23.その蠱毒で生み出されし魔物は剣尾蛇
デュオは慣れない古式魔法のレイウイングを使い、王都を飛翔しながらクオが見えると言うアレストの魔力を追いかける。
クオが迷わず指示する方向にはザウスの森があった。
「クオ、こっちの方向で間違いないのね?」
「あぃ。やなまりょく、こっちからみえるの!」
アレストがデュオたちの元から逃げた時の方向は西だった。
流石に素直に逃走経路が分かるような逃げ方はしなかったようだが、アレストがザウスの森で起こしていた騒動を思えば十分予測できる範囲だ。
それを考えれば逃走先としてはお粗末すぎた。
尤もアレストとしてはまさか空を飛んで追いかけて来るとは思いもしなかったので、逃走する為の時間稼ぎとして森での仕込みを行うには十分と考えていたわけだが。
「ところでクオ。さっきのマーを助けてくれた時の魔法ってどうやったの?」
「マーのみておぼえた!」
その言葉にデュオは改めてクオの“何か”の凄まじさを感じた。
確かにデュオはクオを森で保護した後、王都に戻るまでに魔物を屠るため魔法を行使した。
その中に先ほどクオが使った光属性魔法のシャイニングフェザーもあった訳だが、保護した時は今ほど言葉を話せるような状態ではなかったし、まさか目の前で使った呪文を覚えているとは思えなかった。
保護したころから考えられないほどの成長(?)スピードだ。
各関係機関からクオは問題ないとお墨付きを貰ったが、こうして常識以上の事を見せられると改めて脅威にも感じてしまう。ゴウエンが警戒するのも頷けるものがある。
とは言え、今のデュオはクオの母親でもある。余程の事が無い限りデュオはこうして懐いてくるクオの味方でいようと決心する。
王都上空を飛翔すると南門の所ではアレストが召喚したと思われるヒュドラやギガントリザードやそのほかの大量の魔物と王都に侵入させまいと戦っていた。
デュオとしては手を貸してやりたいところだが今はアレストの捕獲、もしくは討伐が最優先だ。
「マー! あそこ!」
南門を越えザウスの森の上空を深部に向かって飛翔していると、クオがある一点を指さす。
クオにはアレストの魔力が見えているらしいから分かるのだろうが、デュオには森の木々に隠れて見ることが出来ない。
だが近づくにつれクオの指差す先に何かが居るのが見えてきた。
15m程の巨大な蛇だ。
何より特徴的なのは尻尾の先が巨大な剣になっていると言う、ソードテイルスネークだった。
但し通常のソードテイルスネークとは違い、本来なら緑色である体はどす黒く染まっており目が4つあると言う亜種とも呼べるソードテイルスネークだった。
その傍らにはアレストが居た。
デュオは暴れまくる飛翔魔法を制御しながらアレストとソードテイルスネークから離れた場所に音を立てて降り立つ。
「・・・っ! 追いかけて来るとは思わなかったよ」
まさか追いかけて来るとは思わなかったアレストは空から降ってきたデュオを見て驚いた表情をしている。
「言った筈よ。逃がさないってね」
「よく追いかけて来れたね。王都の惨状を無視して」
アレストは揺さぶりを掛けるが今のデュオには通じない。
ウィルはあの場を任せろと言ったのだ。だったらデュオはウィルや『月下』の皆・王都の冒険者・騎士団・兵士たちを信じてこの騒動の元凶を捕まえに来たのだ。
「もう御託は結構よ。大人しく捕まりなさい・・・って素直に言う事を聞くはずもないか。
目の前には切り札らしきものもいるみたいだしね」
そう言いながらデュオは目の前のソードテイルスネーク亜種に目を向ける。
「従魔師の力で増幅させた魔物たちを森に放ち、互いに殺し合いをさせ出来上がった通常よりも極めて強力な魔物だよ。
これはその蠱毒の実験で出来上がった第1号さ」
ソードテイルスネーク亜種は主人であるアレストに応えるかのようにその鎌首をデュオに向けて威嚇する。
「悪いけど僕は捕まらないよ。まだやることがあるし、何より君たちより下級の人間にやられるほど弱くはないよ」
「その割には昔じいちゃんにコテンパンにやられたみたいだけど?」
「あの時の僕と今の僕とでは全く違うよ。僕は生まれ変わったんだ。そう、君たちが相手にならないほどの力を手に入れてね」
デュオの逆挑発にアレストは些かムッとしながらも余程自信があるのか新しいおもちゃを手に入れた子供みたいに自慢してくる。
「そう言えば、貴方どうやってあの攻撃から生き延びれたの・・・? その手に入れた力と言うのが関係しているのかしら?」
デュオは12年前の謎のジジイの攻撃により光となって消え去ったアレストを思い出す。
あの攻撃で間違いなくアレストは死んだはずだった。
「全部話すほど僕はお人好しじゃないよ。まぁ、このソードテイルスネークから生き残れたらヒントくらいは出してもいいよ」
「そう、だったら簡単よね。たかが蛇に『鮮血の魔女』が後れを取るとでも?」
「大した自信だ。でもそれは僕も同じだよ」
お互いに睨みあい、その場を動かない。
ソードテイルスネークは主からの攻撃命令を今か今かと待ち、デュオは静寂な炎を宿す火竜王を構えながら攻撃のタイミングを見図る。
先に動いたのはアレストだ。
「――やれ! ソードテイル!」
命令と同時にアレストも下がりながら呪文を唱える。
デュオも呪文を唱えながら迫りくるソードテイルスネークの牙をサイドステップで躱し、その横面に目がけて無幻想波流の技を叩き込みながら魔法をぶちかます。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ゴウエンとの戦闘は思いのほか苦戦していた。
他の召喚された魔物は倒されていたものの、たった1人のゴウエンにウィルたちは押されていたのだ。
「ファイアブラスト・クインタブルブースト!
ワイドスラッシュ!」
ゴウエンが火属性魔法の5倍に増幅した炎の散弾を辺り一面に降り注ぎながら剣戦技の範囲技で半円状に横薙ぎに剣を振るう。
ウィルは炎弾を剣で弾きながらゴウエンの剣を懐に入って抑える。
「ちぃ、操られているくせに魔法と戦技をきっちり使いこなしていやがる。
流石魔導戦士ってところか」
「ガァァア!」
ゴウエンは止められた剣を強引に力技で押し込みウィルを弾き飛ばす。
距離が空いたところでゴウエンは再び呪文を唱え水属性魔法の水の槍を解き放つ。
「アクアランス!」
大盾を構えた武装法師のハックがウィルの前に割り込み水の槍を防ぐ。
ウィルはすぐさまハックの背後から飛び出し呪文を使わせまいと接近戦を試みるもゴウエンの鋭い剣閃と人間離れした怪力に攻めあぐねてしまう。
無論ウィルとゴウエンの攻防の間にも弓道士のアリアードとサラフィが次々に矢を放つが殆んどが躱されてしまっている。
人間離れした怪力の他に人間離れした動きに翻弄されてしまっているからだ。
「おいおい、5人がかりで抑えにかかっているのに押し戻されるってどういうことだよ。
人間離れしているって言っても限度があるだろ」
そんなゴウエンを見て戦線に加われないでいたロイドが思わず呟く。
そう、文字通り今のゴウエンは人間離れしているのだ。
アレストに獣化付与魔法を掛けられたのかゴウエンの異様に筋肉は膨れ上がり、肌は浅黒く染まり体中に血管が浮き出ている。
明らかに人体の必要以上の力を強引に引き出されている感じだった。
このままではゴウエンの命にかかわる危険性もある。
「こりゃあ多少手荒でもいいとか言ってる場合じゃないな。
腕の1本くらいは勘弁しろよ!」
ウィルは覚悟を決め強引にゴウエンの懐に潜り込んでいく。
懐に潜り込ませまいとゴウエンは我武者羅に剣を振るうが、ウィルは手にした剣で攻撃を弾きながら一歩一歩しっかりと歩みを進めていく。
普通の剣だったら今頃ゴウエンの怪力にへし折られているところだが、ウィルが今手にしている剣は先日セントラル遺跡で手に入れたオリハルコンだ。
剣を譲ってくれた第三王子に感謝しながら懐に潜り込んだウィルは取って置きの剣戦技を放つ。
「バスターブレイカー!!」
バキン!
ウィルの放った剣戦技はゴウエンの剣をへし折り、体へと届かせた。
「な・・・んだとぉっ!?」
ウィルは目の前の光景に思わず声を上げる。
剣戦技のバスターブレイカーは火竜の前足を切り落とすほどの威力を秘めた戦技だ。
だがウィルの放った剣戦技はなんとゴウエンの交差した両腕に防がれていたのだ。
確かに剣はゴウエンの両腕に深く食い込んではいるものの斬りをとすまでには至っていない。
それどころか両腕の筋肉を引き締めウィルの剣を放さなかったのだ。
ウィルは一瞬、武器を放すか躊躇する。
これが普通の剣であれば手放していたが、今手にしているのはオリハルコンの剣だ。
その一瞬の躊躇が明暗を分けた。
ウィルは丸太のように膨れ上がった足で蹴り飛ばされ、直後特大の火炎球が追撃で放たれる。
再びハックが割り込んできて大盾で防ぐも、火炎球の陰に隠れて迫っていたゴウエンに吹き飛ばされた。
手にしたオリハルコンの剣によって。
大盾は真っ二つに斬り裂かれ、ハックも体に一閃を食らい大怪我をする。
そのままゴウエンは体勢を立て直せないままでいるウィルに迫り、オリハルコンの剣を振りかぶった。
そうはさせまいとアリアードとサラフィは次々矢を射るが、ゴウエンはお構いなしに剣を振り下す。
まさか自分の武器で止めを刺されるとは思いもしなかったが、ウィルは流石にこれは躱せないなと覚悟を決める。
直後、金色の影が目の前を横切る。
「・・・ん、刀戦技・桜花一閃」
「グガァァァァァアァアッァ!!」
――ドサリ
目の前にゴウエンの両腕が切って落とされていた。
「・・・ん、状況説明」
割り込んできた金色の影は『月下』のクランマスターでありS級冒険者の『絶剣』美刃だった。
その金髪のポニーテールをなびかせ美刃は現在の状況の説明を求めた。
異世界人である彼女はついさっきまでは異世界に居たのだが、タイミングよく天と地を支える世界に戻って来たらしい。
ウィルは九死に一生を得た事に安堵しつつ、ゴウエンから目を離さずに美刃へ簡潔に状況を説明した。
「ゴウエンは操られていてあの変化もその影響だな。無理やり力を引き出されてるからかなり強くなっている。
後は王都中に魔物が召喚され暴れている。ピノに連絡したから周辺のクランと協力して討伐に向かってるはずだ。
デュオはこの騒動の元凶を追いかけて行った」
「・・・ん、分かった。私たちもピノに協力して王都の魔物を討伐するよ」
美刃の目は既に王都の方へと向いていた。
目の前のゴウエンには目もくれない。
「ちょ、美刃さん! 前! 前!」
ゴウエンの様子を伺っていたウィルは慌てて美刃に目の前を見るように促す。
両腕を切り落とされたにも拘らず、ゴウエンは怒りの目を美刃に向けながら噛み付こうとばかりに大きな口を開けて襲い掛かってきたのだ。
「モード剣閃三日月
――刀戦技・桜花乱舞:撃」
瞬間、美刃から放たれた無数の剣打がゴウエンを襲い、一瞬で意識を刈り取られその場に崩れ落ちた。
因みに攻撃は全て峰打ちで行われているので体には切り傷は無い。
「・・・はっ、一瞬かよ」
ウィルには乾いた笑いしか出なかった。
さっきまで5人がかりでさんざん苦労していたのが美刃に掛かれば一瞬だ。
「・・・ん、ウィル立って。まだ終わってない」
「そう、だな。次は王都の魔物退治といかないとな」
もう起き上がることはないだろうがゴウエンの身柄を抑えるのはロイドとハックに任せ、王都中の召喚された魔物を討伐する為にピノの元へと向かう。
そんな中、ウィルはゴウエンをここまで強化したアレストの能力に脅威し、奴を追って行ったデュオの身の心配をしていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
デュオとソードテイルスネーク亜種との戦闘は膠着状態に陥っていた。
ソードテイルスネークは元々はC級の魔物として大きさは精々5mくらいで、尾に生えている剣も精々50cmほどだ。
だが蠱毒によって生み出されたこのソードテイルスネークは4つの目を持ち鋼の様などす黒い皮、そしてその特徴的な尾は蛇腹剣と進化していた。
強さ的に言えばA級まで上がっているのだが、デュオにしてみればそれほど脅威ではなく多少無理をすれば倒せるくらいの強さだ。
それが1対1ならば。
今デュオの前に居るのはソードテイルスネーク亜種の他に弓を構えたリザードアーチャー5体、杖を構えたゴブリンメイジ5体、そしてソードテイルスネークを援護するアレスト。
後衛のリザードアーチャーやゴブリンメイジを倒しても直ぐにアレストが召喚魔法で補充してくるのだ。
ソードテイルスネーク亜種に集中しようとしても後衛が邪魔をしてくるし、後衛を先に倒しても召喚魔法で随時戦力が補充されると言う悪循環に陥っていた。
しかもアレストを見つけるためとは言え、この場にクオを連れてきているのだ。
まさかまだ幼女のクオを安全な場所に隠れていろとも言えず、抱きかかえたままの戦闘でいつもの激しい動きが制限されている。
無論クオも持ち前の秘めたる才能を使いデュオの使う姿を見て覚えた魔法を援護で放っているも、それでもデュオに不利な状況には変わりない。
結果、圧倒的物量の前にデュオはソードテイルスネーク亜種を押し切ることが出来ないでいた。
ソードテイルスネーク亜種の攻撃は多彩で、蛇腹剣のリーチ長い剣戟、長い体を利用した鞭のような斬撃、蛇腹剣と牙の交互の連携攻撃、その巨体に似合わず俊敏な動きによる上空からの噛み付き等々、息をつく暇のないほどの攻撃でデュオを翻弄する。
とは言え、デュオもやられっぱなしじゃない。
攻撃を躱しながらも素早く唱えていた呪文を解き放つ。
「キャノンスパイク!」
デュオの放つ土属性魔法の石釘の散弾がソードテイルスネーク亜種の周辺に突き刺さり、着弾の瞬間に破裂して細かい石刃を周辺にまき散らす。
だがソードテイルスネーク亜種の分厚い皮に阻まれ傷一つ付かない。
ソードテイルスネーク亜種は石刃を無視してデュオに迫り身を翻して尾の蛇腹剣を振り回す。
剣の刀身に切れ目が入り、蛇腹状になった刃がデュオを襲う。
「くっ! ストーンウォール!」
硬度を高めにした土壁を目の前に造り上げ蛇腹剣を防ぎつつ至近距離で追撃の魔法を放とうとするも、後衛の弓矢と魔法が迫り距離を取らざるを得なかった。
追撃の弓矢と魔法はクオが火属性魔法の炎の矢で迎撃してくれたので、唱えていた呪文はそのまま後衛に放つ。
「ファイヤージャベリン!」
炎の槍はリザードアーチャーの1匹を貫き、そのまま後ろに控えていたゴブリンメイジ2匹を巻き込んだ。
後衛の戦力が少しは減ったと思いきや、アレストがすかさず召喚魔法を唱え新たなリザードアーチャーやゴブリンメイジを呼び出す。
「ああ、もう! これじゃあイタチごっこじゃない!
こうなったら一発大技をお見舞いしたいところだけど・・・クオ、ちょっときついかもしれないけど少しの間援護をお願いできる?」
「あぃ!」
左腕で胸に抱えられたクオはここぞとばかりに元気な返事をする。
デュオはクオに少し申し訳ない思いをしながらも迫りくるソードテイルスネーク亜種の攻撃、降り注ぐ矢と魔法を激しいステップで躱しながらも大技用の呪文を唱える。
デュオの激しい動きに必死にしがみついて耐えながらクオは健気にもデュオに応えようと少しでも攻撃が当たらない様に魔法を飛ばしてその数を減らす。
「さいくろんばーすと!」
「あいすぶらすと!」
「しゃいにんぐふぇざー!」
殆んどノータイムと言っていいほど高速詠唱をするクオ。
魔法を使えば使うほどその精度や詠唱速度は上がって行き、この短時間でクオの魔術師としての腕前は魔導師にまで上がっていると言っても過言ではない。
クオから援護してもらいつつ、デュオはソードテイルスネーク亜種の攻撃をステップで躱しながら何とか大技の呪文詠唱を完成させる。
「バーニングフレア・バーストリミテッド!!」
拳大ほどの火炎球がソードテイルスネーク亜種に向かって解き放たれる。
アレストは火炎球の大きさから牽制用の攻撃だと判断し、一応警戒をしつつソードテイルスネーク亜種にそのまま攻撃するように指示を出す。
だがその判断は誤りだった。
火炎球がソードテイルスネーク亜種に接触した瞬間、辺り一面を焼き尽くすほどの爆炎がアレストたちを襲ったのだ。
巫女神フェンリルが編み出した三大秘奥の1つ、『魔法剣』は剣に発動する直前の魔法を掛け、剣の攻撃と魔法攻撃を同時に行うと言う奥義だ。
デュオは剣に魔法を掛けられるのならば魔法に魔法を掛けれるのではないかと考え編み出したのが、このバーニングフレア・バーストリミテッドだ。
火属性魔法の中級魔法バーストフレアは空間一点に火炎を集中圧縮させ爆発させると言う強力な魔法だが、空間を指定する為魔法発動後は動かせないという欠点がある。
だが魔法剣だと剣に固定されるため、剣を振るいながらバーストフレアを同時に発動出来る。
デュオはそのアイデアを応用し、バーストフレアを剣ではなく魔法・・・同じ火属性魔法のバーニングフレアに掛けアレンジした結果、バーニングフレアを極限まで圧縮し空間固定に捉われることなく撃ち出すことに成功したのだ。
一瞬の不意を突かれたアレストはソードテイルスネーク亜種と共に爆炎に呑まれる。
デュオはその爆発の影響の範囲から逃れる為、爆炎球を撃ち出した後火炎耐性の魔法を唱えつつ距離を取って様子を窺っていた。
爆炎により巻き上がった煙がようやく収まった頃、デュオは警戒しながらその跡地を見る。
見れば思ったよりも周囲の爆炎の影響が少なかった。
周囲をざっと見渡した後、爆炎中心地から少し離れたところに目を移す。
「・・・幾らなんでもタフすぎやしない? あの爆炎でほぼ無傷だなんて・・・ちょっとプライドに傷が付いちゃうわね」
そこにはとぐろを巻いた状態でソードテイルスネーク亜種が佇んでいたのだ。
そしてデュオからは見えないが、とぐろの中心にはソードテイルスネーク亜種から守られたアレストが居た。
アレストは用心の為と唱えていたどんな魔法も防ぐ無属性魔法のマジックシールドを直前で展開し、爆炎からソードテイルスネーク亜種を守りつつも自分を防御するように指示を出していたのだ。
マジックシールドのお蔭で後衛のリザードアーチャーやゴブリンメイジも数匹は生き残っていた。
アレストは予想外の攻撃に怒りをあらわにし、ソードテイルスネーク亜種に反撃の指示を出す。それも飛びっきりの最大限の攻撃にして、最強の連続攻撃をだ。
ソードテイルスネーク亜種はとぐろを巻いた状態から縮めたバネが反動で弾けるように蛇腹剣を振り回し周囲の焼け焦げた木々や後衛のリザードアーチャーやゴブリンメイジをも巻き込みながらデュオへ攻撃する。
一撃のみ非ず、とぐろ状態からの反動で回転しながらの連続攻撃。生半可な防御では防ぐことのできない攻撃だ。
デュオはソードテイルスネーク亜種が繰り出す回転攻撃に慌てることなく懐に入ったチャージアイテムで防御のための魔法を展開させる。
セントラル遺跡探索時にヴァンパイアドラゴンとの戦いの報酬で紫電から手に入れた10個の魔法を溜めこめるチャージアイテム、形としては手のひらサイズの卵に底の部分に2枚の羽の飾りが付いていた。
デュオはこのチャージアイテムを卵の形から卵の十冠と呼ぶことにした。
そしてチャージしておく魔法は、どんな物理攻撃も3秒ほど防ぐことのできるマテリアルシールドと、土壁での防御のストーンウォールのたった2種類だ。
但し数は5個ずつと完全に防御専門のチャージアイテムにすることにしたのだ。
目の前で展開されるマテリアルシールドが切れると同時に直ぐに2つ目、3つ目のマテリアルシールドが展開される。
だが約15秒ほどの完全物理防御で蛇腹剣の薙ぎ払いを防ぐも、ソードテイルスネーク亜種の攻撃はまだ終わらない。
続けざまにストーンウォールを5つ重ねて作り上げ蛇腹剣の攻撃を防ぐ。
蛇腹剣の攻撃はデュオへ届かせようと土壁をガリガリと削るも流石に20秒以上にもなると威力は落ちてくる。
何とか耐えきったデュオは一安心しつつも反撃の為の呪文を唱えるが、そこへ予想外の一撃がデュオを襲う。
土壁を抉りながら螺旋状の攻撃が突き抜けてきたのだ。
ソードテイルスネーク亜種は最後の反動を利用して横の薙ぎ払い攻撃ではなく、点の貫通攻撃でデュオの防御を突き破る。
デュオは慌ててクオを突き飛ばし、回避行動に移るも伸びのある蛇腹剣の攻撃はデュオの脇腹を抉り取った。
「きゃう!」
「くぁぁあっぁ!!」
クオは地面へ投げ出されデュオは蛇腹剣の攻撃で余波で錐もみ上になりながら地面へ叩きつけられた。
辛うじて意識は失わないでいたものの、その激痛にデュオは顔を歪める。
蛇腹剣の攻撃は脇腹だけではなく右腕をも抉り取っていた。
肘のところから大きく切り刻まれ千切れかけていたのだ。無論、静寂な炎を宿す火竜王は持ってられずに地面へ取り落としてしまう。
「ははは、随分と素敵な姿になったね。命乞いなら聞いてあげるよ?」
ソードテイルスネーク亜種を従えたアレストが悠然とこちらへ歩み寄ってくる。
デュオの今の状態から既に勝敗を決したと思っての余裕だ。
「って、そんな気は更々ないよね。まぁここで君ほどの実力者を屠るのは惜しいけど、僕に従わないなら生かしてはおけないからね。ここで死んでもらうよ」
デュオは毅然としてアレストを睨みつける。
そんなデュオの様子を見たアレストはもう用はないと言わんばかりに片手を上げてソードテイルスネーク亜種に止めの指示を出す。
そんなアレストの前に小さなクオが立ちはだかる。
まだヨチヨチ歩きの状態でありながらデュオを庇うかのように立ち塞がったのだ。
「マーをいじめちゃメー!」
「ちょっ! クオ、駄目よ! 下がってなさい!」
そんなクオをアレストは呆れた様子で見つめていた。
無論油断している訳でなない。これまでのクオの援護を見れば普通じゃないのは見て取れる。
とは言え、それは魔法に限った話であって、立つのもやっとのクオをどうにかするのは容易い事だ。
「・・・そう言えば散々君にも邪魔をされて来たんだったね。母娘ともども串刺しにしてあげるよ」
ソードテイルスネーク亜種は尾の蛇腹剣を掲げ、狙いをクオとデュオへと向ける。
だが次の瞬間、状況が一変する。
クオの前に魔法陣が展開された。
赤・青・緑・茶・白・黄・金・黒・灰の9種の魔法陣だ。
それぞれが火・水・風・土・氷・雷・光・闇・無の属性を意味している。
9つの魔法陣はお互いにラインを繋ぎ影響し合い、さながらセフィロトの樹の様な1つの魔法陣を作り出していた。
クオは詠う様に呪文詠唱を紡ぐ。
「な・・・! 9種のお互いが影響し合った魔法陣だって・・・!? あり得ない、こんなの見たことも聞いたこともないぞ!?」
慄くアレスト。だがデュオはそんなアレストは目に入らなかった。
何故なら今9種の魔法陣を展開しているクオの姿は幼女の姿とは違って見えたのだ。
9本の尻尾が生えた妖艶な狐人が呪文を紡いでいる。
デュオは一瞬自分の目を疑い慌ててもう一度見てみると今度はちゃんと幼女の姿をしたクオが映し出された。
いや、今までのクオとは違い尻尾は9本のままだった。
ソードテイルスネーク亜種はと言うと、クオを目の前にして何故か怯えていた。
魔法陣による攻撃をさせまいとアレストは慌てて指示を出すが、ソードテイルスネーク亜種は強大な魔物を前にしたかのように怯えてアレストの指示を受け付けない。
そしてクオの呪文が完成する。
「――属性融合魔法陣発動。
天衣無縫!」
次の瞬間、周囲の空間は白色に塗りつぶされる。
周囲の景色に色が戻るころには戦闘となった跡地はクレーター状に抉れた状態となっていた。
焼け焦げた木々は吹き飛ばされソードテイルスネーク亜種はバラバラになった残骸だけが残り、他の魔物などは何も残ってなかった。
呪文を放ったクオの前は抉り取られ、その後ろに居たデュオだけが無事だったのだ。
デュオは目の前の惨状に戦慄しながらも地面へ倒れているクオに目をやる。
脇腹や右腕が千切れかけている激痛に耐えながらゆっくりとした足取りでクオの元へ近づいて行く。
どうやら放った魔法の反動で気を失っているみたいだった。
デュオは気を失っているクオを左腕で抱きかかえる。
先ほどの光景は見間違いだったのか、今のクオの尻尾は間違いなく1本だった。
何はともあれこれで元凶を倒したと思った瞬間、何もないはずの空間から声がした。
「くそっ! まさかここまでやるとは・・・!」
デュオは慌てて声のした方を見るとそこには全身血塗れどころか体の8割が炭化していたアレストが立っていたのだ。
「・・・うそ・・・でしょ? あれを受けて生きているなんて人間じゃないわよ・・・!」
流石にダメージが大きかったのか、アレストはおぼつか無い足取りで1歩1歩デュオの方へと歩いてくる。
デュオも脇腹と腕の血を滴らせながらもアレストに会わるように下がっていく。
「ソレを寄越してください。ソレは危険だ。僕たちの計画に影響が出る。
今のうちに殺しておかなければ。
ソレを差し出せば今は君の命は助けてあげるよ。さぁ、寄越すんだ」
「悪いけど断るわ。娘を簡単に差し出すほど耄碌してるつもりはないわよ」
「何を世迷言を。いつか君もソレを持て余すときが来るぞ。そうならない今のうちに始末しておかないと」
「どいつもこいつも同じことしか言わないのね。
もしそうなったらあたしが責任を取るわよ。あたしが責任を取ってクオを止める」
「君如きが? 僕すら止められないのにどうやってそれを止めるんだい? さぁバカなことを言ってないで寄越すんだ!」
アレストが1歩近づくごとにデュオは1歩下がる。
そうしてデュオが目的の位置に付いたことを確認するとその場に立ち止まる。
それを見たアレストはようやく観念したかと思ったが、デュオの様子を見てまだ何か企んでいると判断した。
「ねぇ、あたしが何故『鮮血の魔女』って呼ばれているか知ってる?」
「一体何を企んでいる・・・?」
「相手を血で染めるから『鮮血の魔女』じゃなく、あたしが自分の血で染まるから『鮮血の魔女』と呼ばれているのよ」
「それが今のと何の関係があるんだい?」
「まだ分からない? つまりあたしは自分の血が流れれば流れるほど強いって事よ」
流れ出るデュオの血には膨大な魔力が含まれている。
これは祝福とは違いデュオにしかない体質で、デュオは流れ出た血を起点に無詠唱で魔法を行使することが出来るのだ。
デュオは自分の流した血溜まりの上に立っているアレストを確認すると、血に含まれている膨大な魔力で特大の火柱を呼び起こす。
「スタンドフレア!!」
グゴウウウウウゥゥゥゥ!!!
「っな・・・!!?」
地面より天を突かんばかりに爆発的に立ち上がる火柱にアレストは飲まれる。
時間にしてほんの数秒程度だったろうか。
大量の血を流し激痛に見舞われ立っているのが辛くなってきた影響か、デュオにはその数秒が何十分にも感じた。
ようやく火柱が収まるころにはアレストの姿は跡形もなく塵となって消えていた。
完全に姿を消し去ったのを確認した後、デュオはようやく一息を付く事が出来た。
「――はぅ・・・これで元凶を絶つことが出来たわね・・・
後は・・・王都に残された魔物の後始末ね」
寧ろアレストより王都に散らばった召喚魔物退治の方が難易度が高いかもしれない。
この後の事を考えると頭が痛いが、いつまでもこうしてはいられない。
デュオは応急処置として治癒魔法で脇腹と腕の出血を止め、気を失っているクオを抱えたまま取り敢えず王都南門で魔物の侵入を防いでいる兵士たちの所へ向かう事にした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
王都に魔物が襲撃した事件から数日後、デュオは傷を癒すためクランホーム内でくつろいでいた。
あの後南門で応戦している騎士や兵士に援護する形で戦いに参加した。
挟み撃ちする形で魔物を攻撃したのが功を奏し、あっという間に制圧することが出来た。
デュオは騎士団に在中する治癒師に右腕と脇腹を治してもらったものの、流した血が多かったせいか暫くの間安静にしている事と告げらる。
王都内の方はと言うと、騎士団や冒険者たちが連携して魔物を制圧していた。
制圧した者達は勿論の事、住民にも大きな被害も無く被害は最小限に抑えられたと言える。
エレガント王国では今回の魔物の襲来を魔王信者の組織が起こした騒動と正式に発表した。
召喚用魔導機を暴走させ幾多もの魔物を呼び起こし王都を壊滅させようと目論んでいたと。
真実とは違うが、まるっきりの嘘と言うわけでも無い。
デュオは一連の事件の報告を冒険者ギルドとエレガント王国にしていた。
王宮はデュオの報告を受けて、敢えてたった1人の召喚師が起こしたと事実を伏せたのだ。
これは召喚師への風当たりを避けるための措置だったりする。
無論、デュオもその辺の事情を理解できているので王国の対応には文句はない。
そんな今回の騒動の結末をシフィルから聞きながらデュオはソファの上でクオをあやしながら一時の休息を味わっていた。
「はぁ~それにしても今回は凹んだなぁ。
同じA級と言えど、あそこまで圧倒されると己の力不足を感じるよ」
「それはゴウエンが獣化付与魔法を施されてたからでしょう?」
「それでもだよ」
一緒にくつろいでいたウィルは今回の騒動についていろいろ思いを寄せる。
結果的には美刃が参入してきて事なきを得たのだ。
「もっと強くならないとな」
「それはあたしも同じね」
ウィルの強くなると言う言葉に同意する。
デュオも今回の騒動ではクオに助けられっぱなしだったのだ。
これが1人であればアレストには敗北していたのかもしれない。
そう思えばこそデュオは強くならなければならない。
それは目の前であやしているクオにも関係する。
最後にクオに助けてもらった時見た姿にデュオは心当たりがあった。
9本の尾を持つ狐人・・・それは歴史上に出てくる伝説の妖狐だ。
それも悪い意味での伝説だ。
各関係機関は問題ないとしていたが、もしクオが本当に災いをもたらす九尾の狐だとしたらデュオはそれに対抗するための力を手に入れなければならない。
母親としてクオを止める――それがクオを保護したデュオの責任だからだ。
無論そうならない様に育てるつもりで入るが。
デュオはクオの将来を案じながらもその為にも強くなることを心の中で決意する。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ザウスの森深部――クレーター跡地。
そこに1人の男が立っていた。
何やら呟いたかと思うと目の前に人の頭が作り出される。
頭から体、体から腕や腰、腰から足と最後には1人の人が存在していた。
「助かりました。まさかここまで追い込まれるとは思いもしませんでしたよ」
現れたのは召喚従魔師のアレストだった。
「いえいえ、私にはこれしか能がありませんからね」
「再生と生存でしたっけ?
戦闘が一切できない代わりとは言え素晴らしいモードですよ」
「だといいんですがね。この間も再生と生存を合わせて新たな能力を与える力でオークキングに天使化と言う力を与えることに成功したんですが、ちょっと目を放したすきに通りすがりの冒険者に倒されてしまっていたんですよ」
「天使化ですか。希少な能力が上手く出て来たものですね。とは言え折角の能力も使いこなせなければ意味が無いですからね。
そう言う意味ではそのオークキングには能力を使いこなすだけの力が無かったかと」
「そう言ってもらえれば少しは慰めになります。
さて、再生も無事済んだみたいですし引き上げましょう」
「ちょっと待ってください。このままおめおめと引き下がるんですか?」
男が撤収しようとしたが、アレストはそれを引き止める。
『鮮血の魔女』は兎も角アレは始末しておかなければならない。今回の件でアレストはそれをその身を持って感じたのだ。
「アレストさんの気持ちも分かりますが、そろそろ『彼』が動き出します」
「『彼』・・・もう1人の『魔人』が動き出すのか。そうか、ならば仕方がないな」
「ええ、今までとは違い今回は100年前の大災害規模の魔物を従えております」
「それは大層な規模だな。人族がどうなるか見物だな」
「我々としては人族全滅だけは避けて欲しいところですがね。
さて、では仲間の所へ戻りましょうか」
男はアレストを促しこの場から立ち去る。
アレストは男を追いかけながら王都の方角を見て呟く。
「魔物から生まれし『魔人』、26の使徒『災厄の使徒・Disaster』か。女神アリスも過酷な試練を与えるね」
ストックが切れました。
暫く充電期間に入ります。
・・・now saving
―次章予告―
エンジェルクエスト攻略を目指す鈴鹿一行。
『神託の使徒』により告げられた神託は鈴鹿にある決断をさせるものだった。
仲間との別れ。そして迫りくる災厄を迎え撃つために訪れた地での出会い。
かつてない災厄の襲来に鈴鹿は立ち向かう。
100年前の大災害規模の災厄の凶報を受けたデュオたちクラン『月下』。
王宮より発表により討伐軍の派遣が決定され、揺れる王都エレミアと冒険者ギルド。
デュオもまた討伐クエスト参加の為準備する中、思いがけない再開を果たす。
かつてない災厄の前にデュオは先行部隊としてその地へと駆ける。
鈴鹿とデュオの物語が交差する時、新たな物語が生まれる――




