エインズワース家の日常とマリアの悲劇
やられたら思いっきりやり返しますわ。泣いているあなたの代わりに、ざまあやらせていただきます。ご覚悟をお願いいたします。
「せーのっ、……ふんぬっ!!」
貧乏伯爵家であるエインズワース家の居間に、令嬢らしからぬ野太い掛け声が響いた。
シンシア・エインズワースは、お気に入りの高級シルクドレスの袖を豪快にまくり上げ、巨大なバールを両手で構えていた。
彼女が挑んでいるのは、スプリングが完全に飛び出して使い物にならなくなった骨董品のソファである。
「お嬢様。いくら我が家が深刻な財政難だからといって、伯爵令嬢が自ら工具を振るって家具をDIYするのはおやめください。あと、声がはしたないです」
そう言って、冷え切った紅茶のカップをトレイに乗せて現れたのは、若き執事のレナードだ。
彼は一分の隙もない完璧な姿勢で、シンシアの豪快すぎる奇行にため息をついた。
「仕方がありませんわレナード! 職人を呼ぶお金をケチれば、今月の我が家の食費が浮くのです! さあ、この頑固なネジを……って、あ、あら? 引っかかって抜けないわ、あ、あーーっ!?」
勢い余ってバランスを崩したシンシアは、バールを持ったまま後ろへ派手に転倒。その拍子に、お尻でソファの背もたれを綺麗に真っ二つに叩き割った。
「……粗大ゴミがさらに細かくなりましたね」
レナードが苦笑いを浮かべている。
「う、うるさいわね! これで燃えるゴミに出せるから結果オーライよ!」
シンシアが埃まみれの顔で言い訳をしていた、その時。
居間の扉が勢いよく開き、侍女のひとりが飛び込んできた。
「お嬢様。マリア様が・・・。急用とのことでお会いした・・・い・・・と。」
「あの~お嬢様…どうしましょうか・・・」
いつもの光景とはいえ、さすがにここには通せないわよね~。
「ここにはお通しできません。お嬢様のお部屋に・・・。お嬢様もまずは身なりを整えて、お部屋にお戻りくださいませ。優雅に。お友達とはいえ公爵令嬢さまです。失礼のないように。」
レナードを横目でみながら、身なりを整え始める。
こほん。わかっておりますよ。
「レナード。お紅茶とお菓子をよろしく!」
「かしこまりました。」
急いで部屋にはいると、彼女の瞳からは、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていた。
マリアはシンシアの数少ない友人であり、大人しくて騙されやすい侯爵令嬢だ。
「シンシア……! お願い、助けて……っ!」
マリアはソファに腰掛け、震える声で事情を話し始めた。
数年前に隣の領地の公爵子息と婚約していたはず。
婚約したての頃一度ご挨拶したことがあった。女性なれしたところが気になっていたが・・・。
そろそろ結婚とのうわさを聞いていたのに。
彼女の婚約者であるバルト公爵令息が、最近になって平民の女性にドハマりしたのだという。
ここまではよくある不貞話だが、問題はその先だった。
バルトは愛人に貢ぎすぎて自身の財布が完全に空っぽ、それどころか多額の借金まで抱えていたのだ。
「バルト様、私との婚約を破棄してその人と結婚したいって……。それに・・・お前。他の男と浮気しただろ。って。不貞の証拠は手元にある。社交界にバラ撒いてやるぞ・・・って。」
「なんですって……?」
マリアの涙ながらの訴えを聞くうちに、シンシアの額に青筋が浮かび上がっていく。
「私、そんなこと絶対に一度だってしてないのに……! 怖くて、どうしたらいいか分からなくて……っ!」
マリアは昔から男の方と接する機会もほとんどなかった。お父様は厳格な方で。
使用人ですら男性とは一対一では話させないって言っていたわ。
そんなマリアが婚約者でもない男性と浮気なんてあるわけない。
おとなしく純粋なマリアの心を蹂躙し、己の欲のために罪をなすりつけるクズ男ね。
シンシアも、かつて婚約者に裏切られ大勢の前で婚約破棄を突きつけられたことがあった。
元婚約者の顔を思い出し胸が苦しくなる。
あの時、シンシアは法律の条文を暗記し、徹底的な経済戦で相手を破滅させて生き残ったのだ。
「マリア、この件。私に任せて。バカな婚約者にはしばらく会わないように。いまから公爵家の別荘に行って療養すること。いいわね。いろいろ整ったら連絡するから。任せておいて。」
シンシアはテーブ叩いて、勢いよく立ち上がる。ミシッと悲鳴を上げる。
「法律と経済の鉄槌で、その男をミンチにしてやりますわ!!」
「ミ、ミンチ……!?」
涙を引っ込めて怯えるマリアの横で、レナードだけが「やれやれ」と手帳を取り出した。
「お嬢様、またドレスの裾が破れています。……ですが、今回のターゲットは救いようのない愚か者のようですね。書類の用意を始めましょう」
こんばんわ。読んでいただいてありがとうございます。気に入っていただけたら嬉しいです。




