13.その瞳に映るのは羨望の眼差し
デュオは危ないところを助けてもらった黒髪の巫女――フェルを『月下』のクランホームに案内して彼女の協力を得ながら今後の対策を立てて孤児院の子供たちの捜査を行った。
「デュオっち、待ってたよ」
捜査を始めて半日ほど経過し日が落ちて暗くなった為、一度情報整理の為にクランホームに戻ったのだが、待っていたのはデュオに頼まれた調査を終えたシフィルだった。
彼女には子供たちが誘拐されたと思われる誘拐組織やそれに関する奴隷商・奴隷市場の動きを調査してもらっていたのだ。
「シフィル、いつも急な調べものさせて悪いわね。
それで頼んでいた調査の報告を聞きたいんだけど」
「その前にデュオっちに会わせたい人がいるんだ。この調査に関係する人だからあってもらいたいんだけど・・・
奥の部屋に待っててもらっている」
「分かったわ、会いましょう」
格好は冒険者の服装に革の胸当てを付けたごく普通の男に見えた。
だが醸し出している雰囲気がただ者じゃない事を告げていた。
デュオはその雰囲気に心当たりがあった。
それは今日何度も遭遇している暗殺者と同じ雰囲気だった。
デュオは少し警戒をしながら男が座っているソファの向かい側へと座る。
シフィルは離れたところにある椅子へと座っていた。
「この人はあちしの上司にあたる人だね。名前は・・・ハスク」
デュオはどこの上司とは聞かない。
そしてハスクの名前を言う時、シフィルが視線をハスクへと確認していたので公に出来ない名前なんだろう。
もしかすればシフィル達が所属している組織の事だから偽名の可能性もある。
「それで、用件は子供たちの誘拐に関することでいいのかしら?」
デュオは余計な挨拶を抜きに、確認の意味を込めて直に用件を尋ねた。
「ああ、その子供たちの事だ。
冒険者デュオ、お前はこの件から手を引け」
デュオは一瞬何を言われたのか分からなかった。
その意味を理解すると同時に怒りが湧いてきた。
「手を引けですって・・・!?」
「そうだ、お前はこの誘拐事件に首を突っ込むことは許さん。事件に関して口外することも調査することも禁ずる」
「ふざけないでっ!!」
ハスクから発しられた言葉にデュオは思わず立ち上がりテーブルに手を叩きつけて怒鳴り上げる。
しかも調査の報告どころか上から目線の命令口調だ。怒らない方がおかしい。
「子供たちを見捨てろと言うの!?」
「そうだ。この件に関してはお前の様なA級冒険者が動かれるとこちらにも支障が出る。
よってお前は関わることは許されない。例え孤児院の子供たちを見捨ててもだ」
「シフィル、どういう事なの!?」
ハスクではらちが明かないと判断して、この男を連れてきたシフィルへと顔を向ける。
「どうもこうもそのままの意味で。
あちしにはどうしようもないよ。ついでに言えばこれはもうデュオっちだけの事件じゃなくなっているってことだね」
デュオはそこで少し冷静になって考えてみた。
言われてみればたかが孤児院の子供の誘拐に何故盗賊ギルドの上層部が関わってくるのか。
そう言えば誘拐された子供たちの中に1人だけ孤児院じゃない子供がいたことを思い出す。
もしかしたらその子供は近所の子供ではなく、貴族の子供ではないのか?
何故こんな西区の下層区に居たのかは知らないが、盗賊ギルドの上層部が出てくるとなるとかなり上の位の貴族の子供かもしれない。
いや、もしかしたらそれ以上の―――
「ねぇ、1つだけ教えて。
貴方達が助け出そうとしている子供は何者なの? ただの貴族の子供にしては貴方達の警戒が強すぎるわ」
普通であればデュオ程の冒険者の力を借りて救出にあたるものだが、盗賊ギルドは万一の事を考えて相手に警戒を与えない様にデュオの動きを抑えに来たのだ。
それほどまでにその子供の命を最優先にする人物。
まさかとは思うが、デュオはその子供の正体によっては覚悟を決めるつもりでいた。
「聞かない方がいい。聞けば俺はこの事件が片付くまでお前を拘束しなければならない」
「拘束してもいいけど、ハッキリって手遅れだと思うわよ?
貴方が来る前に既に暗殺者と思わしき人物と2度ほど戦闘になっているから」
「なんだと・・・!? ならば奴らに不必要な警戒を与えてしまっていると言う事か!?」
「かもね。向こうはあたしの事を知っていたのかは分からないけど、動きを封じるくらいまでの攻撃をしたからそれなりに警戒しているかも。
結局はどっちにも逃げられたから向こうもかなりの手練れだと思うよ」
ハスクはデュオの思いがけない報告で急いで状況を動かさなければならなくなったことに内心舌打ちをしていた。
「たかが子供の誘拐事件に暗殺者が関わっているのってどう考えてもおかしいわよね?
一体裏では何が起きてるのか教えて欲しいわ。
・・・それにあたしは既に暗殺者に面が割れてるから囮にでも使えないかな?
そう言った意味では貴方達に協力できると思うんだけど」
暫く思案していたハスクは覚悟を決めたようにデュオへ事件のあらましを伝えた。
「誘拐されたのは第三王子カイン殿下だ。
そしてこの誘拐事件の裏に居るのはプレミアム共和国第二都市シクレットであり、実際に動いているのは暗殺者ギルドになる」
デュオは暗殺者ギルドの名前が出て来てた時は驚いたのと同時に納得している部分もあった。
昨日2度ほど戦闘になった暗殺者はかなりの手練れだ。これほどの暗殺者ともなると闇の世界で有名なプレミアム共和国第二都市シクレットの暗殺者ギルドと言われれば納得できる。
だが、何故暗殺者ギルドがカイン王子を誘拐をしているのか。
彼らの特技は暗殺だ。わざわざ身柄を攫う誘拐などと言う手間が掛かる作業をするのが腑に落ちない。
どちらかと言うと暗殺者ギルドと対抗勢力である隠密忍士の領分なはず。
「そこは俺らにも理由が判明しているわけではないが、シクレットの中でも何か派閥争いが起きているのではと俺達の見解だ。
それで暗殺者ギルドは王宮に忍び込ませていた間諜を使いカイン殿下を上手く外へおびき寄せ、町の子供たちに紛れているところをこの近辺の野盗の誘拐組織を上手く操って誘拐を企てた訳だ」
「なるほどね。それでうちの子供たちも一緒に攫われたって訳ね。
・・・はぁ、とばっちりもいいとこじゃない」
「それは運が無かったとしか言いようがないな。
殿下も何を好き好んで西区の下層区へ赴いたのか・・・」
主な原因は王宮に入り込んで上手く情報を流したスパナ――パイスによって自分の田舎暮らしだった子供の頃を面白おかしく話したイーカナだったりす。
その話を聞いたカインは田舎暮らしの一端を味わおうと西区へと向かったのだ。
「まぁいいわ。だったら尚の事あたしも手伝いたい。
裏にそんな危険な暗殺者ギルドがいるのなら孤児院の子供たちが心配ね。
いえ、寧ろ子供たちを助けるのはあたしに任せてもらいたいわ。貴方達盗賊ギルド――いえ、近衛影士だったかしら? 貴方達は子供たちに意識を割いてもらう必要は無いからカイン王子に集中できるんじゃ?
その代わり、あたしはカイン王子の救出には手を貸さない。例えカイン王子が命の危険に晒されようとしてもあたしは孤児院の子供たちを優先する」
暫く考えていたハスクは素早くデュオを入れた場合のカイン救出作戦の状況を計算してメリットデメリットを弾きだした。
「・・・いいだろう。A級冒険者デュオ。お前にもカイン殿下の救出に協力してもらおう。
我々はカイン殿下救出に力を注ぐ。孤児院の子供はデュオの方で何とかしろ」
「分かったわ。
さっきも言ったけど、場合によってはあたしはカイン王子よりうちの子供たちを優先するわよ。いいのね?」
デュオは王族を見捨てる事を口にしたので覚悟を決めなければならなかった。
最悪場合によっては反逆罪に問われても仕方ない事だから。
「本来なら不敬罪に問われても仕方ない事だが、場合が場合だからな。
そこまで言い切ったからには俺達は孤児院の子供たちには一切関与しないぞ。
シフィル、お前はデュオに付いて行動しろ。指示は追って出す」
「あ、ちょっと! もう1人だけ連れていってもいいかしら?」
「・・・出来ればこの事件に関与する人物は極力減らしたいのだがな」
「暗殺者と戦った時に助けてくれた人なの。少なくとも暗殺者ギルドの暗殺者を撃退できる実力者だから戦力になると思うけど?」
「・・・1人だけだ。お前もだが、そいつも救出作戦においてお前らの命の補償はしかねるぞ」
そう言いながらハスクは今後の対応を決めるべく、音もなく部屋から出て行った。
ハスクを見送った後、シフィルは呆れながらもデュオへ話しかけた。
「デュオっちの事だからこうなると思ったよ。相変わらず豪胆だと言うか向こう見ずと言うか」
「あたしは子供たちを助けたいだけよ」
「だからと言って王族を見捨てるなんて凄い事言っちゃうんだもの。普通は言えないよ?
ま、取り敢えずあちしはもう一度情報を集めてくるからデュオっちはここで待っててね」
カインたちが囚われている居場所を探るため近衛影士たちが捜査している情報の入手のためシフィルは一時デュオたちの元を離れた。
そして一刻もしないうちにシフィルは新たな情報を手に入れて現れた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「カイン王子の身代金を要求するなんて馬鹿よねぇ。捕まったら確実に死刑になるじゃない」
「多分、シクレットに亡命するつもりだったんじゃないかしら。身代金を手土産に暗殺者ギルドの伝手を頼るとか。
まぁその場合は誘拐組織のボスだけとかになるだろうけど。部下は見捨てられ捨て駒あつかいね」
「フェルっちの言う通りかもね。もっとも暗殺者ギルドにとっては最初から全て証拠隠滅のため全て消すつもりだったから、そのボスも捨て駒扱に過ぎなかったけど。
まぁそれ以前に王国相手に身代金がふんだくれると思っているその思考が凄すぎるよ」
シフィルが新たに仕入れてきた情報は、誘拐組織が王国に対してカインの身代金を要求してきたことだった。
その知らせを受けて近衛影士たちが誘拐組織の情報を集め隠れ家を突き止めた。
そこに誘拐されたカインと子供たちがいると言う事を。
そして近衛騎士団、近衛影士団は隠れ家に潜む人数を減らすため、ワザと身代金の受け渡しの要求を受けて捕縛を試みようとした。
だが身代金の受け渡し場所には誘拐組織の者と思われる野盗たちの死体が散乱していたのだ。
暗殺者ギルドによって消されたのだと思われる。
この知らせを受けていつ暗殺者ギルドが王国から引き上げるか分からないため、早急に隠れ家に突入することになったのだ。
デュオ、フェル、シフィルは近衛騎士と一緒に突入するため王都の外の待ち合わせ場所に急いで向かう。
待ち合わせ場所は王都の南にあるザウスの森の奥で、既に10人ほどの近衛騎士1個小隊とハスクが待機していた。
騎士達は隠密による突入作戦のためいつもの煌びやかな鎧ではなく、暗めの革鎧を装備して息を潜めている。
そして実際にはハスクの他にも2名ほどの近衛影士がデュオたちに分からない様に潜んでいた。
「お待たせしました」
シフィルが到着の挨拶をすると、早速近衛騎士の小隊長が救出作戦の概要を伝えてきた。
「よし、これからカイン殿下救出作戦を行う。目標はこの先にある誘拐組織の隠れ家と思われる小屋だ。
先ほど先行して偵察を行ったが、小屋の地下に大人2名、子供4名がいるのを確認している」
「ちょっと待って、小屋には誘拐犯がたった2名? 幾らなんでも少なすぎないかしら?」
「気配探知を持つものが何度も確認した。
多分、身代御金の受け渡し場所で殆どの誘拐犯が殺されたのだと思われる。正に今が殿下救出のチャンスという訳だ」
流石に誘拐犯が2名と言う点も先行した近衛騎士が不審に思い何度も確認していた。
それを聞いてデュオは何となく嫌な予感もしながら引き下がった。
「小屋の中に突入は我々騎士6名とハスク殿、そしてデュオ殿とフェル殿の2名。残りの騎士4名とシフィル殿は小屋の外の警戒を」
小隊長は皆が作戦に意義が無い事を確認して直ぐに目標の山小屋へと向かった。
小屋が視認できる距離に近づいて外の様子を伺っているとフェルが突入に待ったをかけた。
「気を付けて、小屋の中に4人潜んでいるわ」
「何だと? ・・・小屋の中には誰もいないぞ?」
気配探知が出来る騎士が改めて小屋の中を探ってみるが帰ってくる気配は地下に居る者だけの気配だった。
デュオも魔力探知で探ってみるが、居るのは子供たちと思われる4人と大人1人、掠れて薄くなっている1人だけだった。
「多分、気配探知を上回る隠蔽を使っているんだと思うわ。暗殺者ね」
「フェル殿の気配探知は奴らの隠蔽を上回ると?」
「わたしの気配探知はちょっと特別でね」
フェルの言葉を聞いて小隊長は直ぐに作戦を修正する。
「小屋の中に潜んでいる暗殺者を騎士4名とハスク殿、フェル殿が制圧して、私とイーカナ、デュオ殿が地下へ降り殿下と子供たちの救出に向かう」
「制圧には暗殺者の命を奪っても?」
「許可する。生きたまま捕らえても暗殺者ギルドの者は決して口を割らないだろうからな」
フェルの提案に小隊長はあっさりと許可を出した。
小隊長の言う通り生きたまま捕らえても何一つ情報を引き出すことは出来ないだろう。
その前に自ら自決することになるかもしれないのだ。ならば初めから命を奪う選択をしていた方が素早く制圧できる。
そして何より今回の目標はカインの救出が最優先になる。暗殺者の情報は二の次だ。
フェルは再び気配探知を行い、小屋の中に潜んでいる暗殺者の位置を正確に探り当てる。
潜んでいる場所は入口の隣、入口と反対側の壁側、地下への入り口とおぼしき場所、天井裏だ。
騎士4名とハスク、フェルはそれぞれ対応するポジションを確認して突入の準備に入る。
小隊長の合図とともにデュオたちは小屋へ突入する。
小屋の中には数人の死体が散乱していて、3人の暗殺者が潜んでいた。
散乱していた死体は誘拐組織の者と思われる者だろう。すぐさま気を取り直し、騎士4名とフェルは制圧する為戦闘を開始する。
天井裏にも1人潜んでいるが、そこには近衛影士――盗賊ギルド犬の頭領のハスクとその部下2名が当たっているのでそちらは気にしないで大丈夫だった。
「よう、まさか直ぐにリベンジマッチが行えるとは思わなかったぜ!」
フェルの相手はあの好戦的な金髪の暗殺者だった。
「悪いけど今は貴方の相手している暇はないの。全力で当たらせてもらうわ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
デュオたちは暗殺者をフェル達に任せ直ぐに地下へと降り立った。
地下に降り立ってすぐのところに扉があり部屋の中から人の気配がした。
デュオは扉の外から中の様子を伺う。
部屋の中からは怒声が聞こえてきた。
何やら男が喚いて「―――誰も助けに来やしない。お前は見捨てられたんだよ!」と言う声が聞こえる。
「何をやってるんスか。さっさと突入するッスよ!」
そのタイミングでデュオや小隊長が止める間もなくカインの護衛でもあるイーカナが扉をけ破った。
何のために中の様子を伺っていたんだと思いながら、デュオは仕方なしに誘拐犯の注目を自分に集めることにした。
「さて、それはどうかしら?」
部屋の中に居た男2人は突然の乱入者であるデュオの目を向け、その隙に小隊長とイーカナは男2人に襲い掛かる。
暗殺者と思わしき黒ずくめが太った男を背中に庇いながら小隊等とイーカナの攻撃を受け止める。
それを確認したデュオは子供たちの確保へと向かう。ついでにカインと思われる子供も一緒にだ。
ハスクにああは言ったが、デュオは流石に目の前に居るカインを放置は出来なかったのだ。
「もう大丈夫よ。直ぐに家に帰れるからね」
デュオは子供たちを落ち着かせ、暗殺者との戦闘がこちらに向かない様に杖を構えて警戒する。
「何だ貴様らは! 儂を誰だと思っている! プレミアム共和国第二都市シクレットの議員の1人パドロックだぞ! この儂に剣を向けてタダで済むと思っているのか!」
「あ、この場でそれを言っちゃうんだ」
「・・・あ」
突如襲われたことに動揺した太った男パドロックはカイン誘拐の現場胃に居るにも拘らず思わず自分の身分を盾に脅しかけようとしたが、デュオにそのことを指摘され何とも言えない間抜け面を晒していた。
小隊長とイーカナの攻撃を退けていた暗殺者――スタンリーはパドロックの間抜けさに思わず舌打ちをする。
「こ・殺せ! スタンリー、こいつらを皆殺しにしろ! そうすれば証拠は何も残らん!
殺してしまえっ!!」
慌てて取り繕う様にスタンリーに指示を出すが、パドロックのその願いは叶えられなかった。
天井から何やら巨大な物体が突き破ってパドロックを下敷きにしてしまったのだ。
落ちてきた物体は巨大な人だった。
全身あり得ない程膨れ上がった筋肉に醜くただれた顔。どういう訳か手足の関節が1つ増え奇妙な動きをしている。
「グギャ、グギョグ、ギャギャ!」
口から発せられる言葉は既に人の言葉ではなかった。
そして当然下敷きになったパドロックはそのまま潰されて死んでしまっていた。
「何なんスか、こいつ!?」
「イーカナ、下がれ! こいつはまさか・・・」
小隊長は青ざめた顔をしながら巨大な化け物から距離を取る指示を出した。
そしてパドロックが死んでしまったことに内心舌打ちをしながらスタンリーも突然降ってわいた巨大な化け物に覚えがあった。
「呪術師結社め、やってくれる・・・! ファグナーの奴、厄介事を持ってきやがって・・・!」
目の前の巨大な化け物はあの金髪の暗殺者――ファグナーの慣れ果てだった。
呪死人。
この呪いは掛けられた者が死んだ後に発揮する呪いで、死者の肉体を化け物に変える。
人の体に収まりきれないほどの膨れ上がった肉体に多関節になる手足、醜くただれた素肌へと変化する。
そして何よりもこの呪いの恐ろしいところは呪死人となった者に殺されると、その殺された者も呪死人になってしまうのだ。
たった1匹その場に現れただけで爆発的に増え、下手をすれば国ごと亡びると言われている強さ・危険度共にS級を上回るSS級の魔物だ。
それ故、呪死人の呪術――感染呪殺は世界各国で禁呪指定の呪術となっている。
スタンリーはファグナーが己の殺人快楽を満たすため呪術師結社に接触していたのを知っていた。
暗殺者ギルドの戦力が増すならと目を瞑っていたが、その時にファグナーも知らないうちに感染呪殺を掛けられたのだろう。
「いいか、この魔物は呪死人と言ってS級を上回るSS級の強さを持っている。そして呪死人に殺された者は呪死人へと変わってしまう。
なので呪死人と敵対したら決して戦わずに逃げろ!」
小隊長が呪死人を知っていたらしく、デュオとイーカナに撤退の命令を指示する。
だが逃げ出す前に呪死人がその他関節を鞭のように振り回し周りにあるものを薙ぎ払っていく。
「グギョ、ゲギャギャ!」
デュオは子供たちを地面に伏せさせ庇い、小隊長とイーカナは必死に防御態勢を取る。
そして呪死人の攻撃が落ち着くころにはスタンリーの姿が消えていた。
護衛でもあり今回の依頼主でもあったパドロックが死んだためこの場に居る必要が無くなったので呪死人の攻撃の隙をついて逃げ出したのだ。
再び鞭のような手を振り回す前にデュオは呪文を唱える。
逃げるにしてもこの呪死人に背を向けるわけにもいかないので、自分たちが逃げるのではなく呪死人をこの地下室から追い出すことにした。
「ストーンウォール!」
土属性魔法の石壁を応用して、呪死人の足下を円柱の石壁で地上へと突き飛ばす。
呪死人の脅威が無くなったのを確認したイーカナは慌ててカインの元へと駆け寄った。
「殿下! 無事ッスか!?」
「我は大丈夫だ。
・・・すまん、イーカナには迷惑をかけた。我が城を抜け出したばかりに・・・」
「自分の事はどうでもいいッスよ。殿下が無事でさえあれば。
自分は馬鹿だからどんな迷惑を掛けられたかもよく分かってないッス。謝らないで欲しいッス」
「イーカナ・・・お前は相変わらずだな」
今回のカイン誘拐事件の責任の一端を取らされることに気が付いていないイーカナをカインは呆れながら見ていた。
そして自分の事よりカインの心配をしてくれたことに嬉しさを感じていた。
「小隊長さん、申し訳ないんだけど子供たちをお願いできるかしら」
建前上は孤児院の子供たちの救出をデュオが全て行う事になっていたが、流石に危険度SS級の魔物の出現ではそうも言ってられない。
デュオは子供たちを小隊長に預け呪死人を追いかけようとした。
「いや待て。さっきも言ったが呪死人はSS級のアンデットだ。
しかもアンデットであるにも拘らず聖属性魔法の浄化や呪い解除が効かない上、他の属性魔法も効きづらいという厄介な魔物と化している。
奴を倒すとすれば最低でもS級の実力者が必要になってくるのだが・・・」
デュオは小隊長が何を言わんとしていたのか理解した。
「残念なことに美刃さんは王都にはいない。今はセントラル遺跡に個人的用事で出向いているわ」
「くっ、そうなるとあの化け物を倒すとなるとA級の実力者だと10人以上は必要になってくる。その人数でも犠牲を払わずに一気に殲滅できるかどうか・・・」
「それなら『月下』に大至急使いを出して。それと『クリスタルハート』と『梁山泊』にも使いを。この3つのクランならA級冒険者が20人は直ぐに集まるはず」
「よし、分かった。直ぐに使いを出そう。それまで我々で死なない程度で呪死人を抑えておかなければならんな。
イーカナ。お前は殿下と子供たちを護ってこの戦場から直ぐに離脱しろ」
小隊長はイーカナに指示を出し、地上で呪死人が現れたと言う事は下手をすれば部下たちが同じ呪死人になっている可能性もあることに苦慮しながらデュオたちと共に地上へと駆け上がる。
だが地上では思いもよらぬ光景が広がっていた。
「はぁぁっ! 桜花聖十字!!」
フェルの放つ左右の刀が十字を刻み、呪死人の右腕を切り落とした。
呪死人に浄化や呪い解除は効かないが、聖属性魔法は多少なり効果があるのだ。
とは言え、あくまで多少なりだが。
その聖属性魔法を纏った魔法剣で呪死人の腕を斬り落としたフェルの腕はかなりのものと見えた。
そしてそのまま複雑なステップを踏みながら呪死人を翻弄し、続けて放った魔法剣で止めを刺す。
「八千矛神!!」
八属性魔法を纏った突き技により呪死人は体に大穴を開けて動きを止めその場に崩れ落ちた。
「凄い・・・」
「信じられん・・・」
「メチャクチャ強いッス・・・」
「何と言う強さだ。これが冒険者と言うものなのか・・・!」
「「「すげー! かっこい―――!!」」」
信じられないことにたったフェルが1人でSS級の呪死人を倒している光景だった。
その様子を出て来たばかりのデュオたちは信じられない面持ちで見ていた。
地上では暗殺者と思わしき死体3名が横たわっていたが、近衛騎士には被害は見当たらなく、フェルと呪死人の戦いを邪魔にならない様に距離を置いていた。
同じように近衛影士のハスクとその部下1名も同様に離れた場所で戦闘の様子を伺っていた。
「あら? 無事に子供たちを助け出せたみたいね。
あの化け物が地下に落ちて行ったときは少し焦ったけど、そっちに被害が無くてよかったわ」
フェルは何でもないような感じで地上に上がってきたデュオたちに話しかけてきた。
「ええ、うん。無事に助けることが出来たわ。
それより・・・その化け物ってSS級の強さがあるって言われてるんだけど・・・」
「そうなの? 道理で強かったわけね」
それだけで済ませるフェルに小隊長たちは驚きを隠せないでいた。
とは言え、呪いによる感染爆発は防がれたので一安心だ。
「フェル殿には王国の危機を救ってもらったな。
殿下の救出にも一役買ったと言う事で王国より褒美が出るだろう」
「それはありがたいわね。そうね、もしよかったらだけどその褒美を2つのお願いごとにしてもらえるかしら?」
褒美に要求を出すこともさることながら、2つに増やして欲しいと反されると思わなかった小隊長たちは少々面を食らっていた。
こうしてカイン第三王子誘拐事件はプレミアム共和国第二都市シクレットと新たな確執を残したまま幕を閉じた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
誘拐事件に関わっていたプレミアム共和国第二都市シクレットの議員パドロックの死亡については、表向きはエレガント王国の政務を終えた後に帰路で魔物に襲われ死亡したと言う扱いになっていた。
カインが誘拐されていたことを表には出さず、また第二都市シクレットも誘拐には関与していなかったと言う扱いだ。
勿論、裏ではそれなりにエレガント王国が第二都市シクレットに抗議をしている。
もっともこの抗議がそれほど効果があるわけではないが。
カイン第三王子救出と危険度SS級魔物『呪死人』を倒した黒髪の巫女フェルは約束通り2つの願い事を王国より受理された。
1つは今回の誘拐事件に於いて近衛騎士・近衛影士や各関係者の責は問わない事だった。
これによりイーカナやハスク等は今まで通りの役職に就くことが許された。
一番喜んでいたのはカインだった。
自分の行いが許された上、イーカナが今まで通り護衛の近衛騎士として居てくれたからだ。
勿論自分の行った行為が周りに迷惑をかけたことを反省してはいた。
もう1つはカインに真実の目で見てもらいたいものがあったらしい。
らしいと言うのはカインの真実の目はまだ完全に使いこなしているとはいえず、フェルの望む物が見ることが出来なかったからだ。
フェルはそれならば仕方がないと、カインに今後更なる力の制御を期待してその場を去った。
王国では今まで名を聞いたことのないがSS級魔物を倒すほどの実力者を迎え入れようとフェルに士官の話を持ちかけるが、彼女はやることがあると言って辞退していた。
そのことに一緒に現場にいた近衛騎士の小隊長は残念がっていた。
そしてデュオが助けた孤児院の子供たちは・・・
「俺15歳になったら冒険者になるんだ!」
「あたしも! あたしもあの巫女のおねえちゃんみたいに冒険者になる!」
「目指すは二刀流侍冒険者、カッコいいだろう!」
強い冒険者を見て憧れを抱くのはよくあることだ。
デュオも小さい頃、村に寄った冒険者を見て憧れを抱いたものだ。
とは言え、その憧れを抱いたのが身近にいるデュオではなくて通りすがりの巫女だと言うのがデュオには少々不満気だった。
「ねぇ~? ここにも凄い冒険者がいるんだけど~」
「デュオ姉ちゃん諦めな。冒険者の世界は弱肉強食。弱者は倒され強者のみが生き残る。
ドゥーワ兄ちゃんたちにとってはいつも見慣れたデュオ姉ちゃんよりそっちの巫女の冒険者の方がまぶしく見えたんだろうさ」
冒険者志望の孤児院年少組のジャックがデュオの肩に手を置いて慰めていた。
「う~、ジャックたちはあたしの味方だよね?」
「え? 俺もSS級を倒したと言う巫女さんがスゲェ気になるんだけど」
「強い冒険者は憧れの的だからね。ボクも気になるね」
「巫女さんか~しかも胸が大きくてデュオ姉ちゃんより美人なんでしょ?」
どうやらこの孤児院にはデュオの味方はいないらしい。
あったことないジャック、スピネ、ノルトの3人も黒髪の巫女に憧れを抱いていた。
おまけにノルトの胸と美人の言葉に傷ついた。
「うわ~ん! あんなに面倒を見てあげたのに~! あんた達なんか嫌いよ~!」
デュオは泣きながら孤児院を去って行った。
数日前の誘拐事件が嘘のように今日の孤児院は平和だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
プレミアム共和国第二都市シクレットのとある一室で2人の男女が向かい合っていた。
「おい、やってくれたな」
「何の事かな?」
「とぼけるな。呪死人の事だよ」
「ああ、あれね。別にいいだろう? あんたらは暗殺が目的のギルドでしょ?
暗殺が失敗したらその場で命を絶つんだ。だったら暗殺が失敗しても目標は殺せるようにと僕が親切で掛けてあげたんだよ」
「それこそ余計なお世話だ。俺達の暗殺をお前の呪殺と一緒にしないで欲しいな」
「あれ~? あのファグナーはただ単に人を殺したいだけのシリアルキラーだよね?
暗殺には程遠いように見えるけど。
それに人を殺すのに暗殺だろうと呪殺だろうと変わらないと思うけど?」
「・・・ふん、今回は大目に見ておいてやる。
お前のお蔭で闇影様の手駒が1人減ってしまった。これ以上闇影様の手を煩わせることがあれば次は容赦なく殺す」
「お~、それは怖い怖い。気を付けることにするよ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「のう、冒険者と言うのはイーカナの言う通り凄いものだのう」
「・・・殿下、まさかまた勝手に抜け出さないッスよね?」
カインは数日前に目の前で繰り広げられた冒険者の戦いを思い出しながらぼそりと呟いた。
それを聞いた護衛のイーカナはまさかまた抜け出すのではないかと心配になった。
「何を言う。我は反省しているのだぞ。勝手に抜け出すなどあり得ん」
それを聞いたイーカナはホッとする。
・・・のもつかの間、カインはとんでもないこと言い始めた。
「勝手に抜け出すから善くないんであって、許可を貰って冒険に出かければ何の問題にもならん」
「あの・・・殿下?」
イーカナは嫌な予感を感じながら恐る恐る声を掛ける。
「父上に許可を貰て我も冒険に出かけようぞ! 勿論イーカナも一緒にだ! 我に色々冒険者の事を教えてもらうぞ!
そうだ! あの黒髪の巫女にも教えてもらおう!」
「ああああっ! この間まで引き籠ってたのに何でこんなにもアグレッシブになっちゃってるッスか!?
これって自分の所為ッスか!? 自分の所為なんスかっ!?」
多分、カインの冒険ごっこ?に付き合わされることになるのだろう。
ああは言っているが、下手に押さえつけてまた城を抜け出すことになればそれこそ堪ったものじゃない。
イーカナは自分の言葉が原因でこれからのカインの冒険ごっこに付き合わされるのを考えて頭を抱えていた。
謎の黒髪巫女フェルは当初ピンチを助けたらそのまま立ち去る予定でした。
が、よく考えれば暗殺者と絡んでそのまま立ち去るのはあり得ないと物語に絡めたら、肝心の主人公デュオの活躍の場が奪われてしまったよ。
バランスブレイカーを簡単に登場させるものじゃないですね^^;
ストックが切れました。
暫く充電期間に入ります。
・・・now saving




