21.その異変の元凶はかつての悪意
「くそっ!」
ゴウエンは飲んでいたグラスを思いっきりテーブルに叩きつける。
王都のある酒場でゴウエンは今日の出来事の憂さを晴らすかのように麦酒を次々飲み干すが、一向に気持ちが晴れることはない。
ザウスの森の深部部にある『生きる石』で見つけたアレが目に焼き付いて離れない。
一目見ただけでアレが普通じゃないと感じた。
調査隊のリーダーであるデュオに進言するも、アレに同じ感想を持ちながらも保護すると言う始末。同じ調査隊のティティもデュオの擁護に回り結果的にアレは王都へと連れ込まれた。
アレが問題を起こさないと言う保証が何一つないのにも関わらず。
「よう、ゴウエン。今日は荒れてんな」
そんなゴウエンを見ていた同じクラン『梁山泊』の第4席のクウゴがテーブルの向かいの席に座る。
両手にエールの入ったジョッキを持って片方のジョッキをゴウエンに渡してくる。
「これが荒れずにいられるかっての。デュオの奴、何も分かっちゃいねぇ」
ゴウエンは渡されたジョッキを飲み干しながらクウゴへ愚痴を言い始める。
「あー、今日のあれのことか。うんうん、確かにゴウエンの言う事も一理あるねぇ」
「何だよ。もうそんなとこまで知ってるのかよ。つーことはアレを見たのか?」
クウゴは盗賊であり『梁山泊』の情報担当だ。
情報担当と言っても戦闘能力もかなり高い。第4席である以上実力もあると言う事だ。
クウゴは情報収集で既に今日のザウスの森の調査隊の報告を聞き及んでいた。
かなりの数の居ないはずの魔物、行方不明になっていたC級冒険者の救出、そして森には不自然なほどの幼女の保護。
「いや、ゴウエンの言うアレは見ていない。
実物を見ない事には何とも言えないけど、デュオちゃんが調べた結果、アレには害はないって報告が上がっているよ」
「バカなっ!? 調べた奴の目は節穴かよ!」
「少なくとも調べた奴の目は節穴じゃないみたいだよ。
調べたところもAlice神教教会だし、ブルブレイヴ神殿だし、魔術師協会だし、錬金術ギルドのお偉いさんや有力者からのお墨付きをもらっているからね」
クウゴの言葉にゴウエンは苦虫を噛み潰したかのような顔をする。
それをフォローするかのようにクウゴはゴウエンの感じたモノは間違っていないことを告げる。
「ゴウエンが忌避しているアレの“何か”はさっき言った関係各所でも感じていたみたいだよ。
ただ、“何か”があるんであって、災いをもたらす者じゃないって話。
極論すれば幼いながらにS級以上の実力者のオーラを放っている感じっぽいよ」
「それで納得しろと?」
「するしかないだろうね。特に神様んとこで認めちゃったからねぇ」
ゴウエンはやってられるかとばかりにジョッキの麦酒を煽り、次の飲み物を注文する。
調査は残り2日もある。デュオたちとは明日も顔を合わせるのだ。
そう言う娘じゃないと分かっていても、デュオのドヤ顔が目に浮かんでしまう。
「あらら、少しは安心できる材料を提供したつもりだけど、思いのほか根が深いみたいだね。
まぁ、やけ酒もいいけど程々にしておきなよ」
クウゴは用が済んだとばかりにそのまま席を立って店を出ていく。
それと入れ替わりにフードを目深に被った男がゴウエンの向かいに座る。
「やぁ、すまないけど話は聞かせてもらったよ。
酷い話だよね、誰も君の言う心配を聞きやしない」
「あん? 誰だてめぇ。俺は今機嫌が悪いんだよ。八つ当たりをされたくなければとっとと目の前から消え失せな」
「おいおい、そう邪険にするなよ。こう見えて君の心配の手助けに来てやったんだよ。
君はアレの存在が気に食わないんだろう?
アレがある限り君は安心して王都で暮らしていけない。
だったら後は簡単さ。
アレを殺してしまえばいいんだよ。
最初に君が感じたとおりにね」
「お前何を言って・・・いや、何でそのことを知ってるんだ?」
アレを殺そうとしていたのを知っているのはあそこにいたメンバーだけのはずだ。
ゴウエンはそれまで見向きもしなかったフードの男の顔を覗き込む。
フードの奥にある赤い目がゴウエンを真っ直ぐに見つめている。
ゴウエンはその目と合うと意識が朦朧とし始めた。
酒に酔った影響か、不満をぶちまけて興奮している影響か、それともこのフードの男に見つめられている影響か。
「何も心配することはないよ。君は君の思うまま行動すればいいんだ・・・」
フードの男の言葉を聞きながらゴウエンの意識はそこで深い闇に沈んでいった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「や~~! マ~~! いっしょいる~~~!」
『月下』のギルドホームの玄関で狐人の幼女がデュオにしがみ付いたままぐずっていた。
「ちょっと、クオ。いい子だから聞き分けなさい。
森は危険なところなの。貴女を一緒に連れて行くことは出来ないのよ。ね、いい子だから大人しくお家でマーの事待っててね?」
「や~~~!! いっしょ~~~!!」
いう事を聞かせようと説得しようとするもクオはこちらの言い分を一切聞かず己の主張のみを示していた。
しがみ付いているのは昨日デュオがザウスの森の『生きる石』で保護した狐人の幼女だ。
デュオは1日目の調査を終えた後、冒険者ギルドに報告を行い保護した幼女の詳細な検査を行った。
ギルドの伝手を使い各関係機関に協力をしてもらうってだ。
最初の頃は意思の疎通が難しかったのだが、王都に着く頃にはカタコトだが会話をするまで至っていた。
それだけでも異常性を感じるのだからゴウエンに疑われるのも頷けるものがある。
だからこそ各関係機関から調べてもらい、正式に王都に置けるように身の潔白を証明したのだ。
因みに名前のクオは、会話が出来るようになって苦労の末に何とか聞き出すことに成功していた。
まずはAlice神教教会で災いを呼び寄せる元凶かどうかを調べてもらった。
かつて女神アリスは100年前の大災害を退けた事から、魔物の侵攻の災いを察知する専用の魔法が存在するのだ。
とは言え、この魔法があるから全ての魔物の災いに対して有効という訳ではなく、あくまで使用者が周囲の状況を認識してそれに対しての脅威を判断する魔法だ。
主な使用方法としては『災厄の使徒』の発生と位置の確認に対してとなる。
今回の場合はクオが災いを呼び寄せ王都が魔物の襲撃に晒されるかを判断すると言う、少々例外的な魔法の仕様になる。
『本来ではこんな使い方をしないのですがね』
『すいません、マリウス神父様。
状況が状況だけにこの子が災いをもたらすのではないかと心配で・・・』
『・・・確かにこの子から何やら不思議な感じを受けますからデュオの心配する気持ちも分かります。
ですが1つ約束してください。どんな結果になろうとも、この子を害意を向けないと』
『それは勿論ですが、何故そんな事を・・・?』
『人が魔物を生むこともあるんですよ。
周囲から化け物や怪物などと迫害を受ければ、善人であろうと心が魔に染まってしまいます。図らずとも人の悪意が魔物を生み出してしまうんです。
それが幼女であればなおさら魔に染まりやすいですから』
デュオはマリウス司祭の言葉を真摯に受け止める。
人と違うと迫害を受けた者が復讐の為に魔に染まると言うのはよくある話だ。
マリウス司祭もクオが魔法の結果災いをもたらす者として認定されれば周囲の悪意によって魔に染まるのではないかと心配をしているのだ。
『大丈夫です。あたしはこの子の母親ですから。どんなことがあっても守って見せます』
たった数時間前に会ったばかりなのにデュオの心は既にこのクオの虜になっていた。
自分を母親と慕うクオの愛くるしさにデュオは愛おしさを感じていたのだ。
これがこのクオの能力と言ってしまえばそれまでだが、デュオはクオの本当の力は別の所にあるのではと感じていたので魅了等の能力は無いと判断している。
魔法の行使の結果、クオは王都に災いをもたらす存在ではないと判断された。
次に向かったのはブルブレイヴ神殿だ。
ブルブレイブ神殿の勇猛神の巫女に会い、クオに感じる何かを調べてもらった。
勇猛神ブルブレイヴは天と地を支える世界を支える三柱神の1柱で、戦と精神を司る神とされている。
その神に使える勇猛神の巫女――ブリジットの目でクオをどんなふうに映るのか見てもらう。
『これは・・・不思議な幼子ですね。
確かにこの幼子には“何か”を感じます。ですがそれは決して災いから来るものではありません。
この幼子には秘めたる力が眠っております。我々はそれに当てられているだけに過ぎないのでしょう』
『と言うと・・・強者の放つオーラみたいなものですか・・・?』
『強いて言えばそうですね。冒険者風に言えばS級以上の才能を持っているかと。
・・・いえ、それ以上ですね。人の器に収まり切らない程の才能が幼子から溢れ出ているのではないでしょうか』
巫女装束に身を包んだブリジットから告げられた言葉にデュオは驚きを隠せないでいた。
確かに強すぎる者は時として化け物と呼ばれる。
クオから感じる何かを警戒するのは自分たちにとっては未知の領域だからではないかと。
次に向かったのは魔術師協会。
魔法的な面から見ての調査をお願いした。
魔術師協会は冒険者ギルド同様に王国から独立していて、他の支部とのネットワークを形成している組織だ。
周辺国を加え、魔法技術が一番強い支部は水の都市ウエストヨルパにある魔術師協会だ。
そして二番目に魔法技術が優れているのがエレガント王国の王都にあるエレミア支部となる。
冒険者ギルドの伝手を使い、そこの副支部長ザーレスにクオの調査を頼む。
ザーレスは快く引き受けてくれた。
研究者気質の所為か少々マッドな面を見せるものの、ザーレスはクオを保護した状況・状態・感情面などを聞き取りし、魔法陣や魔法薬などを駆使しクオを徹底的に調べ上げた。
もっとも怪しい薬などを使用しない様にデュオの厳重な監視の下でだ。
『ふむ、実に面白い素材だ。んん、失礼。途轍もない才能を秘めた子だ。
見たまえ。彼女の魔力を表した数字だが、この王都の誰よりも高い数字を叩きだしている。
比較対象として・・・そうだな、一般人の魔力を10、魔術師の魔力を100とした場合、彼女の魔力は10,000と言う数字が出ている』
『ちょっ・・・何この数字!? 明らかに差があり過ぎるじゃない!?』
『因みに君の魔力場合は3,000、S級祝福の極大魔力を5,000となるな。
優に君の3倍、極大魔力の2倍もの魔力を保有している。
これ程の魔力だ。君らが彼女から何かを感じ取っても不思議じゃない』
だがそうなると不思議な事に、魔力探知を持っているデュオは『生きる石』でクオを見つけることが出来なかった。
そのことをザーレスに告げると、魔力にもそれぞれ質があると言う事らしい。
『簡単に言ってしまえば属性みたいなものかな?
火に適した魔力とか水に適した魔力とかね。それが火属性魔法が得意とか水属性魔法が得意とかに関係していると言う説がある。
それで彼女の魔力が探知できなかったと言うのは、魔力の質が自然の魔力だからと推測される』
『自然の魔力・・・ですか?』
『そう、自然と一体となった自然そのものの魔力だ。別名優しい魔力とも言われている』
デュオは魔力探知が出来る為、ゴウエンやティティよりもクオの魔力に触れている。
その自然の魔力・・・優しい魔力を感じ取っていたからこそクオに危険はないと判断していたのだ。
最後に向かったのは錬金術ギルドだ。
馴染の錬金術バカエルフ・エルフォードにクオの生体調査をお願いする。
これまで調べた結果、人の器に収まり切らない才能と魔力を持ったクオははたして人と呼べるのだろうか。
エルフォードは髪の毛・体組織・血液等を採取してクオの人体構造を調べる。
結果、クオは普通の狐人の獣人と同じと言うことが分かった。
まぁ、秘めたる才能と膨大な魔力を持ってる時点で普通と言うのもおかしな話だが。
『うん、この子は人体構造上は普通の狐人と同じ獣人だねー
心配している魔物の類じゃないよー』
『そう、ありがとう、エル』
デュオは泣きじゃくるクオを抱いて宥めながらエルフォードに礼を言う。
クオは調査の際に要した血液採取の注射で泣いてしまったのだ。
この様子を見れば普通の幼女にしか見えないのだが。
『びぇ~~~~~!! おじちゃん、キライ~~~~!!』
『う~ん、嫌われてしまったなー。僕としてはもう少し詳しくこの子を診てみたいところだけどねー』
『と言う事はまだ何かあるの?』
『ちょっとだけ気になったことがねー。大した事じゃないよー。僕の好奇心が疼いてしまっただけでー』
これまでの経験から、デュオはエルフォードの好奇心が刺激されることならそれなりに意味はあるのではと思ったのだが、今のクオの様子を見るととてもじゃないが調査を継続という訳にはいかなかった。
クオの出自が未だ不明と言う点はあるものの、各関係機関の協力を経て調査の結果は問題はないと判断された。
これによりクオを王都に置くことが許可されたわけだが、問題はクオをどこに住まわせるかと言う事になった。
少々心苦しいものの、デュオは最初自分の出身でもあるザウザルド孤児院に預けようとしたのだが、クオがデュオから離れるのに難を示したのだ。
仕方なしに昨日はクランホームに連れ帰り1日を過ごした訳なのだが、たった1日でクオはクランメンバーに愛されマスコットキャラとしての立ち位置を確保してしまった。
そしてクランメンバーの強い要望もあり、デュオの知らぬ間にクオは『月下』で世話をすることが決定していたのだ。
一番の要因はクオがデュオから離れるのを嫌がったのが大きかったわけだが。
デュオを母親と認識してしまったが故にクオをデュオの側に置く事にしたのだが、一概にもそれが正しかったとは言えない。
現に2日目のザウスの森の調査をする為出掛けようとしたデュオにクオは泣いてしがみ付き離れなかったのだ。
「もう、クオを危険な目に遭わせたくないの。だから、ね、みんなと一緒にマーの事待っていてね?」
「や~~~~~~!! いっしょ! いっしょ~~~~~!!」
「あらら、デュオっち、随分とまぁ懐かれたね」
「これって懐かれてるって言うのか? と言うかちょっといくら母親と認識していてもこれはちょっと異様じゃないか?」
クオをウィルたちクランメンバーに預け、デュオがザウスの森の調査に出掛けようとクランホームを出たところで慌てて駆け寄って来たクオにしがみつかれたのだ。
母親が居なくなると思ったクオは泣いて縋って離れなかった。
その様子を見ていたクランメンバーの内、シフィルはからかい半分、ウィルは嫉妬半分で言ってくる。
他にもアリアードやロイド、ハック、ウルミナ、サラフィと言った『月下』の仲間が微笑ましそうに見ていた。
「もう、暢気な事言ってないで何とかしてよ。このままじゃ調査にも行けない。まさかクオを連れて調査に行けって言わないでしょうね?」
「んー、でもクオはS級の才能を秘めているんだろ? 問題はないかと思うけど」
「バカウィル。問題ありまくりでしょう。
幾ら才能が有ろうともまだ小さい子供なのよ。それを危険な森においそれと連れて行くこと自体が間違っているの」
少なくともザウスの森程度ではデュオであればクオを引き連れて調査するのは問題ないのではと疑問の声も上がるが、保護者(流れ的にそうなってしまった)であるデュオは子供を危険なところに連れて行くなんて出来なかった。
とは言えいつまでもこうして居る訳にもいかず、何とかクオを引き離すように説得するのだが、時間が来てしまったようでデュオたちの前にゴウエンが現れた。
「あ、ゴウエン。もうそんな時間なのね。ごめん、もうちょっと待ってもらえるかしら」
「・・・・・・」
ゴウエンは無表情のまま何もしゃべらない。
そこでデュオはゴウエンの様子がおかしい事に気が付いた。
調査の為の待ち合わせ場所は冒険者ギルドとなっていたはずだ。
最初は約束の時間になっても来なかったため迎えに来たのだろうと思ったのだが、それだったらティティも一緒に来ているはずだ。
だがゴウエンは1人でこの場に来た。
他の皆もゴウエンの様子がおかしい事に気が付いたのか、いつでも行動できるように武器等に手を掛け警戒する。
「ゴウエン・・・? わざわざここまで来なくても冒険者ギルドで待っていても良かったんだけど?」
腕の中のクオも周りの様子がおかしい事に気が付き既に泣き止んでいる。
それどころかゴウエンを見て警戒心をむき出しにしていた。
「・・・グ・・・ロス」
最初は何を言っているのか分からなかった。
だが段々とゴウエンの表情に怒りの感情が見えてきた。
「グガガガガ・・・コロス、ワザワイハコロス!」
突如剣を抜き放ちクオに目がけて振り下す。
警戒していたデュオはその場から直ぐに離れてゴウエンの様子を伺う。
明らかにいつのものゴウエンと違っていた。
「コロス! コロス! コロス! コロス!」
殺気をむき出しにして剣を構える。
勿論それを『月下』の者達は黙って見ている訳でない。
明らかに敵対行動をとったゴウエンに対し各々の武器を構えた。
「明らかに正常な状態じゃないわね・・・
みんな、出来るだけ怪我をさせないように取り押さえて頂戴」
「ちょっと、それは難しいと思うけどなぁ」
「相手はA級だろ。デュオさんも無茶を言う」
「しかも周囲の被害も抑えなければいけないから要求難度はかなり高いよ?」
ロイド、ハック、ウルミナ達の言う通り、彼らはC級冒険者であり、A級冒険者のゴウエンを抑えるのには少々難題だ。
しかもこちらの異変に気が付いた住人達が騒ぎだしている。
この状況でデュオを除くA級冒険者が2人ほどいるが、ゴウエンを無傷で押さえろと言うのは少々酷である。
「シネ! シネ! シネ! シネ!」
ゴウエンはクオを抱えているデュオに向かって来るも、それをウィルが前に出て抑え残りのメンバーがそのフォローに回る。
「おい、ゴウエン、目を覚ませ! お前町中で何をやっているんだよ!」
繰り出される攻撃を防ぎながらウィルはゴウエンに必死に呼びかけるも相手は一切聞く耳を持たない。
そこへフードを目深に被った男が現れた。
周囲の慌ててる住人と違って落ち着いた様子でこちらを伺っている。
「そうそう、己の感情を爆発させるんだ。
ふむふむ、やっぱりこの手の感情の方が操りやすいか。確かに怒り憎しみ妬みこそが一番強い感情だからね」
「貴方ね、ゴウエンをこんな風にしたのは。
一体どんな方法を使ったのかは分からないけどゴウエンを元に戻しなさいよ」
デュオはゴウエンを抑えてくれているウィルたちの方を気にしながら声をかけてきたフードの男に向き直る。
今の口ぶりからして、明らかにゴウエンがこうなった原因がこのフードの男にあるのは明白だ。
「そう慌てないでよ。まだ実験は始まったばかりさ。この僕の新たに手に入れた従魔師としてのね」
「従魔師って・・・ゴウエンを操っているのは調教だって言うの!?」
フードの男のセリフにデュオは驚愕する。
従魔師はあくまで魔獣を従える職業だ。人間を従える話なんて聞いたことはない。
それどころかそんなことが可能であれば従魔師の職業は危険視され、下手をすれば排除のための暴動が起きかねない。
「そうだよ。人間も突き詰めていけば動物と同じさ。魔力を持って魔法を操るんだから魔獣と言ってもいい。
もっともそう簡単に操れないからこその人間なんだけどね」
「理屈の上では分かるけど、普通そんなこと出来ないわよ」
「そう! 普通はそんなこと出来ないさ。普通ではない僕だけが出来る特別な力さ!
ある意味君たちのお蔭で僕はこの力を手に入れることが出来たとも言えるけどね」
そう言いながら男は目深に被ったフードを取り顔を晒す。
その顔を見たデュオは先程の従魔師以上の衝撃を受けた。
「あ・・・貴方・・・確かにあの時おじいちゃんに消されたはずじゃ・・・!」
「あはははっ! 久しぶりだね! まさかこんなところで君と再開するとは思わなかったよ」
デュオはその男の顔に見覚えがあった。
いや、見覚えどころか決して忘れる事の出来ない顔だった。
そこに居るのは12年前にデュオの生まれ故郷であるハンドレ村を滅ぼした召喚師だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ゴウエンが操られデュオとクオに襲い掛かっている頃、王都の外では異変が起きていた。
王都の南門の門番に当たっている兵士がその異変にいち早く気が付いた。
「お、おい・・・あれってもしかしてヒュドラじゃないか・・・?」
「ま、待て。隣に居るのはギガントリザードじゃないか?」
南門から見えるザウスの森から巨大な多頭蛇の魔物が迫ってきていたのだ。そしてその隣には巨大なトカゲの姿も。
森の木々を上から首を覗かせた10本もの頭を持つ蛇のヒュドラに10mもの巨体を俊敏に操るギガントリザード。その2体の魔物は森の木々を倒しながら明らかにこの王都を目指して向かってきている。
そして兵士たちには見えないが、その足元には他にも数十匹もの魔物が蠢いていた。
「大至急門を閉じろ! 緊急閉鎖だ!
それと住民に避難指示を出せ! 騎士団にも緊急出動の連絡を入れろ!」
門番の報告を受けた責任者が迫りくる魔物を目にし、すぐさま部下たちに指示を出す。
「いいか! 俺達は騎士団が来るまでここを死守するぞ! ありったけの矢を用意しろ!」
指示を出しながらも責任者である兵長は自分たちだけでどこまで持ちこたえれるのか不安でいっぱいだった。
だがここで魔物を止められなければ王都内部まで被害が及ぶ。決して諦めてはいけないのだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そして王都内部では――
「おい、何か南門の方が騒がしいな」
「そう言えばそうだな。――ん、何か警鐘が鳴ってないか?」
王都南地区の住人はにわかに騒がしくなった南門の方を見て何事かと目を向ける。
そんな様子見もつかの間、魔物襲撃を知らせる警鐘が鳴り響いた。
「え? おいおい、マジか? マジで魔物が襲ってきたのかよ」
「おい、巻き込まれないうちに避難しようぜ」
「いや、待て待て。直ぐに騎士団が討伐に向かうだろうからそんなに心配する必要はないぜ。
どうせなら近くの特等席で見て行かないか?」
警鐘を聞いた男は直ぐに避難をしようと友人に向かって言うが、その友人は野次馬根性をさらけ出し見に行こうと言い出す。
「何馬鹿な事を言ってるんだよ。お前魔物の恐ろしさを知らないのかよ」
「だから騎士団が居るだろうって。なぁ、行こうぜ」
そんな男2人の背後から鉄で出来た人形――アイアンゴーレムが現れた。
足元には呼び出されたであろう召喚の魔法陣が輝いている。
2人は南門の方に意識が向いており、背後のアイアンゴーレムの存在に気が付いていない。
そして召喚の魔法陣は王都の至る所に現れていた。
次回更新は6/28になります。




