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(旧)銃を手に  作者: 東雲飛鶴
第二章 中の国
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【1・中の国】ネトゲさいこー☆

第二章 中の国



 彼女フラウがいない事を忘れるために戦場に来て、

 戦場を忘れるためにバーチャルに来る。

 自分でもそれが矛盾していて、逃げ続けていることの自覚はある。

 でも……。やっぱり俺は淋しかった。


「いいじゃないか……。仮初かりそめの世界だって。

 どうせ現世うつしよだって、俺にとっちゃ仮初めに過ぎないのだから」


 ――彼がMMOにのめり込むのに、十分すぎる理由がそこにはあった。



 ===== ===== ===== ===== ===== =====

>Log in time 17:16:24

>Server No.10 : Tricorn

>Welcome back! Alphonce!

>【Home Town】

 ===== ===== ===== ===== ===== =====



 何故神崎のような男が、こんな場所に来てまでもネットゲームに興じているのか。

 それは『彼女フラウ』のいないほとんどの時間、彼はひとりぼっちで淋しかったからだ。


 そのけ口を、不毛なことと重々承知の上で、彼はネットゲームに求めていた。

 たとえそれが希薄な友人関係だったとしても、ネットの中でならコントラクターとしての自分を伏せ、一般人として接してもらえる。人外としての自分を伏せ、人間として扱ってもらえる。そして、世界中どこにいても、友人と会うことが出来る。

 ――『そこ』にいる間だけ、彼は素の自分でいられた。だから――


 神崎が、最後にネットゲームのサーバーにログインしてから、もう五日が経過した。普段は毎日のようにプレイしているのだが、このところ急な仕事が入ってしまったためだ。おかげで、すっかりご無沙汰になっているなあ、と神崎は淋しく思っていた。


 やっと仕事が一段落ついたある日の夜、神崎は少し蒸し暑い自室のベッドの上で、自前のノートPCを開くと、キーボードを手慣れた手つきで操り、ネットゲームの複雑なログイン手続きを始めた。

 回線は自社への連絡用に確保している軍事衛星の回線を、当然のようにちゃっかり拝借している。彼は毎度毎度、この時間のかかるログイン手続きにうんざりしながらも、『故郷』の街にしばらくぶりに帰れることに、心を躍らせていた。


「ふんふんふん……っと。これで、ポチっとな」

 ユーザーIDとバスワードを入力し、ロビーサーバーへのログイン手続きをする。画面が暗転し、ワールドサーバーへの接続を開始した。

 画面の真ん中で、ワールドサーバーへの接続過程を示すバーが伸びていく。再び画面が暗転しワールドサーバーへの接続が完了すると、ひどく長い手続きを経て、ようやく彼が最後にログアウトをした場所に、プレイヤーキャラクターが出現した。


 プレイヤーキャラクター=PCと略されるが、プレイヤー自身の分身アバターとなるものだ。

 神崎は、自分と近い容姿の種族をPCとして使用しており、髪型もなんとなく彼と似ている。違うのは、漆黒の瞳と濡れた鴉の羽毛のような髪ではなく、琥珀色の瞳と焦げ茶色の髪をしている点だろう。古いゲーム故、細かいキャラクターメイクが出来ないのだ。

(お前も変わらずシケた面してんな……)

 分身に自分を重ねたのか、表情など変わるはずもないのに、そんな風に見えてしまう。


 神崎の気分がシケているのは今に始まったことでもなく四六時中のことで、これが人間だったらとっくの昔に致死量の淋しさで即死している。みっともなくメソメソする程度でそれが済んでいるのだから、神族というものはかなりタフな精神の持ち主と言える。


 画面下部、メッセージウィンドウに英文で『おかえりなさい』の文字が流れる。

「はい、ただいまもどりました」

 ぺこりと小さく頭を下げる。彼が画面相手に話しかける癖は昔からだった。

 ――画面右上端、ショートメッセージの着信を調べる。件数は0。

(……そりゃそうだ)

 彼が普段親しく付き合っているプレイヤーは、現在そう多くない。たかだか数日ログインしなかったからといって自分宛になにか連絡する輩は存在しないと彼は認識していた。


(そういえばログアウトしたのは、自宅だったっけ……)

『本物の自宅は持っていないくせに、仮想空間には立派な自宅を持っている』

 ふと、そんなことに気が付いて、神崎は苦笑した。

 海外暮らしの多い神崎は、オフの時は概ねホテル住まいで、リアルの自宅を持っていないからだ。

 どうしても保管しておきたい物は、会社のロッカーや兄の自宅に置いてある。


 彼のPCプレイヤーキャラクターAlphonce(アルフォンス)」の自宅は【中の国】と呼ばれる世界の、小人と森の民が暮らす連邦国家にあり、「Alphonce」はこの連邦国に所属する冒険者の一人だった。


 石造りの自宅の中では常に水が流れ、心安まるせせらぎの音が聞こえ、民族調の落ち着いた内装の部屋には、自作の家具や、季節イベントで集めた調度品などが所狭しと並べられていた。彼は一見雑多にも見えるこの部屋を、とてもとても気に入っていた。


 癒やし効果満点の水音と、ゆったりした曲調のアコースティックギターの音が、エンドレスで部屋に流れている。それを聞きながらくつろいでいると、神崎はいつのまにか画面をつけたまま眠ってしまう……。

 ――いわゆる『寝落ち』をやってしまうことも、少なくはなかった。


 気付くと、突っ伏していたノートPC(パソコン)がヨダレでベタベタになっていたり、コントローラーのコードが首に巻き付いてうなされたり、キャラクターがどこかの壁に何時間も頭を擦りつけ続けたり、キャラクターが危険な敵の中に突撃した挙げ句、無抵抗のまま戦闘不能になって死体を晒したり等々、『寝落ち』をするとロクなことがない。


 ……そういえば、しばらく前に植え付けた苗は、世話が出来なかったからもう枯れてしまったろうか(どうせあいつは世話なんかしやしないし)、競売に出した装備品や品物は売れずに自宅に返却されてしまっているのだろうか、などと思いつつ、神崎は冷えたノンアルコールビールをぐいとひと口、喉に流し込んだ。


 このゲーム世界=【中の国】での彼の分身【Alphonce】は、リアルの彼【神崎有人】と同様、とりたててやりたいこともなく、目的もなく、ふらふらしていることが多かった。


 仕事と仕事の合間、オフの時でさえ、神崎はなにをするでもなく、秋葉原でふらふらしているばかりだった。

 旧友の神田明神に住む恵比寿さんと酒を飲んでクダを巻いたり、彼にオタク神の役目を押しつけられそうになったりしながら、猫カフェの人気猫チョコちゃんをモフモフしすぎて引っかかれたりしつつ、休暇をダラダラ過ごすのが常だった。


 ふらふらしているという点では、こちらでもリアルでも、全く一緒な彼だ。レベルを上げるでもなく、クエストやミッションを消化するでもなく、たまに誰かの手伝いをすることもあれば、街なかのため池で釣りをしたり、雑貨を作って競売に出したり、あるいは知り合いと丸一日、おしゃべりするだけの日もあった。


 結局神崎有人にとって、『彼女』のいない時間はムダな時間なのだから、マジメに生きる気力などハナからありはしない。生きていること自体が惰性である。



 今日は五日ぶりのログインだったので、競売に出したものの売り上げを回収し、在庫商品を追加しようと彼は思った。多少売れ残って返品されたものもあったが、不在の間に外人プレイヤーによる価格操作のせいで相場が崩れたせいだったから、まぁ仕方がない。


 競売というのは、この世界の経済の根幹ともいえる自動販売システムだ。リアルのオークション同様、プレイヤーが自由に出品・購入することが出来る。ただし、通常のオークションとは異なり、出品価格の低い順に売れていくので、意図的に相場よりも低い価格設定で出品する輩が増えると、途端に相場が崩れてしまう不愉快なシステムだ。


 今日のAlphonceは、大陸一の大都市に移動することにした。彼は居心地のいい自宅を出て、連邦の港から空飛ぶ船の定期便に乗り、大陸一の大きな街にやって来た。


 この大都市の町並みは諸国と比べてもかなり近代的な造りで、進んだ文明のあることが見てとれた。この国の領主は別の世界からやって来たという噂だが、異世界のテクノロジーで、小さな漁村をここまで大きくしたという話も漏れ聞こえてくる。


 そして世界の交通、物流、経済、交流の中心となったこの国では、諸国より数多くの冒険者が集って、一緒に旅する仲間を探したり、商売をしたり、情報収集を行っていた。

 Alphonceがこの街にやって来たのは、家に残っていた武器の在庫を、大陸で一番売れ行きのいい競売に出品をするためと、街の近くにある島で、釣りをするためである。


「ふーん……、週末挟んじゃったからなぁ。かなり外人に相場荒らされたなぁ」

 競売のカウンターの前で、取引履歴を見ながら彼はぼやいていた。

 彼は木工系スキルで製作した武器を数点出品した後、釣り竿と餌以外はこの街で借りている仮住まいに置いて、町外れの地下通路を通って隣の島に行くことにした。



 ===== ===== ===== ===== ===== =====

>clock 18:11:31

>Server No.10 : Tricorn

>【North Island】

 ===== ===== ===== ===== ===== =====


 Alphonceが、街から長い長い、コウモリだらけの地下道洞窟を通り抜けると、そこは切り立った断崖の島だった。

 周囲は氷に覆われ、魔物が闊歩する、生けとし生ける者を拒絶するような場所だ。島の中心には不思議な形をした象牙のような塔がそびえ立ち、空には時折オーロラが輝き、時に吹雪いていた。

 島の所々には、クジラよりも巨大な、動物の骨のような構造物が横たわって冒険者の行く手を塞ぎ、その上を、ぼろきれを丸めたような魔法生物が、奇怪なうめき声を上げながら、虚ろな目で周囲を伺っていた。


 冷たい向かい風の中、Alphonceは固い雪を踏みしめながら目的の池を目指していた。まだ太陽は天頂近くにあったはずだが、厚い雲に覆われて輪郭すら伺うことは出来ない。

 手に入れたばかりの青緑色をした西方装束は、キルティングのせいか思いの外防寒効果があり、極寒のこの島の上でも比較的上半身は快適だった。しかし、少し風通しのよい丈の短い足元は、風が巻き上げる粉雪で裾が凍り付き、湿り気を帯びて積もった雪が、靴底を通して体温を奪っていた。

 所在なさげに腰からぶら下がったなまくらなレイピアは、素手で触れようものなら指先が一瞬で凍りつきそうで、いざという時に、冷え切っていてすぐに抜ける気がしない。


 Alphonce自身、青緑色の西方装束は気に入っていたが、付属している〝奇妙なとんがり帽子〟だけはどうしても受け入れ難いセンスだったので、結局頭だけは普段被っている赤い鍔広帽を載せていた。

 もっとも、今の自分にはこの帽子の方が遙かに似合っているし、やっぱり相応しいと思っている。この鍔広帽だけが、自分の職業を示すアイデンティティそのものだったからだ。


「はー…………」


 Alphonceは、すっかり冷え切った頬を少しでも暖めたくて、両の手のひらで顔を覆い、息をゆっくり吐いてみる。しかし、北洋を望むこの島を通り抜ける強い風は、すぐに剥き出しになった肌の体温を奪っていく……。

 ――――ような気がする。そう、気がしているだけ。でも、気はしている。確かに。

(……やるだけ無駄、か。そもそも「こいつ」は寒さなんか感じちゃいない)

 ただ見ているだけでも凍り付きそうな島の様子に、灼熱の砂漠の国にいるはずの中の人、神崎有人は、何故か寒気を感じている。多分、心は【中の国】にあるからだろう。


 北方からやってきた身の丈三メートルほどもある巨人たちが闊歩している横を、何食わぬ顔でAlphonceは通り過ぎる。

 薄緑色の肌をした巨人が身につけているのは、冒険者の遺留品と思しきラウンドシールドを括り付けた粗末な腰ミノと、毛皮を巻き付けただけの粗末なブーツ、そして棍棒などの粗野な武器だけ。

 彼等とて無駄に傷付きたくないと見えて、格上のAlphonceには手を出そうとはしない。それはそれで有り難いことだ。お互い面倒事は起こさないに越したことはない。それが「ここ」であっても、リアルであっても。


 彼が釣りをしようと思っている「池」というのは、島の中程にあって、周囲を切り立った崖に囲まれている空間に、ぽっかり開いた水溜まりだ。池といっても淡水ではなく、どこかで島の外の海と繋がっており、生息している魚はどれも海水魚だった。

 池の上には大きくて厚い氷が常に張っていて、釣り師たちはみなこの上で氷の隙間に糸を垂らす。

 枯れ木の並ぶ池の周辺では、太さ十五㎝くらい、長さ一mくらいの大きなミミズが地面から何本もウネウネと生えていて格好のレベル上げスポットとなっていたが、夜間になると、歩く骸骨や幽霊が闊歩する危険地帯に様変わりする。


(ありゃー……)

 彼が巨人の群れの中を抜けて池の側までやってくると、倒木の横で誰かが倒れている。側には中途半端に体力を削がれたミミズが天を仰いでうねっていた。

 恐らくこいつとやりあって倒されたのだろう。周囲には彼女の同行者は見当たらない。

(……死んでるな。なんでまたソロでなんか。それとも寝落ちか?)


 体力を失って倒れていたのは、猫のような耳と尻尾を持った野趣溢れる種族の女性だった。茶色の髪を眉で切りそろえ、ショートボブの髪は首の後だけ長く伸ばして束ねてあった。

 まだレベルの低い冒険者が着る、体にぴったりとした、は虫類の皮で出来た茶色い鎧を纏っている。


「彼女」とは言ったが、実際中の人が女とは限らず、特にこの種族の女性は中の人が男なことも多かった。そういったものをネットゲームの世界では「ネカマ」と呼ぶ。

(正直、この鎧はデザイン好みじゃないんだがね)

 Alphonceは、彼女を放置するのも気が引けたので、蘇生を希望するかどうか声を掛けてみることにした。

 彼の職業は、二系統の魔法といくつかの武器を操る、この世界ではひどく器用貧乏な魔法剣士だ。そのため蘇生魔術も心得ていたのだ。とんでもなく器用貧乏なのは中の人も同じで、正直潰しの利かないこの職業が、今の自分にはけっこう相応しい、と彼は自虐的に思っていた。


 とりあえず救出作業に入る前に、現在このエリアにいるPCをサーチしてみる。どうやら彼女は日本人のようだ。もっともAlphonceの中の人は十五カ国語も操るのだから、このゲームのプレイヤーの使う言語はほとんど網羅している。誰が答えようとほとんど心配はなかったが。

 ――とりあえず日本語で問いかけてみよう。


     * * * * *

 Alphonce:こんにちは、蘇生の魔法はいりませんか?

 Flaw:ありがとうございます。お願いします

     * * * * *


 即座に猫の人から返事が返ってきた。寝落ちではなさそうだ。

「ま、そういうことなら……」

 彼はとりあえず現在時刻を確認した。

 ゲーム内時間で、日没にはまだかなり間があるようだった。蘇生後しばらくは衰弱している状態で、モンスターに襲われやすい。万一、不死生物の出現時間と被ってしまうとやっかいだ。連中は衰弱している者から襲いかかるからだ。

 安全確認は済んだので、いよいよ彼女かもしれないに蘇生の魔法をかける。

 詠唱を始めると、彼の体の周囲を気が取り囲み、燐光が舞い散り始めた。

「ん……?」

 詠唱完了まで表示バーがまだ残り五十%を示す頃、あることに「神崎」は気が付いた。


「このPC名……あ、あ………………」

 中の人は胸がキリキリした。顔の筋肉が小刻みに震える。


 心をざわめかせながら、表示バーの動きを揺れる眼で機械的に眺めていた。

 Alphonceが詠唱を終えると、死体だった彼女の体の上に光の束が降り注ぎ、雪の上に横たわっていた華奢な体がふわりと宙に浮いた。


 彼は、心に浮かんだその考えを、全力で否定した――

『そんなはずあるか! ただの偶然だ!』


     * * * * *

 Flaw:ありがとうございました! 助かります

 >Flawはていねいにおじぎをした

 Alphonce:どういたしまして。衰弱治るまで見ててあげるから、こっちで座ってて。

 Flaw:すみません・・・お手間かけます(T-T)

     * * * * *


 彼女の名は、『彼女』の名だったのだ。

 恋しさに奪われかけた平常心を、彼は必死に取り戻そうと努力した。鍛え上げられた軍人でもある彼は数瞬の葛藤の後、心の何割かの指揮権を取り戻した。


 Alphonceが池の上に張った氷の上に招くと、彼女は長い尻尾をゆらゆら揺らしながら側にやってきて彼の足元でひざまずいた。それが休息のポーズなのだ。

 それを見届けると彼は当初の目的である釣りを始めた。彼は腰から古びた竿を取り出すと、慣れた手つきで振り出し、ルアーを水面に投げ入れた。ぽちゃん、と音を立ててルアーは雪まじりの池にゆっくりと沈んでいく。

 それを眺めながら、つい思いついたことを口にしてしまった。


     * * * * *

 Alphonce:ちょっと聞いてもいいですか?

 Flaw:えーと、なんですか?

 Alphonce:そのPC名、どうして付けたんですか? 良かったら由来とか教えて下さい

 Flaw:そうですね・・・なんとなくなんですけど、RPGやるとき、自分のゲームキャラにはいつも付けてるんですよ。でも、どうしてですか?

 Alphonce:昔の知り合いが似た名前だったので、ちょっと気になっただけなんです。気に障ったらごめんなさい。

 Flaw:いえいえ、ぜんぜん気にしてないですよ♪

     * * * * *


「……だよな。ま、そんなもんだよ……」

(空しくなるだけだ。いい加減諦めろよ、有人……)

 やっぱりというか案の定というか、望むような情報は得られず、Alphonceは再び釣りを続行した。

 彼は現在釣りのスキルを上げるためこの池によく通っているが、今日は日が悪いのか何なのか、釣果ははかばかしくない。イラツキながら竿を何度も振っている。

 リアルでのことでムシャクシャしていた中の人は、今日はダメだな、と思っていた。


「お、衰弱治ったか」彼は、猫の人の変化に気が付いた。

 早速Alphonceは、猫の人に回復魔法をかけてやった。一気に彼女のHPバーが、ググっと伸びて満タンになっていく。


     * * * * *

 Alphonce:強化要ります?

 Flaw:はい、よろしくお願いします

 >Flawはていねいにおじぎをした

     * * * * *


「はいはい、サービスしときますかね……」

 早速、ご要望にお応えして、彼女に物理防御と魔法防御の強化魔法をかけてやる。華麗にかつ素早く詠唱をするAlphonce。詠唱のシメで片手を天に向かってひらりと挙げるモーションが、彼は特に気に入っていた。

「にしても、なんでこの猫ソロってんだろ?」


     * * * * *

 Alphonce:ところで、今日はソロなんですか?

 Flaw:はい・・・というかいつもソロです。PT(パーティ)だと迷惑かけちゃうことがあるので

 Alphonce:迷惑?

 Flaw:要領わるいし、ときどき都合で席を外さないといけないから、長時間拘束されるとつらいので・・・だから、めったにやらないんです。

 Alphonce:そうなんだ。今日はあんまり釣れないし、よかったらPLしましょうか?

 Flaw:え、悪いですよ。どうぞお気になさらず、釣りなさってください^^

 Alphonce:いやいや俺は別に構わないですよ。ヒマだし。一人だと効率悪いでしょう?

 Flaw:ホントに?うん、じゃ、お願いしちゃおうかな・・・ちょっとだけ

 Alphonce:あいあい。じゃいま六時半くらいだからPLするの八時まででいいですか?

 Flaw:え?今十時半ですよ。もしかして、時計遅れてますか?

(あ、しまった! 日本との時差があったんだ。ええっと……今向こうは十時半?)

 Alphonce:ああ、ごめんなさい。日本はもう結構遅い時間なんですよね。大丈夫?

 Flaw:時間は大丈夫です。・・・もしかして、外人さん?日本語お上手ですね!

 Alphonce:いえいえ、俺日本人ですよw仕事で海外に赴任しているんです。

 Flaw:へー、すごいですね!四時間の時差というと、アジア方面ですか?

 Alphonce:そうですね。中東です。商社に勤めてます(^^)/

 Flaw:おお、商社マン!エリートさんなんだ!カッコイイ!すごいですね☆

 Alphonce:イヤイヤ(#^_^#) ああ、猫さん、時間もったいないから、始めましょ?

     * * * * *


「エリートさんねぇ……。そんないいモンじゃないデスよ、俺は……」

 そう、神崎はうそぶいた。


 うっかり外人扱いされるところだったのが、いつのまにやら自分はエリート商社マンになっていた。そんなのはここでは良くあることだ、と彼は苦笑した。そして、鼻の頭の汗を手の甲でぬぐって、少しぬるくなったドイツ産ノンアルコールビールを少々、喉にトロリと流し込む。

 事務所は空調がよく効いているが、自室の寝床は微妙に暑い。トランクス一枚の尻の下がムレてきたので、彼はうつぶせに転がった。

(まぁ個室が与えられているだけマシではあるが。後でサーキュレーターを注文しよう)


 彼が先ほどから彼女に施している「PL」という作業は、パワーレベリングの略称である。高レベルプレイヤーに回復などの補助してもらいながら、早いスピードで経験値を稼ぐプレイスタイルのことで、モラル的にグレーゾーンなため、PLを嫌うプレイヤーは極端に嫌う。が、キャラクターの育成にべらぼうな時間のかかるこのゲームでは、必要悪として捉える向きも多い。


 Alphonceは彼女に、攻撃速度を上げる強化魔法を追加で施した。

 そして、「手短な所からどんどん敵を倒していこう」と彼女に促した。

 彼の仕事は、敵に削り取られた彼女のHP(ヒットポイント)を湯水のように回復してやること。こうすれば彼女は敵からのダメージを気にすることなく、連続して戦闘を繰り返すことが出来る。


「さーて、残り一時間半、どこまでレベル上げられるかな……」

 彼女は尻尾を振りながら、懸命に大ミミズ相手に剣を振り回している。やっ! と可愛い声を上げながら、バシバシと一心不乱にミミズを叩いている。


(そうだ、がんばれ、俺がついてるぞ)

 Alphonceの中の人、神崎有人は、モニタ越しに猫の人を心から応援していた。

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