二人目の客と、倉庫の鍵
「資材管理部 主任 マルコ・グラハム」
ロレンゾから手に入れた書類に記されたその名前を、俺たちは新たな標的として定めた。
巨大な商会組織を崩すには、まずその末端、それも重要な部署の人間を狙うのが定石だ。資材管理部なら、奴らが隠している「ブツ」の置き場所にも詳しいはずだ。
「ゴードン、このマルコって男について、徹底的に洗ってこい。行きつけの酒場、女、賭場、金遣いの癖、金の出どころ。どんな些細な情報でもいい。奴の弱点に繋がるものを探せ」
「へい、旦那! お任せくだせえ!」
ゴードンは、水を得た魚みてえに、再びゼニスの裏社会へと消えていった。あいつは、こういう仕事にやりがいを感じ始めているみてえだな。
俺とミリアは宿に残り、ロレンゾから手に入れた大量の書類を分析した。
ミリアは、この世界の文字や商習慣に詳しいため、俺一人で見るよりも遥かに効率がいい。
「虎之介さん、この納品書の形式……アークライト商会が発行している他の書類と少しだけ違います。それに、この担当者のサインも、何だか……」
「偽造されてる、ってことか?」
「断定はできません。でも、とても怪しいです。まるで、誰かが帳簿の上で物品を横流ししているような……」
ミリアの指摘は的確だった。
もし、このマルコって男が会社の備品を横流しして私腹を肥やしているとしたら、そいつは最高の「弱み」になる。
二日後、ゴードンが息を切らして戻ってきた。その顔は、獲物を見つけた猟犬みてえにギラついている。
「旦那! 当たりですぜ! あのマルコって野郎、相当な遊び人で、懐具合に不相応な豪遊を繰り返してるみてえです! 特に、貴族向けの高級娼館『金糸雀の籠』に入れあげてて、一番人気の女に大金を注ぎ込んでるって話です!」
ビンゴだ。会社の金を横領し、女に貢いでいる。絵に描いたような、転落する人間の典型じゃねえか。
「その娼館の場所は分かるな?」
「へい! この街の貴族街の一角にありやす!」
「よし、今夜、乗り込むぞ」
その夜、俺はベイルに作らせた一張羅(といっても、ただの黒いシャツとズボンだが、仕立ては悪くねえ)に着替え、ゴードンと共に「金糸雀の籠」へと向かった。ミリアは、万一に備えて宿で待機だ。
高級娼館は、俺が普段うろついている裏通りとは別世界の、華やかで淫靡な空気に満ちていた。
俺たちは、大枚をはたいて席を確保し、目当てのマルコが来るのを待った。
やがて、酒で顔を赤らめ、取り巻きに囲まれながら上機嫌で現れた小太りの男。あれがマルコ・グラハムに違いねえ。
俺は、わざとマルコの席の近くを通りかかり、「偶然」肩をぶつけてみせた。
「おっと、失礼」
「いてえな! どこに目ぇつけてやがる!」
マルコの取り巻きの一人が、俺に掴みかかってくる。
「まあまあ、そういきり立つなよ。お詫びに、ここの一番高い酒でもご馳走させてもらうぜ。な、マルコさんとやら」
俺がマルコの名前を呼ぶと、マルコは少し驚いた顔で俺を見た。
「……あんた、俺を知ってるのか?」
「ああ、少しばかりな。資材管理部の、やり手の主任さんだろ? あんたの噂は、いい意味でも悪い意味でも、色々聞こえてくるぜ」
俺は意味深に笑い、マルコの耳元で囁いた。
「特に、あんたの『錬金術』には、俺も感心してるんだ」
「れ、錬金術だと……!?」
マルコの顔から、さっと血の気が引いた。
会社の備品を横流しするみてえなセコい不正を、俺は「錬金術」と呼んでやったのだ。プライドの高い小物には、こういう言い方が一番効く。
俺はマルコを個室に連れ込み、二人きりになった。
「単刀直入に言おう。あんた、金に困ってるだろ? 俺が、あんたの『錬金術』の、新しいスポンサーになってやる」
「……お前、一体何者だ?」
「ただの金貸しだ。柳瀬虎之介、とでも名乗っておこうか。俺は、あんたみてえな、リスクを背負ってでも成り上がろうって気概のある男に『投資』するのが好きなんだよ」
俺は、ヤクザの常套手段で、脅しと甘い誘いを織り交ぜながら、マルコの心を揺さぶった。
会社の金を横領している事実は、すでにバレている。だが、俺はそれを責めるどころか、称賛し、さらに大きな儲け話を持ちかけている。
マルコは混乱しながらも、俺の話に引き込まれていった。
「……具体的に、どうしろって言うんだ?」
「簡単なことだ。俺があんたに金を貸す。その代わり、あんたには俺のビジネスに少しばかり協力してもらう。まずは、あんたの管理している、港の第7倉庫。あそこを、俺が少しばかり『視察』できるように手配してほしい」
俺の言葉に、マルコの顔が恐怖に歪んだ。
「だ、ダメだ! あそこだけは……! あそこは、『鬼瓦』の連中が直々に管理してるんだ! 俺ごときじゃ……!」
「鬼瓦」――ゴードンが聞いてきた、神嶺組の連中の呼び名だ。
「そうかい。なら、この話はなかったことにするしかねえな。まあ、あんたの『錬金術』の件は、アークライト商会の監察部にでも、それとなく伝えておくとするか」
俺が席を立とうとすると、マルコは慌てて俺の腕を掴んだ。
「ま、待ってくれ!」
追い詰められたマルコの顔は、憐れなほどに歪んでいた。
「……わ、分かった。一度だけだぞ。一度だけなら……警備が手薄になる時間帯がある。その時間に、あんたを倉庫に忍び込ませてやる。だから、金は……金は貸してくれるんだろうな?」
「ああ、もちろんだ。契約成立だな」
俺は、マルコに大金を掴ませた。こいつがさらに借金で首が回らなくなり、俺から離れられなくなるための、先行投資だ。
そして、担保として、第7倉庫の警備シフトが書かれた書類と、倉庫へ入るための合言葉をきっちり聞き出した。
宿に戻った俺は、ゴードンとミリアに成果を報告した。
「よし、これで倉庫への道は開かれた。ゴードン、お前と俺で、明日の深夜、第7倉庫に潜入する」
「へい、旦那!」
「ミリア、お前には頼みたいことがある」
俺はミリアに向き直った。
「マルコから聞き出した合言葉なんだが、何か違和感がある。ただの合言葉じゃねえような気がするんだ。お前の知識で、何か分からないか?」
俺が伝えた合言葉は、『星無き夜、龍は眠り、楔は目覚める』という、妙に詩的なものだった。
ミリアは、その言葉を聞くと、ハッと息を呑んだ。
「虎之介さん、それは……古の『森の民』に伝わる、封印の呪文の一部です。なぜ、彼らがそれを……?」
「封印の呪文だと?」
どういうことだ? 神嶺組は、封印を解こうとしてるんじゃねえのか?
いや、あるいは……。
封印を、別の何かで「上書き」しようとしているのかもしれねえ。
第7倉庫には、俺たちの想像を超える、とんでもない秘密が眠っている。
その確信が、俺の中で大きくなっていた。
神嶺組の、そしてこの異世界の根幹に関わる秘密が、すぐそこにある。
いよいよ、奴らの懐に飛び込む時が来た。




