革職人ガルダ/禁断のレーザーカット魔法/アーリオオーリオ2.0 7
ジルは、困惑する三人を厨房に案内した。
「とりあえず見せながらペペを作りますけど、おかわり食べられますか?」
「ジルさん、流石にこれは、おいそれと見せて良いものとは思えないんですが……」
「大丈夫ですよ。本当にシンプルなことですから」
ジルはマシューの心配など意に介さず、全員に見えるように食材をまな板の上に並べた。
「材料から説明しましょうか。といっても、本当に基本のペペロンチーノですけどね。パスタ、塩、ニンニク、オリーブオイル、唐辛子。それと仕上げに使うパセリです。特別な材料は何も使っていません」
ジルは説明しながらニンニクの皮を剥き、ニンニクを半分に割って中の芯を取る。
それを包丁の腹で軽く潰してフライパンに入れ、多めのオイルを注いだ。
「【着火】」
そしてジルはかまどにごく弱い火を入れた。
じっくりとニンニクに火を入れていく。
同時に、空いている鍋でパスタを塩水で茹で始めた。
「みなさんペペを作ったことはありますか?」
「ある」
「私はありませんね」
「そりゃ、このくらい作るさ」
マシューだけが首を横に振った。
じゃあ説明しながら作るか、とジルは考え、火にかけているフライパンを皆に見せる。
「基本的にはこうして、多めの油でガーリックオイルを作ります。次に唐辛子を入れて辛味を出しますが、ここはお好みですね。辛いの好きならニンニクと同じタイミングでフライパンに入れてじっくり辛さを引き出すと良いですし、苦手ならニンニクに火が入りきる直前くらいで大丈夫です」
「そうだな」
ガルダが頷く。
「そして、香りが出たらパスタの茹で汁を入れます。オイルと一対一くらいにして混ぜ合わせて、そこに茹でたパスタを入れるわけですが……混ぜ合わせる手順が、多分みなさんのやり方とは違うと思います」
ジルは、火にかけている途中のニンニクをフォークで潰す。
そしておたまでパスタの茹で汁をすくい、フライパンに注いだ。
「【液体操作】」
「……あっ、ああっ!?」
そして中のオリーブオイル、潰されたニンニク、そして茹で汁が踊り始めた。
高速で回転し、混ざり合っていく。
「油と水が混ざるのを乳化と呼ぶのだそうです。私はこれがきっちり混ざってるのが好きでして。でも普通にフライパンで炒めてるだけだと上手く行かないことも多いんです」
「だから魔法で無理矢理混ぜる……ってことかい?」
モーリンの問いに、ジルは素直に頷いた。
「はい、そういうことです」
液体の勢いによってニンニクがさらに細かくすり潰されていく。
3つの物質が混ざり合い、溶け合い、どろりとしたスープ状のものへと変化した。
「あとはここにパスタを混ぜて、上から刻んだパセリを振りかけて完成ですね」
ジルは茹で上がったパスタを網ですくい、フライパンへと入れた。
さっと混ぜて汁をパスタに吸わせた後、皿に盛ってその上から刻んだパセリを振りかける。
ジルは面倒なので説明を省略したが、皿についても魔法でほのかに温めていた。
これもまた美味しく食べて貰うための工夫だ。
パスタの熱が奪われることなくガルダの前に差し出される。
ガルダは、驚愕に目を見開いていた。
「……ずっ」
ガルダは一口食べて、唸った。
「ず?」
「ズルくないか? 良いのか?」
その言葉に、モーリンが眉をひそめた。
「ガルダ! あんたご主人様を侮辱する気かい?」
「まあまあ、魔法使ってますからズルですよ。多分魔法使いとしてはけっこうなマナー違反ですしね」
ガルダの言葉に、ジルは苦笑まじりに答えた。
「もしかして不合格ですか?」
「す、すまねえ、言葉が悪かった。非難したいわけじゃなくて褒めたかったんだ」
「え?」
「なんて言えば良いかな……」
ガルダは、何と言うべきか迷ったのか首をひねる。
しばしの沈黙の後、訥々と語り始めた。
「……料理にしろ何か物を作るにしろ、手順ってのは大事だ。修行中は目をつぶってもできるくらいにきっちり自分に叩き込まなきゃいけねえ。けど、そこで頭を使わねえと『なんでこういうことをしてるのか?』って理屈を忘れちまう。これ以外のやり方が間違ってるって思い込んで、他のやり方をズルだと思っちまう。これは職人にありがちな、悪い癖だ」
「ああ……」
ガルダの話は、なんとなくジルにも理解できた。
ジルも魔法の稽古の中で、新たな魔法の発想をしてもまるで相手にされなかった。
弱い魔法を効果的に使うという発想そのものも、評価されなかった。
効果が出るか出ないか、そういう話ではない。
発想そのものが邪道と思われた。
「俺は……確かめたかったんだ。あんたがこの屋敷の主人って言うなら、前の屋敷の主人の何かを受け継いでると思ったからペペを作ってもらった。それを確認できるならペペである必要はなかった。だが、想像以上のものを差し出されちまった」
「まあズルしちゃいましたが」
苦笑まじりにジルが言葉を返す。
だが、ガルダの表情は真面目なままだった。
「そこだよ。『ズルと思われるかもしれない』ってことをやるには、囚われねえ発想と度胸が必要だ。並の奴じゃ思いつきもしねえ。臆病者はチャレンジできねえ。……ペペは単純なパスタだ。具材で工夫できても、根本的な作り方のところで発展できるなんて俺には思いつきもしなかった。なんでこのやり方を思いついたんだ?」
「なんでと言われても……このやり方が美味しいし、私好みですし……。深いことは考えてませんよ?」
流石に買いかぶりすぎじゃないかな、とジルは苦笑しながら答える。
「習ったやり方を変えたことについてはどう思ってる?」
「別に料理人になるために教わったわけじゃないですしねぇ……。私に教えてくれた人も、深いことは考えてなかったと思います。単に料理作るのが楽しくて、それを私に分け与えてくれただけです」
「楽しかった」
ガルダがジルの言葉を繰り返した。
ジルは、はいと頷く。
「……そうだな、俺も楽しかった。師匠と一緒に鞄を作るのが楽しくてな。師匠より良いものを作りたくて毎晩遅くまでやってた」
「良いですね、そういうの」
「一度仕事をしくじって、徹夜で鞄を作ろうとしたことがある。師匠は俺に無茶するなって言って、飯を作って一緒に食べたんだ。まあこんなに完璧なペペロンチーノじゃあなかったが……美味かった。そういうこと全部が楽しかったから俺は革職人をやってる」
「……良い師匠だったんですね」
ガルダは、小さく、だがしっかりと頷いた。
「俺の負けだ。試すような真似をしてすまなかった」
◆
ジルたちは再び客間に移動して、改めて話をすることになった。
そこでガルダが、革のハギレをジルに差し出した。
「まず、これをやる。さっきの詫び代わりだ」
「え、良いんですか、こんなにもらって?」
ジルは手放しで喜んだ。
ジルが想像してた以上に質が良いものだ。10枚ほどあるが、小銭入れやペティナイフの鞘など、小さなものであれば十分に作れそうだ。30cm角くらいの大きさの、とてもハギレとは言えないような立派なものまである。
「牛の革だ。どの部位かはどれも違う。自分で触って違いを手で確かめてみろ」
「部位?」
「背中側とか腹の方とか、どこの皮だったかによって伸び縮みや強度が変わるんだよ。ハギレはあくまで余り物だからな。部位もバラバラだし質の悪い部分が残りやすい。だが練習にはもってこいだ」
「ああ、そっか……布とは違って均一ではないんですね」
「そうだ。布は糸から作る。縦と横によって平面になる。だが革は動物の皮から作る。立体のものを無理やり平面にしてるんだ。裁断して縫って何かの形にするって手順は服作りと似通ってるにしても、元々の性質は全然違う」
「なるほど……」
「ま、そのへんはやりながら覚えてくところだな。一回くらい何か作ってみないと実感がわからねえだろう」
「はい!」
やってみな、と言わんばかりのガルダの言葉にジルはにまにまと笑顔を浮かべた。
すぐにでも何か作ってみたいと想像を膨らませている。
だがそこに、マシューが口を挟んだ。
「しかしガルダ。革職人ギルドは何かうるさく言ってはこないんですか?」
「……知られたら嫌味を飛ばしてくるくらいはするだろうな」
ガルダが苦い顔で頷く。
革職人ギルドというのはその名の通り、革職人同士で作った同業者組合だ。
「大丈夫ですか?」
「ま、この町の革職人ギルドはそんなに締め付けが厳しい方じゃねえさ。大口の客に売るときとか、新商品を売り出すとか、金が絡む話には口を挟んでくるが、技を誰に教えるとか誰を弟子に取るとか、そのあたりは深くは突っ込んでこねえ。もし売りに出したい物ができたときは相談してくれ。ギルドの方を説得してみる」
「わかりました……まあ、まだ何も作ってはいませんけど」
「まったくだ、本当に皮算用ってやつだな」
がははとガルダが笑い、朗らかな空気が立ちこめる。
「んじゃ、早速何か作ってみるか! ビシバシ行くぞ!」
「わかりました!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 本題があるでしょう本題が」
今にも仕事に取りかかりそうなジルとガルダを、マシューが慌てて止めた。
「……忘れてた」
「忘れてたじゃありませんよ。まったく……」
マシューが額に手を当てて溜め息を付く。
「そういえばお二人とも、相談があるとかなんとか言ってましたね」
「……こんなタイミングで相談するのもどうかと思うんだが、まあちょっと見てくれ」
ガルダが自分の荷物から、とあるものを取り出した。
チャンフロンだ。
「これは……馬鎧ですか」
「そうだ。チャンフロンと言って、馬のための兜だな。それと……」
チャンフロンの横に、一枚の紙を取り出した。
そこにはモノクロの絵が描かれている。
竜に乗りながら盾と槍を携えた騎士、という図案であり、シェルランドの町を守る銀鱗騎士団の紋章であった。
「この絵を、チャンフロンに描きたい」
「どこかの騎士団にでも納めるんですか?」
「そうだ。それで、この紋章を焼印か何かでチャンフロンに直接描かなきゃならねえんだ。だが紋章が細かすぎる」
「なるほど。わかりました」
ジルは、理解した。
仕事の難しさに対して同意や共感をした、という意味ではない。
「わかるだろう、この難しさが」
「ジルさんの見識であれば何かヒントになりそうなものがないかと思いまして」
「え? 焼印すれば良いんですよね? 今やったらまずいですか?」
「「え?」」
ガルダとマシューの顔が固まった。
何を言ってるんだこいつは、という顔をしている。
「あ、ぶっつけ本番でやったらまずいですよね。じゃあちょっとハギレで試してみますか。多分木材に焼印するのと同じような感じで行けると思うんですが……【灼光】」
ジルが自分の目の前に革のハギレと、その横に紋章を描いた紙を置いた。
左手の指先で、紋章の線をなぞる。
そして右手の指先から魔法を放つ。
「「……えええ!?」」
細く、だが眩しい光が革を焼いていく。
【灼光】とは、光を一点に集中してあらゆるものを焼き切る魔法だ。ジルは威力に乏しく金属や分厚いものを切断することはできないものの、薄い革や紙を切り裂いたり、あるいは表面を焼く程度であれば難なくできる。
さらにジルは、細かい魔法の制御が得意だった。現物の絵がすぐそこにあるならば、それを魔法でコピーして描くなどあくびをしながらでもできる。水の温度は0.1度より小さな単位で制御できる。【灼光】の魔法もまた、±0.01mmの誤差の範囲内で焦点を移動させ、革や木材を正確にカットできる。
「こんな感じですかね? あ、でも革鎧にするってことは蜜蝋か何かで硬化させますよね。上手くいくかな……? それとも硬化処理の前に焼印を付けちゃったほうが良いんでしょうか」
「ず……」
何気なく語るジルに、ガルダがぽつりと呟いた。
「ず?」
「ずるくないか?」
「いや、まあ、魔法ですからある意味ずるですけど」
「す、すげえよ……あんたは天才だ! おいマシュー! ものの数秒で解決しちまったぞ!」
見ればマシューもぽかんとした表情をしていた。
あまりの驚きに、感情が付いてきていない様子だった。
「ジルさん……いや、ええと、何と言って良いやら……ちょっと想像を超えてましたね」
「は、はぁ。細かい作業は得意なので……」
あはは、とジルは笑ってごまかす。
「ともかく……練習は上手く行ったので、本番行ってみます?」
ジルの言葉に、ガルダとマシューの頭が切り替わった。
「よし、じゃあ完成品を作ってすぐに騎士団長に見せよう。許可が降りたら馬全頭分を作るぞ。チャンフロンだけじゃなくて胸当てにも焼き印を作れるかもしれんな……!」
「この分だと時間も予算も余りますね。最高品質のものを作りましょう。ジルさん、焼印の方はよろしくおねがいします!」
「あ、はい」
なんだかそういうことになった。
※ペペロンチーノのレシピはこちらを参考にしました
一つ目のURLのレシピはフライパンさえも使ってないので、
ブレンダーさえ持っていれば手軽にチャレンジできるかなと思います
https://www.youtube.com/watch?v=_CTF522x8II
https://www.youtube.com/watch?v=yGb2mYLfXeg
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