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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十五章 金鐘崎、新年早々、死屍累々

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第392.5話 二日/未明/いとしき『君』へ、おんがえしを

 陰に沈む影。

 日付は変わり、1月2日、現在時刻は午前2時。


 ここ、金鐘崎本家屋敷に音を発するものは何一つない。

 仮にあったとしても、広い屋敷の中ではそれを聞く者はこの時間にはいない。


 街灯も少ないこの辺りは、夜が明けるまで真の闇に沈む。

 空に月と星はあれど、屋敷の中まではそれも届かない。闇、闇、闇、だ。


 影の主が佇むのは、誰もいない一室。

 暖房もかかっていない部屋中は、真冬の空気に満たされて凍えるほどに寒い。


 ひとたび息を吐けば、それは湯気と見まごうばかりの白さを伴って立ちのぼる。

 何もかもが闇に沈んでいる今は、それも見えないが。


 見えない。何も、見えない。

 誰にも、何も、見えていない。知られていない。暴かれていない。


 自分が何者であるかも知られていない。

 自分の異面体である『朱琉狩衣(シュルカリギヌ)』の弱点も知られていない。


 全てはこの部屋と同じように、未だ深き闇に沈んでいる。

 見通せぬほどに重く濃い陰の底に浸かり切っている。


 問題はない。

 問題はないが、しかし、楽観する気もない。


 あの『異階』での戦いで『魂喰い』の性質は知られてしまった。

 シュルカリギヌが物理攻撃を透過し、無効化することも知られてしまった。


 明確にバーンズ家に知られたのは、そこまでのはずだ。

 だが、警戒はもう一歩深く持っていくべきだろう。

 シュルカリギヌの持つ最大の能力『本体委譲』についても知られたと見るべきだ。


 相手はバーンズ家だ。

 あの『最悪にして災厄なる家族』が敵なのだから、警戒レベルは常に最大にしろ。


 そう、知られている。

 すでにシュルカリギヌの能力も知られている。


 しかしそれは『ある程度』に過ぎない。

 アキラ・バーンズは、まだこのシュルカリギヌの能力を『理解』しきっていない。


 精々が『魂を奪う』、『物理無効の体』、『他人を本体にできる』程度だろう。

 いずれも間違ってはいないが、しかし本質を捉えてはいない。


 大丈夫だ。

 大丈夫だ。

 全ては問題なく進行している。


 金鐘崎アキラと金鐘崎美沙子の抹殺こそ失敗したが、代わりの成果は得られた。

 現当主、金鐘崎欣司の魂の七割を奪うことに成功した。


 これであの二人の足止めができた。

 アキラも、美沙子も、欣司の魂が失われている限り、屋敷から出ることはない。


 特に美沙子だ。

 欣司と話していたあの女は、絶対に出ていかない。


 ああ、美沙子……。

 アキラも憎いが、それ以上に憎きはあの女。金鐘崎美沙子。


 『君』よ、何故なのだ。

 何故だ、何故、何故、何故だ。どうして、どうして、どうして、どうして……!


 『君』よ、いとしき『君』よ、どうして、何故、どうして。

 想えば想う程に、ドロドロとしたモノが胸の底から溢れ出てくる。


 狂おしいほどのいとしさと、焼き付かんばかりの憎々しさと。

 疑問。疑問。疑問と、疑問に、疑問。何故、何故、どうして、どうしてと。


 こんな感情、抱きたくなどなかった。

 ただ、『君』へのいとおしさで、この胸を満たしていたかった。


 けれど、もう無理だ。

 それは叶わない。いとしさと同等の憎しみを、恨みを、怒りを、抱いてしまった。

 この両腕に抱えきれないほどのそれに、胸と心を衝かれてしまった。


 ならば、もう無理だ。

 もう、心に抱くものは純白のままではいられない。怒りの赤と、憎悪の黒。

 恨みの灰色と、悲嘆の蒼。それらが混じり合って名も知らぬ色を作る。


 許せない。

 許されない。

 許されようはずがない。


 金鐘崎アキラが許せない。

 金鐘崎美沙子が許せない。


 こんな仕打ちを受けて、どうして『君』を許すことができるのだろう。

 この胸を蝕むものは、だが正しい怒りで、正しい恨みだ。正しい憎しみのはずだ。


 それが証拠に、運命は自分に味方をしてくれている。

 陰に沈む陰の主は、ここに至るまでの数奇な運命を思い返す。


 偶然では片づけられない、今へと繋がる数々の奇跡。

 この舞台を準備できたのも、全ては運命が自分に機会を与えてくれたからだ。

 あのガキに、あの女に、己の中に渦巻くものを叩きつける機会を。


 影の主は感じずにいられない。

 愛憎とはまさに表裏一体。いとしいからこそ憎い。憎いけれどもいとおしい。


 影の主は想っている。いつだって想っている。『君』のことを想っている。

 それから憎んでいる。いつだって憎んでいる。『君』のことを憎んでいる。


 この身を蝕む激情は、真冬の空気をもってしても冷ますことはできない。

 部屋の中は寒々しいというのに、影の主の身は、内側に強い熱を抱えている。


 動かねばならない。次で、アキラか美沙子を仕留めねばならない。

 だが結局、年始の挨拶から今まで、バーンズ家の観察に費やしてしまった。


 シュルカリギヌのことがどこまで知られたか、あるいは知られていないのか。

 新たに動き出す前に、どうしてもそれを見極めなければならなかった。


 おかげで、大体のことは知れた。

 この本家屋敷は自分のフィールドだ。そこかしこに目と耳を設置してある。

 この屋敷のどこで話そうとも、自分はそれを知ることができる。


 ただし、場所によっては映像が不鮮明だったり音が聞こえにくい場合もある。

 アキラ達の夕食時の会話などは、半分以上は確認できなかった。


 それでも、バーンズ家が外から助っ人を呼んだことは知れた。

 それが誰かは知らないが、そこまでわかっているのならいくらでも対応できる。


 ――足音が聞こえた。


 正確には、廊下が軋む音。

 誰かがこの部屋に近づいている。


 一瞬ドキリとしたが、そうか約束の時間か。

 陰に身を浸していた影の主は、ふすまを開けて入ってくる客を出迎える。


「――――」


 客が、まずは影の主に用件を尋ねてくる。

 それに影の主は、明日起きるであろう出来事を伝え、客の反応を見た。


「――――ッ」


 反応は、身震い。

 客はその顔を真っ青にして、一歩、二歩と後ずさる。


 怖いのだろう。

 そうだろう。怖いに決まっている。


 何せ相手はバーンズ家だ。

 いや、それを目の前の客に伝えても通じはしまいが。


 恐れおののき震える客を、影の主が慰める。

 その際に、影の主は客にそっと触れる。そして小さく一言、声をかける。


 これがシュルカリギヌの『本体委譲』の発動条件。

 影の主は、客に明日起きる出来事を伝えたと同時に部屋を『異階化』していた。


 客がショックを受けた瞬間を狙って、だ。

 そうすることで『異階化』の瞬間に発生する空気の変質を誤魔化した。


 影の主は客から離れて、直後に『異階化』を解除する。

 これで24時間限定だが、シュルカリギヌの本体は目の前の客となった。


 あくまでも本体を移しただけ。

 シュルカリギヌの出現も行動も、影の主が自在に操れる。

 そしてシュルカリギヌの知覚を通じて、離れていても場の状況を認識できる。


 シュルカリギヌは強力な異面体だ。

 防御不能の『魂喰い』攻撃に物理無効の防御力、そして『本体委譲』という能力。


 いずれもが強いが、能力に偏り過ぎているため直接の戦闘力に不安がある。

 さらに言えば、シュルカリギヌには致命的な弱点がある。

 その弱点を突かれてしまえば、この強力な異面体はほぼ無力化する。


 影の主は常に不安と戦っている。

 自分の目的を果たすため、万全を期しながらも、だが不安は消えない。

 だからこそ、念には念を入れて、慎重に慎重を重ねて、ことを進めている。


 金鐘崎アキラ、金鐘崎美沙子――、いとしき『君』よ。

 必ずや、必ずや自分は、この憎しみに決着をつけてみせる。必ずや。

 この『怨』を『君』に返してみせる。


 そのために、影の主は客に告げる。

 明日起きる惨劇を回避するために必要な情報を、告げる。


「……本当ね?」


 釣り糸につけた餌に、獲物は至極あっさり食いついてきた。


「本当に、それで私は助かるのね!?」


 重苦しく蟠る陰の中に身を浸し、影の主はうなずいた。

 金鐘崎本家でもない分家筋のクセに、常に偉ぶっている愚かな女、小夜子へと。


「ええ、助かりますとも。絶対に」


 ――金鐘崎美喜子は、そう言って薄く微笑んだ。

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