第40話 姫の嫉妬
「重婚する事で
ロレス様に
何か不都合は
ございますでしょうか?」
お姫様は天真爛漫な顔だ。
とんでもない事を言っている自覚はあるんだろうか……。
「俺に不都合というより
王族に不都合なんじゃ……。
俺は平民ですよ?
そもそも王女と平民が結婚だなんて
王様は許さないと
思いますけど……」
「勇者セリックも平民の出です。
父上にもその勇者の血が
流れているんですから、
私たちの婚姻をとても喜ぶはずです。
もし反対されたとしても、
それはそれでむしろロマンチックです!」
だめだ、何を言っても言い返されそうだ。
——そして俺は、ゆっくりと気持ちを整理して、嘘のない素直な気持ちを答える事にした。
「ファリィ様……。
あなたのお気持ちは本当に光栄です。
でも、今ここではっきりさせておきます」
姫とアリーアは、俺の方をじっと見つめている。
「俺は……
法的にはアリーアと夫婦になっています。
でもそれは、事情があって形だけのものなんです。
いまの自分は未熟です。
本当ならまだ誰かの隣に立つ資格はないと
思っているんです。
……ですから、ファリィ様、
あなたのお気持ちには応えられません。
申し訳ありません」
ファリィ姫は、宝石のように輝く瞳で俺を見つめてから、少し寂しげに微笑んだ。
「……それでも、私は思い続けます。
あなたが誰の隣に立つにふさわしい人になった時、
私がその傍にいることを……願ってしまうのです」
3人は無言になった。
そしてアリーアが、その張りつめた空気をごまかすように声を出した。
「あっ!
お茶冷めちゃったね。
新しいの淹れてくるね!」
アリーアは立ち上がって、俺が止めるのも聞かずに家に行ってしまった。
お姫様はその後ろ姿を優しげに見つめている。
「私は……アリーア様が好きです。
だけど、少しだけ……ごめんなさい。
嫉妬してしまいます」
「嫉妬?」
「アリーア様は、
ロレス様と笑い合って、同じ場所にいて、
学舎での関係だって……私には親友もいないですし。
それが、羨ましくて……でも素敵で……。
人は、王女である私を羨ましがるけれど、
私の方こそ、羨ましいと思うことがあります」
新しいお茶を淹れてアリーアが戻ってきた。
アリーアはひとりでどんな事を考えていたんだろうか。
その後は結婚だの重婚だのといった話はまったく出なくなり、バカ話で楽しく盛り上がった。
「本当におかしい。
こんなに笑ったのは
はじめてですわ。
あっ! そういえばこれは
侍従長の話なのですけど……」
とその時、王護騎士団が我々のもとにやってきた。
ファリィ姫の笑顔がすうっと消え、寂しげな表情になった。
「そろそろ、
城にお戻りになられる
お時間でございます」
「……わかりました。
ロレス様、アリーア様、
本日はありがとうございました。
私は昼間は自由があるのですが
夜は城にいないといけないのです
……もう少しだけ、
ここにいたかったのですが」
ファリィ姫は立ち上がり、深くお辞儀をした。
丘のふもとまで一緒におりて見送りますと言ったが、それは断られた。
俺とアリーアは姫が去った後、干してある洗濯物を一緒にとりこんだ。
洗濯物はよく乾いていた。
「私、ファリィ姫が好き。
偉そうにしないし、優しいし。
……それにしても
信じられないくらい綺麗な人だよねー」
「本当に
御伽話のお姫様って感じだよな」
「うんうん。
女の子同士なのにドキドキしちゃうもん」
アリーアの声は明るいのに、洗濯物を持ち上げる指先が少し震えていた。
「……ねえ、ロレス」
「ん? なに?」
「私の実家が立ち直ったら、
お父さんは免税の権利は
使わないって言ってたよね」
「うん。
アリーアのお父さんは
真面目な人だよね」
「免税の権利が必要なくなったら、
私たちの結婚って
続ける意味ないんだよね」
「えっ…………まあ、
そうなるけど……うん」
「ロレスはさ、私なんかより……」
彼女は少し笑って、風に目を細めた。
「……いや、なんでもないや。
気にしないで」
何かを飲み込むように、アリーアは洗濯籠を持ち上げた。
風にゆれたシーツの向こうで彼女がそっと瞬きをしたのが見えた——たぶん、涙ではない。
「明日、うちの実家に
神野菜ソフト持っていかなきゃね!
きっと、うまくいくと思う。
大人気間違いなしだよ!
うん……絶対にうまくいく」
自分に言い聞かせるように言うアリーアの赤い髪は夕日に照らされて、燃えるような色だった。
翌日。
俺たちはまずドミンさんのところに行き、また神野菜ソフトクリームを作ってもらった。
そして、出来上がったアイスが溶けないように冷却魔法で冷やしながらアリーアの実家に持っていって、アリーアのご両親に食べてもらった。
「……すごいね。
たしかにこれ目当てで
来てくれる人がいそうだ」
「ロレスちゃんとアリーアが
こんなに良いもの考えて
持ってきてくれるなんて。
……嬉しくて涙が出そう」
ソフトクリーム作りに必要な撹拌機や材料はドミンさんが手配してくれる事になった。
ワサビもどんどん生産しないといけないし、ノーラさんは作らせ続けるわけにもいかないので、俺とアリーアはノーラさんからワサビの育て方を教わった。
——そして1週間後、アリーアの実家の前には行列ができていた。
貴族の身勝手でできた新街道のせいで人がこなくなっていたこの街道に、ひさしぶりに活気が戻った。
次回『第41話 甘味街道』
節目の40話まで読んでいただき、ありがとうございます。
この作品は全50話前後を予定しており、残り10話となります。
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