3
特別に作らせた純白の衣装に身を包んだ娘を見つめる。ふっくらとした体、艶やかな肌。娘が人間の中で美女という部類に入ることを知った。
いるかどうかは知らない神への誓いを済ませ、指輪をはめる。初めての口づけを、大勢が見ている前でする。
こうして私は、目の前の女性の母であり夫となった。
式が終われば、妻が望む子供を作るために生殖行為をする。このあたりの知識は、宿主は非常に豊富だった。妻は快感に震え、喜びの声を上げる。植物ならば、おしべとめしべをくっつけてもこのような状態にはならない。人間と言うのは実に不思議な生き物だな。
毎晩生殖行為にいそしんだ結果、妻は妊娠し無事に男の子を産んだ。妻も両親も非常に喜び子を可愛がった。もちろん私も子を可愛がった。何故ならば、それを妻が望んだからだ。
しかしこれで終わりではない。暫くして妻の体が落ち着くと、すぐに私はまた生殖行為にいそしむ。妻は、子供たちに囲まれた生活を望んでいる。子供は一人では駄目なのだ。
二人目もすぐにできた。また男の子だった。そして妻の体が落ち着くと、私はまた生殖行為に……いそしもうとしたら、次の子は少し間を空けたいと言われた。なるほど、連続だと辛いのか。では生殖行為をしなくてもいいのかと言えば、そうでもないらしい。できぬように気を付けながらしたいと頬を赤らめて言う。人間はやはり不思議だ。
男の子二人が少し大きくなった頃、ようやく妻は次の子を欲しがり、三人目が生まれた。今度は女の子だった。三人とも人間基準で実に可愛らしい。
私は父親として積極的に育児を手伝い、勉強も教える。子供たちは素直で優秀に育った。
私たちは、笑いの絶えない家族となった。大きくなった子たちは少し反抗する時期もあったが、それは正常なことらしく放っておけばすぐにおさまった。
やがて私は父親から仕事をすべて受け継ぎ、両親は孫に囲まれて亡くなった。私と妻は順調に歳を取り、子供たちはそれぞれ大切なひとを見つけて新しい家庭を築いた。
「あなたは、木漏れ日のようなひとね」
ある日、午後の茶を二人で楽しんでいると、妻が不意に言う。
「……木漏れ日?」
「そう。わたしの実家の近くの森に、大きな木があったの。なんだかね、言葉が通じているような不思議な木だった。いつもお腹を空かせていたわたしに、美味しい果実をくれたわ。その木の根元に座ると、木漏れ日がきらきらと輝いていた。とても綺麗で、夢の中にいるようだった」
あなたは、その木漏れ日のように輝いている素敵なひとなのと妻は言う。出会ってから、ずっと夢の中にいるようなそんな気分だと。
ふーむ、木漏れ日か。それは確かに私が作っていたものだが、特に意識をしたことはなかったな。しかも、母である私よりも木漏れ日を気に入っていたとは。
「大好きよ」
妻が私の手を握る。
……まあよいか。
私は妻を抱き寄せて口づけた。
◇◇◇
私たちは更に歳を重ね、――その時はやってきた。
かろうじて息をしている妻の頬を撫でる。薄く開いた目は、私を見つめているのか遠くを見つめているのかわからない。
唇が微かに動いた。何を伝えたかったのか、それは声にならずに空気に溶け、妻は目を閉じた。
妻が、死んだ。
子供たちの慟哭が聞こえる。
母として、夫としての私の役目も終わろうとしている。
私は立ち上がり、葬儀の準備に取り掛かった。最後の衣装も特別に作らせたものだ。それを着せ、土の中に埋まっていく妻を見送ったあと、私は子供たちにすべてを譲った。仕事も金も宝石も、子供たちは揉めることなく三等分した。
「ねえお父様、わたしの家で一緒に住まない?」
そう言ってきたのは、三番目に生まれた子だ。妻にそっくりの顔で、私を見上げてくる。私は首を横に振り、その子の頭を撫でた。
「幸せか?」
「あたりまえじゃない」
妻と違うのは、勝気な性格だな。私は息子二人にも同じ質問をする。二人とも幸せだと答えた。
……そうか、幸せか。妻は子供たちの幸せを願っていた。これですべての望みを叶えたことになる。
心配する下の子二人を家に帰し、長男も部屋から出す。長男一家は一緒に住んでいて、下の子たちは別に住んでいるのだ。
私はベッドに横になり目を閉じる。昨日まで妻と一緒に寝ていたベッドだが、ひとりだと広いな。抱き寄せたときの嬉しそうな表情、感触、穏やかな寝息。記憶の中の彼女を辿り、目を開けた。
「……行くか」
びしゃり、と噴き出した血がシーツを汚す。
口から飛び出した枝。それから二本目の枝と細い幹、根も口から外へと出す。そうして体から抜け出した私は、枝をそっと震わせた。血のしぶきが飛び散る。
血を吐き倒れている宿主だった男を見つめる。中身は少々食べてしまったが、この程度ならば気づかれることなくただの死体として処理されるだろう。
両親を連続で亡くしたことで子供たちを悲しませるかもしれないが、まあこれは仕方がない。私の役目は終わったのだ。
窓から外へ出る。街を抜けて墓が並ぶ場所まで行き、一番大きな墓の前で止まる。これが妻の墓だ。
昼間埋めたばかりなので、まだ土が柔らかい。そこを枝と根を使って掘っていくと、棺桶が現れる。開ければ、年老いた妻の体が横たわっていた。
私は妻を地上に出し、棺桶に蓋をして埋め戻す。最後にしっかりと土を固めることも忘れずにやった。
墓が元通りになったことを確認し、妻を持ち上げる。今の私は苗木程度の大きさしかないが、バケモノなので力はそこそこある。妻が地面に付かないように気を付けて持ち上げ、暗闇の中を移動し始めた。街はずれにある墓場から、街中を通らずに街の外へ。そのままできるだけ素早く移動する。
誰かと遭遇すれば悲鳴を上げられるかもしれないと思っていたが、運がいいのかそんなことは起こらず、夜が明ける前には村の近くを通り、ぼんやりと明るくなった頃には以前住んでいた森に到着した。
私の前の体である大木は朽ちて倒れていた。その横に妻を寝かす。白くなった髪、しわだらけの顔。閉じられた目は二度と開くことはなく、調子はずれの歌を歌うこともない。それらを確かめるように全身に根を這わせ、胸の上で止める。
私は妻を食べた。
ゆっくり、ゆっくり、ほんの小さな欠片もすべて食べきれば、地面にはくしゃりと丸まった服だけが残った。
高く昇った太陽が私たちを照らす。
枝を空に向かって伸ばして葉を広げる。
木漏れ日が、きらきらと輝いた。




