8月3日本日発売! 番外編 フィオナ北の領地へ
最終話の続きです。
よろしくお願いします!
「ねえ、あれ屋敷というより、城のように見えるのだけれど」
馬車の窓から外を眺めていたフィオナは驚いて目を瞬いた。
「もともとここは北の砦だったんです。四百年ほど前の話ですが。その名残です」
とマリーが言う。
薄紫の花に染まる丘、その先に建つ威容。
馬車がぽくぽくと進む先には北の館などと呼ばれている城がある。南の白亜の屋敷と対照的でどっしりとした石造りの堅牢な建物だ。今までいた南の領地ルクレシアーナとは随分違う。
「ノースフォード領は国の北端に位置しているのです。もともとは、城塞だったのを増改築を繰り返しているので、少し構造が複雑なのです」
と言うマリーの説明に
「なんだか、屋敷の中で迷子になりそうだわ」
とフィオナが不安そうに呟く。
すると一緒に馬車に乗っていたアリアが笑う。
「私も最初は迷いました。でも大丈夫ですよ。メインで暮らす部屋は決まっていますから。それに敷地内には温室もありますし、花もたくさん咲いていて素敵なところですよ」
とアリアが楽しげに微笑む。
「花の咲くお庭なんて素敵だわ。それは楽しみです」
ローズブレイド家の庭には王都の屋敷にもルクレシアの屋敷にも花がない。
それに、ルクレシアで折角作った花壇も燃やされてしまったばかりだ。
庭師のアダムスは「絶対に奥様の花壇を復活させますから」
と笑って約束してくれたが、屋敷の復旧作業もあるのであまり無理をしないようにと言っておいた。
城の周りには堀が巡らせてあり、馬車が跳ね橋を渡る。しばらく敷地内を走るとやっとエントランスについた。
エントランスでは、ローズブレイド家恒例の使用人総出のお出迎え、フィオナはこれに慣れない。
しかしその中にはチェスターに似た紳士がいて、フィオナの前にすすみでて腰を折る。
「こちらの屋敷で執事をしております。ウェズリーと申します」
「チェスターのお父様ですね。これからお世話になります」
少しほっとした。ウェズリーは少し取っつきにくい感じのチェスターと違い柔らかい物腰の紳士だ。ここでもきっと楽しくやれるはず。
二階にある主寝室に案内された。
「そういえば、私、湖を見たのは初めてです」
湖は空と森を鏡のように映し、辺り一帯に針葉樹の森が広がる。もうここは南国ではない。フィオナは王都育ちで家が貧しかった為、旅行などにもほとんど行ったことがない。彼と結婚したことで思いもよらない土地に行くことが出来る。
「さあ、フィオナ様、長旅でお疲れでしょう。一休みしましょう」
マリーの言葉に促されるように部屋にもどった。
楽なドレスに着替えるとウェズリーがサロンに茶の支度が整ったと伝えに来た。
「まずはごゆるりとお休みください」
と言って彼はにこにこと笑みを浮かべる。確かに南の領地からここまでは長旅でフィオナは疲れていた。屋敷を見て回るのは明日でもいいだろう。
早速大きなサロンに下りて行く。
「まあ、ここのサロンに随分大きな暖炉があるのですね」
フィオナは驚いた。王都の屋敷にもここまで大きなものはなかった。
「はい、ここの冬は王都よりもずっと冷えますから」
とウェズリーが言う。
「そういえば、ここはローズブレイド家の発祥の地なのですよね」
チェスターから教わった。
「はい、この近くに野ばらの群生地があるのです。それと、ここにはローズブレイド家唯一の温室があります」
フィオナはそれを楽しみにしていた。
「うれしい。ずっと温室に憧れていたんです! ここの温室は唯一襲撃されなかったとアロイス様から聞きました」
最近襲撃という言葉にすっかりフィオナは慣れてしまった。
「ええ、周りに何もありませんから、敵が攻め込んで来たら分かりますし、城の裏は湖になっているので、ここはまさに難攻不落です」
とウェズリーが嬉しそうに言う。
どうやらローズブレイド家の自慢らしい。が、やはりここまで敵がやってくることはあったようだ。
「……なんだか話だけを聞いていると、戦の絶えない家系だったんですね」
フィオナは少し遠い目をした。
「それから、旦那様のご指示で、奥様はこちらでは領主夫人としてのお仕事をして頂くことになりますが、よろしいでしょうか?」
アロイスからも手伝ってほしいと言われていた。ぜひとも彼の役に立ちたい。
「はい、頑張ります」
フィオナは背筋をピンと伸ばした。
「緊張なさらなくても大丈夫ですよ。奥様、ゆっくり覚えていきましょう」
そう言って微笑む。フィオナはその言葉に頷いた。
翌日からフィオナは午前は家計の勉強をするようになった。てっきり社交かと思っていたが、勉強だった。だが、家計を任されるという事は、アロイスから信頼されているということであって、それが嬉しい。
午後のお茶の時間からは自由時間となり、アリアと一緒に庭の散策をした。
湖のほとりに行くとボートがあった。
「アリア、あのボートは乗れますか?」
「ええ、乗ってみますか?」
「ぜひ、私今までボートというものに乗ったことがなくて」
「大丈夫ですよ。私、ボートを漕ぐのは得意なので」
最初はアリアが漕いでくれたが、そのうちフィオナも漕いでみたくなり挑戦してみた。しかし、コツをつかむまでがなかなか難しい。やっとすいすい漕げるようになったと思ったら、アリアが声を上げた。
「ああ! 奥様、御手が!」
慌ててフィオナの手からオールを取り上げる。自分の手のひらをみると皮がべりっとむけて血がにじんでいる、そのあとすぐに岸に戻って治療した。
「奥様、手袋をして漕いだ方がいいかもしれません。あとほどほどにしないと、手の皮が厚くなって硬くなりますよ」
マリーから窘められてしまった。
それからの日々は午前中のお茶の終了後から、午後のお茶の時間までが領主夫人の勉強時間にあてがわれて、後は自由に過ごした。水鳥や魚に餌をやり、湖畔を散策し時には温室で過ごした。
こちらの生活になれるのはあっという間だった。
北の領地についてから、一週間が過ぎ、フィオナは遠い王都にいる夫に思いをはせ手紙をしたためた。
――アロイス様
いかがお過ごしですか。私は北の領地での生活を楽しんでいます。
薄紫の絨毯のようにヒースが咲く丘の先に、古城が見えて来た時には、思わず歓声を上げてしまいました。
まさかここのお屋敷が城だとは思いませんでした。
城の裏には湖があり、初めてボート遊びをしました。ここの湖には、ブラックスワンが来るのですね。
見るもの皆珍しいものばかりで、毎日発見がありとても新鮮です。
この間はアリアとボート遊びをしました。ほんの少し漕げるようになったので、
アロイス様が御帰りになったら、ぜひ、ボートで遊びましょう。
それから、私は魚や水鳥たちに餌をやっています、湖面に人影が差すと餌が貰えると分かるようで、魚や水鳥が集まってきてとても可愛いです。
楽しみにしていた温室は、まるでガラスの城のようにキラキラと陽光を反射して綺麗です。
中には池もあり、東洋の珍しい植物や薬草もなどなど初めて目にする者ばかりで、ワクワクします。
こちらにはたくさんの庭師がいて、いろいろなことを教えてくれます。アロイス様のお陰で、何不自由なく過ごしています。ご配慮感謝いたします。
早くアロイス様と一緒に湖畔の屋敷で、湖を眺めながらお茶や食事を楽しめたらいいなと思っています。
王都の方はいかがですか? お会いできる日を楽しみしています。
どうかお体だけはお大事に。
――フィオナ様
フィオナ、手紙をありがとう。この手紙が着くころに私もそちらに着く予定だ。早く君に会いたい。
王都の屋敷だが、庭の修復も終わり、フィオナの大好きな小鳥やリスが戻ってきたよ。新しい四阿も作った。今度は一緒に庭の散策をしよう。
会える日を楽しみにしている。
フィオナはアロイスからの手紙を受けとり飛び上がった。
「マリー、アロイス様がもうすぐお帰りになるわ」
「良かったですね、奥様」
流麗な文字でつづられる直筆の手紙を見ているだけでドキドキする。短い文面が彼らしい。そして、サファイヤを埋め込んだ髪飾りが一緒に送られてきた。繊細な細工が施されており日差しにかざすと青く透明な光を落とす。
フィオナはその晩、枕もとにアロイスからの手紙と髪飾りを置いて眠りについた。こうしていれば、彼が早く帰って来てくれるよう気がして。フィオナにとっては彼との出会いは奇跡のようなものだった。
彼はフィオナを狭い世界から連れだしてくれた。
幸せを教えてくれた大切な人――。
遠くにいる夫に思いをはせ、フィオナはやがて眠りに落ちた。
あともう一話くらい、旦那様が登場する回を投稿したいなと思っています。
書けるか未定です、'`,、ヾ(o´∀`o)ノ ゥ '`,、'`,、