革職人ガルダ/禁断のレーザーカット魔法/アーリオオーリオ2.0 5
女主人は、ジルと名乗った。
そして香しい香りの紅茶を出された。淹れたのは女主人自身だ。侍女のモーリンは番兵のように扉で仁王立ちしている。女主人は、古い血筋の貴族なのだろうなとガルダは思った。茶にこだわりのある人間らしい所作だ。
ガルダは喉の渇きを抑え、あえて茶を飲む前に話を切り出した。
「ジルさん、と言ったな。俺は革職人のガルダだ」
「はい、ようこそおいでくださいました」
「俺ぁ、あんたのことはほとんど何も知らん。服や帽子づくりが趣味で、森の屋敷に住んでて、革の加工もやってみたくなった……って話だけをマシューから聞いてるだけだ。それで合ってるか?」
「はい。革について教えてくれる人がいればと思い、マシューさんに頼んでいました」
ジルの話に、ガルダは腕を組んで難しい顔をした。
「悪いが、弟子でもない、同じ職人でもない人間に教えるってのは難しい。これは俺以外の職人にとっても同じ……いや、それ以前に話を聞いた瞬間、怒鳴ってくるかもしれねえ」
「そうですか……まあ、難しいとは思っていました」
さして落胆した様子もなく、ジルはさっぱりと言葉を返した。
「別に、意地悪で言ってるわけじゃねえ。中途半端なことをされたら困るんだ」
「中途半端?」
「真似されて凄えものができるってんなら、俺はまだ納得できる。職人が技術を見て盗むってのもよくある話だからな。だが中途半端に真似されて質の悪い物を『俺から習って作った』とでも吹聴されてみろ。俺は師匠から受け継いだ看板を汚すことになる。申し訳がなくて首をくくるしかねえ」
「首をくくるのはよくありませんね」
淡々とジルが相槌を打つ。
ジルはマイペースだ。
何とも調子がズレてしまうとガルダは感じた。
だが、言うべきことは言わなければならない。
「……だからだ。お前さんが看板を汚さねえ人間だって信用できるならば、教えてやっても良い」
「えっ、本当ですか?」
ジルは驚きのあまり、椅子から立ち上がってガルダの顔を見た。
ガルダは照れくさそうにぷいっと顔を背ける。
「そ、それでも全部は教えられねえがな。弟子にしか教えられんことも多い」
「いえいえ、全然構いません!」
そこに、マシューが口を挟んだ。
「ガルダ。『信用する』と言っても何をすれば良いんです? それにこちらも相談するべき話があるでしょう?」
「最初にこっちに頼み事をしたのはこの嬢ちゃんなんだろ? だったら嬢ちゃんの話を進めるのが筋じゃねえか」
「あなたねぇ……」
マシューが苛立ちの溜め息を吐いた。だがガルダはここで譲る気はなかった。助けを求めるにしても、相談を受けるにしても、信用できない相手と手を組むつもりはない。
「では、何をすれば信用してくれますか?」
ジルが、二人の間の空気など気にせず尋ねた。
「話が早いな」
「そちらこそ」
ジルが不敵に微笑む。
挑戦的な物言いにも応じる、良い顔だとガルダは思った。
しかしガルダは悩んだ。最初、ジルの作ったという服や帽子を見て判断しようかと思った。だがそれで見られるのはあくまで腕前だ。信用できるかどうかは判断できない。
ガルダは若くして一人親方となり、多くの職人と接する機会があった。天才的な技量と壊滅的な人格を同時に持ち合わせている人間もいることをガルダは肌で理解している。
ガルダが見たいのは、学んだ技術に敬意を抱いているか、そして自分が得た力に信念が宿っているかどうかだった。
それを模索するヒントは、茶だ。
口をつけた瞬間、美味いと感じた。
ここでガルダには一つの確信が生まれた。
このジルという女性は、明らかに「前の屋敷の主人」と何かのつながりがある。
ガルダは、自分の直感を確かめようと思った。
「よし、決めた。……ペペを作ってくれ」
◆
ガルダたちが屋敷を訪れる少し前のこと。
今日は休みにしようとジルは思った。
と言っても、ジルはまだ雑貨店を開店さえしていない。休むと決めた日が休みになるだけの話だ。しかも今ではモーリンという頼れる味方ができた。
魔法で掃除・洗濯を大幅に効率化できるとはいえ、屋敷は大きく一人で管理するには今まで手が足りていなかった。だがこれからは休息日を設けて本を読み、カラッパにエサをやり、料理をしてのんびり過ごすこともできる。モーリンに色々頼んではいるが、むしろモーリンとしては物足りないくらいのものだったらしい。モーリンは本気で暇つぶしにカラッパの騎乗を覚えようかと考えるほどだった。
「さーて、のんびりだらだら過ごしましょうか……。あとでお菓子でも作ってモーリンさんとお茶しても良いですね」
『森にお客様がお見えになっております。一人は招待状をお持ちのようです』
だが『本』が客の到来を告げ、その自由は中断することになった。
勝手にページがめくれ、屋敷の正門の前に立っている二人の姿が映し出された。
「あー、マシューさんでしたか」
『先日いらっしゃった男性が、別の男性を連れているようです』
「……革の件でしょうかね?」
『わかりかねます』
「ま、良いです。アカシアさん、開けてください」
ジルはアカシアの書を使い、遠隔操作で正門を開ける。
知らない男性の方は、勝手に開く門に大仰に驚いていた。
見たところ平民だ。
黒髪のいかつい男性で、いかにも職人らしい風情を醸し出している。
ごつごつとした手先を見ればジルにもわかる。
剣だこではない。
恐らくはハサミやノミを握る人間の、太くありながらも繊細な指だ。
「マシューさんこんにちは。そちらの方は?」
「……ど、どうも」
マシューが驚いた顔をしている。
はて。門が勝手に開くくらいそこまで珍しくもないはずだが……とジルは思う。
「何かありました?」
「いや、男装してらっしゃるので、少々驚きまして」
「あ」
今のジルの服装は、スカートではなくパンツルックだった。
七分丈の黒いガウチョパンツだ。裾に行くほど大きく見える形状によって、全体的なシルエットが細長い逆三角形のようになる。上には白いチュニックを着ており、全体としてシックで大人びた装いであった。
だがダイラン魔導王国の文化として、女性はズボンを履く風習がない。ジルはファッション雑誌を眺める内にすっかり「女性がズボンを履くこと」を当たり前に受け入れていた。むしろこの国……いや、この世界の女性がズボンを履かないのを不思議とさえ感じ始めていた。
「あら、ご存じないんですか? 海を隔てた異国ではこういうズボンが流行ってるんですよ?」
「へ?」
なのでジルは、誤魔化そうと思った。
「な、なるほど……それは知りませんでした。不勉強でした」
「そ、それに乗馬もしやすいでしょう?」
「確かに。ですがそうなると裾が膨らんでるより絞った方が良いと思うのですが……馬具に引っかかりそうですし」
「うっ」
「ですがこれは、非常になんというか……革命的ですね。保守的な人から反発はあるでしょうが、逆に言えば改革派の人からは支持を得られるファッションかもしれません」
「ですよねですよね!」
よし、押し通した! とジルは内心で拳を握りしめた。
「ともあれ立ち話もなんですし、どうぞ中へ」
そして革職人のガルダという男を紹介された。
だが、話してみるとどうも頑固な性格の男のようだった。
信用に値しない人間には何も教えるつもりはないと言い放つ。
(ま、こういう頑固な人はいますよね。気持ちもわかりますし)
だがジルは特に悪印象を持つことはなかった。
むしろどんな無理難題を言ってくるのかわくわくさえした。
だがガルダが出した条件は、まったく予想していなかったものだった。
「よし、決めた。……ペペを作ってくれ」
「わかりま……え、ペペ?」
「どうだ。作れるか?」
一瞬冗談かと思ったが、ガルダは至って真面目だった。
マシューが呆れ気味に口を挟む。
「ガルダ。あなたそれ信用できるかどうかは関係なくありませんか? というかそんな条件を付けるだなんて聞いてませんよ!」
「こればかりは譲らねえぞ。技術を教えるってこたぁ、正式な弟子じゃないにしても生徒みたいなもんだ。俺の責任問題でもある」
恐らく打ち合わせにない話だったのだろう。
マシューが珍しく怒った顔でガルダに食ってかかっている。
「そもそも、なんでペペなんですか?」
「……この屋敷に住む人間であれば、知っているべき料理だからだ」
ガルダは、マシューではなくジルを真剣な目で見ていた。
何かを期待する目だ。
「ここは昔、レストランがあった」
「……そうみたいですね」
存命の頃のコンラッドのことだと、ジルはすぐに気付いた。
ジルは、コンラッドの遺言を思い出す。
(ひたすらに美を探求した。幸福な日々を過ごさせてもらった。そう書いてありましたね)
では、コンラッドが探求した美とは何か。
ジルはシェルランドの町に何度か通う内に、自然と理解できた。
それは美食だ。
コンラッドがジルのために作った料理は、どれも不思議な料理だった。ダイラン魔導王国の伝統的なレシピとの関連はない。かといって、海を隔てた異国のレシピともまた違う。だがすべてがコンラッドのオリジナルとも言い難いほどに洗練されている。料理の背景に、豊かな文化や風土を感じられた。
コンラッドが死んで以来、あの料理は自分で作るしかないと思っていた。だが、なぜかシェルランドの町にはコンラッドの料理が喫茶店やレストランに存在していた。プリンなどはその代表であると言える。
そして今ガルダが言ったメニューも、コンラッドが得意としていた料理だ。
「レストランで一番美味い料理は何なのかって話だと、意見が別れる。ケンカするんじゃねえかってくらいの激論になる。だが基本のメニューは何かって言うとペペを挙げる奴は多い。パスタ料理の基礎中の基礎だからだ。そうは思わねえか?」
ジルは、ガルダの言葉に納得した。
似たようなことをコンラッドも言っていたからだ。
「わかりました。少しお待ち下さい」
「ジルさん、良いですよそんな頼みなんて聞かなくても……」
「条件云々はともかくとして……ガルダさんは食べたいんですよね、ペペ。マシューさんはどうですか?」
「えっ……それは、食べられるならば、ぜひ」
マシューが恥ずかしげに小さく頷く。
「モーリンさんはいかがです?」
「え、私も良いのかい……? そりゃ、ご主人様が振る舞ってくれるなら喜んで」
よし、とジルは立ち上がった。
「食堂に移動しましょうか。私は厨房で作ってきます」
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