三日月の夜の奇襲
三日月の細い光すら届かねえ、ドワーフ・マウンテンの鉱山の奥深く。
俺たち柳瀬組と、ドワーフ反抗軍の、神嶺組と「黄昏の蛇」への反撃の狼煙が、まさに上がろうとしていた。
「時間だ。ゴードン、バルガン、頼んだぜ」
俺の低い声に、ゴードンと、ドワーフの戦士たちのリーダーであるバルガンが、力強く頷いた。
彼ら率いる数十人のドワーフ決死隊は、まるで影のように鉱山の闇に紛れ、強制労働が行われている中央採掘区画へと向かっていった。彼らの手には、ベイルとドワーフの職人たちが急造した、あり合わせだが殺傷能力は十分な武器が握られている。
「俺たちも行くぞ。ミリア、ベイル、遅れるなよ」
俺たち三人は、ゴードンたちとは別ルートで、鉱山の最深部にあるという「大地の祭壇」を目指した。
案内役のドワーフが示したのは、かつて使われていた古い通気孔だった。狭く、埃っぽい道だが、神嶺組の警備は皆無だ。
「……組長、この先に、強い邪気を感じます。おそらく、祭壇は近いです」
ミリアが、顔を青くしながら囁いた。彼女の額には、オフクロのお守りが結びつけられており、それが邪気から彼女を守っているのか、淡い光を放っている。
「ベイル、例のブツは準備できてるな?」
「へっ、いつでもお見舞いできるぜ。黄昏の蛇だか何だか知らねえが、俺様の『びっくり箱』で、度肝を抜いてやらあ」
ベイルの背負った袋の中には、対魔法戦を想定した、いくつかの試作品が詰め込まれていた。
やがて、俺たちの目の前に、巨大な空洞が広がった。
そこが、「大地の祭壇」だった。
中央には、黒曜石みてえな不気味な石でできた祭壇があり、その上には、数人のドワーフ――男だけでなく、女や子供の姿も見える――が、ぐったりとした様子で横たえられている。
そして、祭壇を取り囲むように、黒いローブを纏った五人の術者が、何やら禍々しい呪文を唱えていた。その呪文に呼応するように、祭壇の周囲に置かれた特殊な鉱石が、不気味な紫色の光を明滅させている。ドワーフたちの魂を、その鉱石に縛り付けようとしているのだ。
「……間に合ったみてえだな」
俺は、ベイルが新たに打ってくれた漆黒の戦斧を握りしめた。
「ミリア、お前は捕らわれているドワーフたちの守りを。ベイル、お前は術者どもの魔法を何とかしてくれ。頭目は、俺がやる」
俺の合図と同時に、ベイルが懐から小さな金属製の球を数個取り出し、術者たちに向かって投げつけた。
「喰らえ! 俺様の『魔力喰い』だ!」
球が術者たちの近くで炸裂すると、バチバチという音と共に、周囲の魔力が一瞬霧散した。術者たちの詠唱が、わずかに途切れる。
「な、何奴!?」
その隙を、俺は見逃さなかった。
「柳瀬組だ! てめえらの悪巧みも、ここまでだ!」
俺は雄叫びを上げ、祭壇へと突進した。
術者の一人が、俺に向かって黒い炎の玉を放ってくる。
「させません!」
ミリアが杖をかざすと、俺の目の前に水の障壁が現れ、炎の玉を霧散させた。
「サンキュー、ミリア!」
俺は、一番手前にいた術者の懐に飛び込み、戦斧を叩きつける。
だが、術者はひらりとかわし、代わりに腰に差していた短剣で反撃してきた。こいつら、ただの魔法使いじゃねえ。体術も相当な手練れだ。
「ベイル! 何とかしろ!」
「うるせえ! 今やってる!」
ベイルは、背中の袋から筒状の装置を取り出し、術者たちに向けて構えた。
「こいつは、ドワーフの風の魔法を応用した、『サイレンサー』だ! 詠唱なんぞ、させねえぜ!」
装置から、人間には聞こえねえ特殊な周波数の音波が放たれると、術者たちは苦しげに耳を押さえ、呪文の詠唱が完全に止まった。
「でかしたぞ、ベイル!」
魔法を封じられた術者など、ただのサンドバッグだ!
俺は、次々と術者たちを戦斧で薙ぎ払っていく。
だが、リーダー格らしき、一番奥にいた術者は、ベイルの装置にも怯まず、懐から禍々しい黒水晶を取り出した。
「……愚かなる者どもめ……この聖なる儀式を邪魔するとは……許さぬぞ……!」
術者が黒水晶を掲げると、祭壇全体が激しく振動し、地面から黒い触手のようなものが何本も伸びてきて、俺たちに襲いかかってきた。
「虎之介さん、危ない!」
ミリアが叫び、俺を突き飛ばす。黒い触手が、ミリアの肩を掠め、彼女の顔が苦痛に歪んだ。
「ミリア!」
「……てめえ……!」
俺の怒りが、頂点に達した。
オフクロにもらったお守りが、懐で熱く脈打つのを感じる。
「うおおおおおおっ!」
俺は、戦斧を両手で握りしめ、黒水晶を掲げる術者に向かって、一直線に突進した。
触手が俺を捕らえようとするが、俺はそれを力ずくで引きちぎり、構わず前へ進む。
「――喰らいやがれえええっ!」
俺の渾身の一撃が、術者の掲げた黒水晶を、その腕ごと叩き割った。
バリン!という甲高い音と共に、黒水晶は砕け散り、術者は断末魔の叫びを上げて吹き飛んだ。
同時に、祭壇を包んでいた禍々しい気配が霧散し、捕らわれていたドワーフたちが、苦しげな呻き声を上げながらも、ゆっくりと意識を取り戻し始めた。
「……やった……のか……?」
俺は、肩で息をしながら、その場に膝をついた。
その頃、鉱山の中央採掘区画では、ゴードンとバルガン率いるドワーフ部隊が、神嶺組の「鬼瓦」どもを相手に、激しい戦いを繰り広げていた。
「ドワーフの怒りを思い知れ!」
「自由のために戦え!」
強制労働で溜まりに溜まった鬱憤を爆発させたドワーフたちの勢いは凄まじく、数の上で勝るはずの「鬼瓦」たちを圧倒していた。
鉱山全体が、ドワーフたちの雄叫びと、武器のぶつかり合う音で、地鳴りのように揺れている。
俺たちが儀式を阻止し、ドワーフたちを解放したという知らせは、すぐに採掘区画にも届いた。
その知らせは、戦うドワーフたちに、さらなる勇気と力を与えた。
神嶺組の支配は、今まさに、内側から崩壊しつつあった。
だが、俺たちの戦いは、まだ終わっていなかった。
祭壇の奥、鉱山のさらに深部から、地響きと共に、とてつもなく強大で、そして冷酷な「気」が、急速にこちらへ近づいてくるのを感じた。
「……来たか。鬼神の玄武……!」
俺は、砕け散った黒水晶の破片を踏みしめ、新たな敵の出現を確信した。
本当の地獄は、これからだ。




