛の近衛騎士が気を利かせ別ルートから避難したわ。それと隠密忍士たちは――リーダーを含む数名が取り逃がした状態ね。

 あと、わたしがここに居るのは偽フェンリルを追っていた件もあるけど、ブリジットに頼まれたこともあるからね」


「ブリジットが?」


 聞けばフェルは勇猛神の巫女ブリジットと深い交友関係にあるそうだ。

 そして前日に神殿に侵入者が入り込んでいた事、その目的が力の御剣だった事などを携帯念話(テレボイス)で話し、いざと言う時の為に協力を要請していたのだと言う。


 フェルの方でも偽フェンリルが今日王族へ謁見を申し出ていたので城に入るのは願ったり叶ったりだったのだ。

 尤も諸々の諸事情で遅れてしまい、辛うじて事件には間に合ったところだったりする。


「そっか、それならもう安心ね・・・」


 そう言ってデュオは気を失った。

 最悪の状況から好転したことでデュオは気が抜けたのだ。強さでは頼りになるフェルが居たことが大きい。


 その後、フェルは怪我人であるバルドに治癒魔法を掛け、彼を通じて城の人間と連絡を取ってもらう。

 縛り上げたレーヴェの引き渡し、逃げたハルカディア達の追跡、怪我人の治療等を上の人間――近衛騎士団団長のローゼット=ベルバラード伯爵や、国軍兵士軍団長のディードリッド=ハーヴェスタ侯爵の指示に従う騎士や兵士を眺めながらフェルはぼそりと呟く。


「さて、と。それじゃあ後は後始末だけね」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ハルカディアは未だに数時間前まで目の前で起こっていた事が信じられなかった。


 あの後ラッツを犠牲にし、呪死人を振り撒き混乱に乗じて逃げ出した――かのように見せかけた。

 ラッツ達と共に侵入した隠密忍士たちは既に逃げ出した後だったが、実はあの後ハルカディアとアマンダは幻影迷彩(ミラージュコロイド)を使い、あの場に(とど)まって状況を探り混乱に乗じてカイン王子を見つけ出すつもりでいた。


 3体に増えた呪死人により更に死人が増え、呪死人の増加に伴い城は混乱すると思っていたのだが・・・

 赤のプリーツスカートを履いたミニスカ巫女の登場により状況は一変した。

 巫女らしくない巫女は二刀を振りかざしあっという間に呪死人を3体とも片付けてしまったのだ。

 そして勇猛神の巫女と思わしき者と2・3話したかと思うとそのまま地下へと降りて行った。


 おそらく地下で暴れまわっている呪死人をも倒しに行ったのだろうとハルカディアは予想した。

 だとすれば状況は落ち着き、騎士や兵士たちの目は呪死人から侵入者――ハルカディア達に向く。

 そうなる前にハルカディア達は直ぐに王城から逃げ出したのだ。


 ハルカディアは偽フェンリルの冒険者として活用していた宿には戻らず、王都エレミアに用意した隠れた拠点に避難していて今後の事を考えていた。


 任務は失敗。仲間を2人犠牲にしたにも拘わらず力の御剣を奪取する事は出来なかった。

 再度王城へ侵入するには別の計画を立てて王族を攫い地下へ行かなければならない。

 だが今回の事件で自分らの狙いが力の御剣であることがバレて王城への侵入・王族誘拐への警戒が高まっている。


 ほとぼりが冷めるまで潜っているか――? そう考えていた時だった。


 突如ドアが蹴破られ1人の少女が入って来た。

 ハルカディアはその少女を見て瞠目する。


 何故ならつい数時間前に見たばかりの巫女だったからだ。


「やっと見つけたわ。偽フェンリルさん。本当は貴女には色々聞きたいことがあったんだけど・・・今は何も聞くことがないわね。

 少し調べさせてもらったけど、どう見ても『彼ら』とは何の関係もなさそうだし」


「じゃ、じゃあ何でここに来たのよ・・・! 用が無いなら放っておいてよ!」


 無論あれだけの事をしておいてそんなことは許されることではないのは分かり切っていたのだが、言わずにはいられなかった。


 ハルカディアは自分の声が震えているのが分かる。

 自分でも神降し――光の宝玉の力を借りてもあの呪死人を倒すことが出来るかと聞かれれば否としか答えられない。

 その呪死人をいとも簡単に倒す目の前の巫女に敵う術を見いだせないのだ


 アマンダも口を開くのすら恐れ震える手で魔動機を取出し構えていた。


「わたしが用があるのは貴女の持つサンフレア神殿の神器、三種の神器の1つ光の宝玉よ。持っているんでしょう?

 あれは貴女のような人間が持つ物じゃないわ。ただの人間が持つには過ぎた力よ。大人しく渡しなさい」


「い、言われてはいそうですかって渡せるもんですか! これは世界征服を望むタカハマル様の為の物!」


「世界征服とは大それた望みね・・・残念だけどそれは不可能よ。言い伝えには三種の神器を全て揃えるとそれが叶うと言われているけど、それには神器の力を十全に発揮する為の巫女が必要なのよ。それぞれの三柱神(みはしらのかみ)に仕える巫女がね」


「何・・・それ、そんなの聞いた事ないわよ! 何であんたがそんなことを知っているのよ! 出鱈目言わないで!

 そもそもあんた何者なの? あのSS級の化け物を簡単に倒すなんてS級冒険者でもそう簡単にはいかないわよ」


「うーん・・・貴女に何者かって聞かれたらこう答えるしかないんだけど・・・

 貴女は偽物のフェンリルを演じていたわけだけど、もし本物が本当に現れたらどうするつもりだったのかしら?」


 その言葉を聞いたハルカディアはまさかとは思いつつも信じられない面持ちで目の前の巫女少女を見ていた。


「そんな・・・あり得ない。だってあれは100年前のお伽話で、今さら地上に現れるなんてあるわけないじゃない・・・!」


「さて、もういいかしら? そろそろ光の宝玉を返してもらえる?」


 フェルが1歩踏み込むとアマンダは1歩下がる。

 ハルカディアはなんとかその場に踏み止まり、一か八かの賭けで神の力を使ってこの場を切り抜けようとした。


「我、太陽神に願い祀る。破壊を司りし勇猛神を降ろし賜え。

 ――スサノオノミコト!!!」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「彼女には借りが出来ちゃったな」


「そうだな。まさか1人で逃げた首謀者の隠密忍士を捕まえて来るとは」


「なぁんか、このままうちらの手柄にしていいのやら。フェルさんは気にしなくていいっていいはるけど」


「そこは好意に甘えておきましょう・・・」


「でもこれでやっと一安心できますよ。あたしも胸を張って神殿に戻れるってものです」


 3体の呪死人が倒された後、ジークフリード達は逃げた隠密忍士を捕まえるべく騎士や兵士たちと協力して敵兵を追いかけて行った。

 しかし敵も然ることながら、隠密と名が付くだけあって捕まえることは容易ではなかった。

 特に今回の事件の首謀者であるハルカディアはジークフリード達にはどうしても捕まえておきたい人物であったが盗賊(シーフ)のラルナですら足取りすら追えなかった。


 取り逃がし諦めかけたと思ったその時、呪死人から助けてもらった巫女――フェルが首謀者のハルカディアを引きずってきたのを見た時には驚いた。


 フェルは何の躊躇いも無く無事奪還してきた光の宝玉をジークフリード達に渡したのだ。

 首謀者を捕まえた手柄はフェルにあるので金銭の要求などあって可笑しくないのだ。

 それをこうもあっさり手放したことにジークフリード達は戸惑っていた。


 フェルは元々手柄や名声は求めておらず、ブリジットの要請に従って協力しただけなので彼女にとっては当たり前のことだった。

 そんな戸惑っていたジークフリード達だったが、ブリジットからの勧めもあり素直に受け取ることにしたのだ。


 因みに首謀者であるハルカディアはエレガント王国へ引き渡している。

 プレミアム共和国のサンフレア神殿からジークフリード達への依頼の内容は光の宝玉の奪還だ。首謀者の逮捕は出来ればと言う事だ。

 ハルカディアはエレガント王国より情報を引き出された後、プレミアム共和国に引き渡される予定だ。

 そこでジークフリード達は首謀者を捕まえた追加報酬を受け取ることが出来る事になっていた。


「さて、向こうにはブリジットさんからも太陽神の巫女へ直接連絡が行ってるだろうけど、早く戻って安心させてやらないとな」


「そうだな。まぁ、私たちの足じゃ天と地を支える世界(エンジェリンワールド)異世界(テラサード)を行き来するから時間が掛かるけどね」


「今回の依頼の報酬はたんまり出るだろうから、どうせやからこの際移動手段の走竜(ドラグルー)でも買っとこうや」


「世話、誰がするの?」


「え? そこは天地人(ノピス)であるラルナがするんやろ?」


「え? あたし何時の間にこのパーティーの固定メンバーに決定したの!?」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 デュオが目を覚ましたのはそれから暫く経ってからの夕方頃だった。

 辺りを見渡せば見覚えのあるブルブレイヴ神殿の医務室だった。


 デュオは早速起き上がって事件はどうなったのか確認する為、人を捜しに医務室の外へと出ようとする。

 そこへ丁度シフィルが現れた。


「あ、デュオっち目が覚めたんだね。体の調子はどう?」


「ええ、大丈夫よ。怪我は魔法で殆ど治っているからね。倒れたのはどちらかと言うと精神的な疲れから来るものだから」


「ま、そうだよね。あんな化け物に1人で立ち向かうのは並大抵の気力じゃ持たないだろうし」


「ところであの後事件はどうなったの?」


「カイン殿下は無事に安全が確保され、事件の犯人の首謀者ハルカディアは捕まったよ。

 尋問で今分かっている所じゃ、目的は世界征服の為の三種の神器の奪取だけだったみたい。『彼ら』とは何の関係も無いっポイよ」


 デュオはシフィルの言葉を聞いてようやく一安心する。それと同時に手掛かりが空振りに終わったことにため息が出る。


 デュオの本来の目的である『彼ら』の手掛かりが巫女神フェンリルにあると思い接触を図った訳だが、当のフェンリルは偽物だった。

 その正体はプレミアム共和国の第二都市シクレットの闇組織・隠密忍士の副頭領と言う大物だったりしたのだが、彼女の目的は三種の神器でありデュオの本来の目的には全く関係が無かったわけだ。


「はぁ・・・これで手掛かりがまたゼロからって訳ね。地道にセントラル遺跡を探った方がいいのかしら。

 そう言えばシフィルにも手間を掛けたわね」


「あれくらいならどうってことないわよ。久々に変装したのも楽しかったし。いつハルカディアに変装がばれるかドキドキもんだったわよ。

 あ、そうそう、そのハルカディアが捕まった時面白いことを言ってたね。何でも本物に倒されたって」


「えっと、本物って本物の巫女神フェンリルがって事?」


「そう、その巫女神フェンリル」


 デュオはふと何故か1人の巫女少女が頭に思い浮かんだ。


「・・・まさか、ね」


 彼女は神としてはあまりにも気安すぎてとてもそうは見えなかった。

 おまけにデュオの中では当初会った時の迷子だったことが印象に強い。


「ところで助けに来てくれたフェルさんは? お礼を言いたいんだけど」


「フェルっちはまたどっかに行っちゃったわよ」


「そんなぁ、またちゃんとお礼を言えてないのに」


 前回に引き続き今回もフェルは事件が解決するとあっさりと姿を消した。

 デュオにしてみればピンチのところを2度・・・いや3度も助けてもらったのだ。

 昨日は前回のお礼を言ったものの、せめて今回はお礼の食事くらいは奢りたかった。


 そんなデュオを「また機会があるよ」と慰めつつ、シフィルは今後の事を聞いてきた。


「ねぇ、デュオっち。今回はダメだったけど、引き続き『彼ら』の調査は続けるんでしょ?」


「ええ、勿論そうよ。クオの為にも一矢報いてやるつもりだし」


 デュオの今の目的はクオをあんな目に合わせた『彼ら』への復讐――ではない。

 それは既にフェルのアドバイスによって何の感傷も湧いてこない。あるのはただクオの存在を蔑ろにした『彼ら』に二度と手を出させないように自分と言う母親の存在を示すことだけだ。

 その為にもデュオはシフィルにも協力をお願いする。











ストックが切れました。

暫く充電期間に入ります。


                          ・・・now saving





―次章予告―


エンジェルクエスト攻略を目指し再び王都エレミアを訪れる鈴鹿一行。

『XXXの使徒』は妖艶に誘う。

『模倣の使徒』は己自身と向き合わせる。

そして『正体不明の使徒』の王都襲撃により混乱を極める。


デュオは思いがけない再会を果たす。

そしてそれはデュオ自身にも王都エレミアにも混乱を巻き起こす。

王都に忍び寄る魔人の魔の手。それを防ぐためにクラン『月下』は立ち上がる。


鈴鹿とデュオの物語が交差する時、物語は加速する――




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