第29話 外国のお茶の香り
ハーライト王国とネスカリム王国は両国の間を流れる大河が国境線となっている。
その大河に架かる大橋を渡ってネスカリム王国の領土に入るには通行証が必要だ。
ドミンさんから冷竜がいる洞窟を場所を教えて貰った翌日、役場窓口の高周波ボイスお姉さんに聞いたら勇者なら関所はフリーパスで通過できると教えてくれた。
「勇者様が国境で足止めくらう
わけにはいかないですからねー。
もちろん勇者パーティーや奥様も
一緒に関所は通過できますよー」
「奥様……ねえ、ロレス。
一度外国に行ってみたかったの!
私もついてくからね!」
「ええ〜?
でもさ、
危険かもしれないよ?」
「そんな危険な場所に
行くつもりなの?
もしそんな場所だったら
すぐに帰りましょ」
「まあ、たしかにアリーアがいたら、
無茶する事はなくなりそうだけど……」
そして俺とアリーアは乗合馬車で丸2日かけて、ネスカリム王国との国境にある関所まで来た。
関所は、才覚の儀の後に大典卿から貰った勇者バッジを見せたら、すぐに通過する事が出来た。
ずべての行政機関には勇者が選定された事は周知されているそうだ。
関所の役人さんと兵士さんは一列に並んで、大橋を渡る俺とアリーアを見送った。
そんな大袈裟にしなくても……冷蔵庫に必要な材料を取りにいくだけなんですから。
「勇者ってすごいんだね」
そう言ったアリーアは振り返って役人さんたちを見た。まだ彼らは直立姿勢のままらしい。
勇者特典には入ってなかったけど、今回の他国への自由な移動のようなものも勇者に与えられている特権ではあった。
勇者特典……これまでに、どのくらい使用申請したっけ?
【3人までなら誰でも冒険の仲間にできる権利】
【未使用の土地を自由に開拓・拠点化できる権利】←使用中!
【薬草、農作物が最高品質に育つ“神肥料”の提供】←使用中!
【聖域への立ち入りの権利】←使用中!
【各国の王族貴族への面会の権利】
【城内での武器携帯の権利】
【勇者世帯の納税免除の権利】←使用中!
【勇者家族への国家保護制度】
【住宅の探索権(但し犯罪捜査時)】
【重婚の権利】
10個のうち4個を使ってる……意外と使ってるな。
これ10個全部使ったら、スペシャル特典とかあったりしないのか?
ああ、でも重婚の権利を使う事はさすがにありえないか……。
大橋を渡りきり、ネスカリム王国に入った。
そこには国境の小さな町があって、商店や宿屋などが軒を連ねていた。
少し疲れていたから、壁がない屋根だけの(正直、粗末な)お茶屋さんのテーブルについた。
少年がやってきて注文を取ってきたのでハーブティーを頼み、道を歩く人たちを眺めながら待った。
ハーライト王国の人々の服装は中世ヨーロッパ的だが、ハーライト王国の南にあるネスカリム王国の人々の服装は中東っぽいというか、全身をゆったりとした布で覆い、サンダルを履いていた。
なんだか、こういうのも外国に来たって感じで、ちょっとワクワクする。
しばらくして、少年がポットに入ったお茶を運んできた。
一口飲むと、爽やかで優しい香りが口と鼻いっぱいに広がった。
「ねえねえ!
このお茶
すっごくいい香りじゃない?」
「ネスカリムがお茶で有名って
本当なんだね」
「お客さんは
ハーライトからですか?」
少年がそう聞いていたので、そうだと答えると、今飲んでいるお茶はネスカリム王国でもこの辺でしか飲まれてないものだと教えてくれた。
頭にターバンのようなものを巻いている少年は明るく聡明な感じだった。
「君は……何年生?」
「学校は行ってないんです」
少年が顔を向けた方を見ると、女性が手に乗せた葉っぱの匂いを嗅いでいた。
「僕のお母さんは目が見えないけど
とても鼻がいいんで、
良いハーブを選べるんですよ。
でも注文を取ったりは難しいから
僕が働かないといけないんです」
「そっか……大変だね。
あっ、そうだ!
フェシナ山の洞窟に行きたいんだけど
一番楽な方法ってなんだろ?」
「ええと……。
陸路でも行けますが
途中の山を超えるのが大変なんで
川を船で行くのが一番早いです」
「船か!
ありがとう!」
美味しいお茶を飲み終わった俺とアリーアは、少年が教えてくれた船着場に向かう事にした。
少し歩いてから振り返ってお茶屋さんを見ると、少年はテーブルを拭く手を止めて何かをじっと羨ましそうに見つめていた。少年が見つめる先は同い年くらいの下校中の子供たちだった。
学校……行きたいのかな。
そして船着場に着いた俺たちは乗合船に乗った。
南国のネスカリム王国で川を下るのは気持ちが良かった。
フェシナ山の近くで船を降りて、そこにいた老人に洞窟の入り口を教えてもらった。
「勇者が訪れた伝説は残されとるが
面白くもない洞窟だし、
最近は知る者もほとんどおらんぞ。
……さてはお主、勇者マニアか?」
「マニアというか……俺は勇者というか……」
「おお……。
そうか……そうか……」
老人の目が、どこか遠くを見ていた。
あれは、マニアをこじらせた自称勇者を何人も見送ってきた目だ。
どうやら俺は、老人の“かわいそうな人リスト”に追加されたらしい。
洞窟に到着して入ってみると当然だけど真っ暗だったので、俺は祈祷師の光魔法で自分たちの周りを照らした。
「便利だねー。
私は祈祷師系の魔法って
王都学舎の時、ずっと苦手だったの」
「祈祷師の魔法って
日常生活で色々と役立っつっぽいんだよな。
勇者のスキルレベル上げれば
もっと上位の祈祷師魔法も使えるんだけどさ」
「でもスキルレベル上げるには、
ロレスは戦わないと
いけないよね」
「……そうなんだよなぁ」
そんな事を話しながら俺たちは狭い洞窟を進んでいった。
老人が言ったように、たしかに面白くもなんともない洞窟だった。
そして、バカみたいに広い空間に出た。
天井は高く、壁は見えず、どこまでが空間なのかもわからない。
足元には黒く光る水……地底湖だ。
ここより先には進めない、この洞窟の終点だ。
俺とアリーアはしばらく待ってみたり、「おーい」と声を出してみたり、平べったい小石で水切りなどをしていみたが、何も起きなかった。
「ロレス……なんだか寒くない?」
「アリーアも?
俺もちょっと前から急に
体が冷えてきてるんだよ」
その瞬間、地底湖の表面は一瞬で凍った。
そして、その表面の氷をバキバキッとぶち破って、巨大なドラゴンが姿を現した。
地底湖から陸地部分に上がってきたドラゴンの全身は、青白く輝いている。
ドラゴンは恐ろしい牙の隙間から冷気を一気に吐き出した後、腹に響くほどの重低音の声を発した。
「…………勇者か。
100年以上ぶりかな」
これが空気を冷やすウロコを持つドラゴン──冷竜か!
次回『冷竜のウロコ』
お読みいただきありがとうございます!
次回は「ドラゴンの質問に答えたり、誰かをしあわせにする」お話です。
もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と感じましたら、ブクマや評価で応援して頂けると励みになります!
感想もいただけたら、とても嬉しいです!




