革職人ガルダ/禁断のレーザーカット魔法/アーリオオーリオ2.0 6
※参考にしたレシピは明日の投稿分の後書きにURL貼ります
食堂には五卓ほどテーブルがある。
その一つにジルはテーブルクロスを掛けて三人に座るよう促した。
「ちょいとご主人様、私は手伝いたいんだけど……」
「良いから良いから。モーリンさんにも料理を振る舞いたかったんです。業務命令です。一緒に食べていって下さい」
「兄貴、何か言っておくれよ」
モーリンが弱った様子でマシューに助けを求める。
だがマシューはこの状況を面白がり始めていた。
「おやおや、侍女たるもの主人の命は聞くべきですよ?」
「はぁ……まったくもう」
ジルはそんな兄妹の遠慮無い会話を背中で聞きつつ、すぐに料理の支度に入った。
厨房に入って十分も掛けずに料理の支度を終え、三人の前に皿を出す。
「ええと……これが、ペペ?」
ガルダは困惑しながら呟いた。
確実にガルダの期待したものではないとジルは思いつつも、涼しい顔をして答えた。
「ペペをちょっとだけ入れたガスパッチョ……トマト仕立ての冷製スープです」
皿に入っているのは、赤々としたスープ料理だ。
器からはひんやりとした空気が漂う。
「ペペというのは恐らくおじさ……前の主人の得意料理の一つのペペロンチーノ。それを省略してペペと呼んでいる。そうですね?」
「ああ、そうだ」
「ですがそれも省略した呼び方で、正式にはアーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノと呼びます」
「え、そうだったのか?」
「はい。異国の言葉で、アーリオがニンニク。オーリオが油。そしてペペロンチーノが唐辛子なのだそうです。これはご存知ありませんでした?」
三人とも驚いていた。
ジルの予想通り、名前の由来は知らなかったようだ。
「そ、それは知らなかったが……いやでもこれを料理のペペと認めるのも」
「もちろん、ちゃんと作りますよ。とりあえずそれを食べながらお待ちください」
「なるほど、前菜ってことか」
「まあそんなところです。ていうか、その……」
ジルは言いよどんだ。
率直に言って良いか迷った。
「ん? なんだ?」
「いえ、ちょっと言いにくいことですけど……」
「構わん、言ってくれ」
ガルダが真剣な顔をして言った。
ジルは押し切られて頷く。
「えっと、その……ガルダさん、少しお酒臭いです……顔色もあまり良くなさそうですし、二日酔いでは?」
「うっ」
ジルの言葉に、ガルダが顔を赤らめた。
「ニンニクを強めに使った料理なんですから、せめて胃の調子くらい整えないとますます体調悪くしますよ」
ガルダはぐうの音も出なかった。マシューはダメな友人を連れてきたことを恥じているのか、額に手を当てて溜め息を吐いた。モーリンなど表情を隠さずげらげら笑っている。
「さ、マシューさんもモーリンさんもどうぞ遠慮なく」
「本当すみません……むっ!?」
一口食べた瞬間、全員の表情が変わった。
ガルダは無心で食べている。
マシューは、一口一口確かめるように口に入れている。
モーリンはうっとりした表情で楽しんでいる。
性格の違いが現れるのを見て、ジルは微笑ましい気分を覚えた。
実はこのガスパッチョは、二日酔いの人間のために少しばかりアレンジされていた。
本来のガスパッチョはトマト、その他のお好みの野菜、パン、ワインビネガー、オリーブオイル、塩、そしてニンニクをすべてすりつぶして混ぜた冷製スープだ。だがジルは、オリーブオイルを減らし、ニンニクを完全に抜いた。
オイルを減らしたためにコクは薄くなったが、ジルはそこに炒めタマネギを少量加えて甘味を足すことで味を補った。また、ニンニクの代わりに生姜、粉末にした唐辛子を入れている。わかりやすく力強い旨味こそないものの、弱った胃でも美味しく味わえる滋味に満ちた味に仕立てていた。
さらに具材をすりつぶして撹拌する際にも魔法を遠慮無く使い、丁寧に濾している。クリーミーな口当たりはそこらのレストランにも負けない出来映えだった。
「ご主人様……これ、何気ないランチで出して良い物じゃないよ」
モーリンが参ったとばかりに呟いた。
「ふふ、褒め言葉と受け取っておきますね。それでは改めてペペ……。アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノを作ってきます」
◆
ジルは二十分ほどで戻ってきた。
ペペロンチーノはジルの得意料理であり、手際も良く四人前を準備した。
実のところ、コンラッドに唯一勝てた料理であると言っても良い。
ジルにはコンラッドにはできない特異な技術があるからだ。
だが、それこそがジルにとっての懸念だった。
「はい、ペペロンチーノできました。……っていうか具材も何もないですが、本当にこれで良かったんですか?」
ジルは疑問を投げかけつつ、自分の分を含めた四人前の皿をテーブルに並べる。
「これが良かったんだ。この、ただのペペロンチーノが」
「まあ、ただのペペロンチーノかは食べてからのお楽しみですけどね」
「うん? 意味深だな」
ジルはガルダの疑問に答えず、微笑みを浮かべた。
ついでに立ち上がって配膳を手伝おうとするモーリンを押し止めた。
今日は元々、モーリンをお茶に誘うつもりだったのだ。
「ご主人様、せめて飲み物を出すくらい手伝わせておくれよ」
「だめでーす。今日はゲストです。正式な晩餐とかお茶会とかは手伝ってもらいますから」
「ほらモーリン、いい加減に観念しなさい」
マシューが笑いながらモーリンをたしなめた。
ようやくモーリンが諦めたあたりで、ジルがぱんと手を叩く。
「じゃ、お昼にしましょうか。頂きます」
ジルは右手の人差し指と中指を立てて、ぐるりと円を描くように手を動かした。
これがアルゲネス島の民の「頂きます」を示す仕草だ。食物は円環のように巡る。自分が食事をする番が来たことに感謝し、飢える者が出ませんように……という祈りであった。
祈りを済ませた四人はフォークを手に取り、料理に口を付けた。
「……こ、これは」
「違う! いや、確かにペペロンチーノだ。だが……なんだ……!?」
「これは凄いじゃないか……もしかしたら、あのレストランよりも……」
そして静かに始まったはずの昼餐は、皆がたった一口食べた瞬間に騒がしくなった。
ジルは驚いて全員の顔を見る。
少しくらいビックリするだろうとは思っていたが、こんなに驚かれるとは予想外だった。
「な、なにかまずかったですか?」
「まずいんじゃない、美味いんだ!」
「あ、そ、そうですか」
ガルダの声にジルはホッとし、自分の分を食べ始めた。
食べ慣れたジルにとっては感動はなく「うん、いつも通り」という安心感だ。
三人が驚いているのが羨ましいとさえ思う。
「どうやってこんな味に……? オリーブオイルと唐辛子、ニンニクのシンプルな味わいだ。間違いなくペペロンチーノだ。だが何か濃いというか……舌触りが違う。オイルが違うのか?」
「確かに。パスタに絡みつくようです。旨味となるものを使っていないのに深い味わいがある」
「私もたまに作るけど、こんなクリームみたいにはならないよ……どういうことだい……?」
三人とも口々に呟き、真剣な表情で食事を続けている。
一口一口、しっかりと味を確かめているようだ。
「シェルランドの人って妙に舌が肥えてますねぇ……」
そういえば以前迷い込んだ女の子も妙に表現豊かだったとジルは思い出す。
その理由もなんとなくジルは察していた。
コンラッドがこの町に、様々な料理を広めたのだろう。
文化として根付いている。
ガルダもきっと、ペペロンチーノに思い入れがあるのだろう。
それを思えば、突然料理を作る羽目になったことも悪い気分ではなかった。
「気になりますか?」
「そりゃ気になる……って、まさか教えてくれるとでも言うつもりじゃあるまいな」
「構いませんよ。秘密にするほどのからくりでもありませんし」
「えっ?」
ジルの言葉に、全員が絶句した。
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