鬼神の咆哮と、総力戦
「……来たか。鬼神の玄武……!」
祭壇の奥から響いてくる地鳴りのような足音と、肌を刺すような強烈なプレッシャー。それは、橘馬頭やクリムゾン・リーパーのリーダーとは、明らかに質の違う、純粋な「暴力」の化身が近づいてくる気配だった。
やがて、闇の中からその巨躯が現れた。
身の丈は、俺の倍はあろうか。岩石みてえな筋肉で覆われた体には、蛇や鬼を描いた禍々しい刺青が、まるで生きているかのように蠢いている。手には、ドワーフの鉱石で鍛え上げられたのであろう、巨大な両刃戦斧を軽々と握りしめていた。
その顔は、まるで不動明王みてえな厳つい形相で、眼光だけが、地獄の業火のように赤黒く爛々と輝いている。
こいつが、神嶺組最強の武闘派、「鬼神の玄武」か。噂に違わぬ、化け物じみた威圧感だ。
「……ほう、ネズミどもが、随分と派手に騒いでくれたようじゃのう」
玄武の声は、腹の底から響くような低い声だったが、その一言一句に、万物を圧するような重みがあった。
「儀式を邪魔し、ワシの若い衆をいたぶった落とし前……きっちりつけてもらうぞ、柳瀬虎之介、とか言ったか?」
どうやら、俺のことは、氷川か橘から聞いているらしい。
「上等だ、玄武の爺さん。てめえの首、俺が獲って、氷川への良い土産にしてやるぜ」
俺は、漆黒の戦斧を構え直し、啖呵を切った。内心では、冷や汗が止まらねえ。こいつは、今までのどの敵とも格が違う。
「ミリア、ベイル! こいつは俺が引き受ける! お前らは、解放されたドワーフたちを安全な場所へ誘導しろ!」
「虎之介さん! 無茶です!」
「組長! 俺たちだって!」
ミリアとベイルが叫ぶが、俺は首を横に振った。
「こいつは、お前らが手を出せる相手じゃねえ。それに、ドワーフたちを守る方が先決だ。行け!」
俺の気迫に押されたのか、二人は一瞬ためらった後、捕らわれていたドワーフたちと共に、祭壇から退避し始めた。
これでいい。足手まといはいらねえ。
「……なかなか骨のある小僧じゃ。気に入った。ならば、ワシも全力で相手をしてやろう」
玄武は、巨大な戦斧を肩に担ぎ、ゆっくりと俺に近づいてくる。
その一歩一歩が、地面を揺るがすようだ。
俺は、ヤクザの喧嘩の基本に立ち返った。
相手がデカければ、懐に潜り込み、急所を狙う。
俺は、玄武の足元めがけて、低く突進した。
「――甘いわっ!」
玄武の戦斧が、唸りを上げて振り下ろされる。
俺は、それを紙一重でかわすが、その風圧だけで体がよろめきそうになる。
速え! そして、重い!
俺の戦斧が、玄武の脛を狙うが、まるで岩でも殴ったみてえな硬い感触と共に、弾き返された。奴の体は、刺青だけでなく、特殊な鉱石を練り込んだ塗料か何かで、異常なまでに強化されているらしい。
「どうした、小僧! その程度か!」
玄武の攻撃は、一撃一撃が必殺の威力を持っている。俺は避けるだけで精一杯だ。
ベイルが打ってくれた戦斧も、奴の圧倒的なパワーの前には、まるで木の枝みてえに感じられる。
その時だった。
「組長! 加勢いたしやす!」
祭壇の入り口から、ゴードンと、バルガン率いるドワーフの精鋭部隊が駆け込んできたのだ。どうやら、労働地区での戦闘を一段落させ、俺たちの危機を察知して駆けつけてくれたらしい。
「馬鹿野郎! 来るんじゃねえ!」
俺が叫ぶが、もう遅い。
「ドワーフの怒り、喰らえや!」
バルガンが雄叫びを上げ、巨大な戦鎚を玄武に叩きつける。
他のドワーフたちも、斧や槌を手に、玄武に襲いかかった。
「……フン、雑魚がいくら集まろうと、ワシの敵ではないわ」
玄武は、まるで邪魔な虫けらを払うように、戦斧を振るった。
その一撃で、数人のドワーフが吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられて動かなくなる。
強すぎる。次元が違う。
「ゴードン! バルガン! こいつはヤベえ! 作戦変更だ! 俺が時間を稼ぐ! その間に、鉱山の主要な坑道を破壊しろ! 奴の退路を断ち、この鉱山ごと、奴を生き埋めにしてやる!」
俺は、とっさに新たな指示を飛ばした。
まともに戦っても勝ち目はねえ。ならば、この鉱山そのものを武器にするしかねえ。
「ですが、組長!」
「いいから行け! これは組長の命令だ!」
ゴードンとバルガンは、一瞬躊躇したが、すぐに俺の意図を理解し、ドワーフの戦士たちと共に、鉱山の奥へと散っていった。
残ったのは、俺と、そして、鬼神の玄武。
「……小僧、なかなか面白いことを考える。だが、ワシをこの程度で止められると思うなよ」
玄武の目が、さらに赤黒く輝きを増す。
奴の体から、蒸気みてえなものが立ち上り始めた。あれは……闘気か?
俺は、懐からオフクロのお守りを握りしめた。
ミリアが、退避する直前に、俺に何か小さな声で囁いていたのを思い出す。
『虎之介さん……あの玄武という男……その力の源は、彼が身につけている、胸の紋章のようです……!』
胸の紋章?
言われてみれば、玄武の刺青の中心、胸板には、他の模様とは少し違う、禍々しい蛇が絡みついたような紋章が描かれている。あれが、奴の力の源泉……「黄昏の蛇」との繋がりか?
「……賭けるしかねえな」
俺は、ベイルが最後に仕込んでくれた、あの火炎のギミックを、もう一度使うことを決意した。
だが、今度は、ただの威嚇じゃねえ。
あの紋章を、この炎で焼き尽くしてやる。
「玄武の爺さん、てめえが鬼神なら、俺は、地獄の閻魔様ってところだ。罪人の魂、きっちり裁いてやるぜ!」
俺は、最後の啖呵を切り、玄武に向かって再び突進した。
これが、俺の、そして柳瀬組の、この鉱山での最後の博打になるだろう。




