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Level0

 月の隠れた夜。眼下に見える山道に人の気配はなく、辺りは静まり返っている。男は連れている馬を静めながら、この道を通るとみられる一行の姿が見えるのを待っていた。ここはノルテルド国南端の地、ザライヤ辺境伯領。南に位置するスルディオーネ国との国境近くで、山道は両国の物流を支える交易路となっている。本日ノルテルド国ではスルディオーネ国を招いた定例外交が行われており、会合に出席したスルディオーネ国の要人がこの山道を通って自国に戻るのを待ち伏せしているのである。

 男に課せられた任務はひとつ。スルディオーネ国一行とともに国境を越え、軍部に潜り込み自国に有益な情報を横流しせよ、とのお達しだ。なんでも要人の馬車が道中壊れるよう細工してあるので、馬車が壊れたところに颯爽と登場し恩を売れ、という作戦らしい。雑すぎる脚本の作者を思い浮かべて男は頭を押さえた。頭痛がぶり返す。今のご時世多少の親切を受けたとしても余所者を懐に入れるわけがない。暴君に反対を試みたが、作戦対象は情に厚く豪快な男だから大丈夫だ、と豪快に返されて話は終わってしまった。似た人間同士、通じるものがあるのかもしれない。

「タモツ様、明かりが見えました」

 後ろに控えていた従者の一人に声を掛けられ、タモツと呼ばれた男は北方に目を向けた。馬車と数騎の護衛の一行が近づいている様子が見える。やるしかない。ノルテルド国特有の冷えた風を感じながら、自国の景色を目に焼き付けた。計画の成否にかかわらず、故郷の土を踏むことは二度とないかもしれない。

 一行が眼前を通り過ぎるのを見送りあとを追う体制を作っていると、突然馬の嘶きが響き、馬車が止まった。計算より早く馬車が壊れたかと目を凝らすと、松明の明かりに一行が囲まれている。賊か。事態を把握するより早く、叫び声とともに戦闘が始まった。

 まずい。ここはまだノルテルド国領だ。物取りか政治犯か知れないが、両国関係が薄氷の上に成り立っている現状でスルディオーネ国側に死人…いや、怪我人が出るだけでも戦争に発展しかねない。

「助けに入る。お前たちは結果を見届けて屋敷に報告を!」

 従者に預けていた剣を奪い取り、馬で颯爽と山を駆け下りた。後ろで何か叫んでいるが、もはや聞こえない。

 しかし賊の正体に見当がつかない。馬車の主はスルディオーネ国フォルステルの前公爵。貴族でありながら前線で大暴れする剛腕の持ち主として知らない者はいない。引退した老人だからと襲撃するにはリスクが大きすぎる。知らずに襲った物取りであれば運が悪すぎると同情を禁じ得ないが…こちらに飛び火するとなるとそれどころではない。

 山道に降りると護衛の騎士が馬車を守る形で応戦している。何とか五分という状況に加勢に向かうと、林の奥から賊の第二派が現れ馬車に襲い掛かった。間に合わないか。その時、馬車が内側から開け放たれ男がひとり顔を出した。危ないから馬車に戻れ!

 発声より早く、馬車に襲い掛かった賊がなぎ倒された。しなやかな動きと鋭い剣先。冷気すら感じる佇まいに賊は気圧されてじりじりと下がっていく。細身のシルエットから前公爵ではない。護衛か従者か正体はわからないが、助けは不要と判断して馬車を通り過ぎ、善戦を続ける騎士に加勢した。

 あっという間に賊の掃除を終え、馬車から現れた謎の男の指示で捕縛が進められている。これだけ生け捕りにできれば賊の正体も明らかになるだろう。一息つき剣を納めたとき、キリリ、と弦を引く音が耳に届いた。反射で腰に隠していた短刀を音に向かって投げる。何事かとこちらに向けられる視線を感じた頃、短刀の消えた木の上から声もなく男と弓が落ちてきた。改めて耳を澄ますが林の奥に人の気配はない。今度こそ終わりだ。

 謎の男が慣れた手つきで剣を鞘に納め、こちらに体を向けた。すらりとした優男で動より静が似合う様子に先ほどまで大立ち回りしていた姿と重なるところはない。髪が銀色に光っているのを見て月が出ていることに気が付いた。この男には見覚えがある。辺境伯の屋敷で開かれた会合に前公爵の付き人として幾度も参加していた。前公爵の孫。つまり現公爵の長男で次期公爵。今日はひとりで会合に参加していたのか、馬車の中にも前公爵の姿はない。

「助かりました。ノルテルドの方ですか?」

 声をかけられ、はっと自分の置かれた状況を俯瞰する。みすぼらしい格好と似つかわしくない豪華な剣。隠し武器まで使ってしまった。職のない困った通りすがり、を装う予定だったがこの状況ではだいぶ無理がある。何より相手がそもそも予定外なのだ。

「自分は傭兵として雇われたもので、このあたりの巡回警邏を担当していました。ノルテルド国領での不手際申し訳ありません」

 とっさに捻りだした設定を口にし頭を下げると次期公爵は不思議そうにこちらを見ている。おかしいか。否、悪くない線だろう。自分で自分を奮い立たさなければ心が折れそうだ。

「道中ご不安でしょう。よろしければ公爵領までお送りしますが」

 言葉を切らず捲し立てる。あの剣の腕前であれば護衛は不要だろうが、何とかして距離を詰めないといけない。顔を見られた以上、この機会を不意にはできない。

「そうですね」

 次期公爵がひとつ頷き、にこりときれいに微笑んだ。

「では、ぜひお願いします。話し相手がおらず退屈していたもので」

 信じ難い展開だが、二つ返事で応じる。目の前に垂らされたチャンスの糸はまだ切れていないらしい。賊の連行に馬を借りたいと言い含められ、次期公爵の馬車に同乗することとなった。本来傭兵が貴人と同乗するなどありえないことだがそこまで頭が回らない。相手の気が変わってはすべて台無しである。駆け込むように馬車に乗り込みスルディオーネ国に向けて出発した。

 なお、その後計画通り脱輪した馬車で次期公爵共々怪我を負い、計画とはずいぶん違う形で公爵家に運び込まれることになったのだが、結果だけ見れば計画は大成功だろう。異論は認めない。


 この『高貴な方の馬車の立ち往生を助けたらお屋敷に招かれた』というおあつらえ向きなエピソードが、本物語のプロローグ、もとい俺の父が北のノルテルド国から南のスルディオーネ国フォルステル公爵家に潜入を果たした経緯らしい。


■Level0■ 生まれる前からスパイ確定


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