11.その真の目的は第三王子
エレガント王国の北区にある小さな酒場『木陰の猫砂亭』の奥にある一室。
小さいながらもベッドが置いてあり、部屋の真ん中にはテーブルと2脚の椅子が添えられている。
その椅子にひょろりとした細身の男が腰を掛けて、テーブルに置かれた酒を飲んでいた。
エルフの住むジパン帝国で作られたジパン酒と言うジパン米から作られた珍しい酒だ。
そこへ軽くノックした後、一人の女性が部屋に入ってくる。
「お待たせ。大分待たせちゃったみたいね」
この酒場の女主人でもあり、盗賊ギルドの猫の頭領でもあるマリートワネットだ。
酒場の仕事が忙しかったのか、エプロンを付けたまま空いている方の椅子に座る。
「いや、珍しい酒を飲ませてもらってるんだ。ゆっくり味わっていたからそんなに待ってねぇよ」
「そう? そう言ってもらえると助かるわ。
100前と違って遥か東のジパン帝国との交易が疎遠になってジパン酒なんてなかなか手に入り辛くなってきたからね。
そのお酒も報酬の1部だと思ってくれれば」
「へ、そいつはありがてぇや。もっとも猫の姐さんの頼みならなんだって引き受けるつもりだけどね」
「で、頼んでいた件は? 鼠の頭領」
ひょろりとした男――鼠の頭領にマリートワネットは新人を騙して貢がせていたスパナの素性の調査を依頼していたのだ。
スパナがただの小金稼ぎの小悪党ならそれほど注意を払う必要は無いのだが、マリートワネットの勘が彼には何か裏があると告げていた。
「スパナって奴の身辺調査だったな。
まず新人どもから金を巻き上げた件だが、言葉巧みに騙していたのは間違いないな。
で、7人分ともなるとかなりの大金のはずだが奴の生活には変化が見られない。
普通なら気が大きくなって金をばら撒くような使い方をするもんだが」
「そのへんはカーライムが言っていた通りね。スパナは集めた金を貯めて何かの資金にしようとしている?」
「そこは俺も気になって調べた。奴の金の動きだけじゃなく物資、人脈、さらには情報のやり取りもな。
それに伴って奴の過去も探ってみた。
するとどうだ、とんでもないことが分かったぜ」
盗賊と言う者はもともと脛に傷がある者が大半だ。
それ故、盗賊ギルドに入る時は簡単な審査のみで深く調べたりはしない。
だがこの方法はあまり上手いとは言えない。なぜなら――
「巧妙に隠されていたが奴はプレミアム共和国第二都市出身だった」
「第二都市って・・・プレミアム共和国の闇と称されるあの都市の出身ですって?」
プレミアム共和国の首都ミレニアムは遥か東――水の都市寄りに存在し、対となる第二都市は遥か西――王都エレミア寄りに存在してる。
清廉潔白な光と称された首都ミレニアムに対し、第二都市シクレットは首都より距離があるせいか権謀術数がめぐらされた闇が蠢く都市として成り立っていた。
王都エレミアと近いせいかプレミアム共和国の第二都市とは過去何度も裏で衝突を繰り返していた。
その為盗賊ギルドでは第二都市シクレットは最重要警戒項目としている。
「集めた資金を外部の連絡員に渡しているらしい。
盗賊ギルドの新しい芽を潰しつつ自分たちの懐を潤う一石二鳥の手段だ。
敵の情報を集める為ある程度スパイを泳がせておくのは仕方ないが、まさか俺達の目を欺くほどの手練れが入り込んでいたとはな。
こいつは早急に手を打っておかなきゃならねぇ」
「問題はスパナはどの派閥かと言う事ね。それによって彼らの目的も違ってくるはず」
第二都市シクレットには主に3つの派閥で主権を奪い合っている。
一つ目は暗殺者ギルド派と呼ばれる派閥。
第二都市の議員の1人がなんと暗殺者ギルドのギルドマスターなのだ。
ギルドマスター自ら議員となり、ギルドマスターの下に付く暗殺者ギルド派の議員たちは主権争いの相手に暗殺者を送り込み、第二都市を手中に収めようとしている。
二つ目は呪術師結社派と呼ばれる派閥。
呪術師結社は表向きは魔術師ギルドとして存在しているが、裏では呪術による人体実験・呪殺・呪いの武具など非道の行いをしている組織だ。
呪術師結社派の議員は人体実験のための人材・資金を提供する代わり、その知識・呪術を主権争いの為に協力を要請して、お互いが持ちつ持たれつの関係を築いている。
三つ目は隠密忍士派と呼ばれる派閥。
隠密忍士は第二都市でも名実共に存在する役職で、エレミア王国で言えば盗賊ギルドに当たる。
忍術戦技と呼ばれる古の術と諜報技術を使う忍者が主な構成員で第二都市を守護騎士と共に守っていて、その戦闘技術は凄まじいものがあり畏怖を込めて隠忍とも呼ばれていた。
が、その裏では今の第二都市では己の主になりえる者が存在しないため、自らが主となるべく議員を傀儡として第二都市を導こうとしている。
「まぁ間諜を使う時点で隠密忍士派だと思うんだが、奴らにしちゃ手がお粗末すぎる気がするんだよな・・・」
「確かにそうね。アルフィディアたちに聞けばすぐバレることなのよね。まぁ今まで気が付かなかったあたし達も間抜けなんだけどね」
「その点は奴が身分を隠すのに優秀すぎたと思うしかないさ。だからこそこのちぐはぐ感が否めないんだよ。
ああもう一つ、王宮へ出入りしていると言う情報もあるんだ」
「王宮に? 本当の目的は王宮で盗賊ギルドはその足がかり・・・?
そもそも王宮は犬の管轄でしょ。犬に見つからないで出入りって・・・相当の凄腕じゃないの」
スパナの目的を探るためマリートワネットと鼠の頭領は頭を悩ませているが、答えを出せずにいた。
と、そこへ音もなく部屋へ侵入した全身黒ずくめ、顔も黒の布で覆われた人物によって新たな問題が提議される。
「鼠の、ここに居たのか。猫の、邪魔をするぞ」
「おや、犬の旦那じゃないか。どうしたんだ、わざわざ頭領自ら出向とは」
「うむ、実はカイン殿下が誘拐されてな。それで鼠のに協力を仰ぎに来たのだ。猫ののところに居たのは都合が良かった。猫のも協力を仰ぎたい」
「「は!?」」
犬の頭領の爆弾発言によってマリートワネットと鼠の頭領は驚愕した。
カイル殿下とはエレミア王国の第三王子だ。
王子の誘拐に驚かない方がどうかしている。
「ちょっ、ちょっと待ってよ! それって一大事じゃない!?
近衛騎士と護衛の犬は何をやっていたのよ!?」
王族に近衛騎士が護衛に付くのは勿論だが、陰ながら犬――盗賊ギルドの密偵も護衛に付いている。
にも拘らずカイン王子が誘拐されたと言うのだ。
思わず問い詰めるマリートワネットに少し気まずげながらも犬の頭領は答える。
「うむ、カイン殿下は日頃から市井の暮らしに興味を持っていてな。度々城を抜け出しておったのだ。カイン殿下がその気になれば我々の警備の隙を突き抜け出すことは簡単だ」
第三王子カインには女神アリスより祝福を授かっている。
その祝福とは真実の目と言い、真実を映すことの出来る瞳を持っているのだ。
まだカイン王子は完全に使いこなしてはいないが、嘘を見破ったり、完璧な鑑定などが出来たりする。
そしてその眼使えば警備の隙を見極めることも可能なのだ。
「とは言え、近衛騎士を撒いても我々が陰で護衛をしているのだが・・・丁度攫われそうになった時、殿下自ら煙玉を用いて誘拐者を撒こうとしてな、その予想外の煙玉の精で我々も殿下を見失ってしまったのだ」
「煙玉・・・て、あるのが分かっていれば対応できていたんじゃ? 護衛用に貴方達が持たせたものじゃないの?」
「いや、我々は殿下には渡してはいない。市井との交流でいつの間にか持っていたそうだ」
「呆れた、犬とは思えない失態ね」
「それに関しては批判はいくらでも受けよう。近衛騎士とも共懲罰も受ける覚悟だ。
だがその前にカイン殿下を助ける方が先なのでな」
幾らカイン王子が真実の目を持っていたとは言え、誘拐されては護衛が意味をなさなかったのには間違いない。
まず間違いなくそれ相応の刑罰を受けることになるだろう。
責任を取って頭領の座を追われることになるのはほぼ確定事項だ。
だがその責任を取るためにもカイン王子の救出は必須事項だった。
「それで、犬の旦那が俺の所へ来たのはその誘拐犯の情報の為か?
いや、わざわざ旦那自ら来たんだ。それだけじゃないだろ?」
「ああ、鼠のが王宮を調べているのを耳にしてな。
どうやらカイン殿下が市井に出歩くようになった原因が王宮に出入りしているパイスと呼ばれる者が城の兵士を通じて唆したらしい。
そのパイスが誘拐犯と繋がっていてカイン殿下を攫った実行犯でもある。どうもパイスはプレミアム共和国第二都市との繋がりがあるらしい。
鼠のは何か情報を掴んでいるのではないかと思ってな」
その言葉を聞いてマリートワネットと鼠の頭領は思わず顔を合わせた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
デュオはシフィルに誘拐されたと思われる子供たちを捜索するための王都近辺の誘拐組織・拠点・移送ルート・奴隷商・奴隷市場・販売ルートのもろもろの情報を集めてもらう様に頼んだ。
そしてシフィルとは別にデュオ自ら子供たちの捜索にあたる。
『月下』のクランメンバーの中で同じ孤児院出身のウィルにも協力をお願いしようとしたが、ウィルは冒険者ギルドのクエストの為王都から出ていた。
ギルドマスターの美刃も協力を依頼しようとしたが、彼女も旧友の手伝いでセントラル遺跡方面へと出向いているのでデュオは仕方なしに1人で捜索することにした。
まずは難を逃れた子供たちに聞いた誘拐現場となった場所で実況見分を行う。
「トレース」
デュオは地面に手を当てて魔法を唱える。
このトレースと言う魔法は過去に在ったことを立体映像としてその場に映し出す魔法だ。
但し、半径30mまでの距離で時間が経過するほど精度が悪くなると言うイマイチ使い勝手が悪い魔法となっている。
10分前ほどならまだしも、1時間も前のものとなると最早映像が掠れて読み取れなくなるのでこの魔法の使い手はほぼ限られている。
デュオは周りに映し出された映像を見て誘拐当時の状況を確認する。
スティード達の戦闘や治療、シフィルへの情報収集依頼などで時間が経過している為、映し出された立体映像はかなり掠れてしまっていた。
とは言え、全く手がかりが無いわけではない。
子供たちと思わしき立体映像が6つ。そしてデュオを挟むようにして反対側に大人の大きさの立体映像が6つ。
子供たちと誘拐犯の位置関係からスティード達が戦闘をした位置を計算して、連れ去れたと思われる子供たち4人の逃走経路とルートを割り出す。
デュオはすぐさまその方向へと向かった。
デュオの向かった先は西区の下層区の中でも荒廃した区域――スラムと呼ばれる区画だった。
ゴミが散らばっており衛生状態がとてもいいとは言い切れず、道端には栄養失調で蹲っている浮浪者が溢れていた。
デュオも子供の頃は西区を駆けずり回っていたので今さらスラムの状況に驚くようなことはしない。
だからと言ってこの状況を嘆いていないわけでも無い。
だが今はスラムの状況よりも子供たちの捜索を最優先として辺りの様子を調べる。
子供たちもこの区画を知り尽くしているのでスラム側へと逃げてきたのだろう。
デュオは薄暗い裏路地でゴミがより荒れた状態で散乱している現場を発見する。
もしかしたらこの場で子供たちが捕まってしまったのかもしれない。
デュオは近くにいた浮浪者へ声を掛けた。
実はスラムに止まらず王都の各地に居る浮浪者の何割かは盗賊ギルドの情報屋――鼠の情報源だったりする。
各情報屋はそれぞれ独自の浮浪者ネットワークを形成しており、小金を与えながら浮浪者にその地区で起こったことを提供してもらっているのだ。
デュオが声を掛けようと近づくが一切の反応を示さなかった。
不審に思いながらも様子を伺うとその場に屈みこんで顔を覗き込むと、その浮浪者は息をしていなかった。
近くにいた他の浮浪者も同様に全て息絶えていた。
「どういう事・・・?」
浮浪者の死因を調べると喉に薄っすらと斬り裂かれた跡が見えた。
それほど大きな傷ではなかったが、間違いなく致命傷の傷跡だった。
浮浪者全員が争った跡が無いところをみると、かなりの手練れに気付かれずに殺されたのだろう。
そして浮浪者たちの肌にはまだ温かみがあった。
それは死亡してまだ時間がそれほど経過していないと言う事、つまりまだ浮浪者を殺した犯人が現場近くにいると言う事を意味していた。
その瞬間、デュオは背後に寒気を感じた。
とっさに振り返り杖を縦に前に掲げる。
ガキンッ!
デュオの首があったと思わしき位置のナイフを杖で受け止めていた。
ナイフを突き出していた者はまさか防がれるとは思わなかったようで驚いた表情ですぐさま距離を取った。
もっともナイフを突き出した者は頭から足まで全身黒ずくめで目だけが辛うじて布の隙間から覗いている状態なので、デュオにはその表情はよく読み取れなかったが。
「いきなり何のつもりかしら? こっちはいきなり殺されるようなことをした覚えはないんだけど」
デュオの質問には答えず黒ずくめの人物はもう一刀ナイフを取出し両手で構える。
余計な事は一言も言わず、目的――この場合はデュオの暗殺――を遂行するために一切の躊躇が無い様子を見てデュオはこの黒ずくめの人物を暗殺者だと判断した。
スティード達が子供たちを逃がすときに襲われた『3人目』も暗殺者だったはず。
もしかしたら誘拐犯と繋がっているのかもしれない。
多分浮浪者を殺したのもこの現場で子供たちを攫った目撃者を消すためだろう。
デュオは誘拐犯へ繋がる手掛かりを手に入れるべく、目の前の暗殺者と対峙する。
「悪いけどあんたには子供たちの居場所を履いてもらうため捕まってもらうわよ」
デュオの言葉に否定する意味で反応したのか、暗殺者は構えた両手のナイフで踊りかかってくる。
暗殺者はデュオの格好から魔術師と判断し、街中では大きな魔法を使えず、接近戦では魔法は意味をなさないと判断して真正面から襲い掛かる。
デュオは巧みに杖を操り襲い掛かるナイフを弾いていく。
流石に連続で繰り出されるナイフに杖が追いつかなくなって、遂にナイフの一閃がデュオに切り刻まれようとした瞬間、暗殺者の目の前が眩い光で覆われた。
「ライト!」
「ぐぁっ!?」
薄暗い裏路地での突然の閃光に暗殺者は目を焼かれて視界を奪われた。
その隙をついてデュオは杖を剣代わりにして一撃をお見舞いする。
「スラッシュ!」
暗殺者は目を焼かれた瞬間に距離を取った為辛うじてデュオの一撃を躱すことに成功した。
「無限想波流か」
まさかの暗殺者の口から言葉が出てきた。
手加減したわけでも無いのに魔術師ごときにナイフが防がれたのに驚いて暗殺者は思わず口に出していた。
「ご名答。杖を剣、又は棍として見立て、杖戦技・剣戦技・棍戦技の3つ戦技を操る流派。無限想波流よ」
デュオは暗殺者が言葉を発したのに驚きつつも杖を剣の様に構える。
無限想波流は主に後衛の魔法を使う者が接近戦でも対処できるようにと編み出された流派だ。
一件便利そうな流派だがその使い手は思いのほか少ない。
巫女神フェンリルが提唱した『イメージ効果理論』で杖を剣の様に扱うイメージをすることによって杖で剣戦技を繰り出すのだが、そのイメージがし辛くかなりの集中力が必要になるため、戦闘中に無限想波流の技を繰り出せる魔法使いは限りなく少ない。
デュオも如何にも余裕を以って杖を構えているが、実際のところもともと前線で戦うための体力・筋力はないのでガチの接近戦は不利になるのだ。
無限想波流を覚えたのもいざという時の緊急回避のために過ぎない。
それでも他の後衛職に比べるとデュオはかなりマシな方に入る。その為暗殺者のナイフ攻撃を捌くことが出来たのだ。
「なるほど、魔術師と思って侮ってはこちらが痛い目を見るか。
だが・・・前ばかり気を取られていいのか?」
そう言いながら暗殺者は視線をデュオの後ろの方へと向ける。
思わず釣られて後ろを向きかけるが、後ろからの奇襲があるのであればわざわざ声を掛けないはず。
デュオはフェイントと判断し、ナイフを向けてきた暗殺者に杖を突きつける。
だが実際は本当に2人目が存在し、背後に現れた暗殺者がデュオに向かってショートソードを振り下していた。
あわやショートソードがデュオを切り刻もうとした瞬間、第三者からの魔法によって阻まれた。
「ハウンドドック!」
無属性魔法の十数の高速の自動追尾弾により背後に現れた暗殺者の攻撃を弾き、ついでとばかりにデュオに正面から襲い掛かる暗殺者にも追尾弾をお見舞いした。
デュオは助けてもらったことによって自分が後ろから攻撃されたことに気が付いて慌てて2人の暗殺者から距離を取った。
「どう見ても女の子相手に悪者が襲い掛かっている図よね。言い訳があるなら今のうちに言った方が身のためよ?」
そう言って現れたのは腰の左右に赤黒の刀と白の刀を下げた黒髪をサイドテールにしたミニスカ巫女だった。
次回更新は3/6になります。




