第398話 二日/昼/Side:アキラ/楽しい楽しい山の中
みんなで楽しいドライブだ!
わぁ、どこに行くんだろうなぁ~~~~!
山ッ!!!!
すごいぞ、山の上の遊園地とか、山の中にある公園とかではない。
アスレチック施設や、ロープウェイとかでもない。
山。
ただの、山。
何の変哲もない、どこまでも普通の、山!
金鐘崎本家屋敷を出たのが、かれこれ一時間ほど前のこと。
自分で出かける提案をしていながら準備に一時間半かけた小夜子の車で、今、山。
助手席には誰も乗っておらず、後部座席に俺、カリン、ジンギ、タマキ。
後で騒いでる俺達に、小夜子はあからさまにイライラしながら運転をしている。
もうね、すごいよ。
ハンドルにしがみついてフロントガラスに顔を引っ付けてる感じで運転してるよ。
絶対に運転に慣れてないだろ、このオバサン。
そして、田舎の長い道路を過ぎて、入ったのは、山。
見えるのは、曲がりくねった道路と右に斜面。左にガードレールと流れる風景。
『これ、今、どの辺じゃろね?』
窓から外を眺めて、カリンが念話で俺に尋ねてくる。
見たとこ、下手すると三日星区どころか星葛市の端辺りにまで来てねぇか?
『あと、ととさまよ』
『何じゃい』
『明らかにこれ、上がっとるよね。山』
それな。ホント、それな。
小夜子が俺達をどこに連れていくか、もう大体予想ついたわ。
だって明らかにこの車、山の上の方に行ってるモン。
おそらく、このまま行くと――
「……おっと」
ガクンと車が揺れて、俺は小さく声を出す。
やっぱりな。予想通り、小夜子が運転する車は舗装されていない砂利道に入った。
窓から見れば、昼間だというのにかなり薄暗い。
木々が陽の光を遮っているせいだ。
いやぁ~、どう見ても山奥ってヤツですよ、こいつは。
車の揺れ方がさらに激しくなる。
これは、砂利道ですらなくなったな。ただの山道に入ったか。
チラリとスマホを見ると、正午を過ぎていた。
車はさらに山の奥へと走り続けて、もはや周りにあるのは自然ばかりという有様。
「ねぇねぇ、おばちゃん。楽しいところって、まだ~?」
「おば……ッ、も、もうすぐよぉ!」
俺が問いかけると、小夜子は一瞬キレかけながらも、何とか取り繕って笑う。
だがミラー越しに見えるオバハンは、すぐにその顔を面白く歪め舌打ちをキメる。
しっかり聞こえてますよ、小夜子おばちゃん!
「ふぅん」
今のうちに、俺はスマホで現在地を確認。
しかし、おやおや、圏外ですってよ。随分な場所に連れてこられましたねぇ。
小夜子の車が止まったのは、さらに十分以上走った先。
現在時刻は、十二時半を迎えようとしている。思いっきり昼飯ドキなんだが……?
「さぁ、着いたわよ」
言って、小夜子は車のエンジンを切る。
車中はシンと静まり返り、俺達は小夜子ではなく、外に目をやる。
見えたのは、ちょっとした広さをもったひらけた空間。
背の低い草が茂り、積み上げられた資材なんかが目に入る。工事現場の近くか?
いや、それよりも目立つのは、先に来ていた数台の車だった。
持ち主は、すでに外に出ている男共のようだ。そこには、美智子の姿もあった。
「降りなさい、あんた達」
小夜子が、俺達に命令をしてくる。
その声はさっきまでの取り繕っていたものとは違う、いつもの小夜子の声だった。
「ねぇ、ここが楽しいところ、なの……?」
わざわざ不安げな声を作って、俺が小夜子に尋ねる。
すると、演技を真に受けたおばちゃんは、クスクス笑って「そうよ」と返答。
俺はもう一度、外にいる連中を見る。
美智子以外に男が四人。年齢は、二十代半ばから三十代前半ってところか。
いずれも、一発でカタギでないとわかる風貌をしている。
見えてますよ、お兄さん。
胸元からチラリと、タトゥー、覗いてますよ。
「ほら、さっさと降りなさいよ!」
小夜子が俺達へ大声で怒鳴り散らす。
完全に相手が子供だと思って油断してますね~、これは。
『おとしゃん、どーするー?』
『全員、適当に怯えとけ。話は俺がするから』
『『あ~い!』』
元気よく念話で返事をするタマキとカリン。
『…………いえっさ』
ワンテンポ遅れて、ジンギが抑揚のない声で返してきた。
さてさて、それじゃあ行きますか。
いや~、まさか、こんなことになるなんてな~。
――まさか、小夜子が自分から仕返しの機会を作ってくれるとは、な。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
俺達が外に出ると、待っていた四人の野郎共がこっちを向く。
「やっと来たのか、遅ェんだよ、小夜子ォ!」
「ごめんね、軍司。ガキ共がうるさかったのよぉ~」
小夜子は喜色満面の笑みで軍司とやらに近づいていく。
態度から見るに、今の小夜子のオトコのようだ。
いかつい体をしていて、金のロン毛で鼻にピアスをしてる。『金牛』と呼ぼうか。
それにしても、いつ、俺達がうるさくしたって?
準備に一時間半かけてたのは誰だったか、それすらも忘れてしまうとは。
小夜子よ、やはりおまえの頭は、もう……。
「あっれぇ~、ガキしかいねぇって言ってたのに、オンナいるじゃん、オンナ!」
サングラスをかけた髪の短いヒョロッとした感じの男が、タマキを見て笑う。
ふむ、こいつはコードネーム『グラサン』でいいや。
「え、待って待って、すげぇ可愛くね? おっぱいでっか! こりゃ得点高ェな!」
グラサンと代わり映えしない物言いをして、チャラい若造がタマキを見回す。
浅く焼けた肌に、造形だけはいいツラをしている。
いかにも遊んでますという感じの風貌なので、こいつは『チャラ男』でいいや。
「…………」
そして残る一人は、四人の中で最も背が高くて体もゴツい。
短く刈り上げた髪に眉の薄い強面。タトゥーが胸元から覗いていたのはこいつだ。
他三人がヘラヘラ笑っている中、こいつだけが腕を組んで無言を貫く。
デカい、怖い、何も言わないの三拍子は、それだけで軽~く大物感を演出する。
いいだろう。この俺が認めよう。
君のコードネームは『中ボス』だ! よかったな『中ボス』!
「小夜子さん!」
「美智子、ご苦労様。みんなを呼んでくれたのね」
「はい!」
小夜子に駆け寄る美智子は、まるで主人に構われてはしゃぐ犬のようだった。
無論、その中身はそんな可愛いものじゃないが。
さてさて、それじゃあそろそろこいつらの目的を聞いておこうじゃないか。
俺は魔法で涙腺周りに空気中の水分を集め、疑似涙を作ってみたり。
「あ、あの、おばちゃん、この人達、誰……?」
風属性の魔法で声の響き方を軽く調節して怯えた感じにして、体を軽く震わせる。
はい、これで『知らない場所に連れてこられて怯える小二』の完成ですよ。
「オイオイ、小夜子、そこのガキ、ブルってんじゃねぇか。か~わいそ」
「フン、もっとビビってチビればいいのよ。こいつの母親のせいで、私は……!」
「あ、おまえがいつも言ってた女のガキかよ、これ」
金牛の軍司君が、俺を指さしてケラケラ笑っている。
「残念だったね、ぼく~? 悪い大人についてきたからこんな目にあうんだぞ~?」
右手に鉄パイプを持ったグラサンが、そう言って俺を見下ろす。
チャラ男は車から木刀を持ち出して、俺達に見せるように軽くスイングをする。
「あれ、当たったら痛いぞぉ~? 血が出るだけじゃ済まないぞぉ~?」
「こ、怖いよぅ……!」
こっちを怖がらせようとしている半グレさんに、俺はひとまず乗っておいた。
「あんまりガキを怖がらせるな。泣いたら面倒くさくなる」
「はいはい、わかってますって」
だが中ボスがグラサンとチャラ男をたしなめる。
それが気に入らなかったらしく、小夜子がイラつきを顔ににじませる。
「そんなガキ、泣かしてやればいいのよ!」
「おまえのいざこざに俺達を巻き込むな。こっちは金の分、仕事をするだけだ」
仕事、ね。
つまり小夜子はこの連中に報酬をチラつかせて何かの仕事を頼んだ、と。
この状況からして、仕事の内容はおおよそ見当がつくが。
「仕事内容の確認だが、このガキ共の拉致と監禁でいいんだな」
「別に殺しちゃってもいいわよ?」
小夜子が俺達を一瞥して、そんなことを言い出す。
俺達、の中には、当然だが小夜子の実の子であるカリンとジンギも含まれている。
「コロシまで請け負うとなると、今の報酬じゃ足りないな」
「チッ、相変わらず業突く張りね、あんたって男は!」
「実行する方のリスクを考えてほしいものだ」
不機嫌になる小夜子に、中ボスは淡々とした物言いで反論する。
そこに、金牛の軍司君が割って入る。
「まぁ、いいじゃねぇか。そこのガキ共が邪魔だってんなら、どっかに売っちまえばいいだろ。それなら小夜子は自分のガキと離れられる。俺達はカネが入る。Win・Winってヤツじゃねぇか。……前にいたよな、売りモン探してる業者がよ」
「ああ、確かにいたな。――それもアリか」
腕組みをしたまま、金牛に説得された中ボスが軽くうなずく。
いやぁ、見下げ果てた大人ですねぇ。よりによって子供の前で何を話してるのか。
「軍司さ~ん、売り飛ばすんなら、その前にカノジョ、味見していいすか?」
「あ、俺も俺も。そんな上玉、滅多にいねぇし、具合確かめておきたいっすわ!」
チャラ男が挙手して、タマキを指さす。それにグラサンも続いた。
「またかよ、おめぇら……。前もそう言って一人コワしちまったじゃねぇか!」
「ありゃ、すぐ壊れるオンナの方が悪ィんですよ~」
ふむふむ、なるほどね。
こいつらはそういうコトをしている連中なのか。う~ん、ギルティ!
「ぁ、あの、僕達……」
ここで俺は、今一度怯える演技をして、小夜子と周りの連中の様子を窺う。
俺の近くではタマキやカリン達も揃って同じく震えている。実に迫真。名演技だ。
「残念だったわねぇ、アキラ君。あんたはね、これから遠いところに行くのよ。美沙子なんかには一生かけても見つけられない、遠いトコにね! あんた達もよ!」
「ひぅッ!」
怒鳴られて、激しく身を震わす俺達を見て、小夜子はご満悦だ。
「フン、そうよ、その反応が見たかったわ。あの美沙子のヤツにも、このガキ共と同じような顔をさせてやる。……美沙子の分際で、私をコケにしやがって!」
「うっわ、こぇ~、そのミサコちゃんってコ、小夜子の逆鱗に触れちゃったかァ~」
「茶化さないでよね、軍司!」
肩をすくめる金牛君に、小夜子は不愉快げに声を荒げた。
見たところ、こいつらの他には誰もいない。そして、話も今聞いた通りだろう。
じゃあ、もういいかな。
小夜子と美智子に仕返ししちゃっても、いいかな。いいよね。
そう、俺が思ったときだった。
「あんたが私が止めるのも聞かずに中に出すから、こんなお荷物ができちゃったんじゃないの! 本当に、ロクにカネにもならないし、産むんじゃなかったわよ!」
…………あ?
「それは言うなって。おまえだって気持ちよかっただろ? 大人しく中絶してりゃあよかったのによ~。小夜子ちゃんってば。そうすりゃ楽だったろ~?」
…………あァ?
「時間を戻せるならそうしてたわよ。産めばウチの親から無限にカネ引き出せると思ったのに、全然そんなことなかったわ。こいつらは、ただの疫病神よ!」
…………あァン!?
「ぁ、あの……」
カリンが、演技をしつつだが話している二人の方に寄っていく。
そして、小夜子ではなく軍司の方を見上げて、一言、
「お父さんですか?」
「……チッ。めんどくせぇなぁ!」
「あぅ!」
父と呼ばれた軍司が、表情を不快そうに歪ませてカリンにつばを吐きかけた。
そこにジンギが駆け寄って、取り出したハンカチでカリンの顔を拭く。
「何やってんだよ、おまえもよォ!」
軍司がジンギを蹴り飛ばそうとする。
だが、それにしがみついて、ジンギは逆に思い切り軍司の足に噛みついた。
「いッ! がァァァァァァァア!?」
「軍司ッ!? この、ガキィ!」
「ぐ……ッ」
軍司の悲鳴に、小夜子が血相を変えてジンギの髪を掴み、無理矢理引きはがす。
だが、ジンギはすぐに立ち上がって、カリンの前に立って二人を睨む。
「ンだァ、その目は!」
「何なのよ、あんた。私達は、親なのよ!」
怒りを露わにする小夜子達を、気弱なはずのジンギは強いまなざしで睨み返す。
「…………カリンに、ひどいことをするな」
「何だとォ……?」
「いきなり何よ、根暗なガキが!」
言い返されるとは思っていなかったようで、軍司は怒り、小夜子は軽く動揺する。
「ジ、ジンギの兄御……?」
そして、助けられたカリン自身も、これにはキョトンとなっている。
ジンギは軽くカリンの方を振り返って、無表情に告げた。
「…………ボクは、カリンのお兄ちゃんだ」
「兄御ォ~~~~!」
あらやだ、カリンちゃんったら、泣きそうになっちゃって。
ま、あいつが軍司に父親かどうか確かめに行ったのは、半ば演出だけどな。
ああ、そうだよ。
カリンは煽ろうとしたのさ。
軍司と小夜子の二人をではない。
俺の中の『怒り』を、頂点にまで押し上げようとしたのだ。
「タマキ」
「はい、おとしゃん」
「車を壊せ。連中の逃げる手段を全て潰せ」
「OK、おとしゃんは?」
「俺か? 俺は――」
込み上げてくるものをギリギリで堪えて、俺は金属符を取り出した。
「ちょっとあの連中、《《消してくるわ》》」
「ん、わかったぜ。思い知らせてやってくれよな!」
タマキに見送られて、俺は一歩、前に出る。
手にした金属符を小夜子の車に貼り付け、この広場一帯を『異階化』する。
「あァ?」
「何だ……?」
一瞬起きた空気の変質を感じとって、グラサンや中ボスが辺りを見回す。
景色には一切変化はない。だが、ここはもう空間の檻の中。
「全くよぉ、カリンは悪い子だぜ」
「へ……?」
怯える演技をやめて素を晒した俺を見て、小夜子が抜けた声を漏らす。
「おまえの意図なんて丸わかりだぜ。要はそういうことだろ? こいつらを、この世界から消してくれ。ってことだろ? 回りくどいことをしやがってよ」
「言ってもどうにもならんのが『真念』なんじゃろ~?」
カリンがペロリと舌を出して笑う。
やっぱりかい。ああ、完全に手のひらの上ですねぇ、こいつは。
だが、いいぜ、派手に躍ってやるよ。
それがプロデューサー様のご意向とあらば、仕方がない。
「けどよ、ジンギには謝れよ。おまえのために体を張ってくれたお兄ちゃんだぜ」
「う、うむ。わかっておる……」
カリンが顔を赤くして軽く俯く。
「ジンギ」
「…………何?」
俺は次にジンギへと振り向き、ニカッと明るく笑いかける。
「カッコよかったぜ、さすがはカリンのお兄ちゃんだ」
「…………いぇい」
無表情でVサインするジンギにまた笑って、俺は軍司達の方へと向き直る。
「な、何よ、このガキ……?」
「おまえ、何だよ。ただのガキじゃねぇな?」
「うるせぇなぁ、トイレにも流せねぇ汚物のクセして、日本語喋ってんじゃねぇよ」
俺がそう言い放つと、二人は揃って驚きを顔に浮かべる。
その表情にまた『怒り』が沸き上がり、俺の周りに不可視の力が渦を巻き始める。
「何よ、何なのよ、あんたは……ッ!?」
近づく俺に気圧されたらしき小夜子へと、返す言葉はただ一つ。
それは、今まで幾度も繰り返してきた、仕返しの開始を告げる決まり文句。
「おまえら全員、俺の恨みを買ったぜ」
俺の全身を、激しく渦巻く黒い炎が包み込んだ。




