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(旧)銃を手に  作者: 東雲飛鶴
エピローグ
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20/20

【永遠・Eternity】おかえり俺の白猫

 ――いつのまに眠ってしまったのだろうか。


 時計を見ると、あれから丸一日は経っていたようだが。ここは……、恐らくクソ兄貴にテーザー銃で撃たれた後で運ばれた、院内の処置室だろう。

 消毒薬の匂いが漂っている。カーテンの向こうで物音がするが……。

 彼女は、麗はどこだ?


「あの……ちょっといいですか?」

 神崎有人は、処置室の中にいた看護師に、カーテン越しに声をかけた。


 麗の居場所を聞くと、同じ階にある病室だという。

 彼女の手術が成功したと聞いて安心した有人は、早速逢いに行こうと起き上がった。すると、あれほど気分が悪かったのに体調は万全に回復し、銃創や首筋や太股の刺し傷の痛みも全て消えている。

 患部に手を当ててみると、全て包帯やガーゼが当てられていた。


「寝てる間、ご面倒をかけたみたいで……」

「よろしいのですよ有人様。お召し物は洗濯しておきました。ベッドの下にありますよ」


 言われて覗き込んでみると、着ていた戦闘服がカゴの中に畳んで入っていた。装備品を外してしまえば、無地の戦闘服はただの作業着と変わりはしない。麗には作業服で通すしかないだろう。神崎は患者服を脱ぎ、紺の戦闘服に着替えた。


 創業者一族ゆえか、病院の職員はみな自分のことを様付けで呼ぶ。それが何ともいえずこそばゆいというか恥ずかしいというか。

 出来れば麗の前では、そんな風に呼ばれたくはない。だって、彼女にどんな顔をすればいいか分からないから。そう有人は思った。



 看護師に水を一杯もらい気を落ち着けてから、有人は麗の元へ向かった。

 部屋で、親と顔を合わせるのがひどく気まずい。

 そりゃそうだろう。銃で脅しつけて娘をよこせと怒鳴ったのだから当然だ。

 これまで色々ありすぎて、自分は頭がおかしくなっていたんだろう。あんな目に遭えば自分でなくともおかしくなってる。

 だが、どうしようもなかったのだ。


 そもそも自分以外に、あんな曲芸飛行のような真似が出来るんだろうか? 自負でもなんでもなく単純にそう思う。無論、出来ない方がいいに決まっている。出来るから兄に余計な仕事を押しつけられるのだ。

 もしかしたら、親会社のラボで瓶詰めになっている、軍事用サイボーグなんて悪趣味な奴らなら、余裕で出来るのかもしれない。まさしく、あいつらの方こそ、自分よりずっとバケモノだろうが。――クソッタレ。

 うんざりするような思考が、ぐるぐると有人の頭を走り回る。まるで運動会だ。



 廊下で職員たちに会う度に、うやうやしく頭を下げられて居心地の悪い思いをしながら、有人は麗のいる病室の前までやってきた。

 微妙に緊張しながら、ドアをノックする。初めて麗を見舞った時を思い出すが、今回はあんな嬉し恥ずかしなドキドキではない。

 恋人の両親に結婚の許しを乞うよりも、さらに状況が悪い、マイナス発進である。出来るだけ事は荒立てたくはない。だが……


 様々な不安を抱えながら、有人はドアを少しだけ開け、中を覗き込んだ。

 ところが室内には、麗以外誰もいなかった。

(なんだ、パパ上とママ上はお留守じゃないか~)

 思いっきり拍子抜けした彼は、さらに頭をつっこんで中を覗ってみた。

(あ、麗……よかった。元気そうで……)

 彼女の姿を病室に認めた有人は、嬉しさで涙ぐんだ。

 ベッドの上の麗は、機械から伸びた何本ものコードで繋がれ、点滴も受けていたが、手術をしたばかりにも関わらず、起床してベッドの上で体を起こしていた。


「なにしてるの……そんなとこで」


 麗が声をかけてきた。怒っているように聞こえる。

 有人は観念して、ドアを全開にした。


「や、やあ……」間抜けな声で挨拶をして、軽く手を挙げる。

「あの……入っても、いいかな」

「……いいよ」


 そう言うと、一瞬有人の方を向いて、麗は小さく頷いた。

 顔色は良さそうだが、浮かない表情をして、正面の壁を見ている。


 ――やはり、ずっと連絡もせずに放っていたことを怒っているのだろうか。


 大事な時期に彼女を放置して、病状を悪化させたのは自分だ。酷く恨んでいるに違いない。もしかしたら、絶縁されるかもしれない。

 …………そんなことになったら、立ち直れる自信がかけらもない。


 そうだ。自分は両親のことばかり心配して、彼女を怒らせていたことをすっかり忘れていたのだ。なんて大馬鹿野郎なのだろう。有人はうんざりした。


「あの…………た、ただいま」

 病室のドアを後ろ手に閉めると、少しだけベッドに近寄った。

「そこ、すわったら」

 麗は、冷めた視線をベッドの傍らにあるパイプ椅子にちらと投げた。

「う、うん……」


 有人は言われるままベッド脇の椅子に腰掛けた。ぎしり、とパイプが軋む。

 彼女の顔をまともに見られず、視線を泳がせると、ベッドサイドワゴンの上に見慣れた麗のノートPCを見つけた。

 側にはゲームのコントローラーと彼女の携帯が置いてあり、メールだけでもまともに返事をしてやれれば、と悔やまれた。


「遅くなって、ごめん……」と言って、有人は麗の手を取った。

 だが彼女の手は力なく肩からぶら下がったまま、彼の手を握り返しはしなかった。

 いたたまれなくて、椅子の向きを変えた。彼女の足元の方に、角度を少し。

 彼女は、ずっと視線を自分の正面の壁に向けていた。

(拒絶されている……)

 彼も彼女を見られずに、二人でしばらく同じ方を見ていた。真っ白な壁を。


 ――許しては、くれない、か。

 ――自分を見捨てた男だから、か。


「あの、俺、」先にしびれを切らしたのは有人だった。十分ほどして、口を開いた。

 麗は、有人の言葉を遮った。

「貴方と連絡が取れなくなって、……ずっと泣いてたんだよ」

 麗のか細い声が、彼の胸を切り裂く。

「ごめん」――としか言えなかった。

「貴方との糸が切れてしまいそうで、……心細くて死にそうだった」

 悲壮な声音に、彼を責める色が加わった。

「ごめん。……ほんとに……ごめん」

 有人は、親に怒られた子供のように、顔をゆがめて俯いた。

 もう、自分たちは終わりなのか。ダメなのか。彼は恐くてたまらなくなった。

「死にそうだったんだから」麗の声はさらに強さを増した。

「ごめん……怒ってる……よね」有人の声は逆に弱々しくなっていった。

「怒ってるっ」さらに強く。

「…………だよね」さらに弱く。

「すっごく、怒ってる!」麗は腕組みをして、真っ直ぐ前を見ている。

「……そう、だよね」もっと弱く、麗の罵声にかき消されそうな声で言った。

 彼は、こわごわと彼女の顔を横目で見た。――ものすごく怒っているように見える。

「ごめん。ごめんよ……俺もう、ホントにもう、絶対どこにも行かないから、君と一生一緒にいるから、だから、だから――」言葉の終いは、嗚咽と混ざって分からなくなった。


「だから、このことはもうおしまいっ!」麗が高らかに宣言した。


 ――え?

「ゆ、許してくれるの?」

 べそをかいた顔をぬぐいもせず、しょぼくれた顔で麗を見た。

「いいよ、もう。許してあげる」


 有人は、返事の代わりに麗を抱き締めた。麗は彼の胸に顔を押しつけられ、腕の中でくふっと息を吐いた。そして、彼の腰に手を回して、ぎゅっと抱いた。

 戦闘服の厚い生地越しに、麗の暖かい吐息が有人の胸いっぱいに広がる。その甘い香りに、彼は酔った。


「だって、有人さんのおかげで助かった人が、いっぱいいるんだもの」

「え…………」背筋が凍り付いた。

 ――正体がバレたのか? 何故?

 有人は腕の中から彼女を解放し、どうして知っているのか訊ねてみた。

「お兄さんがニュース見せてくれたの。有人さんが命がけでこの国を護ったんだよって」

「どういうこと? ニュース?」


 聞けば、自分らの大立ち回りが、国軍と反政府勢力との戦闘という形で報道されていたらしい。怜央はこのニュースを巧みに利用して、麗や彼女の両親を上手く丸め込んでくれだのだろう。いや、もしかしたらこの報道自体、奴の自作自演かもしれないが……。

 有人は、腹黒い兄の計らいに、素直に感謝することは出来なかった。


「色々大変なお仕事だから商社マンってことにしてたんだよ、ってお兄さんが言ってた」

「そっか……。心配かけてごめん」有人は麗の頭を撫でた。


 兄貴のおかげで、愚行も全てお咎めなし、ということになっているようだ。一体、どうやってあの状況をひっくり返したのだろうか? まさにマジックである。

 まぁ、考えるだけムダだろうが。自分にはそういう才能がないのはよく分かっている。

 ……と、兄の事となると、有人がとかく卑屈になるのも致し方ない。


「さっき、ずっと一緒にいるって言ったよね、有人さん」

「ああ。ずっと一緒にいるよ」

「で、私ね、そのうち死んじゃうの。またすぐにお別れなんだって」


 麗はまるで人ごとのように、淡々と言った。青山のカフェで己の死期について語ったときと同じ口ぶりだ。


「お兄さんが、寿命までは生きられないって言ってた」

「え? ……だって手術したじゃないか……なんで? どうして!」

 うろたえ震える有人とは対照的に、麗は淡々と語った。

「お兄さんは、わたしに残った時間を教えてくれた。わたしは、それをとても長い時間だと思った。でもお兄さんは、『あいつにとっては、とても短い、一瞬にも等しい時間だ』って言ってた……」


 有人は息を飲んだ。彼女は、どこまで知っているのか――


「わたしはまた、貴方を苦しめる、悪い子だって……」麗は悲しそうにぽつりと言った。

「また? また、って……え? まさか……」


 麗は掛け布団をめくって、ベッドの上にぺたりと座り込んだ。そして、点滴チューブの繋がったままの手で、有人の手を取り胸に抱いた。患者服を一枚纏っただけの彼女の体温が、心臓の鼓動が、じわりと彼の手に伝わる。


「あと二十年なの。それでも……一緒にいたい?」

 小鳥のように首を傾げ、麗は言った。

 彼は、もう片方の手を添えて、麗の手を握った。

「ねえ、またって? またって何だ? ちゃんと答えてくれ。もしかして、君は――」

「二十年しか一緒にいられないけど、そしたら、またずっと待つの?」


 ――麗が自分の目を真っ直ぐに見つめている。分かってるんだね、何もかも――


「……ああ。君が冥府に行ったら、いつもどおり、待ってる」

 麗の表情が曇った。自分に待たれるのがイヤなのだろうか? 有人は不思議だった。

 自分は、あくまでも彼女との約束を果たしているだけなのに、と。

「待つのってすごく寂しくて、悲しいよね? イヤだよね? ね?」

「……慣れた」有人は口を尖らせて、バツが悪そうに答えた。

「ウソ! 慣れてたら、ネトゲなんかやってない!」

「うっ……。それは…………えっと……………………すいません」


 図星だった。麗と自分は、あの世界で共に長時間過ごした仲だ。気を紛らわせるために仮想空間に入り浸っていたことくらい、彼女には、まるっとお見通しなのである。


「どうして自分のことしか考えられないの?」

「え?……どういう、意味なんだ」なぜ自分が怒られているのか、皆目見当がつかない。

「どうして貴方が苦しんでいるのを見て、傷つく人がいることに気が付かないの?」

「……いるわけないだろ、そんなの」

「いるよ! ……わたし、お兄さんに聞くまで知らなかった。ほんの一瞬のために、大事な人を何百年も苦しませ続けてたなんて……。そんな残酷なこと、私、耐えられない!」


(え、えええええええ――――っ? 何で急にそんなこと言い出すんだ?)


「でも俺……約束したから……待ってるって。急にそんなこと言われても……」

 うろたえる有人の胸ぐらを、麗が掴んだ。

「有人さん!」

「ひゃ、ひゃい!」麗に気圧されて、縮みあがる有人。

「じゃあ、どうして今まで私に『同じ時を生きてくれ』って言えなかったの?」

「……それは――――」

 有人は大きなため息をついた。

「そんな業の深いこと言えるわけないだろ? 俺のために『転化』してくれなんて……」

 少なくとも己の正義において、自分のわがままで『人間』に神族への『転化』を求めるということは、許されないと思っていた。それ故、今のいままで苦悩していたのだ。

「業とか倫理なんかどうでもいい! 有人は、ホントはどうしたいの?」

「ぐ……」

「どうしたいの! ちゃんと言って!」



  『俺は、白猫と、いつまでも一緒にいていいのか?

   あの「猫」でさえ、白猫に、ずっと一緒にいたいって言えなかったのに――』



「お……俺は…………、君と……麗とずっと一緒に……いたい! 一緒にいて欲しい!」

「よ――し! 有人さんのお願い、きいたよ!」


 麗は、ベッド脇のワゴンの引き出しをガラッと開けると、中から一本のアンプルを取り出し、封を威勢良くパキッと折った。

 そして、細いアンプル用のストローを差し込んだ。


「え? なに? お願いってナニ? いきなりそんなの出してどうしたの? ねえ、麗」

「もう有人さんを悲しませないからね!」


 そう言って、麗はアンプルの中の液体を、

『じゅるるるるるるる――――――っ』

 と、一気に飲んだ。


「…………はい?」

(飲むと悲しくならないドリンク? なら俺が飲むんじゃ? 意味がわからない……)

「くーーっ! んまい! なにコレ! もう一本!」

「……なにソレ?」

「あーおいしかった!」

 麗は、空のアンプルをぷらぷらと振りながら、ドアの方に向かって言った。そして、満面の笑みでダブルピース。


「ん?????」

 有人はイヤな予感がした。ぐるっと振り向くと、ドアの隙間から兄の怜央が覗き込んでいる。ぐっと親指を立てて、麗にサインを送っていた。

「お、おま! 兄貴! テメエ麗に何を飲ませたんだ! 言ってみろ!」有人は、椅子をひっくり返しつつ勢いよく立ち上がると、戸口でニヤニヤしている兄の前に駆け寄った。

「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……」不気味に笑う怜央。

 すんでの所でドアをピシャッと閉めると、怜央は全速力で廊下を駆けて逃げていった。

「ったくもう……あんのクソ兄貴め……」

 有人は頭をぽりぽりと掻きながら、床に転がした椅子を直して座った。また、ぎしりと軋む。よく見ると、椅子はかなり錆びていた。

「二人で何企んでたんだよ。それ、中身なに」

 不機嫌そうに言う有人。

「たしか……ネクタルとか言ってたっけ、お兄さん」

(あ……ああ、ああああああああああああああああ、あの野郎!)


 ネクタルとは神の飲み物である。

 人がそれを口にすれば、神族へと転化してしまうのだ。


「ハメやがったな! あのド腐れインテリメガネめが! うーちゃん、すぐゲーしなさい! のんじゃだめ! それ吐いて! すぐ吐いて! 神サマになっちゃうからダメ!」

 有人が麗をつかまえてネクタルを吐かせようとすると、麗はすかさず布団にもぐりこみ、ぐるぐると体を巻き込んだ。

「ヤダーヤダヤダヤダヤダ! もう決めちゃったんだから! あはははっ、これで神サマになって、有人さんと一生一緒にいてやるんだから――っ、あははははははっ」

 おでんの具のように布団から足だけはみ出させ、足先をパタパタする麗。

「こら、出てきなさい! ああもう! 二人して俺をハメて! クソッタレめ!」

「いいじゃん、結果オーライだよ!」

「なにがだよっ」

「お兄さんも私も有人さんの泣き顔なんか見たくないんだから! この愛され小僧め!」

「そうだぞ。もう兄に心配かけさせんじゃないぞ、有人」

 ガラっとドアを開けて怜央が首だけ突っ込んで言った。

「何でまた来るんだよ! ふざけんなよ兄貴! 心配されてるなんて聞いてないぞ!」

「貴様が気付かなかっただけだ、バカ者め。今度はもう手放すんじゃないぞ」と言うと、再び怜央はピシャっとドアを閉めて走り去っていった。

「クソ兄貴め……」

 ぶすっとしたまま兄を見送ると、背後から麗が首に抱きついてきた。

「わたし、思い出せるかな……」

「何を?」

「いままでの、わたしたちのこと」

「どうかな。……そんなの、どうでもいいじゃないか。これからずっと一緒なんだから」

 有人は、麗を背中から一旦剥がすと、正面から彼女を抱きすくめた。

「うん……そっだよね」

「ああ。そうだよ。俺はもう、あの渡し守に遭うことはないんだ」

「渡し守?」

「あとでゆっくり話してやるよ。時間はいくらでもあるんだから……」



     ☆ ☆ ☆



『――俺は白猫を二度と手放さない』


 自分は、白猫のために生きる猫、


 永久の時間を亘る、名も無き猫。


 そして白猫は、猫が寂しがらないように、共に生きることを選んだ。


                                     (了)

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