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ソファーでゴロゴロ

「本当にすまない……。実は第三騎士団からもリアの話を聞いていたし、アレンからも毎日報告を受けていた」


 ヴィルさんはわたしのウェストに後ろから両腕を絡みつかせると、みぞおちの上で左右の指を組んでロックを掛けた。

 驚いた心臓がバックン! と飛び上がって天井に激突する。


「あ、あの横道にいるのを知っていたのですか?」

「いいや。会ったのは偶然だった。話し方と外見の特徴を聞いていたから、すぐに分かった」


 着ているものが薄いせいで彼の体温があっという間に伝わってきた。

 荒ぶる心臓が鎮まらない。

 ティーポットとカップを温めながら、そっと深呼吸をした。


「あの日は叔父から極秘に頼まれた仕事で動いていた。全体で訓練をやっていた日だったから、例え人助けであっても大勢に知られたくなかった」

「だから家名を伏せたのですねぇ」

「手紙で伝えても良かったのだが、なにせ自分のことをまったく知らない相手は珍しくて」


 そうですよねぇ。陛下の甥ともなると、それはそれは有名でしょう。

 それなのに、わたしと来たら宇宙人も同然で……。


「とにかく新鮮で楽しくて、関係が壊れるのが嫌だった」

「わたしも、先代の神薙みたいに見られるのが嫌で言えませんでした」

「リアと先代はまるで違う。同じようになんて見ないよ」


 温めたポットに茶葉を入れてお湯を注ぐと、フタをしてティーコージーを被せた。三分の砂時計をセットする。


「北の庭園で話をしようと思っていた」

「話?」

「そう。アレンからもきつく言われていて、きちんと身分を明かそうと思っていた。それが、話す余裕がなくなるという不測の事態に陥り……」


 ほぼ同時に、ぶふっ! と吹き出した。

 あの状況で話なんかできるわけがなかった。なにせ、ずっと口がふさがっていたのだから。


 ダークブロンドの髪が頬に触れた。

 彼は耳元でクスクス笑いながら「ごめん、本当に格好がつかない」と言う。それがまたおかしくて、二人でひとしきり笑った。


 紅茶をカップに注ぐと、彼がそれをテーブルまで運んでくれた。並んでソファーに座り、王宮の贅沢な紅茶を飲みながら話を続けた。


「説明しなくてはならないことが幾つかあるのだが、それよりも先に相談したいことがある」と、彼が言った。


「リアのそばにいてもいいか。明日からエムブラ宮殿に行きたい」

「お忙しいのでは?」

「もう手紙ではなく、直接話したい。仕事は騎士団用の執務室でできるから問題ない」

「……それなら、いつでもいらして下さい」


 エムブラ宮殿には空き部屋が数えきれないほどある。

 オーディンス副団長とジェラーニ副団長の二人がブラック企業ばりの長時間労働者なので、広くて快適に過ごせる私室を割り当ててあった。二人ともほとんど宿舎には戻らず、エムブラ宮殿に荷物を運び入れて不自由なく暮らしている。

 同様に団長用の部屋も用意すれば良い。

 執事長に相談すれば、騎士団のオフィスくらい作れる気がした。


「こちらでも執事長に相談して、できる限り環境を整えます」

「ありがとう」


 彼と話をしていると、あっという間に時が過ぎた。


「今日はもう遅い。細かい話は明日、帰ってからにしようか」

「はい、わたしも今日は少しソファーでゴロゴロして、早めに寝ます」


 わたしがそう言うと、ヴィルさんは「ふむ」と言って、こちらをチラリと見た。


「それなら手伝おう」

「え?」

「ソファーでゴロゴロするのだろう?」

「そ……え? きゃっ……」


 ゆるっとソファーに押し倒された。

 違います、ヴィルさん。

 わたしが言ったのは、脱力系の、だらしないほうのゴロゴロです。イチャイチャ系ではないほうです。


「あの、もっと力の抜けたゴロゴロの話をしていたのですが……」

「今日は一日緊張しっぱなしだったから力を抜きたいよな」

「はい」

「では、それも手伝おう。リアの力を抜く方法は知っている」

「え……」


 彼はわたしの耳に掛かった髪に指を滑らせ、そこに潜り込むように顔を近づけた。

 耳元で「おやすみの口づけをしよう」と言った。


 騎士様は正々堂々がモットーなはずだけど、彼はちょっと卑怯だ。

 良いともダメとも言ってないのに、耳に頬にと小さな音を立てながらキスの雨を降らせてくる。軽く唇が触れているだけなのに、恥ずかしいくらいに顔が熱くなり、彼のジャケットに掴まる指先まで熱が回る。

 いよいよ力が入らなくなってきた頃、彼はわたしの手に指を絡ませ、優しくソファーに押し付けた。


「ほら、力が抜けただろう?」

「こ、こういうのではなくてですね……」

「ずっと口づけがしたかった」


 これは単にデロデロに溶かされているのであって、わたしの言う「ゴロゴロ」とは根本的に意味が違っている。しかし、それをツッコむ間もなく彼に唇をふさがれた。

 どちらの音か分からないくらい、バクンバクンと心臓の音が鳴り響いていた。


「昼間も思ったが、リアの力は凄い。まさか半数以上なぎ倒すとは思わなかった」

「でも、何の役にも立たない力です」

「そうかな? こうしていると俺はとても癒される」


 俺って言った……。


 彼は繋いだ手の甲に小さなキスをすると、「そろそろ行くよ」と言った。


「これ以上いると、リアを滅茶苦茶にしてしまいそうだ」


 滅茶苦茶にしてくれても良いような、良くないような……。

 今日から旦那様を募集している身で、いきなり「お気持ち」の分からないイケメンに流されるのも何か違う気がして、頷くだけに留めた。


 「また明日」と別れの挨拶をして、彼はドアノブに手を掛けたもののすぐにクルリと振り返った。


「ダメだ……」

「え?」


 彼は覆いかぶさるようにわたしを抱きすくめ、またドッサドッサとチョコレート風味のフェロモンを振り落としながら、長い長いキスをして出ていった。

 わたしはフラフラとよろめきながらソファーへ戻り、そのまま突っ伏した。


 また知恵熱が出そう……(泣)


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