血染めの街道と、鉱山の呻き
黒焦げになった荷馬車の残骸は、まだ新しい血の匂いをあたりに撒き散らしていた。
地面には、争った跡が生々しく残り、ドワーフのものと思しき斧や槌が、無惨に折れて転がっている。
「……ひでえやり方だ。完全に、一方的な虐殺じゃねえか」
俺は、吐き捨てるように言った。相手が誰であれ、こんな無抵抗の者を嬲り殺しにするようなやり方は、ヤクザの仁義にも反する。
ミリアは、顔を青くしながらも、杖をかざして周囲の気の流れを読み取ろうとしている。
「……間違いありません。この禍々しい気配は、『黄昏の蛇』です。それも、複数……。彼らは、何かを探していたようです。荷馬車の中身ではなく、もっと別の……生きている何かを」
「生きている何か、だと?」
ベイルは、折れたドワーフの戦斧を拾い上げ、その断面を厳しい目で見つめている。
「……この斧、普通の鉄じゃねえな。だが、叩き折った奴の得物は、もっと硬え代物だ。それも、かなりの腕利きだぜ」
俺たちが現場を調べていると、不意に、岩陰からゴードンが姿を現した。その顔は、泥と煤で汚れ、いつになく憔悴しきっている。
「旦那! ご無事で……!」
「ゴードン! てめえこそ、無事だったか! 一体何があった!」
ゴードンは、俺たちを見つけると、ほっとしたようにその場にへたり込んだ。
「……数日前から、この辺りで『黄昏の蛇』の連中がうろつき回ってるって噂を聞きつけて、様子を探ってたんでさぁ。そしたら、あの荷馬車が襲われるのを、遠くから……。奴ら、荷馬車に乗ってたドワーフの生き残りを、何人か連れ去っていきやした。まるで、何かを選別するように……」
やはり、ミリアの言う通り、奴らの目的は略奪じゃねえ。
「神嶺組の連中はどうした? ドワーフ・マウンテンの様子は?」
俺が尋ねると、ゴードンの顔がさらに曇った。
「……最悪ですぜ、旦那。ドワーフ・マウンテンは、完全に神嶺組の支配下にありやす。『鬼神の玄武』とかいう化け物が、恐怖でドワーフたちを縛り付けて、鉱山で強制労働させてる。逆らう奴は、女子供だろうと容赦なく……。それに、鉱山の奥深くじゃ、『黄昏の蛇』の術者どもが、毎晩のように怪しげな儀式をやってるって話です。ドワーフたちは、それを『魂喰いの儀式』と呼んで恐れてやす」
魂喰いの儀式。連れ去られたドワーフたち。
そして、「黄昏の蛇」。
全てのピースが、禍々しい絵図を描き始めている。
「……案内人のドワーフの爺さん、この先のどこかに、ドワーフの隠れ里があると言っていたな。まずはそこを目指す。生き残ったドワーフたちと接触し、情報を集めるんだ」
俺たちの案内役として雇った口数の少ないドワーフは、この惨状を目の当たりにして、唇を噛み締め、静かに怒りを燃やしているようだった。
ゴードンと案内人のドワーフの先導で、俺たちは獣道にもならねえような険しい山道を進み、やがて、巨大な岩壁に巧妙に隠された、小さな集落へとたどり着いた。
そこが、神嶺組の支配から逃れたドワーフたちが、息を潜めて暮らす隠れ里だった。
だが、俺たちを迎えたのは、歓迎の言葉ではなく、鋭い刃と、警戒心に満ちたドワーフたちの敵意だった。
「……何者だ、お前たち! 人間が何のようだ!」
屈強なドワーフの戦士たちが、斧や槌を構え、俺たちを取り囲む。
「待て、俺たちは敵じゃねえ!」
ゴードンが慌てて弁解しようとするが、ドワーフたちの警戒は解けない。
その時、俺たちの案内役だったドワーフが一歩前に出て、彼らの言葉で何かを叫んだ。
すると、ドワーフたちの間に動揺が走り、武器を下ろす者も出てきた。どうやら、案内人の爺さんは、この隠れ里では名の知れた人物だったらしい。
やがて、集落の奥から、一人の老婆が現れた。
その老婆は、深い皺が刻まれた顔に、ドワーフ族特有の鋭い眼光を宿していた。この隠れ里の長老といったところか。
「……遠路はるばる、こんな辺鄙な場所へ、何の用かね、人間たちよ」
老婆の声は、静かだが、有無を言わせぬ威厳に満ちていた。
「俺は柳瀬虎之介。ヤクザ…いや、組の頭だ。あんたたちに、取引を持ちかけに来た」
俺は、単刀直入に切り出した。
「俺たちは、神嶺組と『黄昏の蛇』を潰しに来た。そのためには、あんたたちの力が必要だ。代わりに、俺たちは、あんたたちの故郷と仲間を、奴らの手から取り戻してやる。どうだ、この取引、乗らねえか?」
俺の言葉に、ドワーフたちはざわめいた。
不信感、怒り、そして、ほんのわずかな希望。様々な感情が入り混じった視線が、俺に突き刺さる。
長老の老婆は、じっと俺の目を見つめていたが、やがて、静かに口を開いた。
「……お前たちの言葉、どこまで信じられるというのかね? 人間は、これまで何度も我々を裏切ってきた」
「信じる信じねえは、あんたたちの勝手だ。だがな、このまま何もしなけりゃ、あんたたちは故郷も仲間も、全て失うことになる。奴らがやっている『魂喰いの儀式』ってのが、何を意味するのか、あんたたちなら薄々気づいてるんじゃねえのか?」
俺の言葉に、長老の老婆の顔が、わずかに歪んだ。
図星だったらしい。
「……我々ドワーフには、古より伝わる『魂の契約』がある。それは、我々の魂と、この山の鉱脈とを結びつける神聖な誓い。だが、『黄昏の蛇』の術者どもは、その契約を悪用し、我々の同胞の魂を無理やり鉱石に縛り付け、それを『楔』の材料にしようとしているのだ……!」
長老の言葉は、怒りと悲しみに震えていた。
オリハルコン鉱とは、ドワーフの魂そのものを結晶化させたものだったのか。氷川の奴、そこまで非道なことを……。
「俺たちは、それを止めに来た。そのためなら、どんな汚え手も使う。ヤクザのやり方でな」
俺は、隠れ里のドワーフたちを見渡し、言い放った。
「あんたたちも、ただ故郷を奪われただけの、哀れな被害者で終わるつもりか? それとも、俺たちと一緒に、奴らに一泡吹かせて、ドワーフの誇りを取り戻すか? どっちか選びな」
俺の言葉は、ドワーフたちの心に、小さな火を灯したようだった。
長老の老婆は、しばらく目を閉じて何かを考えていたが、やがて、ゆっくりと目を開き、俺に向かって言った。
「……よかろう、人間。お前たちの力を、見させてもらおう。もし、お前たちが本当に我々の同胞を救うというのなら、このドワーフの隠れ里、そして生き残った全ての戦士たちが、お前たちと共に戦うことを誓おう」
こうして俺たちは、ドワーフ・マウンテンにおける、最初の、そして最も重要な「駒」を手に入れた。
だが、相手は鬼神の玄武率いる神嶺組と、謎に包まれた「黄昏の蛇」。
この鉱山に巣食う闇は、俺たちが思っている以上に深い。
俺たち柳瀬組の、本当の地獄巡りが、今、始まろうとしていた。




